彼の周りは少し愛が重い   作:澱粉麺

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リードステップ・トゥ・ヘル(九条史桐)

 

 

 

「パーティに来ないかい?」

 

 

だし抜けに電話を掛けてきた彼女は、出だしもそこそこに一言そう言った。

シドは、あいつはいつもこう無理矢理ってほど急に、唐突に、提案をしてくる。

 

 

 

 

「パーティ?なんの?」

 

 

「いやね。そろそろ年も終わることだし、クリスマスの祝いも兼ねて親戚や親しい人らでちょっとした会食でも催そうってなってるの。もしよかったらそれに来ないかい?」

 

 

「へえー…気にならないと言ったら嘘になるけど、さすがに俺は場違いすぎるんじゃないか?」

 

 

「ああ、それなら大丈夫。他の人らも友人を呼んでるらしいし」

 

 

「お、そうか。

…ならお言葉に甘えて行ってみようかな」

 

 

「ハハ、いいね。それじゃあ当日頼むよ。特に持参すべきモノとかはないから安心してくれ」

 

 

 

ぷつりと、電話が切れる。好奇心もあって、俺はそれに二つ返事でOKをしてしまった。

 

……俺はこの時の判断を、ただただ後悔する事になる。あの時素直に断っておけば…

 

 

 

 

 

……

 

 

 

 

 

俺は影だ。

影になるのだ。そう、俺は端っこでただ誰にも気づかれないような…いや無理だこの背丈だと。でもなんとか気づかれないように…

 

 

 

「あ、いたいた。おーい。

何を借りてきた子猫みたいになってるんだい」

 

 

 

……視線がこっちに向くのを感じる。

ああ、あの人に話しかけられるアイツは誰だと言わんばかりの。

 

話しかけたそいつは、全身をきっちりとしたスーツルックに固め、髪型をいつものごとく高く一つに纏めていた。

 

 

 

 

「……なるよ、そりゃあ!まさかこんな畏まった場というか…煌びやかな場所だとは思わなくって…!」

 

 

「まあたオーバーな。

そんなでもないだろう?」

 

 

 

そいつ…シドは、あくまでそう言う。

 

『そんなでもない』。全くもってそんな言葉が出てくるのを理解できない。この豪勢なホールを貸切で、しかもスーツまで貸し出されるような場所。知らない料理や装飾だらけのこのとんでもない場所を、そんなでもない?

どうすればいいって言うんだ俺に!もう、端っこで大人しくしてるくらいしか出来ないだろう!

 

 

 

「オーバーじゃねえよ、落ち着かねえ…

あとだいぶ胃が痛てえ…」

 

 

「はは、たしかに慣れてないとそうかもね。

少し配慮が足りなかったかな」

 

「まあ、何だ。ダンスを求められる機会なんてのも今時ありはしないから、そんな縮こまらなくっても普通に楽しんで良いと思うよ。

最悪恥を掻いても掻き捨てにすればいい」

 

 

 

ふと、間が空く。

何やら言葉を待つような瞬間であると、後になって考えればそう思えたが、その時はキリキリと痛む胃を気にする事で精一杯で。

 

 

「……」

 

 

「…ん、どした?」

 

 

「別にー」

 

 

彼女はそう言うと、少しだけ不満そうに、ふいと顔を背ける。その一瞬後に、即座にまたニコリと笑った顔になるが。

 

 

「ねえ。すこーし用事があるからちょっとまた一人でぶらついててくれ。なあに、心配しなくてもすぐに戻るから」

 

 

「えっ、ちょっ…置いてかないでくれ」

 

 

「ハハハ、そう言われるのはやぶさかじゃないけど、こっちはこっちで顔合わせとかしなきゃいけないんだ。…それとも一緒に行く?」

 

 

 

「…………まだ一人の方がマシそうだ」

 

 

「だろう?それじゃあ、まあ後で」

 

 

 

そう後手に手を振りながらアハハハ、と楽しそうに笑いながらどこかへ行ってしまう。

 

 

 

ああ、全く。どうするべきか。折角ならドリンクや食べ物も楽しめばいいのだろうが、悲しいかな小心な為にそれをすら満足に楽しめず、そのかなり美味しいだろうそれらも、ぼーっと食べることしかできない。

 

かといって当然、見ず知らずの誰かに話しかける度胸も湧いて来ない。

これが普段ならばするりと出来ただろうが、こうも…なんというか、豪勢な服を着こなしている人しかいないとなるとどうしても気後れする。

 

結局、また端っこに行くしかなくなる。うーん。周りの迷惑になっていなければいいが。

 

 

 

 

と、そうして端に居ると。

同じく端に蹲っている人を見つける。ウェーブがかった長髪からすると恐らくは女性の方だろう。周りを見渡してみるが、スタッフの方も誰も気付いていないようだ。

 

 

「大丈夫ですか?」

 

 

気付くと、身体が前に出てその人に話しかけていた。俺の顔に驚いたようだったが、やはりどうにも体調が悪くなってしまってたらしく、すぐにそれを気にしてる余裕すら無くなる。

 

顔色が青く、げっそりとしたその人に、少し失礼と服に触る。コルセットを緩めたり背をさすったりなどの応急処置を施したら大分マシになったようだった。

 

 

 

「すみません、色々とありがとうございます。

本当に助かりました」

 

 

「いえ、本当に大した事もしていませんし、また体調が悪くなってしまった場合も考えてスタッフの方に伝えて来た方が」

 

 

「…その前に貴方の名前を教えてもらえませんか。私、本当に気付いて貰えて嬉しくて…」

 

 

「え?いや、俺は…」

 

 

 

 

「私の学友ですよ」

 

 

 

 

びく。

つい、肩を揺らしてしまった。

それくらい唐突に、後ろから声が聞こえてきた。

 

 

 

「お具合が悪いのでしたら、人手を呼びましょう。そこで少し待っていただけますか。なあに、安心してください」

 

 

そう言われるとその人は「もう大分よくなりましたので」と、怖がるような様子でその場からそそくさと去っていってしまった。

…こいつ、周りから怖がられているんだろうか?

 

 

 

 

「…ハァーッ…

キミは…ほんといい加減にし給えよキミ」

 

 

「?何が…あとお前さっき『私』って言ってなかっ…」

 

 

 

中途で言葉が止まる。息を飲んでしまった。後ろから聞こえる声に顔を向け、その姿を初めて見て、ふと世界が止まったように思えた。

 

目の前に居るのは間違いなくシドだった。

 

問題は、その格好。さっきまでのスーツルックとはまるで違う。黒色がよく映える、瀟洒なドレスをその身体に纏っていた。黒曜石のようなその光沢は肌を隠し、眼の赤色を更に引き立てるようだった。

 

 

 

「……なんだい、その顔。

ほら、言うことがあるんじゃないか?」

 

 

「え、ああ。さっき一人称が私に…」

 

 

「そうじゃあなくて!

…もっと、エチケットがあるだろう!

女性に対してはさ!」

 

 

そこまで言われて、ようやく気付く。

なるほど、確かに言っていなかった。

心の中で留めてしまってた。

 

 

 

「…似合ってる。

いや、ほんと綺麗だと思う。

正直どう褒めようか迷ってるくらい」

 

 

そう言うと、一瞬きょとんとしたように顎元に手を置き、そのまま片手で口元を覆いながら笑い始める。

 

 

「へーえ?そうかい?そうかい。

当然だよ。ああ当然だとも」

 

 

にっこりと、笑みを顔中に浮かべて、喜色満面のままその場でくるりと回る。舞踏会に迷い込んだシンデレラが王子にその姿をアピールするような、無邪気な動き。少し赤らんだ顔が、どきりと胸を打つ。

 

 

 

「まったく、さっきのスーツ姿はまるで褒めてくれなかったからね。やっぱりキミはこういう華美でヒラヒラっとした女の子っぽい服装の方が好きなのかなあ」

 

 

「また人聞きの悪い。…というかこんな畏まった場で俺の癖を暴露するのをやめろ」

 

 

「おや、否定はしないんだね?

まあいいや、そこら辺の追求はまた今度」

 

 

追求自体はされるのか…と頭を悩ませていると、トントンと、腕を叩かれる。注射の前に静脈を出すような動作で、静かに。

 

 

 

「人混みで少し疲れたろう。

というかボクが疲れた。だから外に行こう。

とっておきの場所を知ってるんだ」

 

 

そう事もなげに手を差し出される。

 

 

 

「用事はもういいのか?」

 

 

「最低限は済ませて来たよ。

それに用事の一つは着替えだったんだ」

 

 

「なるほど。それじゃ、お言葉に甘える」

 

 

 

 

その手を取る。瞬間、小さな力が俺の身体を導いていく。

人の波を掻き分けて、先へ。あっという間に入り口から外へ。喧騒が遠く聞こえる。

 

 

ぶるりと身体を冷気が突き刺す。脂汗を掻きそうだった身体に少しちょうどいいといえば、ちょうどよかった。

 

同じことを考える人が居たのか、外には思いのほか人がいる。ただ皆、喧騒に疲れた故に外に出たからか物音は静かで、また、誰もかもが話しかけてこようとはしてこなかった。

 

 

「ほら、こっちこっち」

 

 

更に手を引っ張られ、人気の少ない所に。

どんどんと進んでいく。

 

 

たどり着いた所は、人っ子一人居ないような場所だった。なるほど、確かにとっておきの場所だ。少し枯れかけた芝生と、錆びついたベンチだけがそこにはある。どうしてこんなとこを知ってるか?といった疑問は不思議と出てこなかった。

 

 

 

「ふう、やっぱりここは誰もいないね。

さあさ、キミも座ってお休みよ」

 

 

 

そう、どかりとベンチに二人で座り込む。示し合わせたわけでもなく、そのままただ空を見上げた。すっかり日が落ち、冷え渡った夜空は星が綺麗に映っていた。

 

 

 

「迷惑だったかな」

 

 

「ん?」

 

 

「いやね。今日のお誘い善意100パーのつもりでやったんだけど。ただキミが萎縮してしまっているみたいだったし。少し申し訳なくなってしまったんだ。

…迷惑だったかな」

 

 

「まさか。本当に貴重な体験だったと思うし。

何より、お前のそんな綺麗な格好が見られると思わなかったから。それだけでと今日来て良かったと思ってるよ」

 

 

「……そういう事ばっかり言うからほんと、良い加減にしろって…いや…はぁ」

 

 

空を見上げていたシドはそう呟くと、なんだかとても懊悩しているように頭を抱えて下を向いてしまう。灯りは最低限あるものの、その顔を伺うことはできなかった。

 

 

「…よっ、と!」

 

 

すると、出し抜けに。彼女が勢いよくベンチから立ち上がった。何かを誤魔化すようなそれは、ただ次の動作でその怪訝をかき消された。

 

シドはすっと手を差し出し、言う。

 

 

「手を」

 

 

「ん?」

 

 

「…『手を取って。ねじを回してくれ。

そうじゃなきゃ、ボクたちは踊れない』」

 

 

 

おっと、聞いたことのあるセリフだ。

これはなんだったか…

 

そうだ。学園祭で演劇をやるって時に付き合った練習時のセリフだ。それ自体は結局無くなってしまったが、セリフは未だに覚えている。

 

 

 

「えーっと…

『君のネジはとっくに巻いてある筈だ。

でも、ダンスの申し出は喜んで受けよう』」

 

 

 

キザすぎるセリフを恥ずかしくなりながら答え、手を差し出す。差し出された手に重ねるように。

 

 

「ハハ、いいね!」

 

 

「うわっ!」

 

 

ぐいと引っ張られて、そのまま上半身を支えられる形に。ワン・ツー、ステップでそのままくるりと体勢が入れ替わる。

 

 

「お、おいおい!」

 

 

「そおら、ダンスをしようじゃないか!」

 

 

 

嘘つけ。これがダンスならラジオ体操は文化保護の対象だ!そんな事も言えないまま、ただ、俺は振り回されるだけ振り回され、シドはそれをけらけらと笑いながら動かしていく。

 

 

 

「ちょっと、待っ…」

 

 

「ハハ、待ーたない!足が止まってるよ!」

 

 

 

ペースが上がっていく。

ステップ、ステップ、ステップ!

なんとか転ばないように、目が回りそうになりながらなんとかかんとかついて行く。もう、なんだってこんなにテンションが高いんだ!

 

 

そう、ひーこらと身体をついて行かせてると内に。

ばん、と布が張る音がした。

 

 

 

「きゃっ…!」

 

 

「!」

 

 

 

今の音は思い当たる節がある。スカートの裾を踏みしだき、布が張り、足が引っかかる音。

そうなるとぐらりと重心が崩れ…

 

 

 

「…っと」

 

 

 

……なんとか、地面には激突させずに済んだ。これで怪我なんてさせようもんなら、俺はこの場から帰れなくなりそうだ。

 

 

「はしゃぎすぎだ、バカ」

 

 

「…誰がバカだい、馬鹿」

 

 

胸に抱き留めるような姿勢になってしまっているが、彼女は意外とその状態から急いで離れようとはしない。むしろ、脱力しているかのようだ。唐突に転び、気が抜けているのかもしれない。

 

その顔の近さから気恥ずかしくなり、つい顔を逸らす。

 

 

 

 

「大丈夫か?挫いたりしてないか」

 

 

「ああ、おかげさまで無傷だよ」

 

 

「……ったく、楽しくなる気持ちはわからないでもないが。お前らしくもないんじゃないか?」

 

 

 

「…たしかに、ドレスでこんなに動いたのは浅はかだったかも。でもボクだってなにも考えてなかった訳じゃないんだよ」

 

「……だって、ね?ほら。

こうやって古賀くんが受け止めてくれたじゃないか」

 

 

 

ギュッと、俺の胸に触れた彼女の手に力が入る。

強く強く、その腕に熱が籠るのを感じる。

 

 

 

 

「……ねえ。前のキスを覚えてるかい?

…あの時、本当は唇に、と思っていたんだ」

 

 

「ね。だあれも見てないよ。

今ここで、出来なかった事をしない?皆にはヒミツで」

 

 

「…じょ、冗談は……」

 

 

「冗談や酔狂でキスなんてしないよ。ボクがそんなふしだらな子に見えてた?だとしたら、悲しいなあ…」

 

 

 

バッと、恥ずかしさや照れで逸らしていた顔をシドに向ける。そういうことは本当に好きな人にやれ、と。

きっといつものようにニヤニヤとしたニヤけ顔なのだろうと。

 

 

彼女の顔は、うるうると目が潤み、頬が紅潮していた。笑みはそこには無く、少し不安げな口元がきゅっと閉められていた。

 

いつもは饒舌な、動かないその唇が、いつになく扇情的に見えた。涙に潤んだ赤い目がルビーのようだった。

 

それに引き寄せられるように、顔が近づき…

 

 

 

 

 

「…へっ…

 

 

 

…くし!」

 

 

 

 

……危うく、飛沫を彼女にかけてしまう所だった。なんとか顔を逸らすのが間に合った。

 

 

そうして、ふと正気に戻る。

今俺は何をしようとしてた?

今、もしくしゃみが出なかったら、俺は…!

 

 

どくん、どくんと心臓が耳に鳴る。

顔が熱くなる事を感じる!

 

 

 

「ハハ。中、戻ろうか。

ボクも身体が冷えてしまったよ」

 

 

「ッ!あ、ああ…」

 

 

 

…そこからは、俺は一言も言葉を発する事が出来なかった。

気まずいやら、恥ずかしいやら、色々でどうしようもなくなってた。いつも通りに接そうとすればするほど、いつも通りってどんなだったかわからなくなってしまった。

 

 

俺が…

…俺なんかが…

 

 

 

 

 

 

……

 

 

 

 

 

「た、だいま……」

 

 

「あ、おかえりなさい。

…どうしたんですそんな疲れて」

 

 

 

明らかに憔悴した俺を見て、鈴が少しだけ引くように聞いてくる。

それらの要因を全部言うわけには行かない。

だからただ一つ。

 

 

 

「……なんだかもうな…

色々と触れない世界に触れてた気がする」

 

 

「?

…ひとまず、今日は早く寝た方がいいのでは?」

 

 

 

「そうする…」

 

 

 

 

 

 

……その夜俺は夢を見た。

 

 

ワン、ツーのタンゴのリズムを踏む悪魔がその唇を静かに奪ってくる、そんな夢。

扇情的に、淫靡に。

地獄へのステップを、それでも幸せに。

 

 

その悪魔の眼は、赤く。

そして底冷えするほど、美しかった。

 

 

……そんな夢を見た事に、少しの罪悪感を感じた。

 

 

 

 

 

 




あけましておめでとうございます。しこしこやって行きますので今年も宜しくお願いいたします。
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