彼の周りは少し愛が重い   作:澱粉麺

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祭りの後、若しくは

 

 

バレンタイン・デイ。

まあ、勝手に勘違いしたボクが悪いんだ。

というか彼にそんな期待をしたのが悪い。

そうはわかっていたが、平静を保てなかった。

 

そうしていると、室外で何やら騒ぎ立てる音が聞こえてくる。楽しそうな声は、はたまたボクの神経が苛立つようなそれでもあり。

 

 

その内の片方のか細い声の、失礼しますとの声と共にからからと扉が開き、ひとりの生徒が入ってくる。それは、ずっと顔を見合わせている後輩の一人。ひさめちゃんだ。

 

 

「…やあ、どうも」

 

「は、はい。こんにちは」

 

 

 

互いに少し、いやだいぶ赤い顔で挨拶を交わす。互いに、その赤くなっている要因は同じ人のせい。あの馬鹿の大男のせいだ。

 

はて、そういえばこの生徒会室で彼女と二人きりになるのは随分と久しぶりな気がする。

最近は大抵、「ちょっと行けなかった分の埋め合わせ」なんて言った彼が居たものなあ。

 

 

 

「………」

 

 

 

互いの間に奇妙な沈黙が立ち込める。彼女はどうだか知らないけれど、ボクはたださっきの手傷を癒すというか受け入れようとしているのに精一杯だった。

 

少し、ひさめちゃんがそわそわと落ち着かなくなった辺りで、椅子に座るように促す。

流石に足が疲れてしまうだろうに。

 

すると彼女はふと一言話し出す。

 

 

 

「……そ…その。この間は」

 

 

「うん?」

 

 

「…この間は、すみませんでした」

 

 

 

この間。この間?

ああ、あの事か。

覚えてはいるけど、まさか謝ってくるとは。

 

確かに覚えているとも。あの時に言われた事、否定された事。こっちを睥睨するように放たれたあの時の言葉も。

 

 

 

(…少なくとも僕には…貴女のそれは、彼への愛ではないように見えます。ただの、ねじくれた自己愛にしか見えません)

 

 

 

………

 

 

脳裏に、その言葉が浮かんでくる。そのままに圧縮冷凍されていたように、あの時の感情も。

 

 

 

 

「謝らなくていいよ」

 

 

 

一言だけ言うが、彼女の表情からどうにもその言葉が聞き入れられたようには見えない。全く、ひさめちゃんは変なところで頑固なんだ。

 

 

 

「そんな事よりも、これらの処理をちょっとでも手伝ってくれないかい?うっかり、望める最大戦力も帰らせてしまった事だし…」

 

 

 

「……」

 

 

 

返事は聞こえない。小さい声、というわけではなく声そのものが出ていない。

ただ椅子に座った所を見ると、その要請だけは聞いてもらえたようだ。

 

 

 

「……すみません」

 

 

「謝るなよ」

 

「謝るくらいなら初めから言わなければよかったじゃないか」

 

 

 

再び、沈黙に包まれる。

こんな事は言うつもりではなかったんだけどな。だけどつい、思いが口に出てしまった。

 

身じろぎの音が響く。ついでに、チョコレートを噛み砕くぱきりという音も。

 

 

「…僕が謝っているのは、あの発言そのものについてじゃ、ありません」

 

 

「おや」

 

 

 

意外な返事に、ぴたりと手が止まる。適当に齧った物は変化球を狙ったのか、妙に苦ったらしいチョコだった。

 

 

 

「えっと、その。言い過ぎた、事は謝ります。

でも、だからといって…」

 

「…言ったことを、撤回するつもりはありません。だからこれは、それについての謝罪でもあります」

 

 

 

「へえ」

 

 

 

その言葉自体には別段、心は揺れなかった。

問題は、彼女の様子。

 

さっきまで目を逸らしていた彼女は意を決したように、ぐっとこちらを見ていた。

その目には確かな光と意思を感じる。

仄暗く、それでいて果てしなく強い光。

 

どもりもせず、誤魔化しもせず、ただ目を見て伝えてくる。その、彼女らしくないそれに。

少しだけ口角が上がるのを感じる。

それは笑みというよりは。

 

 

 

「………なんだかなあ。

キミ、可愛くなくなってきちゃったなあ」

 

 

 

……ボクは利己的な人間で。だから害を及ぼすような人間は『嫌い』だ。ボクに不利益をもたらす。ボクに不快感を与えたり、ましてやボクの何かを奪っていくような人間が。

 

だからそういった点でひさめちゃんは、まだ『好き』だ。

無害で、可愛らしく、ふわふわとしていて、真面目で、動きがとろくって。

こんなものを好きにならない方が難しい。

 

 

 

 

「ふふ。そんな事ありませんよ」

 

 

 

であるのに。

そんな風に、蠱惑的な笑みを浮かべる彼女。

どんどんと可愛げの無くなっていく姿。

普通だった彼女は、愛というパワー・レベリングで育てられていってしまったのだ。

 

 

そんな彼女を、心の深く、奥底で。

本当に、奥の奥の小さな所で。

 

少しだけ、『嫌い』になっていくのを感じる。

 

 

 

 

 

 

 

……

 

 

 

 

 

 

私は放課後に何をするでも無く、下校もせずに、何故か学校内をふらふらと歩いていた。

 

何かを求めているわけでは無い。

ただなんだか、この甘い雰囲気が新鮮で、もう少しだけ味わっていたかったのかもしれない。

 

 

 

…シュウはいつもの如く生徒会の方の手伝いに行ってしまった。だから彼を見る事は出来ないけれど、しかし。

 

そう思いながら、少し歩き疲れて所属している教室に戻ってくる。置き放しの私のカバンは当然と言うべきか、さっきと全く変わった様子は無い。

 

なんとは無しに自分の教室で自分の机に座る。多少の疲労感にぐだりと机に突っ伏すけれど、眠いわけではなく、むしろ眼は冴えていた。

 

 

(……)

 

 

結局座っている事も落ち着かなくて、すぐに立ち上がってふらりと窓際から外を眺める。

日が落ち始めた空は薄暮よりも明るく、日脚は差してこない。そんなような空だった。

 

だから、そこからの景色は見えてしまった。

その、下校する二人の人影が。

 

 

その大きな背丈の人物は、見紛う筈もない。

シュウ。

そして、その横に笑いながら歩くのはスズ。

 

 

かっと、身体の何かが沸騰したような気がした。それが何故の物かはわからない。ただそれでもカバンを持って彼らの元に急いで奔ろうと思った。

 

その瞬間。

 

 

 

「…あら、どうしたの。

誰かを待ってるの?」

 

 

私に向かって話しかける声がした。

それに、止まらざるを得ない。

 

 

 

「イエ、そういうわけでは…」

 

 

話しかけて来た、彼女の顔には見覚えがあった。新しくこの学校に赴任してきた教員。時折、校舎内でも見かける。

 

…そして、ある日、彼に。シュウに感謝の念として贈り物を送っている所を見た。

 

確か、ウキハさんだったか。

 

 

 

「えっと…用事もないなら早く帰ったほうがいい、わよ?女の子なんだから、危ない目に遭わないように」

 

 

彼女はそう言いながら、チラリと私が見ていた窓の外を眺めた。

数瞬して、何を見ていたのかを分かったように、ああ。と納得するような嘆息を吐いた。

 

 

「…彼、集くんには私もお世話になってしまっているわ。案内も運搬も本当に、色々」

 

 

「そう、ですか」

 

 

「ええ。本当にお人好しなんでしょうね。

私にとっては、本当にありがたい事よ」

 

 

そう語るその表情に映っているものはやはり単純な感謝の念だけでは到底無い。それだけではあり得ないような感情が、明らかに顔に浮かんでいた。

 

 

私の中に少しずつ自覚して来た気持ち。

それと殆ど、同じようなものだ。

 

これは、この想いは。きっと特別でありながら、特別でないもの。

皆が持つであろう物でありながら、人により異なる感情。唯一で無く、そして唯一である物。

 

恋だとかの、一言で済ませてしまうのにはあまりにも味気ないそれは、皮肉にも周囲の抑圧によってみるみると形になっていっているのを感じる。

 

 

 

「……私、そういったあまり関係性には詳しくはない、のですが」

 

 

「うん?」

 

 

「先生と生徒間においては、そういった関係は、あり得ないと思います」

 

 

 

私がそう言うと、ウキハさんはそのまま呆然としたように立ちつくしてしまう。

そしてハッと正気を取り戻したと思うと、そのまま口を動かす。

 

 

 

「あ、あはは!

やだな、最近の子は。

ただ手伝ってもらってるだけよ、私」

 

「だから、そんなに怖い目で見なくていいのよ。ただでさえあの子が怖いんだから…」

 

 

 

そんな風に必死に誤解だと言う彼女を、しかしじっと見つめる。

その視線に、だんだんと観念したように頭を抱え始める。片頭痛を耐えるかのようなその動作は節々から疲れが見えるようだった。

 

 

 

「…はあ、恥ずかしい。

そんなに、バレバレかしら私…」

 

 

「私はまあ、そう思いました」

 

 

「アオさんが敏感なだけだって事を祈るわ…

ただ、本当に違うのよ」

 

 

「違う、とは?」

 

 

「…………その。

これ、本当に誰にも言わないでね…」

 

 

「ハイ」

 

 

そう念押しをして、キョロキョロと周囲を眺めて誰もいない事を確認してから、ウキハさんはゆっくりと話し始める。

 

 

 

「私は…その、彼に男性として惹かれてしまっているわ。『生徒だから』というよりは、『好きになった人がまさかの生徒だった』って感じだけれど…何を言っても言い訳にしかならないわね、これは」

 

 

「そうですね」

 

 

「…だけれど…

そう、私は別に彼を求めたりはしない」

 

 

 

彼女が言った言葉は、よくわからなかった。

何を言っているのだろうか。

何を言い出しているのだろうか。

 

 

 

「貴女、集くんの事が好きよね?」

 

 

ふと話を変えるように、そう問われる。

 

好きか、どうか。

 

恋だとか、恋慕だとか。この気持ちを全てそんな言葉で纏めてしまうのは酷く気持ち悪いし、なにかまた違うような気がするけれど、それだけは間違いない。

私は、シュウの事が好きだ。

彼の事が大好きだ。

 

 

「ハイ」

 

 

だから、即答した。

 

 

「いい返事ね。

うん、いいと思います」

 

「…私もね。きっと好きかどうかで聞かれたら好きとしか答えられないと思う」

 

 

 

いつの間にか椅子に座っていた彼女は、どこか慈しむような視線で私を見ていた。

それは間違っても敵を見るようなそれではなく、ただ優しく。

 

 

 

「でもだからこそ。

私は彼にとっての、そういう『大切な人』にはなりたくないのかもしれない」

 

 

「エ?」

 

 

それは、奇妙な体験だった。言語がわかるのに、言葉がわからない。意味はわかるのに、その意図が読めない発言だった。

 

 

 

「つい一緒に居ると嬉しくなるし、いつものお礼に何かを返したくなる。見ると楽しくなるし、笑顔になる。私の全てにしてもいいし、私の全てを捧げてもいいくらいには、好き」

 

「それでも、一緒にはなりたくないんだと思う。‥だから、違うの」

 

 

 

彼女の放った言葉全てを何度も反芻し、ようやく、ほんの少しだけ意味がわかったような気がした。いや、駄目だ。やはり、わからない。

 

好きなのに、一緒になりたくない?好きであるならずっと共に居たい筈ではないのだろうか?

 

 

 

「アオさん。

貴女にとっての彼は何。

彼にとっての貴女は、どうありたい?」

 

 

 

ウキハさん。いや、先生は。

彼女はゆっくりとこっちに語りかける。

 

 

私は、彼をどう思っているのか。

どう、ありたいのか。

私はさっき、スズが彼の横に居て、身体がかっと熱くなる感覚に陥ったのをふと思い出した。

 

 

……わかったかもしれない。ワタシは。

 

 

 

 

 

 

 

……

 

 

 

 

 

 

……家に着いて。

私は兄さんと共にお皿を用意していた。

焼かれたそれはふっくらと、ある程度暖かいチョコレートの香りを放っている。

 

 

 

「はい、出来ましたよ。ナッツ入りのでいいですよね」

 

「おお、あんがとさん。

それじゃ頂きます」

 

 

ひょいと手に取り、口に運んでいく姿を横目で見る。無言に食べ続ける姿は、彼が美味しいと思ってくれているのだとわかり、クスリと笑ってしまう。

 

こうして作ると、1ヶ月の後には兄が何かしらをまた作り返してくれるのだ。その物自体も当然楽しみではあるが、私にとってはこの作り合うこと自体そのものが、楽しくて仕方がない。

 

 

「…で、兄さんはチョコはいくつ貰ったんです?」

 

 

「ふが…ちょっと待ってくれ飲み込むから」

 

 

兄はとんとんと胸を大袈裟に叩きながらわざとらしく喉に詰まったような動きをする。全くと思いながら、お茶を用意する。

 

 

 

「えーっと…

確かアオがくれたものと、ひさめから1つ。

それくらいかな?」

 

 

「もう一人いるでしょう」

 

 

「うん?

……ああ、鈴から一つ。すまんすまん」

 

 

「ん、分かればいいんです。

…しかし、そんなものですか。私はてっきりもっとこう…どっと来るかと」

 

 

「はは。

だから、んな事無いって言ったろうに」

 

 

「……」

 

 

 

…私は全く、本当に矛盾だらけの人間だ。

兄がさまざまな人に目を付けられてしまわないように見張り、そして気にしていたのにもかかわらず。

 

いざ兄があまり貰わなかったりすると、それはそれでとても嫌な気持ちになるというか。『彼の何を見ているんだ!もっと兄さんを見ろ!』と、怒るような気持ちにもなるのだ。

 

 

 

「……まあ、これ以上障害物が増えないならば喜ばしいことではあるのですが…」

 

 

「?運動会の話かなんか?」

 

 

「違います。というか気が早すぎるでしょう」

 

 

 

ああ、ああ。こうして他愛の無い会話を出来る今こそが一番に楽しい。私のチョコレート・ケーキで喜んでくれる。私の話で微笑んでくれる。私の為に話題を振ってくれる。

この空間には、家族しか居れないのだ。

これは、私だけの特権なのだ。

 

と、そんな時にふと兄の鞄の中身が目につく。見ようと思ったわけではなく、見えてしまったのだ。

 

 

 

「…おや、これは…コーヒーですか?」

 

 

「あ、そうだ。それせっかくだから淹れようか。甘いものには合うだろうし」

 

 

「え、ええ。…兄さんが買ってきた、って訳ではないですよね」

 

 

「ああ。先生から貰ったんだ」

 

 

「先生?」

 

 

「うん、お礼だって。

ほら、弁当とか作ってるだろ?」

 

 

「………先生に作っていたんですかアレ!?

まさか女教師じゃあないでしょうね!」

 

 

「??言ってなかったっけ、そういや。

浮葉先生…って言ったらわかるかな。

ほら、始業式の時にも居た」

 

 

「…………」

 

「……兄さんはもっと…もっと人の心を考えれるようになりましょう…」

 

 

「な、なんだよ急に…

現代文の成績はそこまで悪かないぞ」

 

 

 

 

 

 

 

……

 

 

 

こうして、2月の14日は終わった。

停滞と進歩、それぞれの関係はあれど祭りは終わったのだ。

 

 

祭りの後も、日々は続く。

それはまた、当然の事だ。

 

そしてまた、祭りの最中にあった事は無くなりはしない。

それもまた、当然の事だ。

 

この日にあった事を踏まえて、彼らは、彼女たちはまた日々に戻っていく。

だんだんと、歪みながら。元に戻らないほどに歪んでいきながら。

 

 

春に近付き、様々な物が芽吹いていく。

それは息吹であり、福音でもあった。

 

 

 

 




祭りの後。
若しくは、後の祭り。
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