彼の周りは少し愛が重い   作:澱粉麺

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アンケぶっちぎりでちょっと笑っちゃいました






ルートエンド
サムシング・フォー・ミー(END.シド)


 

 

 

 

 

 

何か一つ古いもの。

使い古した、口付けを。

 

何か一つ新しいもの。

新しい、貴方との関係を。

 

何か一つ借りたもの。

作り物から借りた、愛の言葉を。

 

何か一つ青いもの。

青い春の、その様を。

 

 

 

 

 

 

 

 

……

 

 

 

 

 

……俺は今、シドの家に来ている。

倒れてからの彼女の様子が気になって、というのが本音の二割ほど。残りは…

 

 

 

「どうぞ、お通りください」

 

 

 

は、と、待合室に居た俺に声がかけられる。

どうも彼女当人の許可が出たらしい。恭しく頭を下げる人にお辞儀を返しながら廊下に出る。

相変わらず、胃が痛くなるような場所だ。

 

 

部屋に通されて、改めて周りを見る。

華美でありながら、そして危険。

彼女をそのまま表すようだった。

 

そういったことを言うと、また事も無げに『そうでも無いさ』と言うのだろう。いいや、『そうかもしれないね』と言うだろうか?どちらもあり得そうだ。

そんな光景を思い浮かべ、少し微笑む。

 

 

 

「何をキョロキョロしてるんだい?

初めて見るわけでもないだろう」

 

 

 

その部屋の主が、そう嘯く。

部屋着にハーフアップ、そして赤い眼。

彼女を誰が見間違うことがあろうか。

 

九条史桐。彼女が顔色の優れないままに、目の前に座っている。

 

 

 

「…ああ。ちょっと緊張しててさ」

 

 

「ハ、何を言ってるんだか」

 

 

 

…もう、二度と埋もれさせてはいけない。

この場を逃せば、きっとまた寂然たる日々に甘えてしまう。そんな自分を知っているからこそ、此処で伝えるんだ。

 

それでも、逡巡が消えはしない。

俺が言ってもいいのか。

自惚れではないのか。不幸にするだけではと。

 

その沈黙をどう思ったか。

彼女はす、と無表情のままに立ち上がる。

 

 

「…紅茶でも淹れようか。

少し待ってておくれ」

 

 

「いや!お構いなく。

それに、大丈夫なのか?また倒れたり…」

 

 

「赤ん坊じゃないんだから大丈夫さ。何より、客人には最低限のもてなしをしないと。

…フフ、それがキミ相手であってもね」

 

 

 

そう、いつものような憎まれ口。しかし表情は、力の無い笑みだった。そのまま部屋を出ていく。どうにも憔悴が目に見えるようだった。

 

どうにもするわけにはいかず、ただ所在無く待っていると、意外とすぐに部屋に彼女が戻る。気のせいか、顔がさっきよりも青ざめているようにも見えた。

 

 

 

「どうした。やっぱり具合悪いんじゃ」

 

 

「いや、絶好調さ。そうじゃなくちゃあ。

心配をしてくれるのは嬉しいけど」

 

 

 

妙に虚ろに、空を眺めるようにそう笑うシド。本人がそう言うのならば、と尊重をする。

ただ、余程辛そうならば、こちらから休むように強制してしまうが。

 

 

再び、沈黙に包まれる。

俺が切り出すべきとわかっていながら、しかしどうしても切り出せない。口が渇く。鼓動が聞こえてはいないだろうか。

 

 

緊張にからからになった口を湿らすように、出された紅茶を飲む。あまり舌が肥えてる訳でもないが、それでも凄く美味しく感じた。良い茶葉なのだろうか。

 

 

 

「…お見舞いに来てくれたのかな。ちょうどよかったよ。ボクにもキミに、大切な用事があったから」

 

 

「え、ああ…大事な用って?」

 

 

 

出し抜けに言われたそれに反射的に聞き返す。ふと生徒会の仕事の何かかとも思ったが、荷物は今何も無く、俺の前にも彼女の前にも、湯気が立つ紅茶とテーブルしか無い。

 

 

彼女は、続ける。

笑っている。

初めて見るような、笑みだった。

 

 

 

「なんというか。周囲徹底の不備を皆々に詫びなきゃあいけないと改めて思ってね」

 

 

「…?」

 

 

「『古賀集はボクの物だ』って事。ちゃんと知らしめて置かないと」

 

 

「はは。

俺がいつからお前のモノになったんだよ」

 

 

 

いつもの冗談だと思い、そう返す。

だが、シドの顔にもう笑顔は無かった。それは今の返事に向けた表情なのか。それとも、さっきから笑ってなどなかったのか?

 

 

 

「少し前まではボクの所に戻ってくるならまあいいなんて寛大な気持ちを持てたんだけどね。最近はあまりにも目に余る」

 

 

「……いや、違うな。どんどん、ボク自身狭量になっていってるんだ。許せないんだよ、キミのいちいちが。キミのそれらが」

 

 

「これまでみたいに、欲しいものなんて無いと思えればいいのに。手の内に入らないなら要らないと思えればいいのに。そうはなれない。ならないんだよ。ズキズキして、堪らない」

 

 

 

血反吐を吐くような吐露だった。声音だけならばさらりと流したような言葉だったが、そうじゃない。シドの表情が、心が、見えるようだった。千切れ飛びそうな程に軋んだ心。

今にも割れ無くなりそうな、華美なそれ。

 

 

今日の彼女はおかしい。

何が、というより、何もかもだ。

俺のせいか、身体の不調に心が引っ張られているのか。何にせよ、ぞっとする背筋を無視しながら、彼女の背中に手を置き、支える。

 

体温が無いかのように、冷たかった。

 

 

 

 

「その…大丈夫か?」

 

 

 

心配をそのままに言う。すると、目が合った。

その時初めて気付いた。今日、目が合ったのはこれが初めてだ。

相変わらずに美しい、作り物のようなその赤い目が、今だけ何故かくすんで見えた。

 

 

 

「…キミは本当に優しいね。

でも、その優しさが大嫌いなんだ」

 

 

大、嫌い。

そう言われた割には、あまり傷つきはしなかった。それは、シドの顔が悪態を吐いているようには見えない程穏やかだったからだ。

 

 

 

「その優しさのせいで、ボクはこの胸に消えない傷を負った。その優しさがボクのその傷をずっと抉ってくるんだ。だから嫌い、嫌い」

 

 

「ちょっと待て、何を言って──」

 

 

 

瞬間、視界が横に100度ほど揺らめいた。頭がぐらつく。瞼がどうしようもなく重い。

 

なんだこれは。

まるで怪異に巻き込まれたような。

いいや、これは違う。人がもっと日常に体験し得るものだ。だが眠気というには強すぎる。

 

 

 

「…その優しさが、ボクにだけに向いていないのが、死ぬほど嫌いだ」

 

 

 

視界が歪み、薄らいで行く。赤い目はただこちらをじっと見つめていた。そこに暗い光を湛えつつ。

 

目の前の机には紅茶のカップ。片方にだけ手を付けてある。そして、もう片方には、とうに冷めきっているというのに手をつけられてない。

あれには、どんな茶葉が入ってたんだ?

 

 

 

「おまえ…なに…」

 

 

「ああ、そうだ。質問に答えてなかった。

『俺はいつからお前の所有物になったんだよ』、だっけ?」

 

 

ぬるりと、液体のように彼女の顔が近付いた。セメントで無理やり固めているかのような、無理くり笑ってるような。歪な笑顔だった。

 

 

 

 

「ずっと。ボクの色を、あなたの色が埋め尽くした時から、ずっとだよ」

 

 

 

 

 

 

……

 

 

 

 

 

口内に何かが入る感覚で気付く。

柔らかく、そして濡れている。

 

ぼやけた脳味噌が辛うじて、目の前にある赤い光を認識する。眼の色。

それで、口の中の正体も初めて分かった。

 

ああ、他人の舌ってこんな感触なのか。

 

 

 

「…は、あっ…早いお目覚めだね。寝坊助の愛人を起こす事にも憧れていたんだけどな。

さすがに図体が大きいと、回りが悪いらしい」

 

 

 

手足がまだ弛緩しているようで動かない。身体が重い。これは本当に俺の重みか?

答えは違う。

目の前の彼女が俺に、覆い被さっている。

 

 

そしてまた、重さとは異なる違和感がある。服を着ていない。シャツどころか、下着すら。そしてそれはシドも同じ。一糸纏わぬ裸体。

 

下腹部に感覚が確かにある。飛び散った鮮血がやけに鮮やかに目に映った。

 

 

 

何かを言おうとした。何を?わからない。

だが何にせよ、結局、舌が回らなかった。

 

どうにもおかしい。意識がまた、ぼやけ始めている。手先が弛緩していく。喉に何かが通る感触がある。きっと、さっきの口付けが、何かを俺に与えたんだろう。俺にとって好ましく無い、何かを。

 

 

 

「…やめろ…」

 

「やめないよ」

 

 

 

口を塞がれる。唇を唇で重ね、そして、力の限りに噛まれる。血が滲み、歯形が付いただろう。それでも、痛みはあまり感じない。

 

 

「…そう、それでいい…ボクを見て。憎しみでも哀しみでも、どれでもいい。ボクだけを見つめてくれ。ボクだけを感じてくれ。ボクを、ボクだけを。ボクは初めからキミしか見ていないんだ。そうでもしないと不公平だろ?」

 

 

「ねえ。二人が、公平な事。

それが愛し合うという事。そうでしょ?」

 

 

 

どうしてこんな事をした。という事は、もう言うどころか、思う事も失礼だ。彼女の想いも、苦しみも、価値観も、全てが伝わってくるようなそれを。

 

 

ただそれでも、どうしても心残りであるのは、彼女の苦痛に歪んだ顔だった。動作の疲労でも鮮血を伴う痛みでも無い、その顔。

 

なあ。お前は幸せになる為にそれをしたんだろう。自分の為にこれを決心したんだろう?じゃあ、どうしてそんな辛そうな顔をするんだ。

 

 

俺はお前の事がわからない。

今は、これまでより、ずっと。

でも解ろうとはしてるんだ。

今は、これからでも、深く。

 

 

何も口が廻らない。言葉も出てこない。

何も出来やしない。してやる事は出来ない。

 

ただ出来ることは、腕を上げて。落ち着くように。彼女をゆっくりと抱き留めた。

 

 

 

「……あい、してる」

 

 

 

なんとか一言、言えたような気がした。

 

それすら曖昧だった。

曖昧な記憶を最後に、再び意識が飛んだ。

 

 

 

……………

 

 

 

 

 

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

 

 

 

 

 

 

『悪い、今日はひさめと先約があるんだ。また今度でいいか?』

 

 

『うわっ!あ、アオ!そんな引っ付かないでくれよ!心臓に悪いというか…いやダメじゃないけどさ』

 

 

 

ずきん。

 

(ボクはキミ以外を染め上げてようとなんてしていないのに。キミは先に先に、どんどんと色を染めていく)

 

 

 

 

 

『ごめんな、鈴とちょっと話さなきゃいけなくなっちまった。今度また、埋め合わせはすっからさ』

 

『ウキハ先生ってなんかこう…不安というか、支えてあげたくなるんだよな、つい』

 

 

 

ず、きん。

 

 

(ボクの赤色はとっくに剥げ落ちて。なのにキミはそれを気にせず、他に色を染め上げてく。ペンキでもぶちまけるように。どこにでも)

 

 

 

 

 

 

『俺がいつお前のものになったんだよ』

 

 

ずぐ、ん。

 

……

 

 

 

(手に入らないなら、いっそ。

この手でその色を摘んで捨ててしまおう。

この色を、全部ボクの色で染め上げて。

この色を、何もかも無くしてしまって)

 

 

 

 

「…質問に答えてなかったね」

 

「ずっと。ボクの色を、貴方の色が埋め尽くした時から、ずっとだ」

 

 

そう。貴方がボクを染め上げてしまったその時から。ボクは貴方の物で、貴方はボクの物。ずっと…

 

 

 

 

 

 

 

……

 

 

 

 

気を失った裸身の彼を玩具の様に弄ぶ。そして、宝石を手に取るように大切に頬を撫でる。

瞼越しに眼を見る。辛抱が効かなくなり、啄むように口を近づける。傷口を舌でなぞる。ざらついた火傷跡すら、愛おしく見えた。

 

 

嗚呼、彼はどう思うだろうか。失望するか、憎むか、怒るか。どれにせよ、その後に彼は悲しむだろう。この凶行を、それをしたボクにも。そして、それをさせた自分自身にも。

 

それを思うと、この行動は間違っていたのでは無いかと、脳裏によぎってしまう。

もしプライドも何もかなぐり捨てて、共にいて欲しい事だけを祈れば、話せば…

 

 

 

『俺がいつからお前のものになったんだ』

 

 

(………っ…)

 

 

…否、断じて否。二度と無い。ボク以外に向けられた想いも色も、時間も全て戻ってこない。もう既に、この凶行を止められはしない。これ以上はもう、耐えられない。だからこの後悔はただの自慰行為だ。やめてしまえ。

 

下腹部の痛みは、この胸の痛みにかき消されとうに遠い物になってる。ならばせめて、彼への快楽の為に動こう。独りよがりであっても、ほんの少しでも悦びを。

 

 

そんな想いに反応するように呻きが聞こえてくる。おや。もう、起きてしまったのか。身体が大きいから効きが悪いのか。それとも、身体の影響を心配して量を少なくし過ぎたか。

 

 

悪いけど、もう少し寝ていて欲しいんだ。

キミの目になんか、耐えられないから。

 

 

まだ、意識も朧げなようだ。覚醒してすぐならば、力で押し除けられる事もない。悠々と、口に薬を含んで、口付けをした。

ああ、何と甘美な事だろう。

 

 

「…やめろ…」

 

 

その一言が、絞り出される。

それを聞き、ぞくぞくと背筋が震える。

ああ、それがいい。それが、堪らない。

そうだ、ボクを見てくれ。

ボクだけを見て。

 

 

「やめないよ」

 

 

ボクだけにその想いの全部を向けてくれ。

愛も。怒りも。憎しみも。哀しみも。慈しみも。失望も。殺意も。嫉妬も。性欲も。罪悪感も。その全てを。

 

キミを害する者としてでしかそうなれないのならば喜んでそうなろう。憎むべき存在としてあるべくなら、そうあろう。

 

 

 

ぐらりと、それでも、組み伏せている彼の身体が動く。両腕が、ボクに向かう。押しのけようとするだろうか。それとも、殴ろうとするだろうか。首を絞めようとするだろうか。

 

どれでもいい。身を委ねる。

キミになら何をされてもいい。

何をしようと、その資格はある。

 

 

それが終われば、この心に突っ掛かるものすらも漸く取れる。貴方の心に永遠に残り続ける事が出来る。

ただ、来たるべき胸の痛みに耐えるだけ。

ただそれだけのはずだった。

 

 

 

(…どうして?)

 

 

 

どうして、その、どれでも無いの。

どうしてボクを優しく抱くんだ。

何で、そんな、顔をする。

 

 

 

「…あい…して、る…」

 

 

再び、彼がずるりと意識を失う。

さっきの薬が、また効いたのだろう。

 

 

 

「…………え」

 

 

 

なのに、ボクは何も出来はしない。

動けないし何も考えられない。

 

 

何を言った?

何を彼は、口にした?

欲しいはずの言葉だった。

だのに、今のそれは死の宣告のようだった。

 

 

愛してる、と言ったのか。

愛してると。

失望でも、怒りでもなく。

 

 

 

「……なんだい、それ」

 

 

 

ボクはそれを得る為にこんな事をしたのに。

ボクはそれすら諦めて、何でもいいから感情を独占しようとしたのに。それ以外の全てでいいからとこうしたのに。

 

 

これじゃ。これじゃまるで。

既に手にしていた物を、ボクがただ、壊してしまっただけみたいじゃないか。

 

 

ボクは何をしているんだ。

何の為に。違う。これは、彼を。

彼に想ってもらう為に。

違う、これはボクが。

 

ただ、頭の中で想いだけが渦巻いて。気持ち悪くて。取り返しのつかないことをしてしまった焦燥と泣きそうな後悔が今になって初めて全身を襲う。

 

 

 

何でだよ。

何でこんな事をしたボクを、それでも想う?

いっそ殺したく思う程憎んでほしかった。怒って、そのまま殴ってほしかった。

 

これじゃあまるで馬鹿みたいじゃないか。

 

いいや、それは最初からだ。

ボクは大馬鹿だ。

 

 

 

「は…はは、ははは…

ひっ…ひっ、ひっ…」

 

 

 

泣き声か、笑いか、自分でも判らなかった。

それくらい、頭がどうにかしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うっ…」

 

 

光が、ガンガンする頭に痛みを送ってくる。

目を覚まし、ぼーっとした頭に酸素が入り、ぶわっと汗が噴き出てくる。

 

まずする事は場所の確認。

ここは、シドの部屋だ。やはりそうだ。

 

次に自分の身体の確認。

何も着ていない。素っ裸だ。

 

 

「…………あー……」

 

 

…ああ、やっぱりアレは夢じゃ無かったのか。俺が勝手に願望から見ただけの淫夢ならば、どれほどマシだったか。

 

 

 

「あ…目が、覚めた…」

 

 

 

声を掛けてきたのは、赤い眼の彼女。それは、そうだろう。ここは彼女の部屋なのだから。

そちらに目を向ける。シャツだけを一枚羽織ったシドが、そこにいた。

 

 

「……おう、おはよう。

随分と寝ぼけちまったみたいだ」

 

 

「あ……」

 

 

 

口を開きかけ、そのまま閉じて、顔を逸らす。あの饒舌なシドとは思えないような態度だった。どういった心境の変化があったのか、俺にはわからないが。

 

 

「…これ、眠気覚ましの珈琲。

今度は、何も入れてないから…」

 

 

「あ、ああ。ありがとう」

 

 

渡されたマグカップを口に運ぶ。正直、少し恐怖はあったけど、それでも飲む。

苦く、目が冴えるようだった。

 

 

 

「……何を言っても、言い訳にしかならない。死んでしまいたくていっぱいだけど、それをしてもキミは哀しむだけだ」

 

 

啜る音だけが響いた沈黙の後、そうシドが話す。伏し目がちに、おずおずと(あのシドが!)。

 

 

 

「まあ、そうだな。

…その、何でこんな事したのかは、もう聞かない。ただ失礼になるだけだ。

ただ、でもそれなら何で途中でやめたんだ?」

 

 

「……」

 

 

「ほら、起きた時にもう一度眠らせたって事はもっと色々手間があったんだろ?だけど、それがされたようには思えないし」

 

 

「…わからない。ボク自身、もうわからないんだ、なにも…」

 

「それに、もしわかったとしても、加害者の心情なんて聞かされてもただ不快なだけだ。やめた方がいいよ…」

 

 

 

……今、目の前に居るのは果たして本当にあの傲岸で不遜で、鼻持ちならない、自信ありげにいつも眼を輝かせていたシドなのだろうか。

自信もやつれ、泣きそうに肩身を狭くしている少女はまるで、唯の子供だ。

 

 

 

「…然るべき所に突き出したいなら、今すぐにでもついて行く。ボクが出頭した方がいいのならそうしよう。…ねえ、どうすればいい?」

 

 

 

彼女はそのまま声を震わせながら、言う。

涙こそ浮かべて居ないが、いつ流れはじめてもおかしくないといった様子だ。赤い目が、うるうると宝石のように揺れる。

 

 

さて、どうすればいいか。

そんなの、俺の方が聞きたい。

 

俺は、どうしたらいいんだろうか。

それはわかっている。この家に来たことも、元はそうだったのだから。俺の気持ちが赴くまでに。そう、すればいいんだ。

 

…そう言うのは楽だけど、それがまた難しい。何にせよまだ頭は混乱しきってるんだ。どうしたらいいかも、気持ちが整理しきれてない。

 

 

 

(…いいや、答えはとっくに)

 

 

 

この答えは多分、色々と間違ってたり、ちょっと前の俺が見たら止めるようなものかもしれない。けど、まあ、それでもいい。

俺たちは今を生きてるんだ。

 

 

 

「…何の話だ?」

 

 

「…?」

 

 

「確かに不純異性交遊は学校では禁止されてるけどさ。警察に捕まるような、そんな重い罪じゃないだろ」

 

 

「…いや、そうじゃ…」

 

 

「まあ、そうだな。確かに付き合っても無いのにこう言った事をするのはダメだ、よな」

 

 

「え、いや…」

 

 

「だから、順番は入れ替わるけどさ。

…俺、君と正式に付き合いたい。

勿論、結婚を前提に」

 

 

「ダメだ!」

 

 

ああ、そうだ。さっきの異常事態に見舞われて。正直、相当怖かった。それでも、少しだけ嬉しかったんだ。あやふやな思いが、恐怖で形になってしまった。目を逸せないくらい、きっちりと。

 

だからこの気持ちが、今の確かな想いだ。

 

 

 

「…ダメだ、ダメだ!違う、それは、心的外傷による混乱で取り乱してるだけだ!」

 

 

「いや、正気だ。この気持ちは絶対に変わらないし、お前にだって否定はさせない。

…俺の片想いなら、してもらっていいけど」

 

 

「それでも…」

 

 

「『それでも』…なんだよ?」

 

 

 

息を呑む瞬間が入る。不思議と、彼女の言おうとしていることが先んじてわかるような気がした。だからその答えも、すぐに言った。

 

 

 

「ボクは君を地獄に突き落とすかもしれない」

 

「構わない」

 

 

「キミを不幸にする!」

 

「それでいい。

それなら一緒に不幸せになろう」

 

 

「…〜〜ッ!」

 

 

 

 

顔をその眼のように赤くして、こっちを見据える。その目をまた、じっと見返す。シドはしかし、しばらくしてその目をまた逸らしてしまう。

 

 

 

「…でも、でも。だってボクはキミに…」

 

 

「ああもう、お前らしくもないな!」

 

 

 

 

近づいて、こっちを無理矢理ぐいと向かせて頬をパンと挟むように叩く。ああ、当然加減して。

 

 

 

「俺が好きになったお前は『でも』や『だって』なんて言わなかったろ、らしくない!」

 

 

「……」

 

 

 

「ほら。いつもみたいに、胸を張ってくれ」

 

 

 

そうしてもまた、目を逸らしてしまう。

いや、しかしさっきとは様子が少し違う。

何が違うかは正直、あまりわからない。ただ敢えてそれを例えるなら。

 

色が付いたような気がした。

 

 

 

「…今のボクには、まだ無理だ。今の心情では、どう言っても雑念が入る。キミがボクらしくないといったような、そんな思いが」

 

 

 

 

「…だから。

ボク以外の言葉に頼る事にするよ」

 

 

 

そう言って、顔が変わる。

それは勿論比喩的だが、瞬きの間に、本当にすり替わったのでは無いかと思うような変貌でもあった。

 

そしてその顔は、見た事がある。

演劇で、何度も見た。あの時の、恋愛劇。

学園祭の時のその、それ。

披露の場が無くなった、俺たちだけが知る。

 

 

 

「『あなたを、殺したい程に愛している。

この想いはどうしても止められない』」

 

 

「…『そうか。なら、どうする?』」

 

 

「『これは、命令だ。

…私のモノになれ』」

 

 

震えも、怯えも無い凛然とした声。

さっきまでとは違うその声に、俺は傅いた。

 

 

 

「ああ、喜んで、会長サマ」

 

 

「…そこの台詞は、『イヤだね』の筈だろ?」

 

 

 

それへの返答は、口付けで返した。

どうせ、口喧嘩では勝てはしないから。

 

乱暴なそれに、彼女は目を見開いて。

すぐにゆっくりと閉じた。

 

 

約束をしよう。

歪な繋がりだったかもしれない。

けどそれなら、これから真っすぐにしよう。

 

 

 

「……ねえ、さっき。

ボクが不幸にするって言った時にさ。

一緒に不幸になろうって言ったよね、キミ」

 

「…ごめんね、それはできない相談だ」

 

 

 

「だってボクはもう、ずっと幸せだ。」

 

 

 

だから、そうだ。

それなら、一緒に幸せになろう。その心の声を聞いたように、赤い眼が微笑んだ。

 

いつかまた、後悔がすぐそこにあるかもしれない。なにか悔やむ時があるかもしれない。

 

 

ただ、そんなものは、いい。

目の前の笑顔に比べれば、安いものだ。

 

 

 

 

 

 

 

……

 

 

 

 

 

何か一つ古いもの。

使い古した、口付けを。

 

何か一つ新しいもの。

新しい、貴方との関係を。

 

何か一つ借りたもの。

作り物から借りた、愛の言葉を。

 

何か一つ青いもの。

青い春の、その様を。

 

 

それは幸せになるための4つの贈り物。

4つの約束。

4つの何かは、彼らの幸せになる。

 

 

さあ、サムシング・フォーを謳おう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

エンド1、おわり

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