彼の周りは少し愛が重い   作:澱粉麺

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歩くような早さで(村時雨ひさめ)

 

 

 

前略。

村時雨ひさめは焦っていた。

 

息をするのにも全てが違うように日々が輝いているようで、本当に幸せであるのは間違いがなかった。だが、しかし。

 

 

「あ…いや、そのう…」

 

 

まず、付き合い始めることが出来たは良いものの、それを変に意識した挙句に結局何もできなくなってしまっていた。

 

それではいけない!どうしようもないと一念発起をしてほんのちょっとだけでも積極性を出そうとしたまではいい。

 

ただ、そういった経験の少なさから『ちょっと』というものがわからず、悩む。

 

 

 

「そ、そんな気を遣わなくてもいいよ。

俺にばかり気をやってたら疲れるだろ?」

 

 

…気まずそうな顔でそう言われてしまってからは、更にどのようにしたら良いのかわからなくなっていた。

 

そんな事をしてる内に自分が与えられるものがもう無くなってしまった。そんな自分に、愛想を尽かされるのではないか、という不安が苛む。

 

あわあわと、友人の晴果に相談しにいった事がある。

 

 

「気が早すぎ!そんながっつかれたら集さんもそりゃ引くって!」

 

 

 

そう、言われた。

そう言われ初めてそれまでの行動が過剰すぎると気付いて、顔を真っ赤にしてしまった。

何をしていたかは秘匿する。

 

 

 

(…え、なら僕どうすればいいんだろう!?)

 

 

どう行動したら良いものなのかわからない。そうなってピタリと固まってしまっていたそんな彼女に、ある日救いの手が差し出される。

 

 

「なあ、ひさめ。今度デートに行こうぜ」

 

 

古賀集は事もなげにそう言った。

前言ったろ、今度はエスコートさせてくれって。と微笑みながら話す彼に、二つ返事。

 

 

「は、はい喜んでぇ!」

 

 

「…居酒屋でバイトしてたのか?」

 

 

 

…返事には勢いが余りすぎたかもしれない。

 

 

 

 

 

 

……

 

 

 

 

 

「はー、流石に疲れたな。少し休憩しよう」

 

 

「そうですね…はしゃぎすぎました」

 

 

二人は、テーマパークに来ていた。

月並みであるかもと思いつつ、それでも二人が楽しめて親睦を深められる所としてその場所は十二分に役割を果たしてくれていた。

 

マスコットの耳を模したカチューシャを付けたままに、ベンチに座り飲み物を呷る。

 

 

「あはは、まさか絶叫物苦手だとは思いませんでした。てっきりいつもみたいに笑ってなんとかするのかと…」

 

 

「ああー…どうにも怖いっていうか…

中身がシェイクされてる感じが苦手なんだ…」

 

 

「古賀さんにも苦手なものがあるんですね」

 

 

「あ、当たり前だろ。

俺の事なんだと思ってるんだ」

 

 

苦笑しつつ話す姿を見て、ふと懐かしむような遠くを見るような目になる。

それを見てひさめが怪訝そうに首を傾けた。

 

 

 

「…安心したよ。今日くらいは楽しそうでさ」

 

 

「え?」

 

 

「いや、その…俺と付き合ってからのひさめ、なんかあんまり楽しそうじゃなさそうでさ。すごく心配だったんだ。愛想尽かされるんじゃないかって」

 

 

「あ、愛想尽かすなんて!そんなことある訳ありません!無いない、無いです!」

 

 

「それなら良いんだけどさ、ただなんか慌ただしいっていうか…困ってるようなのは凄く見て取れたから。ちょっとでもそれをなんとか出来たなら俺は嬉しいよ」

 

 

 

ここまで来て、ひさめは初めて後悔をした。

自分の、自分がどのように自分を彼に渡そうかという事だけを考えて、彼の気持ちを考える事がまるで出来て居なかったという事。

 

そしてまた、そんな必死になっている自分を見て、彼が喜ばないであろう事。それを、理解していなかった事を。

 

ならばどうすればいいだろうか。

一瞬考えて、一つの答えが出る。

きっと、これは抱え込まないで二人で共有してしまう事が一番良いのだと。相談して、二人で笑い飛ばせてしまえば良いんだ。

 

 

 

「…その、僕。

古賀さんにあげられるものって本当に、全然無くて。貴方からたくさん、たくさん貰ってばっかりなのに返す事ができるものが全然無くて」

 

「だから、僕の全てを渡してようやく足りるかな、なんて思ってたんです。

それで、その…あんなコトを…」

 

 

尻すぼみに声が小さくなり、顔をポストよりも赤くしていく姿を見て、古賀も次第に笑いながら少しだけ顔を赤らめ、手の甲で鼻から下を隠すようにした。

 

 

 

「…いや、ごめんな。こっちこそその、あれは態度が悪かったかななんて反省してたんだ」

 

「……照れ臭かったんだ。ひさめみたいな、可愛い子が、今までそんなコトしてなかった子がこんな…毎日擦り寄って来てくれて…」

 

 

だんだんと、段階的に、顔がまた赤くなっていく。手では隠しきれないくらいに紅潮をしていく。困ったような、気まずそうなその顔はどうにも子供らしいものだった。

 

 

「だ、だいたいひさめは警戒心が足りない!

もっとこう、男に対しては警戒するくらいでちょうどいいんだからな!」

 

 

「ぎゃ、逆ギレ…」

 

 

照れ臭さを隠すようにそうがなる様子を見て、ひさめが呆れながら、少し微笑む。彼のこんな姿が見られるなんて、なんとまあ貴重な事だろうかと。

 

 

「誰にだってああいうことはしませんよ。

古賀さんにだからしたんです」

 

 

そう言うと、ぐっ、と言葉が詰まったような音を立ててそのまま押し黙る。その様子を見てまた笑顔を深めた。

 

 

「…今はもう、古賀さんの気持ちがわかったから大丈夫です。

でもちょっと前までは、何も渡せない内にそれこそ愛想を尽かされるんじゃないかなんて不安になってしまって、怖かったんです」

 

 

「愛想を尽かすなんてそんなこと…!

……ハハ、同じような悩み抱えてたんだな」

 

 

「はい、なんというか、似た物同士ですね…」

 

 

 

二人はそう話してからまた、静かになる。

ただその沈黙は、今までと違って気まずさやどう話そうかというものに由来するそれではなく、心地よさが場に介在する沈黙だった。

 

 

「しかしなあ」

 

「なーんでそんなに自己評価低いんだろうな。ひさめは、こんなに可愛いのに」

 

 

軽い気持ちで、そう口にした。

瞬間にピクリと肩を揺らしたのが目に付いた。

何か、まずいことを言ったろうか。

そう、不安になり。

 

そうした後に、ひさめが一言呟く。

 

 

「…それについてはちょっとだけ、思い当たる節があって。話しても、いいでしょうか」

 

 

「え?ああ」

 

 

「…ベンチに座っているのも勿体ないですし、道すがらに話しましょう。次に乗るのは、何にしましょうか?」

 

 

 

 

 

 

……

 

 

 

 

僕の母と父はいつも喧嘩していました。

元々そこまで仲が良くなかったのか。そもそもは愛していたのか。それはわからないけれど。それでも僕が覚えている二人はいつも眉を顰めて、大声を張り上げているものでした。

 

そんな事になるほど仲が悪くなってしまったのはなぜなのか。

それのキッカケを知ってしまった時が、聞こえてしまった事があります。

 

…僕が居るから。僕の顔は、両親のどちらにもあまり似ていなかった。二人から生まれるには顔が良すぎた、という事です。

 

周りの邪推の疑心暗鬼は、互いの互いへの信頼を無くしていき、こうなったのだと。

あの子のせいで、と。

ある日怒号で聴こえてきました。

 

暴力を振るわれるとか、ネグレクトだとか、そういった事は全くありませんでした。

ただそれでも、未だに腫れ物に触れるかのような母の目つきと、目を合わせようとしない父の顔を忘れられません。

 

 

結局、二人は離婚し。僕はそのどちらにも引き取られず、叔父が引き取ってくれました。

その時から、女の子として可愛くあるのが、なんだか全部に申し訳ないような気がしてしまって。

 

 

『私』は『僕』になりました。

ただ、一人称を変えただけなんですけどね。

 

それについて親身に聞いてくれて、また親切にこれまで育ててくれた叔父には、とても感謝しています。だけどそれでも、自分の事についてを好きになるのは難しそうで。

 

 

 

…そこまで、一息に話すと、古賀さんは何かを言いたげに顔を歪めていた。

僕はそういった顔をさせたかったわけではなく、でも、そうした反応をしてくれる貴方の優しさが嬉しくて、困りながら目尻を上げる。

 

 

 

「そうですね。何度か他にもそういったことはあったんですけど…多分、決定的なのはそれかなって思います。誰かを不幸にした事ばかりだから、どうしても自分を肯定出来ないのかと」

 

 

「…あはは、急に言われても困りますよねこんなこと」

 

 

「そんな事無いさ」

 

 

「…ありがとうございます。

本当は、あまり話したくない事ですし、下手に貴方に教えてもただ迷惑かとも」

 

「でも、さっきの話をして。それでも貴方に話しておきたくなってしまいました。

僕の構成する何かとか、そういったものを古賀さんに知っておいて欲しかった」

 

 

さっき、そう思った。僕は、僕のことを知って欲しくなった。知ってほしい事も、知って欲しくない事も、自分自身忘れたいとすら思っていることも、貴方に知っていて欲しかった。

 

僕を、『村時雨ひさめ』を全て。

 

 

 

「…ごめん。変に立ち入るべきじゃなかったのかもしれないな」

 

 

「あ、違うんです!ほんとに今はもうあまり気にしていないというか、その!」

 

「むしろ嬉しいです、その、少しでも知ってくれようとしてくれたという事がとても」

 

 

「かわいい、とか褒めるのもあんまり良い気分じゃなかったのかもしれない」

 

 

「そんなこと無いです。…ほんとは嫌いだったんです、この顔も、僕自身も」

 

「でも最近は、好きになってるんです。

これを、古賀さんが褒めてくれるから」

 

 

 

きっとこれのおかげで、貴方に愛してもらえてるのだから。これのおかげで逢えたのだから。

そして貴方が褒めてくれるものが、ここにあるのだということが、誇りになるから。

 

 

「そっか。それなら良いんだけどさ」

 

 

頭にぽん、と手を置かれる感触。

その手に、心が安らぐ。

いつも貴方のそれに、なんというかぽんやりとしたような気持ちになるのだ。

 

 

「…いつか、俺の事についても話そうと思うよ。でも今はまだ少し、怖い。

だからまた今度でいいか」

 

 

そう、語りながら。僕をあやすその手がほんの少しだけ震えていた。それを感じながら、

 

 

「ええ、それでも。古賀さんは大事なところには踏み込ませてくれないような人でしたから、そう言ってくれるだけでも十分すぎます」

 

 

そんな事を話しながら、次のアトラクションにたどり着く。なんとはなしに気まずくなった雰囲気を変えるように、どちらもがわざとらしく明るく声を上げて。

 

そしてその間抜けさに、二人とも笑ってしまった。

 

 

 

 

 

 

……

 

 

 

 

遊び疲れ、足も少し痛みながら帰路に着く二人。とうに日は落ち、光源は外灯と星灯りのみ。

 

会話がまた、少なくなる。それは疲労による事もあり、そしてまた、終わっていく一日を懐かしむようでもある。

 

 

 

「なあ」

 

 

一言、口にする。

何かを気持ちにした訳でもなく。

ただ気持ちが溢れてしまったままの言葉。

 

 

 

「今日は、凄く楽しかった」

 

 

「はい、僕もです」

 

 

「俺、好きだよ。ひさめが好きだ」

 

 

 

そんな言葉だけが、出る。

掛け替えない、では伝えきれなくて。

愛している、でもまだ足りなくて。

そも言葉にしてしまえば陳腐になりそうで。

だから、その一言だけ。

 

 

「!……ええ、僕もです」

 

 

街頭の頼りない灯りはそれでも、彼女の喜色をかろうじて映し出す。

それを見てまた、男が言う。

 

 

 

「…色んな辛いことや嫌なことはあるけどさ。それに負けないくらい楽しい記憶をいっぱい作っていこう」

 

「どんな嫌なことも、ゆっくりと、少しずつ。忘れちまえるくらいに楽しい記憶を」

 

 

「はい」

 

 

「だから、ずっと一緒に居よう。

いっぱいになるまで。それ以降も」

 

 

「はい、喜んで」

 

 

そう言いながら、繋いだ手に力を入れて。

男が背を合わせるように屈んだ。

それを感じ、ひさめは静かに目を閉じた。

 

 

 

 

 

 

……

 

 

 

……これから先に、何か唐突な出来事がある訳ではない。

 

ただ、二人で過ごす日々が続いていく。心を通わせる。仲良く日々を過ごす。

少しだけ気まずくなったり、たまに喧嘩して仲直りをして。また少しだけ仲が進展して。

 

そんな日々が、ずっと続いていく。

 

 

 

少しずつ、二人は幸福になっていく。

スローテンポで、幸せとなる。

 

ただ歩くような早さで、満たされていく。

ゆっくりと、満たされた後にも。

 

 

 

 

 

蛇足3、おわり

 






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