彼の周りは少し愛が重い   作:澱粉麺

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マタキミトアオウ(菜種アオ)

 

 

まどろみが、虚像を見せる。

それは今には存在しない映像。

現には残らない過去の話。

ただ、幸福な虚像を見ていた。

 

 

 

 

 

……

 

 

 

 

 

「という事で。

家にもう一度来てください」

 

 

「という事で!?

…いや…ということで、かあ」

 

 

告白に伴い、二人は交際をする事になった。そうしてすぐに、改めての家の招待。今度は、留守でなく両親がいる状態で。少し大規模な会食を開かれ、少しまだ焦りながら、その大きな身体を萎縮させて彼は母の話を聞いていた。

 

彼曰く、母よりも父の表情が怖かったというか、逃げきれなかったかと哀れむような、うちの子は渡さないぞと敵愾するような、なんとも言えないような目を向けられたという。どういう目なのか。

 

 

「…ふう、なんていうかその…

すげえ緊張した…」

 

 

「そんな必要ないのに。

リラックスしてくれて良かったのですよ?」

 

 

「そういうわけにも行かないだろ。挨拶するんだし、この場くらいは畏まらないと」

 

 

「そういうものですか」

 

 

「ああ、そういうもんだ」

 

 

 

ふう、とほかに人が居ないところで人心地付き、ため息を吐く彼の背中にひしりと抱き着きながら二人で会話をした。

 

私はただ彼と出来るだけ近くに居たかったし、彼ももうその距離感について何かを言う気は無くなっていた。指摘するのにもキリがないというのもあり、もう、咎められるべき距離でもなくなったのもあり。後ろから私が耳元で囁くような状態だったけれど、それを気にする者はもうこの場には居なかった。

 

 

 

「大丈夫ですよ。

きっと、二人は認めてくれます」

 

 

「そうかな。だと良いけど」

 

 

「万が一ダメだったら…

いっそ二人で逃げてしまいますか?」

 

 

「何言ってんだ。

そんなこと…

………最後の最後の手段だよ」

 

 

「ま、やる事自体は選択肢にあるのですね。

情熱的で嬉しいです」

 

 

「…や、やらんやらん!

今のは口が滑ったってことで!」

 

 

「ハイ。どうなろうとも楽しみだから、私は何でもいいケド」

 

 

そうしてまた彼から離れて、座っている彼の目をじっくりと見る。

 

 

『…私の、この身体。この心。そして私の両親との関係に、私の趣味。ひとまずこれが、私の持っているものの全てです。あげられるものは、今はこれだけです。あなたにもらったような分はまだ返し切れないけど』

 

『どう?好きなままでいてくれる?』

 

 

少し不安げにそう、言う。それを見たシュウはただにこやかに、何を言っているんだと笑った。

 

 

『馬鹿だな、俺はもっともっとアオから貰ってるよ。進行形でな』

 

 

「……?」

 

 

この時にはまだわからなかった。

あなたが貰っているものが、私がいっぱいになるまで貰っているものと同じ事。互いが互いに、それをずっと貰い続けてるという事。

 

それに気付くのがもっと遅かったのは、それはそれでとても幸せな事だったのかもしれない。

 

 

 

 

……

 

 

 

 

 

遠く、時間が飛ぶ。

二人で暮らして暫くをした後の事、ある離島の美術館を見たいと、彼がそんなことを言い出したのだ。彼が行きたい場所を言うのは珍しい。ましてや美術館など、更に珍しい。

 

 

「行きましょう行きましょう。

今すぐにでも」

 

 

「お、おう。…俺よりノッてないか?」

 

 

 

鈍行の電車でゆっくりと、出ているフェリーの最寄りの駅まで走る。

うとうとと肩を借りながらのその旅路は少しだけ退屈でありながら、心地の良い時間だった。

 

きっとこれは、貴方と一緒にいる時間ならば何があったとしても私は心地が良いのだと思う。そんな事を言っていたらキリがないのだけれど。

 

船に乗り、欄干から望む光景は幾つか幻想的でありながら、尚且つ現実的で、その狭間の青色がどうにも心を乱すような落ち着くようなようでもあった。

 

 

「この景色気に入ったのか?」

 

 

「どうして?」

 

 

「ずっと眺めてるからさ」

 

 

「そんな事…いや、そうかも、です。

気に入ったという事も、そうかもしれない」

 

 

「海が好きなのか?」

 

 

「ム…どちらかというと海だから、というよりはこの景色かもしれません。見ていると何か不思議な気持ちになって」

 

 

「そっか。アオがそういう事言うの珍しい気がする。確かに良い景色だ」

 

 

 

珍しいだろうか。私は、出来るだけ好きなものは好きであると口にしているつもりだった。

そこまで考えて、ハッと考え付く。私が常日頃好きだ好きだと言っているモノはほぼ一つ、一人の事しか無かったのだと。

 

そう考えると急に気恥ずかしいような、それでいて誇らしいような気持ちになった。

 

そんなぽんやりとしたままに船から降りたからか、美術館の中身については全然もって記憶にない。綺麗なものだったような事は覚えてるし、シュウがこれは綺麗だな、とか言っていたことは逐一覚えているけど、それだけだ。

 

 

そしてまた、夕暮れの帰り道。

帰りの船に乗って、また欄干で景色を眺めていた。気に入った。気に入ったのだ、と一度言葉にすると、実際がどうだったかはわからないまま、そうだったのだという気持ちになってしまう。彼が気に入ったのかと聞いてくれたから殊更そう思うのか。それも分からないけど。

 

 

「ごめん、アオ。

ちょっといいかな」

 

 

「ええ、どうぞ。

…どうしたのですか?」

 

 

「……これを受け取ってくれないか」

 

 

そう静かに差し出されたのは、手の平よりも小さなサイズの箱。その中にあるものは、さすがに私であってもすぐにわかるくらいで。

 

 

「……」

 

 

「今渡すべきだと思った。

これを逃したらいけないと思って」

 

 

「……」

 

 

「受け取って貰えないかな」

 

 

「ずるい」

 

 

「え?」

 

 

『ずるい、渡し方ね』

 

 

気の抜けた声だけが出た。

ふやけて、疲れたような、ゆっくりした声。

 

 

『ずるいわね、アナタは』

 

 

感謝も、嬉しさも、口に出すことが出来ず。

ただ笑いながら、泣きながら私はあなたにそんな、ずるいという言葉を投げかけるしかできなかった。ひたすらに幸せになると、それを表す言葉も口にできなくなるのだと。

初めてこの時知った。

 

 

 

 

……

 

 

 

また、時間が飛ぶ。

膨らんだお腹をさする音。

耳を当て、鼓動が聞こえる。

 

 

「…おお、おお…!」

 

 

それを見て、感涙するように、オーバーに見えるほどの反応を見せる貴方。ふふっと、少し笑ってしまう。

 

 

そうだ、初めてここで『君』と出逢えた。

宿った命をとても愛しいものだと思えた。

 

 

「コラ。そんなに近付きすぎたら、何か障るかもしれないでしょ」

 

 

「そんなことないって。

だからもうちょい触らせてくれ!」

 

 

「ダメ。だってあなた、ちょっとなんていいながらずっとそうするじゃない」

 

 

そうして、半ば無理やり、貴方から『君』を離す。お父さんにばかり接触して、そっちばかりを見るようになったら悔しいから。

 

 

ああ、そうだ。また、『君』と会おう。一つの眠りとまどろみが一つの世界を終わらせていく。世界と記憶が、また幾つも飛んでいく。

幸せな過去、通ってきた虚像。今はもうここにはなく、だからこそ愛おしいそんな映像達。

 

 

 

 

……

 

 

 

目覚めが、近くにあることを感じる。浅まる眠りが、現実が幸せなまどろみを無くしていく。

 

幸福な虚像を、それでも打ち払う。それよりも幸福な実像こそが、目の前にあるのだから。

 

 

また、貴方と会おう。

今度はその以前よりも更に貴方を好きになる。

愛を重ねて、愛を更に厚く。

 

そして、また『君』に会いに行こう。

この、伝えきれない愛を伝える為に。

私の中の愛を、『君』に残していきたいから。

 

 

 

 

 

……

 

 

 

 

 

「……オ、アオ、そろそろ起きな」

 

 

「…うん、お早う」

 

 

「ああ、おはよ。

笑ってたけど、いい夢でも見てたか?」

 

 

「うん。昔の夢を見てた」

 

「…あなたのことばかり思ってた」

 

 

「はは、まったく。まだ寝ぼけてるのか?」

 

 

「もう、本気ですよ?」

 

 

「はいはい。

ただ、今は俺だけじゃなく、あの子の事もちゃんと思ってやりな」

 

 

「そんな事…言われずとも、分かっていますよ。

…あ、コラ。勝手にキッチンに行かない!」

 

 

 

 

 

 

 

蛇足4、終わり

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