彼の周りは少し愛が重い   作:澱粉麺

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第二回(村時雨ひさめ)

 

 

 

ねえ、今日家に寄っていい?と。

そう言われた時に僕は二つ返事をした。

その時は何も考えてなんかなかったんだ。

ただ脳天気に、友人の来訪を楽しみにした。

 

 

僕は、馬鹿だ。

彼女を注視すべきだったのだ。

友人だからと、無条件の信頼を置く事。

その愚かさを、僕は誰よりも知っていたのに。

 

初めてじゃあなかったんだ。

この想いも、嘆きも、悲嘆も。

 

でも、もう遅い。

何をやっても、もうダメなんだ。

鏡があるならば、それに映る顔はきっと、絶望に青ざめた顔だったろう。

 

 

 

「…そんな顔をしないでよ。

私が悪いことをしてるみたいじゃん」

 

 

「…そんな、事言ったって…」

 

 

 

「…これより」

 

 

「……」

 

 

 

 

「…ひさめの抜き打ち私服チェックを始める!」

 

 

「嫌だぁーっ!」

 

 

 

 

僕はもう駄目かもしれない。

 

 

 

 

 

……

 

 

 

 

「いやもうほんと勘弁してよ、そんな濡れた仔犬みたいな顔。私既に胃が痛いんだって」

 

 

「ど、どんな顔だよう…

ていうかそんな辛いなら別にやらなくても」

 

 

「いやそうはいかないでしょ。だってほら、あの人と念願のデートなんでしょデート。そこまでこぎつけたのも凄いとは思うけど」

 

 

「で、デートなんてそんな…!あっちはどう思ってるかとかもわからないし…えへへ…」

 

 

「照れてノロけてる場合じゃないの。ていうか今更もうそこはどうでもいいの。問題は…」

 

 

 

晴果はそう言うと、僕の部屋をぐるりと睨んだ。そしてそのまま視線を一周させてからまた僕を見た。目が怖い。すっと視線を逸らす。

 

 

 

「まあ正直言って私服が死ぬほどダサいってくらいで愛想尽かされるような仲じゃ無いとは思うんだけどさ」

 

 

「死ぬほど!?」

 

 

「死ぬほど。デートの時くらいはちゃんとした服を着ていかないとさ、相手にも恥ずかしい思いをさせちゃうでしょ?」

 

 

「うっ…

…ごめん。ありがとう、頑張ります」

 

 

「ん、よろしい。

それじゃまず…今度のデートに着ていく予定だった服に着替えて貰っていい?」

 

 

「はい、先生!」

 

 

「なはは、悪い気はしないわ」

 

 

 

 

数分後。僕は必死にコーディネートした服のセットをひいこら着込んで(着慣れてないんだ!)、お披露目していた。

 

 

「………うーん…」

 

 

それを見た卯之花先生は…

…なんというか微妙な顔をしていた。

 

 

 

「や、ごめん。正直言って予想していたよりは何倍かマシだったっていうか、思ったよりは普通だった」

 

 

「ど、どんなのを予想してたのさ…」

 

 

「前回の惨状を忘れたのかアンタは」

 

 

 

すっと目を逸らす。

なんかさっきからこんな事してばっかだ。

 

 

 

「…あれだね。

ファッション誌を見て出来るだけそれを真似しようとしたけど、幾つか無かった服はそれっぽいので代用したって感じだ」

 

 

「う、さすが。そのままどんぴしゃだよ」

 

 

「やっぱり?

…そうだなあ。これならそのインナーはこっちの色の方がいいと思うな。あと小物でアクセントつけるのは良いけどゴテゴテしすぎたら逆効果」

 

 

「ふむふむ」

 

 

 

忘れてしまわないようにメモに書き込んでいく。前回の教訓含め、流石にアドバイスが具体的でわかりやすい。

 

 

 

「…でも、今回は割と形になってる。

本当は私もそこで止めたいんだ、けど…」

 

 

 

目の前の晴果の顔が、苦渋を噛み潰したような表情へと変わる。

え、何。何が起こるの。

 

 

 

「…雑誌とかそういうのを全く見ないで、どんな服を選ぶつもりだったか。いつも大体どんな服か。それを見せて」

 

 

 

青褪めるような提案が、そこにはあった。

 

 

 

「な、なんで!いいじゃん今回は!」

 

 

「いいから早く!『今回は』じゃないの!今日の私の目的は対処療法じゃなくて根本治療なんだっての!」

 

 

「ど、どうしてそんな…!」

 

 

「…そりゃさっき、そうなりはしないと思うって言ったし、今もそう思ってるけどさ。今後何かしらそのファッションを境にその関係が冷え込まないとも限らないし?なら今のうちに治しときたいじゃん?」

 

 

「…」

 

 

 

「あとこれから先何度もやるのは正直めんどい」

 

 

 

本音がズバッと見えた。

隠そうとしない辺り割と差し詰まってる方の本音なんだろうなぁあれ。

 

 

 

「はいはい、そんな目で見ても駄目。後で私の謝罪が長くなるだけだよ」

 

 

「謝罪は確定事項なんだ…」

 

 

「さっきも言ったけど既に心が痛いの」

 

 

 

 

……

 

 

 

今度はすんなりと着終えた。やはり着慣れている服は違う。動きやすいし、温かい。

 

…前よりは改善されたから大丈夫。

大丈夫な筈。前回ほどぼろぼろに言われる事は無いだろう、流石に。

 

尻込みしていても意味がない。

さあ、いざ!

 

 

 

「ほら来たダッサあ!」

 

 

「開口一番それかよう!」

 

 

 

ドストレートな批評につい口が出てしまった。しかも出てきた途端だった!まるで判定のタイムが無かった!

 

 

 

「だってそれ…部屋着!部屋着でしょ?

そうだと言ってほしい」

 

 

「そ、そこまで…流石にパジャマよりはちゃんとしてるでしょ!」

 

 

 

そう必死に言葉を返すと、一瞬、疑問の空白が出来た。え、そんな変な事言っただろうか。

 

 

 

「…ひょっとしてパジャマ=部屋着だと思ってない?」

 

 

「えっ違うの?」

 

 

 

やっぱり!と嘆きの声が聞こえた。

さっぱり分からないが、どうもまたまずい事を言ってしまったらしい。

 

 

 

「違う、違うの!

ホットケーキとパンケーキくらい違う!」

 

 

「違くないじゃないか!」

 

 

「違う!まずその二つは…

ってそんな話じゃなくって」

 

 

 

いかんいかんと、脱線しかけた話を大仰に首を振るって戻す晴果。その様子がなんだかコミカルでつい笑ってしまいそうになる。

 

 

 

「…うーん、まずなんで全身黒いの」

 

 

「ま、前に色がごちゃごちゃすぎるってなってたからそれは避けようかと…」

 

 

「あ、成る程。私が言った事守ってくれてたの!良い子だ…でも無難を狙う余りにまた別の方向にエライことになってるよひさめ…」

 

 

「そっか…」

 

 

「…いや待った、やっぱ色だけの問題じゃない。そういう次元じゃない。そのモコモコは外で見たらいけないものだって」

 

 

「そ、そんなに!?」

 

 

「そんなにだよ。まったく、顔がいいから許されてるけど…いや逆に、だからこそ許されないよこれ。犯罪だよ。大犯罪」

 

 

「そ、そこまで言う…」

 

 

「そこまで言うよ今日は。とことん修羅になると決めたんだ今日の私は。あとその後本当に陳謝するし甘やかすからね」

 

 

どれだけ身を削ってるんだ。ありがたい事ではあるけど、それでもなんというか。

 

 

 

「あ、クローゼットの中見ていい?」

 

 

「いいよ。前よりはちょくちょく買ってるんだけど…どうかな」

 

 

「おー本当だ。ここも嬉しい誤算だなあ。前はほんっと少なかったからね…」

 

 

「い、いや…本当にその節は…」

 

 

「まあまあ、過去の話ばっかりしてもね。

…お、これいいじゃん。これも割とオシャレ。なんだ、結構いい感じのもの買ってるじゃない」

 

 

「あ、そう?そう言われると嬉しいな」

 

 

「お世辞じゃなくて本当にいいと思うよ。

…ただそうなると疑問は、どうしてこれらを買うようなセンスが培われた上で…」

 

 

 

全身を舐めるように見られた。言葉にこそしなかったが、目が口ほどに物を言っていた。

 

 

「……その上でどうしてこうなったのか…」

 

 

あ、言葉にもした。

 

 

 

「…わかった。優先順位の問題なんだろうね。服を着るに当たって、動きやすさとか、あったかさとかを重視しちゃうんだ。そんでその上で言われた事を守ろうとかして」

 

 

「…えーっと、つまり僕は何を?」

 

 

「そうだなぁ。でも今回ばかりは私勝算があるんだ。前回とは違って確かにセンスは磨かれてるからね。ちょっとそれだけで泣きそう」

 

「だから今回は、そうだ。

オシャレは我慢と、怠さとの勝負って事を徹底的に覚えてもらうしかないかな…」

 

 

 

 

……そこからは相当に長かった。話が長いっていうか、教えるにあたっての時間が普通に。

もう黒色ジャージは懲り懲りだ…

 

 

 

「…うーん。でも、そっかあ。それならいっそ、眼鏡もコンタクトにした方がいいのかな?」

 

 

「それはダメ」

 

 

「えっなんで」

 

 

「ダメ」

 

 

「えっハイ」

 

 

 

ただ一つ、なんでか理由さえ言わないまま駄目だと言われた。よくわからなかったけど目が怖かった。

 

 

 

 

 

 

……

 

 

 

 

 

「…なんて事があって」

 

 

「はは、成る程。

でもそのおかげか、凄く可愛いぞ」

 

 

「そ、そう…?なら嬉しいや」

 

 

「……」

 

 

「…?どうしたの?」

 

 

「…いや、『一回目』って一体どれくらいの惨状だったんだと思って」

 

 

「…ノーコメントで!」

 

 

 

 

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