彼の周りは少し愛が重い   作:澱粉麺

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魑魅魍魎(浮葉三夏)

 

 

 

ある日の放課後の事だった。

夕焼け空も翳り始めたくらいの時間のこと、そろそろ帰ろうかと、ただまだ何か他にできないかと鞄を持ちながら、妙に遠回りをしながら帰宅路に着こうとしていた時のことだった。

 

俺はふと、学校の花壇の近くに、見覚えがある人影を見つけた。

それに少し揚々と近付いて声をかけた。

するとその影は呆れたように、少し喜んだようにこっちに向いてくれる。

 

 

「あら、まだいたの集くん…

…って、なんだかこの言葉も言い飽きたわね」

 

 

「はは、確かになんだかいつも言われてる気がします」

 

 

「…まあ、毎回毎回同じことを言うのにも芸が無い気がするし、今回は早く帰りなさいとか、そういう小言は言いません」

 

 

頭に手を置いて悩むようにそう言う浮葉先生は、相変わらず何処か不健康そうで、目を離した途端に倒れそうな風に見える。勿論そんなことはなく、ただ俺が初めて会った時の印象に引っ張られてるのかもしれない。

 

 

「っと…それは」

 

 

「少し花壇の手入れをしてたの。

放っておくのも忍びないと思って」

 

 

「先生もマメですね…

他の人に任せてもいい気もしますが」

 

 

「私もそう思ったけど…

誰かがやってくれるっていうのは私がやらない理由にもならないでしょう」

 

 

 

きっと歩きざまに、その少し荒れたままのものが目に入ったのだろう。そしてそれを忘れて見ぬふりを出来ずに、こうしているのだ。

 

何かの要素が、自分がやらない理由にはならない。俺は、そうさらりと言うようなところやそういう人柄を気に入っていたし、おこがましくも少し親近感を持っていた。

 

 

 

「さすが、いい事言いますね。

折角なら俺も手伝いますよ」

 

 

「あら本当?ふふ、正直そういってくれることを期待してました。

本当はやめるように言うべきなんだけどね」

 

 

「はは、力仕事なら任せてください」

 

 

そしてまた、この先生は以外と素直に、善意を受け取ってくれたり、頼ってくれることも多い。それは、個人的にとても喜ばしいことだ。

 

 

さて、そんな風にして。

スコップを持って土を掘り出したり、シャベルで穴を作って花壇に花を植えたり、雑草を軍手で引き抜いたりしている内の事。

 

花壇の裏から、かさかさと、黒く大きい虫が動く。その急な飛び出し方に、反射的にぎょっと身体が強張ってしまった。

 

 

 

「きゃっ…

急に来られるとびっくりするわね」

 

 

それは、先生もそうだったようでびくりと身を引いていた。だがその程度で、その少し後にはすぐに作業に戻る。その様子に少しだけ好奇心が刺激され、少しだけ質問をする。

 

 

 

「浮葉先生、虫大丈夫なんですね。

なんか勝手に苦手なのかと思ってました」

 

 

「うーん…大丈夫ってほどでもないけど、まあそこまで苦手でもないかしら。人並みに触るくらいはできます」

 

 

「へえ…

うわっ、この花壇の裏凄いな、いっぱい出てきた…こういうダンゴムシみたいなのも大丈夫ですか?」

 

「まあ、そうね。さすがにちょつと気味悪いなーくらいは思うけどそこまで…学生の頃なんてかなり苦手だったんだけれどね」

 

 

 

あはは、と力無く笑う姿を以外なように見る。

そういえば地面に居た芋虫にも普通に触っていたし、さっきの驚く様子もただ急に出てきたことにだけ驚いた、という様だった。

 

俺自身、特に苦手意識があると言うわけでもないがひさめや鈴なんかはかなり苦手で、幾度か俺が駆り出されたことがあったので、人ごとの差というのは面白いもんだな、と思った。

ちなみにシドは表情一つ変えず潰してた。

 

 

 

「へえ…当然ですけど人によるんだなあ。

っとトカゲまで出てきた」

 

 

「きゃーーっ!!!」

 

 

 

急な悲鳴に、耳がびりびりと揺れた。不意打ち気味の大音量にまずびっくりし、その上で鼓膜へのダメージがかなり深刻になった。

 

だがそれに構う暇すら無い。というのも、先生がぐいと俺の身体の陰に隠れてそのままぎゅっと掴んでくる形になってしまったから。何が起きたのかすらわからないくらいの目まぐるしい変化に、おどおどと挙動不審になった。

 

 

 

「たたたた、助けて集くん!追い払って、どっかやって!!」

 

 

「えっ、はっ?ああ、えっと…こいつ?ですか?このトカゲ?」

 

 

「ぎゃーっこっちに向けないで!そっちにやって!早く、早く!」

 

 

先ほどまでの落ち着き払った、大人然とした余裕は何処に行ってしまったのか、かたかたと細やかに震えて必死に指を指す姿に半ば…いや、殆ど呆然としながらそのトカゲを少し遠いところまで連れて行ってリリースした。

謂れのない大悲鳴を受けたトカゲの逃げるその背姿は妙に哀愁を帯びていた気がした。

 

 

「…お、追い払ってきましたよ」

 

 

「あ、あ、ありがと…」

 

 

まだ少し震えが残りながら俺の制服が伸びんばかりに掴む浮葉先生。だんだんと震えが引いてきて、掴む手が無くなるのは少し先のこと。

 

 

 

「…………ごめんなさい、ありがとう…」

 

 

 

あ、正気に戻ったらしい。

げっそりとさっきよりも疲れた様に、そしてまたさっきまでの自分の行動を恥いるように顔を伏せていた。

 

 

「………先生、トカゲ苦手なんですか?」

 

 

「はい…すっごく…」

 

 

 

それは、そうだろう。

出会ってから日は浅いが、彼女のこんな大音声は初めて聞いたくらいだし、なんならこんな大きな声を出せるんだと思ってしまった。いつもゆっくりとした落ち着いた声だし、尚更。

 

 

 

「厳密にはこう…爬虫類全般…

蛇とかトカゲとか、どーーしてもダメなの…あの皮膚のてらてらした感じとか…妙にすらっとした尻尾とか、なんでか、見てるとどうしてもぞわっとしちゃって…」

 

 

ぽつぽつ、ぼそぼそと下手な言い訳をするように、もしくは懺悔でもするように恥ずかしげに言う姿は先までの座り込んでいる姿よりも数倍くらい身体を小さく見せた。

 

 

「…ま、まあ…苦手な人はいますよね…

俺も知り合いにいますよ、ヘビとか嫌いなの」

 

 

ここまで苦手な人は初めてだけど、という言葉は飲み込んでおくことにする。言ったところで誰も幸せにならないだろうし。

 

 

「そう?そう言ってくれると助かるわ…

にしても、ずいぶん変なとこ見せちゃった、ごめんなさいね。制服伸びたりしてないわよね」

 

 

そんな大袈裟な、と思ったが、たしかにそれくらいの力でぎゅっと掴まれていた様な気もする。というか、彼女本人がそうなってもおかしくないくらい握っていた、と自認してるのだろう。

 

 

「集くんは、すごいわね…

何の躊躇いもなくヒョイと持っていってて」

 

 

「え?ああ、まあ…

でも、トカゲとか可愛いじゃないですか。目とかくりくりしてて」

 

 

そう言うと理解できないモノを見る様な目で一瞬こっちを見られた。そ、そこまでか?

 

 

「…集くんって、逆に苦手なものあるの?

なんだか何があっても平静のまま対処しちゃいそうな感じがあるけれど」

 

 

一息ついて作業を再開しながら、先生がそんなことを俺に聞いてくる。

たしかに、そう言われると苦手なものと言われて思い浮かぶものはあまり無い。

人並みに気持ち悪いものは気持ち悪いと思ったりするし、嫌いなものもある。

だが、『苦手』となると、あまり。

 

 

「うーーん…」

 

 

「そ、そんな無理に考え込まなくても…

ごめんごめん、変に悩ませちゃったかな」

 

 

「うーん…

あ。口喧嘩とか苦手かもしれません」

 

 

「口喧嘩?」

 

 

「はい。それこそシド…史桐には一度も勝ったことないし、妹にもいつも言い負かされちゃうし…何か言われるとつい、怯んじゃうというか。そもそもの話し合いが苦手だったり」

 

 

「う〜ん?それは苦手というより、ただの向き不向きの問題だと思うけど…」

 

 

そんな他愛無い会話をしている内に、ようやく花壇の整理が終わる。周りはかなり暗くなり、手元がなんとか見えるくらいの程度に日が落ち始めていた。

 

 

「…ごめんネ、こんな時間まで突き合わせちゃって。今度、色々埋め合わせするから」

 

 

「いやいや、そんな!俺から言い出した事なんだし気にすることないですよ。

むしろ、手伝えて嬉しかったです。

それに…」

 

 

「それに?」

 

 

「…ふふ、先生のニガテなものなんて、トップシークレットを知っちゃったんで。

むしろ、俺が返さないといけないっすね」

 

 

にったりと笑ってそう言ってみる。

そうしたら、もう、と怒るふりをするだろうか、と予測していた所に飛び込んできたのは、先生の優しい声だった。

 

 

 

「…そうやって、私に気を揉ませないようにしてくれてるのね。集くんたら、本当に無欲で優しい人なんだから」

 

 

「ありがとう、集くん。

私、貴方のそういう所、大好きよ?」

 

 

 

そう、言われると。

意図を見透かされていたことか、それとも言われたことに対してか。

 

どちらにせよ、なんだかとてもとても恥ずかしくなって、顔がかっと熱くなってしまうのを感じて。別れの挨拶もほどほどに、さっと鞄を持って帰宅路に着いた。何かから、すたこらと逃げる様に。

 

 

 

 

 

「あ、集くん!

今日は本当にありがとうねー!また明日!」

 

 

 

 

「……行っちゃった。

ふふ。あの子の苦手なものは…

直球な好意、かしら?」

 

 

 

 

逃げ去っていく背中に、くすくすとそんな笑い声が聞こえてきたような気がした。

 

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