彼の周りは少し愛が重い   作:澱粉麺

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プッシュ・オーバー・フォールック(九条史桐)

 

 

 

 

「なあ。

シドって、俺のどこが好きになったんだ?」

 

 

「顔」

 

 

 

ずばり。

そんな音がしたくらい答えは豪快だった。

……確かに、急に面倒臭い質問をした俺も悪かったと思う。ただその答えはどうなんだ。

 

躊躇うそぶりも逡巡もなく、即座に言われたそれは、だからこそ間違いなく本音で、嘘偽りがない真実とはっきりわかった。

 

 

 

「お前…お前なんかもっとこう…

ロマンっていうか風情っていうかさあ…」

 

 

「えー?いいじゃん。だってキミの顔好きなんだもの。別に取り繕う理由も無いだろ」

 

 

悪びれも動揺も何もしていない、むしろケータイを弄りながら、視線すら向けず片手間でしれっと言い放つ姿は、リラックスしきった脱力状態。外行きの面では絶対に見せないようなだらけきった状態だった。

 

 

 

「………」

 

 

「なあんだいその顰めっ面は」

 

 

「いや、だって顔って…」

 

 

「いいじゃない別に。ボクも話したこともないのに告白してくるような面食いさんにいっぱい会ってきたし。実際見た目って言うのは魅力の大きなファクターだろう」

 

 

「そういうことじゃなくて。

ほら、だって俺の顔って、こう…」

 

 

 

そうまで言うとシドはどうにも気だるげに身体を起こして携帯を置いてこちらに向き直った。そうしてにじり寄って来たと思うとそのままつかつかと歩み寄って来てから、顎を掴んでぐいと顔を寄せる。

こいつはいつだって、距離感がおかしい。

 

 

 

「おや、最後まで言わせたいかい?贅沢だなあ。まあ言ってあげようか」

 

「ボクには、キミの顔が一番いいんだ。

周りの評価とか傷とか、そういうのはどうでもよくて、ただボクにはキミがいい。

どう?納得してくれたかな?」

 

 

 

ぐい、と視線の中に入ってくるでもなく、俺の視界の中に入り込むでもなく、ぐいと、俺の視界を独占して。微塵も照れもせずに言った。

そのあまりの躊躇と偽りの無さにただ頷くことしか出来なかった。

 

 

 

「しかしどうしたんだい急に面倒臭い彼女じみた質問を投げかけてきて。そういうのはボクの領分じゃないか?」

 

「それとも自分じゃ釣り合わないとか迷惑だとか言い始めるつもりかい?そういうこと──」

 

 

「わかってる、わかってる!言うなっていうんだろ!言わないし、実際そういう事考えないようにしてるって!」

 

 

 

以前、そういう周りの噂や評判なんかはできるだけ気にしない様にはと思っていたその上で、一度だけ気が迷ってそんな事を言ってしまった事がある。

その時の彼女の様子といえば…

思い出すと未だに背筋がぞくっとする。

 

 

「ふぅん…なら良いけどさ。なんにせよ何処が好きかって言われたらそう答えざるを得ないかな。ころころ変わる表情とか、ネ」

 

 

つん、と額を人差し指で突かれる。

意地悪な笑みを浮かべるそれは、ひょっとしてさっきまでの問答も全部読んでいたのではと思うような計算高い微笑みだった。

 

 

 

「…で?ホラ、そっちこそどうなのさ」

 

 

「ん、何が」

 

 

「キミはボクのどこが好きなんだい」

 

 

「えっ」

 

 

「何驚いてるのさ。こういうダルい質問を聞いていい者は聞かれる覚悟があるものだけでしょう。というかボクはメンヘル気質だしそりゃ聞くよ。それくらい予想できたと思うけど」

 

 

「う、ん…確かに…」

 

 

「おっメンヘル気質なのを否定しなかったね?うーん減点」

 

 

「ま、待った待った!色々待ってくれ!」

 

 

そういう返答は、まあ確かにあるかもしれないとは思ってはいたが実際に来てしまうと困ってしまう。俺はシドほど聡明でもなければ自分の感情を言語化もしない。

 

どこが、好きなのだろうか。

俺が好きな場所。それこそ彼女のすらりと体格も意外と童顔気味なその顔の見た目も好きだ。こうやって、ぐいぐいと押してくる性格も、拗ねやすいその面倒臭さも、あとその長い指や近い距離感、自信満々な態度。それら。

後、まだある。どれがどうで、何がそれで…

 

 

「全部だな…」

 

 

ぼそり、口から漏れた。

 

 

 

「は?」

 

 

「…どうしよう。全部好きだよ。

全部、お前の全部が。何処がとか言われると、逆に出せない。どう選ぶんだ、これ!?お前どうやった!?」

 

 

本当に困って、俺はそう聞いたんだ。だけどシドの反応は随分とへんてこで。

呆れて口を開けてからぱしりと自分の額を手で叩いたと思えば、俯いて、そしてまた呆れたようにため息をついた。

 

 

 

「…………そういうの」

 

「…誤魔化されたみたいで、嫌いだな」

 

 

 

そう言いながら、ぷいと顔を逸らしてしまう。その言葉に、ごもっともと思い、なんとか気を直してもらおうと彼女が顔を向けた方へと行く。

 

 

「…す、すまん。

確かにずるい答えだし、お前は選べたんだから、選べないなんて言うのは甘えかな」

 

 

 

「ああ、そうだ。その通り!

まったくもって、ずるい!」

 

「…そういうのは、ずるいよ」

 

 

 

 

意地になったように顔を逸らし続けるシドに向け、ぐい、と無理矢理顔を見に行く。

 

すると、そこには片方の手の甲で顔を隠し、それでも隠しきれない赤面があった。

かあ、と顔を真っ赤に弱ったシドの姿はとても珍しいものを見たような、眼福というような気持ちになる、

 

 

 

「…フン。

弱ったボクを見て満足かい。このDV男」

 

 

「だからそういう人聞きの悪いこと言うのやめろって!」

 

 

バツが悪そうに、そうやって予想してないタイミングで不意打ちしてくるからキミはねえ、とぶつくさと言う彼女。その姿はいつもの超然とした雰囲気でなく、ただの年頃の少女だ。

 

 

 

「…それに、酷いじゃあないか。

キミがそう言っちゃったなら。ボクがまるで、キミに対してはそうじゃない、みたいで」

 

 

「そりゃあ…シドらしくもない。

変なことを言うな」

 

 

「変。変だって?」

 

 

「ああ。だって、言い直して今から言えばじゃないか。いつもならそれくらい平然とやると思ったからさ」

 

 

そう言うと、得心が言ったように片方の手をぽん、ともう片方の手のひらで叩いて。

その後に腹を押さえてくすくすと、げらげらと、その中間くらいの声で笑う。

 

 

「あっハハハ!そう、だね!その通りだとも!

ほんと、イイね。古賀クンはいつも、ボクの予想の外から答えを返してくる!」

 

 

「うん、そう。

ボクも気持ちは凄く同じ。全部好きだよ。

キミの嫌いなとこなんて一つだって無いさ。

嫌いだと思ったとこさえ、すぐ好きになっちゃうくらいさ。恋は盲目だよねえ」

 

 

 

「………でも、そうだな。

やっぱり。全部そうだけど、特にボクは…」

 

 

 

(その、少し勝ち誇ったような面も。強面なのにころころと変わる顔も、そのざらざらとした感触もじっと見つめてくる目も卑屈が少し滲んでいるような眉も妙に長い睫毛も、嬉しい予想の外だけをボクに囁くその口も……)

 

 

 

「……ボクは、キミの顔が好きだなあ」

 

 

 

 

 

 

 

……

 

 

 

 

「で、どうだい。

改めて聞くけどボクのどこが好きなんだい」

 

 

「今丸く収まってなかったか!?」

 

 

「それはそれ、これはこれだよ。

さ、最低でも10個は言ってね♪」

 

 

「いや、それ自体は良いにせよ待て!せめてその明らかな録音機材は仕舞え!」

 

 

「嫌だよ、そりゃ録音するよこんな貴重なの。後で何度も聞き直すから、張り切って行こー」

 

 

 

 

 

 

……

 

 

 

 

 

「うん、それで10個目だね!

でももっと言えるよね?なんてったってボクのいいとこがそれだけの筈ないし」

 

 

「うーん、かなり出してきたね、嬉しいよ!

でもあとまだ言えるだろう?言えったら。言え」

 

 

「ふんふん、即答してくれたね。

それならまだあと20個は行けそうだ。

ん?どうしたのそんな渋い顔して」

 

 

 

「……うん。今回はこれで満足してあげようかな。次までにもっと語彙を増やしといてね」

 

 

「そして、その時までに。もっともっとボクのいいところを見つけられるように…」

 

 

 

「…ボクから。

一時たりとも目を逸らさないように、ね?」

 

 

 

 

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