彼の周りは少し愛が重い   作:澱粉麺

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たとえ嘘でも(村時雨ひさめ)

 

 

 

「ひさめはさ、もっと怒ってもいいよな」

 

 

出し抜けにそう彼が言ったのは、二人でいる時だった。見上げるようにして顔を見る。大きな傷と、優しい顔が見える。

古賀くんはいつだって温和な顔だ。

 

微笑みながら言ったそれは、別に切羽詰まった何かという訳では無いみたい。

にしても、どういう意味だろうか。

 

 

「?えーと、どういうことかな?

…そういう顔の方が好み?」

 

 

「そ、そうじゃなくって。何というか…もっとちゃんと怒ってるぞって所を見せられた方がいいと思ってさ」

 

 

ああ。彼なりの、ちょぴっと不器用な気遣いだったらしい。どうも上手くいかないそれを見ると、なんだかとても微笑ましい気持ちになる。

 

 

「…ほら。今もそんな可愛く微笑んで。多分出来ないだろ?そういうクワっとした顔」

 

 

「そ、それくらい出来るよ。…多分」

 

 

「多分かー…」

 

 

「じゃ、じゃあ見ててよ。

ほら…客観的な意見をさ!」

 

 

「お、そうか。よし、それじゃ全力で怖い顔やってみようぜ」

 

 

「へ?今すぐ!?

ちょ、ちょっと待って…えーと…ほい!」

 

 

…ああ、うん。

ほら、急にやれって言われたから…って言い訳も虚しくなるくらい上手くいかなかったのは分かってるからさ。

 

だから、そうやって何とも言えないように顔を抑えるのはやめてくれよう…

 

 

 

「うん、怒り顔の路線は無理だな。やめよう」

 

 

「待って、もう一回、もっかいだけ…」

 

 

「いや、だめだ。俺が保たん…」

 

 

そう言う彼の手に覆われた顔は、指の間と間から見える色が随分と赤い。僕は鈍臭くはあるけど、それが意味する事がわからない程ではない。

 

…なんというか、嬉しい事に間違いはないんだけど、素直に喜ぶ前に、どうも心がごちゃごちゃになって、静かになってしまう。

多分だけど僕の顔も真っ赤だろう…

 

 

 

「…話を戻そう。その…なんだ。怒った顔はダメだ。どう考えても逆効果だ」

 

 

「う…

じゃ、じゃあもういいんじゃないかな…」

 

 

「いや、そういう訳にもな」

 

 

「…だって、ほら。もしもの事があっても、誰かさんが僕を守ってくれるんじゃない?」

 

 

 

ちょっとだけ、意地悪をしてそう言ってみる。あの照れたような困ったような、あまり見ることのない顔が、何だか、悪戯心を刺激するんだ。

 

 

「そりゃあ勿論そうするけどさ。

もしもの場合ってのもあるだろ?」

 

 

と、すげなく返されてしまった。残念ながら、慣れられてしまってるみたいだ。

ちょっとがっかり。

 

 

 

「そんな事言われても…」

 

 

「そうだ。怒るって感じじゃなくて冷ややかな視線を向けるとかならどうだ?」

 

 

「な、成る程。…それこそ出来るかなぁ」

 

 

「まあ物は試しだ。

ほら、やってみよう」

 

 

期待じみた目をこっちに向けられてうぅんと唸ってしまう。

 

薄々分かってはいたけど、古賀くん、僕を見る事を楽しむ方が本題になってないかな。まあ、僕も楽しいからいいんだけど…

 

 

眠い時。朝の起き抜けの時とか、眼鏡を外して物を見る時の目つきの悪さをイメージする。

加えて、ちょっとだけ昔のあんまり思い出したくない事を。今ならそれは、嫌な思い出として俯瞰できる。

 

 

 

「…どう?」

 

 

「………いいんじゃないか?

というか、かなりいいと思う」

 

 

「な、なに今の微妙な間」

 

 

「いや何でも…

そうだな、いっそ何か言おう。

なんか威圧する感じの」

 

 

「何それ!?ていうかやっぱり古賀くんこれ楽しんでるでしょ!」

 

 

「…まあ実際、役に立つ時も来るかもしれないし」

 

 

否定はしないんだなぁ…何というか、誤魔化すのが下手くそというか…僕が言えた事じゃないけど。

 

しかし、どうしよう。

急に言われても何も思いつかない。元々頭の回転が悪い方なんだもの…

 

あまり使ってない顔の筋肉、特に目尻の辺りがぴくぴくしてきた。ええい、何でもいいから言ってしまおう。

 

 

「う、うーん…

…『失望したよ、バカ!』」

 

 

「ふふっ」

 

 

わ、笑われた…

確かに我ながら不格好な台詞だとは思ったけどさ!なにもそこまで!

 

 

「ち、違うんだ。別に変な所があった訳じゃなくって…」

 

 

「ふん、どうせ僕には似合いませんよーだ」

 

 

「本当に違うんだって!

その、なんていうか…

いや恥ずかしいからやめだ」

 

 

「ずるい。恥ずかしい思いしたのは僕もなんだから、ちゃんと言ってったら!」

 

 

「………あー、わかった。

その…さっきからどんな顔しても、どんな事してても可愛く見えて仕方ないんだ」

 

 

「……」

 

 

「…」

 

 

「…え、えーと…ありがとう…?」

 

 

 

ああ、これはもう『多分』を付けるまでもない。彼の顔も、僕の顔も真っ赤っかだ。どうしようもないくらい熱を帯びるのを感じる。

 

どうして、そういう事を軽々しく言うかな。

これじゃ僕まで恥ずかしくなるじゃないか。

 

 

 

「あは、はは。その…もう、やめてよ。

急に言われても、心の準備がさ…」

 

 

「い、言えって言ったのひさめだろ…」

 

 

「そうだけど…あれ、そうだね。

…恥ずかしいけど…う、嬉しいよ」

 

 

「ほ、ほら!話戻すぞ!上手く行かなかったと思うならもう一回やってみるとか!」

 

 

「…多分、今はもう言えないかな…」

 

 

 

彼が頭に疑問符を浮かべるように、首を傾げる。

そうだ。折角だし、今この時、恥ずかしがった回数を平等にしてやる。

 

 

 

「…だって。嘘でももう、失望したなんて言えそうも無いんだもん」

 

 

そう、僕の心の中をそのまま言うと、古賀くんはまた止まってしまう。ふふ、やった。

 

ただ、ああ、ダメだ。

僕までまた恥ずかしくなってしまった。

これじゃあ、結局回数比は変わらないや…

 

 

 

 

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