彼の周りは少し愛が重い   作:澱粉麺

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プリーズ・ベアー・ホーミタイ(九条史桐)

 

 

「あの、古賀さん」

 

大学キャンパス内。

女性の声に話しかけられてびくりと肩を震わす。

俺に声をかける女生徒の目的は、ただ一つ。

それはもう、わかりきっている。

振り返ればそこには、案の定の顔ぶれ。

 

 

「……その、何度言われてもだな。

俺にはどうしようもないことであって…」

 

「そんな、頼みます!」

 

そうして縋り付くように腕を掴まれると、苦しい気持ちになる。まるで俺が悪いことをしているみたいで、心苦しい。

でも、俺にはどうすることも出来ないんだ。

 

 

「お願いします!

シドさんに紹介してくださいよー!」

 

「だから!本人からNG出たからどうしようもないの俺には!!」

 

 

二つの悲痛な叫びがキャンパスにこだました。

 

 

 

 

……

 

 

「えーー…古賀さんばかりずるい。

あんな美人さんと友達だなんて」

 

「友達…ずるいもなにも、なぁ」

 

 

…いつのまにやら籠絡していたのだろうか。学校も違うはずのシドに、俺の大学の後輩がすっかり虜になってしまっていた。会った機会もほとんどなかったろうに、本当にいつの話だ?

 

「いいじゃないですか、友達ならこう…勝手に紹介しても許してもらえるんじゃないですか?」

 

「嫌だよ、後でなんて言われるかわかったもんじゃねえ」

 

「ボクもそれは困るから勘弁してほしいかなあ」

 

「ほらやっぱり…

………ん?」

 

 

ここで、聞こえるはずのない声にようやく気付く。

そうしてワンテンポ遅れてそっちに向き直ると。

そこには何食わぬ顔で会話に参加している、その話の渦中の人物がいた。

黒曜石のような黒く、長く伸ばした髪に、熱した溶岩のように赤い目。にっこりと目を歪めてそこに、急に来た。

 

 

「……うわ!?シドなんでお前ここに!」

 

「来ちゃった♪」

 

「来ちゃった、じゃなくて!」

 

にっこり笑って俺ら二人に手を振る姿は、まあ人当たりのよく、とても様になっている光景であり。

そしてまたそれは、ああ、なるほど。

それは一目見ただけすら虜にすると思った。

俺が言うと、ただの惚気になってしまうが。

 

 

「ごめんねー、これ、借りていっていい?」

 

「どうぞどうぞ!是非とも持っていって下さい!」

 

「俺の意思は?」

 

 

あっという間に二人で話をして俺がこの後シドに持っていかれることが確定してしまう。まあ元々その予定ではあったからいいんだが。

 

「ボクもう彼氏が居るからさ。連絡先交換はいいけど…あまり返信はこまめにはできないよ?」

 

「え〜いいな〜。彼氏さんもきっと優しくてイケメンなんだろうなー」

 

「ああ、勿論!今度是非とも自慢したいね」

 

横目でハイペースに連絡先を交換する様子を見ながら、しかしどこかハラハラとした心持ちで、ちょっとだけ影を薄くする。そうした所で何があると言うわけでもないんだが。

 

 

「それじゃボクらもう行くよ。

時間は有限だし、キビキビとね」

 

「あだだ、皮膚を摘むな」

 

そうして半ば拉致的な感じで、あっという間に俺はシドに持っていかれてしまった。

そうされることに慣れてしまっている俺も、なんだか情けないというか。むしろこうしてリードして、何処かに連れ去るようなことを俺がやってやれたらいいんだがな。

 

さて。

そうしてキャンパスから出てから彼女の顔をじっと見る。さっきと変わらずに、他所行きの笑顔のままだ。にこにこしてるシドを見てると、なにやら落ち着かない気持ちになる。

それは何か無理をしているのではないか?という不安と、何か怒っているのかもしれないという不安の、半々。

 

 

「友達、ねえ。

…どうして彼女だって言わないんだい」

 

「言えるわけないだろあの雰囲気で…」

 

 

友達、と言われた時。

それを否定しなかったことにお冠らしい。いや言えないって。もし言おうもんなら目の前に襲ってきそうな勢いだろあの熱量だと。

 

「大丈夫だろ君なら襲われても千切っては投げ千切っては投げ…」

 

「してたまるか、色んな意味で」

 

 

暫く、沈黙が入って。そんなに長いものではなかったのかもしれないが、俺にはそれがどうにも少し威圧感があるように思えた。

 

 

「ね。お家デートしないかい?久しぶりにさ。

少し家でお話ししようよ」

 

「ヒェ…誓って何もしてません」

 

「知ってるよ?」

 

 

何故知ってるんだ。そう聞こうとも思ったが、ううんと悩むような、心外なようなシドの顔を見ているとそれはどうでもいいかと後回しにしてもいいとなった。

 

 

「…えっと。その、ね?他の女の子と話してたから、とか彼女と言わなかったからで怒ってたりはしてないんだ」

 

「と、見せかけて?」

 

「いや、ほんとほんと!それこそ付き合いたての時期なら怒ったかもしれないけど…」

 

そう言うと、初めてシドは作った笑みを崩した。

代わりに浮かべたのは、ニヤケた顔。

にたり、というかぎしり、というか。

どうにも悪っぽい、彼女の心からのにやけ。

 

 

「クク、ほら。古賀くんたらボクのことを徹底的に愛してくれてるじゃない?だからまあ、そんな疑いなんて抱く隙すら無いよ。ねえ?」

 

「……まあ、そうだな」

 

自らの身体を抱きすくめるように両手で二の腕を掴んで、そう吐息交じりに喋りかけてくる姿。どうにも色っぽく、わざとそうしている様子に照れたら思い通りすぎて嫌だと、目を逸らした。

 

「ふふ、照れちゃった。…ただまあ。ホラ。ボクも初めは興味ない状態から、そこから興味を強く抱いてるから気が気じゃなくてね。だから嫉妬や怒りってよりは…こう、心配なんだ」

 

と、さっきまでの蠱惑的な様子はどこへやら。打って変わってもじもじと言葉に悩んだ様子でいじらしくこっちを見る。その変化はまるで別人のようだが、今の俺にはむしろこの二面性こそが、彼女そのものだとわかっている。

 

 

「……と、いいつつ怒って…?」

 

「…キミねえ。怒ってないと言ったのにそういうこと意地悪で言うんじゃないよ。そっちの方で怒るよ」

 

「はは、いつもの仕返しだ」

 

「もう!」

 

 

こういう、年頃の少女らしく頬を膨らませるような姿を最近よく見るようになった気がする。それを言うと本人は嫌がるが、俺はそれを見ると凄く嬉しいような、彼女の愛しい所を見れた気がするんだ。

 

 

「全く、本当に後ろめたいことでもあるのかな?

…フム、ボクそんな怖いかな。

安心してよ、キミに隠し事なんて無いの知ってるよ」

 

「いつも見てるからね」

 

 

 

 

 

……

 

 

 

さて。

そうして一度別れてからシドの一人暮らし先に行くことになった。どうせならそのまま行ったほうがと思ったが、準備をしたいとのことで一度解散してからということになったのだ。

 

「はい、どうぞ入って?」

 

声に促されて部屋の扉を開ける。

するとそこにあるのは、いつもはひとどころに纏めている髪を下し、後ひらひらとしたガーリッシュな部屋着を着たシドの姿。

 

 

「お…」

 

「お?」

 

「女の子っぽい!」

 

「初めからそうだろう、が!」

 

「いてて、痛い痛い!」

 

率直な感想を言ったら皮をつねられる。

彼女のつねりはなんだか妙に痛い。

違う、女の子っぽいというのはつまりそういう失礼な物言いのつもりじゃなくて、もっとこう。

 

 

「もっとこう、あるだろうが。例えば…」

 

「しかしかわいいな。

いや、シドはやっぱりなんでも着こなすな。脚が長いから何着ても様になるし、着られてる感も無い。さすがだ」

 

「……」

 

「…ふふ。こういうヒラヒラは正直着慣れてないんだけど…まあ、こういうのも着こなしてこそだろう?なんてったってボクは完璧だもの」

 

 

と、急に。

なんだか嫌な予感がした。

それは発言がどうこうというより、彼女がちらりと後ろのクローゼットに視線をやったことに由来する。そしてそのクローゼットは、前来た時には無かったような。

 

 

「とぉころで!

ボクばっかりこういう色々なふりふりとかを着てさあ。片方はいつもの格好っていうのも、味気なくないかい?」

 

「あー…仕方ないだろ、サイズ合うの少ないんだ」

 

「うんうん、わかってるよ。

と、いうことで、色々用意してきたから」

 

 

がちゃり、とクローゼットを開けた瞬間。

まずそこに入ってる巨大なサイズの様々な服に驚いた。

そしてその次に。その数々の服の全てが、ハロウィン以外の日に着て往来に出たらぎょっとされるようなものということに驚いた。

 

 

「ということで着せ替えパーティだ」

 

「いやだ!嫌な予感がする!

絶対着るだけじゃ済まない気がするから本当嫌だ!」

 

「ハハ!残念だがキミに拒否権は無い」

 

「わかっちゃいたけど明言するな!」

 

 

…そうして、筆舌しがたいファッションショーは1時間ほど続けられた。それについての具体的内容はちょっと、あまりにもあまりすぎて語りたくは無い。ただ写真を山ほど撮られたりしたのでいつかどうせ思い出す羽目にはなるのだろう。

 

ただ一番、印象に残っているのは。

確かあれは軍服を着させられてた時だったか。

俺なんかに着せ替えして楽しいか…?

とシンプルな疑問を持って説明した時のこと。

 

 

「ふぅん…?楽しいねぇ!」

 

 

……まあ、まあ嬉しそうにそう宣言する姿を見て。なんかもうそれでいっかという気分になったのだ。

 

 

 

 

 

……

 

 

 

「いやー、今日の映画は面白かったな。

アクションの出来もすごいよかったし」

 

 

さて、そうしているうちに家デートもそろそろ終わりの時刻になってきた。ヴァンパイアみたいなマントをつけられたままの状態で気分転換に短めの映画を見ていたうちにもう外は真っ暗だ。

 

 

「…なんかすっかり古賀くんの中の良作映画のハードルを下げてしまったな…正直普通に申し訳ないや…」

 

「ん?なんか言ったか?」

 

「え、ああいや?

…まあ、これはこれでボク色に染め上げるってことなのかな?うーむ…」

 

 

何かをぶつぶつと釈然としない顔で呟いていたが、まあいいか、と気を取り直していた。それを尻目にようやく今日着てきた服に着替える。やっぱりちゃんとした服を着てるだけで落ち着く。

 

そう着替えてる途中に、そっと背中から抱きしめられる。それを離すでもなく抱き寄せるでもなく、ただ彼女のさせたいままにする。

 

 

「ねえ、今日泊まっていかないかい?」

 

「ああ、わかっ─」

 

「アハ、いいよ!連日じゃあ疲れちゃうだろ?だから今のは冗談のつもりだったんだけど…相変わらず優しいねえ」

 

 

そう言うとシドはそっと名残惜しげに離れて。そうしてから、ああそうだと棚の上に置いてあるものをこちらに差し出した。

 

 

「じゃ、代わりと言っちゃなんだけどお土産。

このぬいぐるみあげる」

 

「おお、ありがとな!」

 

 

実を言うと、これは二回目だ。

以前も一つ、ぬいぐるみを渡されたのだ。

本人曰く、どうにもUFOキャッチャーに凝り出したらしく、それでの戦利品を少しだけ貰ってほしいとのことだ。

それに、熊というのも君っぽいしね、と。

 

最初こそ大男の部屋にぬいぐるみなんて不気味じゃないか?とも思ったがどうせ訪れる人はまあシドくらいしか居ないし、何より彼女からのプレゼントということが嬉しくて、二つ返事で貰ったんだ。

 

 

「どうだろう、さすがに二つ目は邪魔かい?」

 

「いや、そんな事ないよ。可愛いし、それに…」

 

「それに?」

 

「なんか、これがあると、シドがずっと居てくれるみたいな気がしてさ。なんだか嬉しい」

 

 

「………そりゃ、そうだろう」

 

 

と、意味深な溜めをした彼女を少し見る。何故か目を逸らしたシドを怪訝に思うが、まあいいや。どうせ、聞いてもはぐらかされてしまいそうだ。

 

ぎゅっと、袋に入れるには大きすぎるその熊のぬいぐるみを抱きしめてみた。もふもふで、どこか安心する。

そしてまた、その様子を見たシドが、等身大の少女然にくすくすと笑う様子にまた、これ以上なく和んだ。

 

 

 

 

 

……

 

 

 

「……ちゃんと知ってるよ。聞いているよ」

 

「何もないってこと、ちゃんとわかってる。

ずっと、見てるよ。

ね?だーいすきな、ボクの彼氏くん」

 

 

「フフ、ふふふ…」

 

「おやすみ。今日も、いい夢を」

 

 

熊のぬいぐるみの奥底。

不慣れで静かな機械音が、途絶えた。

 

 

 

 

 

 

 

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