「失礼するわ」
翌朝、食事を摂っていると監査官が部屋の扉をノックした。
こんな朝早くに何の用なのか。お偉いさんの突然の来訪に若干、鬱陶しく思いながらも部屋に招き入れる。
その後ろから、ひょっこりと妹と同じ歳頃の少女が扉の前で顔だけを覗かせる。
若干、生ゴミ臭い。
ごめんなさい、ごめんなさい。と謝る少女を尻目に彼女は粛々と二の句を繋げる。
「初めてにしては上手く仕事ができているようね」
そんな彼女の他人事のような言葉を聞いて、特に噛み付くつもりもなくて、
「ありがとうございます」
と、表向きには殊勝な態度で答えた。
御国の為、というのは私には分からない。だけど後ろに妹が居る、そして死にたくないから頑張っている。
逃げ出す事はできない。残された妹の事を思えば、逃げ出せない。
「貴女、見込みがあるわ。上官である私から二つアドバイスよ」
冷めた目を向ける私の心中が分かっているのかどうか、彼女は粛々と役割を熟すように、首にパネルをぶら下げた。
……パネル?
「一つ目、報告と連絡、相談は積極的にしなさい」
彼女は首から下げたパネルの絵を指でなぞりながら言葉を続ける。
「知っての通り、私の仕事は低級国民達を国へ貢献させる事よ。融通できる事は少ないかも知れないけど、私の権限が届く範囲で配慮をするわ」
「じゃあ有給休暇の申請を……」
「却下。今の状況で、それができると思ってるの?」
貴女に今、抜けられると防衛できなくなるわよ……と小声で呟かれる。
「とにかく、門兵部隊は人手不足なのよ。貴女に倒れられる訳にはいかないので、体調の異変とかあったらすぐに言いなさい。隠される方が困るわ」
ふん、と鼻を立てる彼女の横顔を見て、監査官も大変なんだな。と少し思った。
国境門の前に出ない彼女よりも私の方が大変なのは間違いないんだろうけど。
「二つ目、積極的に仲間を使いなさい」
言いながら再びパネルを指で差した。使えるものは使う! とざっくばらんに書かれている。
「なんでも一人で熟そうとするのは貴女の悪い癖、今の内に人を使うって事を覚えておいた方が良いわ」
監査官は、扉に向けて手招きする。恐る恐るといった様子で姿を表す少女、やっぱり生ゴミ臭い。
「……この子、宿舎のゴミ捨て場に座っていたのよ」
ちょっと言い淀む監査官に、やっぱり臭いですよね。と心の内で同意する。
「ごめんなさい! ごめんなさい! 私がお部屋に入ると空気が汚れてしまうと思いまして……!」
少女は胸元でギュッと手を握り締めて、謝りながら愛想笑いを浮かべるという器用な事をやってのける。
「この子はビオン。見ての通り、自尊心ゼロで卑屈の塊のような子よ」
監査官も呆れ混じりの溜息を零す。
「今日から貴女の相方になるわ、実質的な部下扱いね。査定では能力が低いとされてるけど……まあ、いう事はなんでも聞くみたいだから上手く使いなさい」
「よろしくお願いします! 靴も舐めます! なんでもします! 精一杯、頑張ります!」
なんというか監査官の説明通り、随分と卑屈な子だなあ。
「よ、よろしく」と曖昧に返事をして、とりあえず監査官のアドバイス通り、ひとつ命令を下してみようと思った。
「早速だけど、お風呂に入って来てくれるかな……」
生ゴミ臭い、とポツリと零した一言にビオンは「ごめんなさい! ごめんなさい!」と愛想笑いを浮かべて謝罪する。
いや、そんなの良いから、さっさとシャワールームに行ってくれないかな。
とりあえずビオンをシャワールームに向かわせた後、首からパネルを下げた監査官が、コホンッ、と咳を立てる。
「まあ、貴女が元気そうで良かったわ。何か質問ある?」
ああ、じゃあ。と、さっきから気になっていたソレを指で差しながら問い掛けてみる。
「……そのでかいパネルは今日の為にわざわざ作ってくれたんですか?」
「な、なによ! 不満!?」
「い、いえ……親切にありがとうございます」
「ふ、ふん! これくらい当然よ! 貴女の上官ですからね!」
どうやらウチの監査官は、ちょっと変わっている人のようだ。
でも、思っていたよりも悪い人ではないかも知れない。
「……帰る時、扉にぶつけないように気を付けてくださいね?」
その心配も虚しく、帰り際、彼女は女の子が出してはいけないような呻き声を上げることになった。
監査官が帰った後、ビオンの生ゴミ臭い衣服を洗濯機の中に放り込んだ。
今日から彼女がルームメイトになるらしい。私の部下のように扱っても良いとの話だが、いまいち実感が湧かない。誰かの上に立つなんて、私の性に合ってるとも思えない。
まあ、なるようになるしかないか。と自国の連戦連勝と異次元のニュース番組が流れるテレビを眺めた。
「あのう……私の衣服、何処にあります?」
ビオンがシャワールームから申し訳なさげに顔だけを出す。ゴウン、ゴウン、と回る洗濯機。それを私が見ると、あっ、とビオンが顔を蒼褪めさせた。
「……着替え、ある?」
「ないです! ごめんなさい! ごめんなさい! 私なんて裸で充分です! 服なんて着て、ごめんなさい!」
「待って、待って。私のを貸してあげるから……」
シャワールームから出ようとする彼女を手で制止しようとして、ふと、彼女の身体から湯気の残滓がない事に気付いた。
近寄れば、まだちょっと生臭い。ひっ、と悲鳴をあげる彼女の髪に触れると冷たかった。
「……お湯、出るよね?」
「ごめんなさい! ごめんなさい! 私なんかに湯は勿体無いと思いまして!」
「……石鹸、あったよね?」
「ごめんなさい! ごめんなさい! 私なんかに石鹸は勿体無いと思いまして!」
「……やり直し」
「ごめんなさい! ごめんなさい! 肌が擦り切れるほどにきちんと磨いてきます!」
「……そこまではしなくても良いから」
何度か頭をボリボリと掻いた後、ちょっと待ってて、と私も衣服を脱いでシャワールームに入る。
「あ、私、出ますね!」
「良いから座る。黙って、大人しくされて頂戴」
「えっ、そういう趣味なんですか!?」
「はあっ?」
「ごめんなさい! ごめんなさい!」
一人用のシャワールームは、二人では手狭だけど、この子を一人で任せていると何時まで経っても終わらない気がした。
少し熱めのお湯を流して、たっぷりと石鹸を使って彼女の髪を洗った。泡が真っ黒に染まるのは、なかなかグロテスクな光景ではあったけど、今更もう引き返せない。というよりも同じ部屋で暮らしている相手が不潔だなんて、私の方が耐えきれない!
お風呂に入れた後、ベッドの上段にぐったりと倒れるビオン。対して私は、ひと仕事を終えた良い気分だ。
なんというか、妹というよりも犬を洗っている気持ちだった。
まあ、間もなく勤務時間なんですけども。労働はクソです。
◆
11日目の昼飯頃、警報音が鳴り響いた。
私、マルフーシャは何時ものショットガンを、ビオンはアサルトライフルを手に国境門の前まで駆け出す。
今日も今日とて、大量の機械兵が懲りもせずに押し寄せてくる。
「お役に立てるように頑張ります!」
私の隣に立つビオンが、そう言って満面の笑顔を張り付かせた。
……僅かに肩が震えている。上手く隠しているつもりなのか、目と口の端が若干、引き攣っている。
思えば、私の妹くらいの子が、銃を持って戦場に立っているんだな。と。
あからさまに無理をしている彼女に、小さく息を零す。
「……怒らないで」
とビオンは怯えた顔を見せた後、
「私、頑張りますから!」
と空元気で意気込んでみせた。
どうやら私の溜息を、彼女は別の意味で受け取ってしまったようだ。
「お、囮になりましょうか! そうですね……そうします! 今から突撃すれば良いですね!? ば、ばんざーい!」
「待って、落ち着いて、そんなことをしなくても良いから……」
「ごめんなさい! ごめんなさい! 私なんかが口を挟んでしまって、ごめんなさい!」
ああ、なんかもう、疲れるなあ。
若干の苛立ちを覚えつつ「後ろに下がっていて」と告げる。
彼女を前に出す事は、私自身が許せることではない。
「撃ち漏らした敵をお願いするわね」
そう彼女に伝えて、私は前に出る。
何時もよりも数は多いけど、まだ手が足りない訳ではない。
数体、頭上を通り抜けそうになった機械兵が、誰かの手によって撃ち抜かれる。
ビオンだ、ビオンしか居ない。
これは思っていたよりも頼れそう、と私は何時もよりも楽に敵を殲滅した。
今日もまた完全防衛の達成。
そろそろ一人だとキツくなってきたけど、二人だと、まだ頑張れそうだ。
◆
次々と機械兵が破壊されて、爆発四散する。
その渦中にあって、飛び散る機械片を避けながらショットガンを撃ち続けるマルフーシャの姿は化け物染みていた。
絶対に、彼女には逆らわないでいよう。と私、ビオンは強く心に決める。