それは配属初日のことです。
私は宿舎の与えられた部屋に荷物を置いた後、すぐ命令通りに門前まで足を運びました。
国境門、重厚な鉄扉の内側で待つこと数分「待たせたわね」と綺麗な金髪をおさげにまとめた女性が現れました。
明らかに私よりも階級が上の人物です。
「あなたが今日から配属されたマルフーシャね」
彼女は、私を一瞥した後、与えられた任務を熟すように淡々と告げる。
「私は監査官。無能な低級国民達を国へ貢献させるのが私の仕事よ」
ああ、でも。貴女は違ったのかしら? と彼女は惚けるように口にして、関係ないわね。と私に与えられた役割について教えられる。
私の御役目は国境門の防衛。
門へ近づくあらゆる存在を武力で排除すること、見つけ次第すべて攻撃する。
何故なら、我が国は隣国すべての国と戦争状態にある為だ。
実に単純明快、簡潔明瞭。前線の兵士が撃ち漏らした少数の機械兵を殲滅するだけの簡単な仕事である。
問題なのは、武装を受け取れなかった事だ。
監督官を名乗る女性に整備兵から受け取りなさいと云われた武装は、前線に送り出された後だった。
尤も、その話が本当なのかは怪しいが、ないものを強請っても仕方ない。
それに、私が途方に暮れている内に、私の勤務時間が近付いていた。
にやけ面を晒す整備兵に若干の殺意を抱きつつ、全国民に配給されているハンドガンを腰に差して国境門の詰所で待機任務に入る。
幸いにも、ハンドガンの弾だけは豊富にあった。
こんな時に限って、敵襲のアラートが鳴り響く。
私はハンドガンを片手に前線を抜けてきた機械兵を殲滅する為に門前に立ち、そして撃破一体の戦果を上げて帰還する。
門の内側で出迎えてくれたのは、あの整備兵だった。
初めてにしてはよくやったな。と、にやけ面を晒す彼の鼻っ柱に、配備予定だった私の軍用アサルトライフルの恨みを込めて、ハンドガンの台尻を叩き込んだ。鼻血を吹き出して倒れる彼に、ふうっ、と息を漏らして、今日の配当を受け取りに向かった。
早く、民間向けのガンショップに向かわないといけない。
明日を生きる為に。
◆
セルゲイ軍学校卒業、カゾルミア陸軍門兵部隊所属ライカ憲兵曹長。
朝早くに執務室へと赴いては上官の机を磨き上げて、夜遅くまで残業に勤しむ毎日を送って来ました。
下積み一年、そんな私にも栄光ある御役目が回って来ました。門兵部隊の兵卒達が、きちんと御国の為に働けているかどうか監督して回るという実にやりがいに満ちた任務です。きちんと上官の期待に応えられるように、しっかりと成果を上げなくてはなりません。
そんな私の監督下に置かれるのは、この前、緊急徴兵された新兵達であり、その資料の束が私の机に置かれています。
中でも、ひと際に目立つのはマルフーシャ。
彼女は昨今の兵員不足を補う為、急遽徴兵された新兵の一人だ。我が国には珍しい中流階級の出身。数週間という短い期間で行われた適正訓練では、全兵科に適正ありと見なされた優秀なオールラウンダー。文句は多いが与えられた任務には真面目に取り組む性格、と調書には但し書きされている。
性格に多少の癖はあるようだが、この程度、私がしっかりと使い熟せば良いだけの話。
しっかりと国へ貢献させてあげるのだ。
意気揚々と自分の机に置いていた缶コーヒーを手に取り、それを口に含んだ。
うえっ、と苦味に舌を出す。我が国の高官、即ち、できる人間は珈琲を啜る。こんな不味い飲料水の何が良いのか分からないが、しかし口に付けると、なんだかとっても頭が冴えてきたような気分になる。珈琲を啜る人間とは、即ち、できる人間なのだ。
さあ今日も元気に頑張るぞ、と先ずは日課である上官の机磨きに精を出すのである。
返り咲け、内地勤務! 目指す先は栄転だ!
◆
戦時中、軍属の人間は定められた区域から出ることができない。
その区域内にある幾つかのガンショップに足を運ぶも、今日の配当だけでは満足に武器を揃えることもできなかった。
代わりに購入したハンドガン用のアタッチメントが入った袋を片手に、大きく溜息を零す。
こんな調子で明日を生き延びる事はできるのか。
明日を生き残れたとして、明後日はどうなる。一週間後は? 一ヶ月後、いや、この戦争は果たして、何時まで続くのか。
帰路、石畳の地面。大きなパイプが入り乱れる通り道。所狭しと並ぶ建造物、所謂、コンクリートジャングルと呼ばれる狭間に私は立っている。薄暗くって、辛気臭い。道路や景観の整備がされなくなって、どれだけの年月が過ぎたのか。街は年を越す度に薄汚れていった。今にして思えば、ずっと昔から国の財政は苦しくなっていたのだろう。私が初等部でハンドガンを持たされた時から、ずっと、この国は戦争を続けている。景気が良くなった試しがない、どんどん落ち込むばかりだった。
生きていて、これまで良かったことの方が少ない。それでも小さな幸せを噛み締めるだけで良かったのに……
ガリガリと頭を掻き毟る。
……死ねないな。私は、まだ、こんなところで死にたくない。
宿舎に戻った私は、陰鬱な気持ちを押し込むように配給品の食事と飲料物を胃に掻き入れた。
兎にも角にも生きることが先決だ。
その為に私は最善を尽くさなくてはならない。ハンドガンの整備を始める、買ってきたアタッチメントを装着する。
既に状況は、半ば詰んでいるが、自棄にだけはなってはいけない。
睡眠も取らなきゃいけない、シャワーも浴びた方が良い。健全な肉体に健全な精神、その為には健全な生活習慣が何よりも重要だ。
今できる最善の備えが、明日を生きることに繋がると信じる。
義妹と再び会う事を夢見て就寝する。
そして、また明日も戦場に放り込まれた。
国境門に現れた機械兵は二体だった。
マガジンみっつ分の銃弾を叩き込む事で、なんとか黙らせることができた。