「ビオン、お前を更迭する事になった」
それは、ある日、突然に言い渡されました。
前線拠点の宿舎で相棒のライフル銃を手入れしている時、上官から淡々と告げられて、そのまま荷物をまとめて宿舎を追い出されました。
行く先が書かれた切れ端だけが、私に持たされた餞別です。
私は、9等級の下級国民の生まれです。
我がカゾルミア国おいて、10等級国民の人権は保証されていません。如何なる暴行を受けても反撃する事を認められず、文句のひとつを言い返すことすらも許されません。
そして、それは9等級国民の私達も他人事ではありません。
あの日は、私の誕生日でした。
年に一度、食べられるかどうかのケーキを目の前にした時、突然、荒々しく扉をノックする音が聞こえたのです。
憲兵を名乗る厳つい男が部屋に上がり込み、そして私の父を連れて行きました。私の父親には、密告によるスパイの嫌疑に掛っている。との話でした。9等級国民であった父は、ほとんどまともな調査もされないまま、裁判で10等級国民に落とされました。父親は更生施設に送られて、家に残されたのは病弱の母親と私だけです。
稼ぎ手を失った私の家は瞬く間に困窮し、当時、小学生だった私は間もなく休学します。
まだ10にも満たない歳から働き始めて、たくさんの仕事を経験しました。たくさんの危ない事もしました。
これは後で聞いた話なのですが、父を売ったのは、3等級国民の若い男だったようです。道端で、ちょっと肩をぶつけたのが原因であり、これに慰謝料を請求したようです。しかし私の父は、これを断りました。その時、財布に入っていたのは、私の誕生日のケーキを買う為のお金だったのです。
その事に腹を立てた若い男は、適当に難癖を付けて、父にスパイ容疑を掛けました。
ただ、それだけです。
たった、それだけの事で、私達の人権は簡単に取り上げられてしまうのです。
10等級国民は、更生施設から出ても地獄です。
意味もなく殴られている男性が居ました、路地裏に連れ込まれる女性が居ました。
そんなのは、序の口で、今や誰もが持っている国民拳銃で笑いながら頭を撃ち抜く男が居ました。
顔を半分失った誰かは、裸で、四肢が、まるで壊れた人形のように……
泣きながら許しを請う女性の方を、何度か見て来ました。
だから、私は、なんでもします。
父は更生施設で亡くなった、と聞いています。
父が死んだ後、後を追うように母も衰弱死しました。
行く宛のない私が、軍隊に入りました。
今日の御飯を食べる為に銃を担ぎます。
私は、なんでもします。撃てと言われれば、撃ちます。行けと言われれば、行きます。地雷だって設置します。
もし私のことが気に入らないのであれば、土下座もします。
なんでも、どんなことでも、いうことを聞きます。
……だから、どうか、捨てないでください。
機関車に揺られること数時間、前線からカゾルミア国内に戻って来ました。
門兵部隊、聞いたことがあります。国境門の衛兵が前線に駆り出された時、新設された新兵部隊。使い捨て、とか、捨て駒、とか、あまり良い噂は聞かないけど、これだけは分かります。此処の次はない。此処で認められなければ、私はきっと10等級国民として更生施設に送り込まれる事になる。
此処が最後だ。次こそは上手くやらないと、上手く、もっと上手く、上手く、生きなきゃ……。
◆
小隊規模による機械兵の前線突破、次いで、大型機械兵を国境門に逃してしまった失態。
その地区を防衛していた指揮官は、この事による責任を誰かに押し付けなければならなかった。
そうしなくては自分が責任を取って更迭する羽目になる。いや、更迭で済めば、良い方なのだ。スパイ容疑で更生施設に送り込まれるかも知れなかった。彼には子供が居た、家庭があった。故に、彼は10等級に落とされる訳には行かなかった。
彼には、生贄が必要だった。そして都合の良い所に、彼女が居た。
それがビオンが更迭された理由だった。
あえて更迭で済ませたのは、彼にも人としての情が残っていた為か。
なんて事はない。
丁度、援軍要請があったから、安易に乗っかっただけに過ぎない。
それが、ビオンの生き延びた理由だった。
◆
「私が前に出るわ、援護をお願いするわよ」
両手に持ったサブマシンガンを握り締めて、国境門に向かってくる機械兵に向かって駆け出した。
機械兵は基本、人間を狙うよりも拠点の制圧を優先する。だから私は身を晒して突っ込んだ。あののんびり屋のエノスにこんな事は絶対に任せられない。それにサブマシンガンは接近戦用だし、軽機関銃は典型的な援護用の武装だ。私が前に出るのは当然だ。
決して、怪我をしても気付かない程に鈍感な彼女のことを慮っての事じゃない!
今日は、空戦用の小型機械兵の数が多かった。
サブマシンガンでは火力に乏しい。倒し切れなかった機械兵が頭上を通り抜ける。
エノス――と、声を出す前に空戦用の小型機械兵が爆発四散した。
「撃破、した」
私が撃ち漏らした機械兵を、エノスは軽機関銃で狙って弾幕を張っていた。
「……やるじゃない」
思わず、口から漏れる称賛の言葉。
私は空を飛ぶ敵を程々に、地上を歩いてくる機械兵に重点を置いて弾幕を張った。
うん、これ、思っていたよりも嵌るかも知れない。
私達、良いコンビになれるかも……!
その日は国境門の被害もなしに切り抜けることができた。
◆
その日、二人掛かりだったけど、初めて、国境門に被害を出さずに凌ぎ切った。
敵の攻撃が激しくなりつつある中で、だ。二人だけど、初日の私だったら、撃ち落とせなかった。
無傷の国境門を見上げて、口元が緩んだ。小さく拳を握り締める。
少しずつ、一歩ずつ、着実に。私は、確実に強くなりつつある。
給料も、ちゃんと、増えている。その大半は、税の、控除。とかで、消えてるけど、増えてる。
だから明日も、頑張る。明後日も、頑張る。
努力は、ちゃんと、報われる。
頑張る人に、報いはある、から。明日も頑張って、生きる。
手当を貰った後、少し、公園で、ボーッとしてから、宿舎に戻った。
すると、部屋が、綺麗になっていた。
ベルカは洗濯機の横で、洗濯物を畳んでいた。たぶん、あれ、私のものも混じっている。
「部屋を、綺麗にしてくれたの?」
「ふん! 汚い部屋だったから耐えきれなくて掃除しただけよ!」
相変わらず、ツンケンしてる。けど、いう事は言わないと。
「ベルカ、ありがとう」
「……! アンタの為じゃないわよ!」
そう言って、顔を背ける彼女に、なにか手伝った方が良いのかな。と思うけど、どうしよう?
「ほら、先にシャワー浴びなさい。汗臭くて仕方ないわ」
せかせか、と。バスルームに押し込まれる。
熱めの湯を頭から被っていると「下着は明日にでも洗濯しておくわよ、着替えは適当に用意しておいたわ」と外から聞こえて来た。
態度はツンツン、口はケンケン、でも、もしかすると、悪い人じゃないかも知れない。
でも、これから先、ちょっと、疲れそうだ。
マルフーシャは、今日も、無傷だったようです。国境門の、ことです。
七日間連続投稿したので実績解除されないかな。