高い位置から降り注がれた太陽の光が噴水に反射して幾つものプリズムを作ってる。どこに居るのかは分からないけれど辺りから蝉の大合唱も響いている。
季節は夏真っ盛り。けれどそんな夏の暑さに気圧されるボクーシノではない。
ましてやこうして友達と楽しく話していれば熱波なんて気にならない。…いや、やっぱりちょっと暑いけど。
「でね、命さんがね…!」
浮かんだ暑さへの文句を頭の端に追いやって話を続ける。目の前にいるのはアリーシャ君っていう最近できた友達だ。
あまり自分から話すタイプじゃないみたいだけどボクが身ぶり手振りで話すと紫色の目をくりくり動かして楽しそうに聞いてくれる。
「ねぇ?」
話のオチに差し掛かった所で凄く気になることが出来てしまった。
一度気になると何だかそのことで頭がいっぱいになってしまう。このまま留めておいても話に集中できないから素直に思ったことを口にする。
「暑くないの?」
何もしなくても汗がでる位暑いのにアリーシャ君は長袖のパーカーを羽織っている。ちょうどお昼を過ぎた時間だから薄手でも容赦ない気温に脱ぎたくはならないのかな。
「ん、平気…」
アリーシャ君はちょっとびっくりしたみたいだけど小さく首を降って笑う。でも言葉とは裏腹に全然平気そうには見えない。
ほっぺだって赤いし時々小さく吐息を漏らしている。絶対無理して着てると思うんだけど。
「んー…」
ボクは眉を寄せてアリーシャ君から視線を空へ上げる。ボクの目と同じ雲一つない真っ青な色が広がっている。
やっぱり室内の方が良かったかな。年相応っぽく公園のベンチでおしゃべりするのも楽しいかと思ったんだけど。日陰とはいえ枝の間から日差しが刺すように落ちてくる。
でも何で脱ぎたくないのだろう。暑さにちょっとやられているから寒がりってことは多分ない。
(ダサT着て来ちゃったとか?)
いつもダサTばかり着ている知り合いの顔が思い浮かぶ。着ようとした時には気にならなかったけどいざ出かける直前になったら凄く着ているのが恥ずかしくなっちゃったとか。
「うーん」
でもそこでボクは首を傾げる。
アリーシャ君て結構オシャレに無頓着だ。前に下着の色を聞いた時3枚で1000円以下のヤツだって言ってたし洋服も何か知らない間にクローゼットに増やされているのを適当に着てるらしい。
それならダサTを着てきたって気になってないと思う。
「じゃあ…」
日焼けが嫌だとか。ボクも日に焼けるのは嫌だ。小麦色のボクも可愛いし似合うと思うけどやっぱり白くて柔肌な方が魅力的だよね。
アリーシャ君も肌白いしそう思っているのかも。でもそれなら室内に移動しようって言うかな。大人しい子だけど自分の意志がない訳じゃない嫌なら代えの案をだしてそっちにしよう、て言ってくる筈だ。
(じゃあ、じゃあ)
ボクは頭をくるくると回転させる。聞いてしまえば簡単なのだけど答えてくれないかも知れないしこう言うのを考えるのは推理ゲームみたいで面白い。
全然しゃべらなくなったボクを心配そうにアリーシャ君が覗いてくる。不安そうな顔はボクと同じ位可愛くて可虐心を煽ってくる。恋人が悪戯したくなるのも分かる気がする。
(あ、そっか!)
パズルのピースがぴったり填まるようにボクの頭に明瞭な答えが浮かんだ。
アリーシャ君には恋人がいて結構いっぱい愛し合ってるらしい。でもなかなかそれを教えてくれない、ボクとしてはどんな体位が好きとか1日何回するかとか話して盛り上がりたいのに。恋人のことははにかみなが話してくれるけどエッチな事は真っ赤になって話してくれない。
ボクも代わりに恋人とどれくらい愛し合っているか教えるからって言っても「そうじゃないから」て赤くなって頭を押さえてしまう。
ボクとしてはちょっと過度に恥ずかしがりな気がするけど。
でも、だから長袖を着ている理由もそこにあると思うんだ。
きっとパーカーの下にはいっばい愛し合った痕があってそれが消えなくてきっと隠してるんだ。
「Q.E.D!」
「なに計算してたの?」
いきなりボクが声をあげたからアリーシャ君はびっくりして目をぱちくりさせている。その姿を見てボクは口の端を上げる。自慢じゃないけど人を魅了する小悪魔的な笑いだと自分でも思う。凄く楽しい悪戯心が沸いてしまったからニコニコせずにはいられない。
アリーシャ君が恋人と愛し合った痕、見たい。凄く見てみたい。証拠があれば逃げられない、どんな風に愛し合ったのかじっくりたっぷりアリーシャ君の口から聞かせて貰うんだ。恥ずかしさで泣きそうになりながら話すアリーシャ君。それ絶対可愛いしその姿も見てみたい。
うん、これは絶対見ずにはいられないね。
「ふっふー」
アリーシャ君に向き直って更に笑いを濃くしたボクを見てアリーシャ君は首を傾げる。隙だらけだ。
「えいっ!」
「わっ!!」
勢いよくアリーシャ君に抱き付く。アリーシャ君て恥ずかしがりやだから友達がぎゅってするのも慣れてないみたいだ。案の定びっくりして固まってしまっている。ボクとしてはもっとスキンシップしてくれても良いのにって思うけど今回は狙い通りだ。恥ずかしさに目を回している内にするりとパーカーを剥ぎ取る。普段から恋人の服を毟りとっているから簡単に出来た。
「えへへー」
ボクはとっておきの笑顔を浮かべる。悪戯しても大抵の人はこの笑いで許してくれるからだ。
「あぅ…返して」
でもアリーシャ君にはボクの笑顔が見えてないみたいで慌ててボクか持っているパーカーに手を伸ばしてくる。その腕は細くて真っ白で痕なんて一つもなかった。でもパーカーを掴んだ瞬間に見えてしまった。左手首に赤黒い筋があるのを。
ほんの一瞬だけどそれはボクの脳裏に鮮明に焼き付いた。
「ごめん…引っ張っちゃって」
悪戯したのはボクなのに何故かアリーシャ君は謝る。
「………………」
ボクは何も答えない。
(こう言うのがあるから…)
食べたくなってしまう。
生と死の狭間で揺れ動く魂を死に誘うのがボクの存在意義だ。死を選んだ魂を食べて安らぎを与える時ボクも満たされた気持ちになる。
最初にアリーシャ君に声をかけたのも可愛かったからなのが殆どだけど、どうしてだか食べたくなった気も少しだけ沸いたのもあるからだ。
あの傷は紛れもなく死を一度選んだ印。
ちらりとアリーシャ君の方を見る。赤かったほっぺは血の気が消えて白くなっている。たぶん傷を見られたかどうか不安なんだ。それでボクに幻滅されるのがきっと恐いんだ。
(ボクってそんな薄情に見えるかな)
ぷうとほっぺを膨らませる。
しっかりしているのに魂はいつも震えていて何かを怖がっている。見た目以上にアリーシャ君の魂は幼くて脆い。
(やっぱり食べちゃおうかな)
永遠を生きるボクと違っていつかアリーシャ君は消えてしまう。それなら食べてしまえばずっとずっと一緒にいられる。アリーシャ君だってもう何も怯えずに幸せな夢の中で悠久の微睡みを得られる。きっとお互い幸せな結末が待っている。
(でも…)
そうしたらもう一緒に遊べない、こうやっておしゃべりもできなくなる。
それはちょっと勿体ない気もする。まだ話してない事もあるし行きたい場所もある。
「んー」
ボクは珍しく頭を押さえて悩んだ。どっちが正しい?どっちが幸せになれる?天秤の針は均衡を保ったままだ。
「ねえ!」
真っ直ぐアリーシャ君の目を覗く。うじうじ悩むのはボクらしくない。だから遠慮なく聞こう。
「アリーシャ君は幸せ?」
誰も簡単に死を選んだりしない。だからアリーシャ君も耐えられない位悲しくて辛い事があったのだと思う。
ボクにそれを教えてくれないのは不服だけど。もし今でも苦しんでいるなら躊躇わずに食べてしまおう。それがきっと幸せを願う友達としても良い答えだと思うから。
アリーシャ君は不思議そうにボクを見ていたけどふっと柔らかく笑った。
「幸せ、だよ?」
「ホント?嘘ついてない?無理してない?」
ボクは食い下がったけどアリーシャ君はゆっくりと首を振る。
「大好きだよって言ってくれる人がいて、もう二度と会えないって思っていた人にも会えて生きてて良いって言われて」
アリーシャ君が両手を見る。目に見えない大切な何かがそこにあるみたいだ。
「こんなに持ってて良いのかなって言う位みんな幸せを与えてくれて何でもない毎日を過ごせて」
白かったほっぺがまた赤くなる。ボクの目を見てアリーシャ君がにっこり笑った。
「気にかけてくれる友達もいるから」
アリーシャ君の笑みを見てボクはぎゅっと唇を噛んだ。そんな事言われたら食べられなくなってしまう。
ちょっとでも不幸せだって言ったら何の心置きもなく食べられたのに。
「アリーシャ君て意外と人たらしだよね」
「えっ?人た…??」
口を尖らせて拗ねたボクにびっくりしてわたわたしている。理解が追い付いてないみたいで困った顔をしているのを見てボクは笑いだしてしまう。
「ねっ!アイス食べに行こ!」
アリーシャ君の手をぐいぐい引っ張ってボクは走りだす。
もう少しだけこのままでいよう。
「ね、ね!昨日エッチした?」
「きっ…昨日はしてないよ!?」
突然のボクの質問にアリーシャ君は赤くなって誰かに聞かれていないか辺りを見ている。
「ふーん…『昨日』は、ね?」
思い切りカマかけに引っ掛かってアリーシャ君はがっくりと項垂れる。
やっぱりこうしていると楽しい。
「あとで詳しく教えてね♪」
まだまだ聞きたい事が沢山ある。キミの傷も過去も。
キミが教えてくれるのが先かボクが食べてしまうのが先か、それはちょっとした賭けだけど。
「今幸せだから良いよね?」
刹那的に生きる訳じゃないけど幸せな時間なんて長く続かない、だから今の幸せをいっぱい味わおう。
真夏の日差しに負けない笑みをボクはアリーシャ君に向けた。