黄金郷への橋   作:そういう日もある

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プレイアブルのウマ娘達は皆良い子です。今話はあくまでブリッジコンプ視点の認識です。


やるべきこと

朝、窓の外から明るい光が差し込んでくる。扉の外からはゴールドシップ先輩?の叫び声が聞こえてきて、いつものようにブリッジコンプは目覚めた。まだ六時と始業の時間からはかなり早く、そして何時もなら朝のジョギングに行くために支度し始めている頃だ。

昨日はワイスマネージャーが泣き疲れて制服のまま眠った時を見計らって帰ってきた。隣のベッドを見れば寝巻に着替えたワイスマネージャーがまだ寝ていた。どうやら着替える程度には立ち直ったらしい。とはいえ、目覚ましをかけることを忘れているけれど。

 

起こさないように音を立てずに起きて、スマホでウマッターを開きながら顔を洗いに洗面台へ行く。

 

鏡にはいつも通りの少し鋭い目つきをした私が映っていた。お湯をためつつ、目じりを揉んでみるものの直る様子はない。いつものことだ。諦めてタオルで髪を包んでから顔を洗う。中等部に入ってからきちんとした洗顔剤と、化粧水を使うようになった。どちらもゴールドシチーが使っていると噂のもので、ワイスマネージャーが買ってきた。

 

「うん、よし」

 

お肌の張りと毛穴を確認する。不思議とウマ娘はニキビができにくいのだが、中には体質でソバカスが出来てしまう子もいて気を付けなければならない。なにせ、ウマ娘はレースで競う競技者であると同時に、ウイニングライブを行うアイドルでもあるのだ。

 

「カレンチャンまた担当トレーナーとの匂わせ画像アップしてる。今日は……、ああバクシンオーさんももう起きてるんだ」

 

『おはようございます!今日もいい天気ですね!今日は更に私が科学日になる予定です!』

 

昨日フォローしたのだが、プロフィールを開いてスクロールするとよくバズっていることがわかる。フォロワー数も420万人と、デビュー前にここまでの人気があるウマ娘はそういない。昨日電撃的にデビュー予定が告知されたお弁当界の妖精、ニシノフラワーと並ぶ勢いだ。

 

「私はレースで勝てればそれで良いんだけど」

 

負け惜しみを零して、髪に櫛を入れていく。癖の少ない内側に自然とカールを描く髪。多分綺麗な方だろうし、金髪の髪はゴールドシチーと一緒で羨ましいとよく言われる。私もその点には同意するけれど、しかし私は知っている。

 

日本の金毛は走れないと言われている。

 

鹿毛、青毛、栗毛、芦毛……そうしたウマ娘達が今までレースを制してきた。金毛の勝者は大抵、ブロワイエを筆頭とした海外の血だ。しかもそういった海外の金毛ウマ娘ですら日本のレース場では殆ど活躍できていない。加えてブリッジコンプは純粋に日本人の血だ。だから両親が好きだというから伸ばしたけれど、あまり自分の髪が好きではない。トレーナーはどうだろうか?

 

下着姿になり、軽く香水を手首にかけ擦って、制服に着替えた。

 

「ブリッジ?」

 

起きる前に出てしまおうと思ったのだが、間に合わなかったようだ。勤めて平静を装って洗面化粧室から出て、挨拶する。ワイスマネージャーの眼の下には泣き腫れた痕がまだ残っていたけれど、頑張って意識から罪悪感から逸らす。

 

「おはよう、ワイス。よく眠れた?」

 

「うん……ごめん。朝練の為の目覚まし、かけ忘れちゃった」

 

「いいよ。それに今日から私朝練しないから。ちょっと出かけてくるよ」

 

学生鞄に急いで、しかし急いでいることが気づかれないように授業の荷物を詰めていく。カフェテリアで時間を潰して、今週末までの課題を終わらせるのも悪くない。あるいはトレーナーに真似するなとは言われたけれど、レースの映像を見てみるのも良いだろう。

 

「ねえ、ブリッジ。それって、ブリッジのトレーナーさんの、指示?」

 

思わず手が止まって、直ぐに後悔した。反応しなければよかった、でももう遅い。此方が気にしていることを気づかれてしまった。

 

「そうだね。トレーナーが、朝練に関しても後で指示を出すからって」

 

「……わかった。今度から私一人で走るよ」

 

気まずさに押しつぶされる。けれどこれがデビューを目指すということなのだ。中央トレセン学園に入った意味なのだ。私は勝つために、自分のために、折角中等部に入学してできた友達を失おうとしている。関係は修復できるだろうか?それはワイスマネージャーがスカウトされるか次第に、勝てるか次第にかかっている。

 

逃げるように部屋を出ると、ゴールドシップ先輩?と丁度出くわした。少しだけ此方に視線を向けると、挨拶もせずにすぐに興味を失ったように目的の部屋へと向かう。ゴールドシップ先輩?はこういうところがある。興味のない人に、ウマ娘に酷く態度が冷たい。あるいは他のウマ娘に挨拶をされても無視すら平気でする。多分その扱いの差は才能だとブリッジコンプは考えていた。

 

「おーい!起きろよ、マックイーン!一緒に海行こうぜ、海!」

 

「五月蠅いですわ!」

 

ガンガン!メジロマックイーン先輩の部屋の扉を連打する横を通り抜けて、寮を出ると満開の桜が出迎えた。幾人かのウマ娘たちがせっせと花びらを掃除しているが、あの様子ではきりがなさそうだ。勿論ウマ娘パワーの掃除なので、人間がやるより数倍速いのだろうけれど。

 

少しだけ見惚れて立ち止まる。トレーナーにもこの道の桜を教えてあげたい。

 

「おや、確かサクラバクシンオーの新人トレーナーのところの、ブリッジコンプだったな。おはよう」

 

「おはようございます、エアグルーヴ先輩」

 

後ろから声をかけられ、振り返るとエアグルーヴ先輩が丁度、東栗寮からできてたところだった。美しい瞳に切れ長のアイシャドウは背景の桜と合わせて絵画のようだ。生徒会副会長という役職と、女帝という称号は苦手意識を持っていたが、今更にそれが深くなった。そもそも今まで話しかけられることなどなかった。サクラバクシンオーのトレーナー、そういう呼び方がブリッジコンプを見ていない。

 

どうせ、ただの被害妄想なのだろうけれど。

 

ワイスマネージャーとの会話以降、元より卑屈だった性格が更にマイナスへ傾いてしまっている。ゴールドシップ先輩?もエアグルーヴ先輩も、自分と比べると嫌になるほど良い人たちなのだろう。ただ私が一方的に自意識過剰に気分を害しているだけだ。

 

この時間帯のウマ娘は大体自主練か、カフェテリアに向かう。エアグルーヴ先輩は制服姿なので私と同じ後者だ。自然と並んで歩くような形になって、エアグルーブ先輩が少しだけ身を屈めて私の顔を眺めた。

 

「どうした。何か悪いことでもあったか?」

 

「いえ」

 

「ふむ、話してみると良い。生徒の相談に乗るのも生徒会の役目だ」

 

そういうところが好きじゃないんです、なんて言えるわけもない。逃がしてくれそうもない。仕方なくワイスマネージャーについての話をすることにした。エアグルーヴ先輩も同じような経験をしたことは多分あるはずだから。

 

「……ということで、選抜レース後にワイスマネージャーが泣いて帰ってきまして。私がトレーナーに指示されて朝練に行かない旨を伝えると気まずい雰囲気になって困っています」

 

「なるほど。であれば貴様にできることは一つだろう。その程度のことで壊れる友情ならば気にするな」

 

そうエアグルーヴ先輩は言い切った。だから嫌なのに。

 

「元より既に担当がいる貴様に出来ることはない。なにかしても、逆効果なのは自覚しているだろう。勿論、友情を大切にする気持ちはわかるが、同時に勝負の世界でもある。自分のトレーナーを紹介するなどは逆にワイスマネージャーに失礼だ。ならば、相手を信じただ上ってくるのを待つだけでいい」

 

私が欲しいのは正論じゃないのに。エアグルーヴ先輩はどうしようもなく正しいことを突き付けてくる。

 

ふと燦然と輝く光が此方に近づいてくるのに気づいた。入学式の時から私はこの学校で、最大級の存在感を放つウマ娘を一人しか知らない……シンボリルドルフ会長。長い鹿毛に白い三日月が目立つこの学園の君臨者だ。私の目からは雷鳴が轟いているようにすら見えた。

 

「おはよう、エアグルーヴ、それにブリッジコンプ」

 

「おはようございます、会長」「おはようございます」

 

アグネスデジタルならば昇天していただろうけれど、私からすればあまり良くない一日の始まりだ。辺りにはそれなりの数のウマ娘がいるし、直ぐに私のようなウマ娘が生徒会長と副会長と共に話していたことは伝わってしまう。二人とも過激なファンがいるので今日から背後に気を付けた方が良いだろう。

 

「なにか話していたが、相談事か?」

 

「はい。エアグルーヴ先輩、ありがとうございます」

 

此方からお礼をいってエアグルーヴ先輩との会話を打ち切る。この場から逃げる理由を考えて、直ぐに全ての案が潰れたことをシンボリルドルフ会長の眼から察した。

 

「昨日、初めてのトレーニングだったのだろう。良ければどうだったか聞かせてくれるか。初志貫徹、今のデビュー前の指導というものに生徒会長として興味がある」

 

「わかりました」

 

仕方なく歩きながら昨日あったことを、問題ない範囲で話していく。問題というのはつまり、トレーナーが私たちの脚以外も触ったりとかそういう部分だ。トレーニングのやり方を隠さず話したところで、トレーナーは新人だし、私もサクラバクシンオーもデビュー前。対するチームリギルはトレーナーもウマ娘も学園最強だ。敵に塩を送るということにはなりえない。

 

それにしてもカフェテリアがやけに遠く感じる。

 

「なるほど、それで君はどう思った?」「走法を壊すか、私の時代にはなかった発想だ」「チームスピカのトレーナーも脚を触るのだが」「体幹はたしかに大切だと体感するよ」

 

この人(シンボリルドルフ会長)、私を見ていない。私を通して、私のトレーナーを見ようとしている。

 

「……あの、そろそろ」

 

「おやそうだったな。光陰如箭。目的は同じようだし、一緒に食事でもどうか」

 

「いえ、課題を集中してやろうと思いまして」

 

ならば仕方ないと名残惜しそうにシンボリルドルフ会長が去る。エアグルーヴ先輩もそれに続いた。見送ってから、時間をずらしてブリッジコンプはカフェテリアに入った。結構な席がウマ娘によって埋められていたが、窓際の良さそうな席を確保する。朝練をしていないので、今日はいつもより控えめにサンドイッチ六つとシナモンロールにした。

 

少しはしたないけれど、食べながら課題を開いて見る。ウマ娘は頭に関しては人間より特別優れているわけではない。むしろ、走ることに夢中で、集中力が続かないため人間の平均より頭が悪いという統計結果も出ていたりする。トレセン学園は午前中に座学、午後にトレーニングを行うため、午前中に詰め込みブリッジコンプも着いていけてない。

 

ワイスマネージャーは勉強が出来て、よく教えてくれていた。

 

授業のノートをよく他のウマ娘にも貸して、対価に情報を貰ったりしていた。おかげで情報通として知られているワイスマネージャー。けれどあの眼鏡の奥底では、勝ちたいという欲求が渦巻いていたはずなのだ。勝つために、研究するために情報を集め、それを私にだけは何の対価も要求せずに惜しげもなく見せてくれていた。

 

「……見よう」

 

スマホをいじって、昨日の選抜レースの公式映像を開いた。芝中距離2000mでその名を探すと見つけた。六枠七番ワイスマネージャー。その横には五枠六番ツインターボの名があった。合わせて十二人のウマ娘……他のウマ娘はそこまで目立つ子はいない。

 

レース展開は当然の如く、ツインターボがハナをとって大逃げを開始する。十バ身以上は離れただろうか?ツインターボは逆噴射する可能性がある、だがしない可能性もある。映像で見るからツインターボの疲れ切った様子がわかるが走っているウマ娘達にはわからない。

ツインターボ以外、ペースメーカーになれるほどの実力のウマ娘がいない。レースが高速化して、先行集団は焦り二番を強引に競り合い始める。先頭集団に引っ張られて後方も1500m地点からスパートをかけ始め、脚を完全に使い切ってしまった。

 

そしてワイスマネージャーは群れに飲み込まれた。

 

未だ成長し始めたばかりの私たちの肉体では、他のウマ娘を押しのけるパワーはない。位置取りも内ラチ側と脱出不可能で、しかもすぐ前のウマ娘は垂れ始めている。1800m地点でツインターボが逆噴射して急速に追いつかれつつあったが、レース展開はもはやグチャグチャだった。

ツインターボはそういうウマ娘だと知っていたはずだ。だが、選抜レースという重要なレースから焦り、誰もかれもが実力を発揮することが出来ない。ツインターボは追いつかれ、走法も崩れ切った状態の子が偶然にも一着をとった。ツインターボが三着だ。

 

ワイスマネージャーは九着。最下位ではないものの全く目立つことのない、悪く言えば良い所がなにもないレース展開だ。もし私がトレーナーならこのレースを見てワイスマネージャーをスカウトしようとは思わないかもしれない。けれど少なくとも実力で負けたわけじゃない、運も実力のうちと言われればそれまでだけれど、しかしツインターボ以外からワイスマネージャーが劣っているようには見えなかった。

 

確かにライバルだ。蹴落とす相手だ。

 

それでも、ワイスマネージャーが走る姿を見て、次は勝ってと自然とそう思う。私はそう思えた。

 

ワイスマネージャーが勝ち、スカウトされればいずれレースでぶつかり合う日も来るだろう。独善的で卑屈な私はその日になって祝福できるかもわからない。エアグルーヴ先輩の言葉――相手を信じただ上ってくるのを待つだけでいい――それすら私には難しい。けれど正しいことなのだ。

 

スマホを置いて課題に取り組む。今私がやるべきことはこれだった。




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