黄金郷への橋   作:そういう日もある

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トレーナー視点


地雷の上で踊る

担当トレーナーになってから四日目。

後回しにしていた荷ほどきも終わり、部屋から漸く段ボールが消えた。棚にはスペシャルウィークを筆頭とした黄金世代の関連グッズが並べられ、食器からタオルに至るまでグッズまみれである。よくよく考えれば彼女たちは未だこの学園に在籍しているわけで、まだ18歳の子のグッズを日常的に使用するなど問題があるようにしか思えないがやってしまったものは仕方ない。

 

是非ともこの中にサクラバクシンオーとブリッジコンプのグッズも納めたいものである。いや、本人からすれば担当トレーナーが自分の顔が描かれた食器を使うことを嫌うかもしれないので、要相談だ。隠れて使う分には構わないと思うのだが……。

 

ピンポーン。チャイムが鳴らされる。

 

いつもこの時間なので、しっかりと髭の処理を終えて顔も洗いシャツとスラックスにも着替えている。トレセン学園に所属してから、少しでも清潔感をアピールしたいと思うようになった。恋愛思考には偏らないが、女性に良い所を魅せたいというのも男の性である。

 

「はーい、どちら様ですか?」

 

半ば予想がついているが、扉を開けると案の定サクラバクシンオーがニコニコ顔で待っていた。初日に家にあげて以来、毎朝連続なのでなんというか慣れた。この寮は仮住まいだし、そもそもやましいものはすべて実家にある。遠慮せず迎え入れる。勿論特に意味もなく入れるわけではないのだが。

 

「こそこそ、おはようございます。トレーナーさん」

 

「うん、漸く静かに入ることを学んだか。偉いな」

 

「私、超優等生こと学級委員長ですから!」

 

皮肉だよ。寮の大きさのわりにトレーナーの全体数は少なく、寮を利用していないトレーナーもいるため、空き部屋も多い。例にもれず俺の両隣の部屋も開いている。とはいえ、朝から大音量でぶちかましてきたサクラバクシンオーは流石に迷惑であろう。

セットしてあった珈琲メーカーによってできたカフェモカをサクラバクシンオーに渡して、ついでにウマ娘用の人参クッキーを用意した。この人参クッキー、人間的に言ったらあまり美味しくない。甘味が薄く濃い人参の味がするのだ。

 

「それでいつもの質問をしていこう。食事と外食ならそのカロリー、それから睡眠時間を頼むよ」

 

「昨日は晩御飯に食堂で人参ハンバーグを食べました!それから九時間ぐっすり寝ました!」

 

初めはこうした質問はスマートフォンに連絡するように伝えていたのだが最大の問題があったのだ。サクラバクシンオーの誤字が酷すぎる上に話題が急に明後日の方向に向かって解読不能なのである。トレーニング直前に聞き取ると、トレーニングに運動量の計算が間に合わないので朝に聞くしかなくなった。電話でも良かったのだが、サクラバクシンオーが二日目から充電をバクシン的に忘却。以来、毎朝寮に来ることになったのだ。

 

正直セーフか、アウトかの判断がつかないのだが……、駿川たづなからは黙認されている様子だ。実は地雷の上で踊っているのかもしれないけれど。

 

「うん、今七時だからいつも通りの快眠だね」

 

「両親が寝る子は良い学級委員長になれると教えてくれましたからっ!」

 

「ちなみにそんなに早いと時間がなさそうだけど、今日提出の数学課題やった?」

 

ぴしりとサクラバクシンオーの表情が固まる。この様子は絶対にやってない。駿川たづなから日常生活での注意もするように言われたので、一応聞いたのだが案の定である。補習などなればトレーニング時間も減るし駿川たづなの流石の慧眼といえる。

 

「にょわっ!トレーナーさん、大変です!やってません!」

 

「うん。流石に丸々俺がやるわけにはいかないけど、手助けくらいはするよ」

 

地獄の私立中央トレーナー養成学校を思えば、ウマ娘に出される課題など大した問題ではない。ある種当たり前であるが、トレセン学園のカリキュラムはかなり緩い。種族人間が必死に受験戦争をしている中で、レースの才能を買われさえすれば卒業までいける。就職も斡旋されるらしい。ウマ娘はウマ娘でレースに人生を賭けているので方向性の違いに過ぎないと俺は思うが、たまに話題になって問題になることもあるとか。

 

「昨日はどんなことがあった?」

 

「学級委員長として図書館の整理を手伝いました!それからタキオンさんの怪しげな薬を阻止しました!」

 

話を聞いて、メモを取っていく。あまり意味のないことに思えるが、サクラバクシンオーの精神状態を把握できるし話を聞くということ自体がケアにつながる。ブリッジコンプの場合は聞き出そうとしてもあまり話してはくれない。ワイスマネージャーとの齟齬についても三日目に話してくれたばかりだ。

 

サクラバクシンオーの育てやすさが際立つというもの。なるほど、確かに新人トレーナー向けで、秋川やよい理事長も駿川たづなもその辺を考慮して俺に担当を勧めたのだろう。俺としてはあまりに手がかからないので、自分の仕事具合に不安になる。

 

「こうして昨日の私も学級委員長として認められるエリートぶりを発揮したわけです!」

 

「なるほど、ありがとう」

 

そういえば、と思い出す。

 

「土日にブリッジも連れてバクシンオーの家のトレーニング場に行ってもいいか?流石にもうトレセン学園内だとレース場の予約はとれないだろうからな」

 

「はい!母上に聞いておきますね!」

 

サクラバクシンオーの課題を手伝い終わるころには八時過ぎになっていた。この様子だと期末テストもかなり苦労しそうだ。俺はトレーナーとしては学んだが、教師としては学んでいないため担当教員に今度話をつけておく方が良いかもしれない。九時から始業のため、サクラバクシンオーを玄関まで送り届ける。

 

「ほれじゃあ行ってまいります!」

 

「はい、行ってらっしゃい」

 

人参クッキーを頬張りながら駆け出していくサクラバクシンオーを見届けて一息つく。とはいえ、これから午後のトレーニングまで暇というわけではない。トーレニングプランを練らなければならないし、出遅れた気がするがそろそろ他のトレーナーとの関係も結ぶ必要がある。

 

パソコンに向かおうとすると、電話が鳴って確認するとブリッジコンプだった。

 

「おはようブリッジ。いつもより遅いね。夜更かしでもした?」

 

『はい、トレーナー。昨日、ワイスと話すことが出来ました』

 

「どっちから話しかけたの?」

 

『ワイスからです』

 

「喧嘩した?」

 

『はい』

 

返事は肯定にも関わらず、喜色が感じられた。心配していたがこれなら大丈夫そうだ。ウマ娘はメンタル面がレースに反映されやすい……サイレンススズカとスペシャルウィークの関係を見れば分かりやすいだろう。俺もレース場を見に行ったがあの時の様子は目に見えて悪かった。

 

「ならいい。俺はなにも上手いやり方を教えることも出来なかったからな。黙って聞いただけだし、当人が解決するのが一番だよ」

 

『それが良かったんだと思います。ありがとうございます、トレーナー』

 

「そうかな。ああそういえば、土日にバクシンオーの実家にトレーニングに行くかもしれないから開けておいてくれ」

 

『わかりました』

 

「それ以外に昨日はなにかあったか?」

 

それからニ、三会話して電話を切った。少ししてブリッジコンプの食事や睡眠時間といった情報がスマホに送られてくる。夜の三時まで起きていたらしい。青春してるなと思う、少し羨ましい。なにせ俺の青春時代は勉強とスパルタによって食い潰された。おかげで、というよりかその後のエアシャカールとファインモーションによって俺の同期トレーナーは殆ど疎遠になってしまった。

 

「とはいえ、今さら新しい人間関係もなぁ」

 

独り言を呟いてしまうほどの問題だった。新人トレーナーなので兎に角ノウハウがなく研究を共同でする相手もいない。もし担当している子が怪我をすれば、文字通り未知の領域に俺の脚も担当の脚もを突っ込まなければならない。治すのは医者の仕事だが、リハビリはトレーナーの仕事だ。あまり沖野トレーナーといった有名どころと関わるのも好みではないのだがえり好みしている場合ではないのだろうか。

 

逆にウマ娘の方からトレーナーを紹介してもらうのも手だと思い至った。ついでに図々しいが心当たりもいる。ノートパソコンを手に外に出て、レース場に近い公園に向かった。途中には例の切り株もあって、幸い誰も叫んでいない……春の天皇賞あたりになればまた違うのだろうけれど。

 

暫く進んで人気のない所に向かうと案の定、ベンチから芦毛の尾がぶらりと揺れる。今日は一日中快晴で、春の陽気であり俺ですら昼寝したいと思うほどなのだ。ここは偶然見つけたセイウンスカイのお休みポイントである。

 

「おやおや~、迷子のトレーナーさん。こんないい日なのに今日も迷子かな?」

 

くるりとうつ伏せになって、ベンチの手すりに頭を乗せて此方を見てくる様は本当に猫っぽい。

 

「いや流石に四日目だからね。道もわかるようになった。ちなみに昨日も様子を見に来たけれど居なかったな」

 

「にゃはは、私はお休みマイスターなのでその日によって絶好の場所に変えてるからね~」

 

少しだけセイウンスカイの様子に違和感を覚えて、しかし気のせいだと切って捨てる。少なくとも俺にはゲーム知識、アニメ知識といった正しいかもわからない曖昧な先入観がこびり付いている。名の知っているウマ娘についてはあまり自分の勘は信用ならない。

 

「あの時は助かったよ。ある意味君に案内してもらったおかげで、担当も無事に持つことが出来た」

 

「おおー!それは祝福しなければ」

 

パチパチと手を叩いて自分のことのように喜ぶセイウンスカイを見て今度こそ俺は違和感の正体に気づいた。そこには前のような諦観はなく、どちらかというとすっぱり切り捨ててしまったような、なくしたような違和感があった。そしてなによりばらばらに動かす耳が雄弁に語っていた。

 

「実はセイウンスカイに頼みたいことがあったんだけど、無理そうかな」

 

「ふっふっふー、この私に何でも話してみなさい。三回までなら願いをなんでも聞いてあげましょう」

 

「聞くだけでしょそれ」

 

緊張をほぐそうと本題に入らずに会話を絡ませる。少し離れたベンチに座ろうとすると、セイウンスカイは脚を引っ込めて空間を作ってくれた。大人しく座り、とりあえず話のとっかかりに丁度良いだろうと担当について話し出した。

 

「担当したのは二人で、片方はブリッジコンプって子。もう片方はサクラバクシンオーって子だ」

 

「おやぁ、バクシンオーちゃんは知ってるよ。よくバクシーンって廊下を走ってる子だ。二人も担当するなんて凄い新人トレーナーさんなんだ?」

 

「いや二人とも逆スカウトなんだよ。だから荷が勝ちすぎてる」

 

「大丈夫。ウマ娘は不思議とこの人とならやって行けそうってわかるものだからねー♪」

 

「そうなんだ?でも残念ながらピンとくるような感覚ってやつは俺の方にもウマ娘の方にもなかったみたいだけどな。バクシンオーの方は運命だとか言っていたけれど」

 

「あ~スーパークリーク先輩の話は有名だけど。私の時もあの人とそんなことはなかったよ?」

 

違和感の正体を探るために若干誘導した形になって、意地悪なことをしたと思う。

 

どうも俺のトレーナーを紹介してもらうという望みは叶えられそうになかった。とはいえ、ここまで来て聞かないのもなしだろう。

 

そう思って、引き際を弁えない愚か者と後悔するのは直ぐ後の事である。この時に思い止まっておけば良かったのだ。自分の直感を信じておけば良かったのだ。

 

「担当トレーナーとなにかあった?」

 

「さぁて、それはどうでしょう?」

 

ぴたりとセイウンスカイの耳が後ろに伏せた。顔は笑顔のままだったけれど、警戒を超えた少し敵意の見て取れる反応だった。少しの沈黙ののちにセイウンスカイが再び口を開いた。

 

「新人トレーナーさんて、もしかしてエスパー?」

 

「君、今は自分の担当トレーナーのことトレーナーさんって呼んでないだろう」

 

この人。あの人。流石にまだ2回しか会っていない俺でも気づく。というより気づいてほしいと内心思っているのかもしれない。普段のセイウンスカイならいつもの猫のような雰囲気でのらりくらりと追及をかわしただろうが、今日ばかりは余裕がなさそうだった。担当トレーナーとなにかあったのが直前、今日か昨日かといった具合だ。

 

「そーれーほーどーでーもー。あるかな、うん」

 

「流石に誰だって気づくだろうさ。実のところ君のトレーナーを紹介してくれってお願いしようと思ったんだが、無理そうだ。わりと切羽詰まっててね、新人トレーナーとして先達の話を聞きたかったんだけど」

 

なによりセイウンスカイという怪我をしたウマ娘を見ているトレーナーなら、怪我に関して詳しいだろうと思ったのだが、この様子ではトレーナーと上手くやれていない。……つまりリハビリもあまり成果がないのだろう。でもなければ二冠ウマ娘まで育て上げた担当トレーナーと問題になることもない。

 

そしてセイウンスカイから放たれた一言で、自分のバカさ加減に、楽観さに後悔した。

 

「そぅかぁ、残念だったね。私トレーナーさんとの契約切っちゃったんだよ

 

ドロリとしたモノが零れ落ちた。

 

セイウンスカイが務めて明るい声で話したそれは、絶望そのものだった。

 

トレーナー契約はトレーナー側から基本的に切ることはできない、だが、その逆は可能だ。しかも既にシニア期一年目も戦績が振るわず終えたセイウンスカイならば認可もされるだろう。同時にリハビリによって再びレースをすることを完全に断ち切る決断だった。

 

救いがそこには欠片もなかった。アニメで見せた感動の裏で深淵が此方を見ている。そう、知っていたはずだ。アニメ一期十三話ウィンタードリームトロフィーに出走した黄金世代はスペシャルウィーク、エルコンドルパサー、グラスワンダー……。キングヘイローは距離適性がないとしても、セイウンスカイはグラスワンダーに戦績で並ぶ。なぜそこにセイウンスカイはいなかった?二期にいたか?定かではないがあまり見た記憶がない。

 

「……そうか」

 

セイウンスカイから放たれるシンボリルドルフとも、駿川たづなとも違うプレッシャーが俺の心をへし折ろうとしていた。声を絞り出す。喉がからからに乾いて、それでも何か話さなければと思った。自分のために。

 

「じゃあセイウンスカイ。土日空いてるんだろ?」

 

「え、うん?」

 

予想外だったのか、呆気にとられたのか。セイウンスカイの瞳の奥から、ドロドロとしたプレッシャーが一瞬消える。畳みかけるべきだとトレーナーとしての知識が囁いた。

 

「初の学園外トレーニングになるかもしれないんだが、やっぱり新人トレーナーだから経験も足りなくてな。着いてきてくれると助かる」

 

沈黙が降り立って

 

 

「にゃはっ、いいよ。新人トレーナーさん。私が付き合ってあげましょう♪」

 

俺は一時しのぎに成功したのだった。

 




評価ありがとうございます。
サクラバクシンオーには恋愛感情が今のところ一切無いです。
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