黄金郷への橋   作:そういう日もある

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友情

トレーナーとブリッジコンプが契約して三日目の夜。

ちりちりとひりつく導火線。大浴場から出て寝巻に着替えた後に、相変わらずブリッジコンプとワイスマネージャーは気まずい空気になっていた。始まりは些細なことで、どちらもトイレに立とうとしてブリッジコンプが譲り、顔を見合わせた。最初に爆発したのはワイスマネージャーだった。

 

「同情しないで!私が惨めになるでしょ!」

 

はたかれた頬が熱く、熱が競りあがって頭が沸騰しそうになる。思わず、ブリッジコンプはワイスマネージャーの頬をはたきかえした。力加減などわからず振られた腕は、正確にワイスマネージャーの頬に激突して、その体を半回転させながらベッドに叩きつける。

 

「そんなのワイスが悪いんでしょ!なにあのダッサイレース!惨めなのは元からよ!」

 

人間なら首が通常とは反対にねじ曲がっていてもおかしくないが、ワイスマネージャーもまたウマ娘である。頬を腫らしていたが怪我もなく跳ねるように起き上がってブリッジコンプに掴みかかった。

 

「いいトレーナーいるかって聞いたじゃん!それなのに一人で勝手に!」

 

「そんなこと言うくらいならワイスは東条トレーナーに話しかけにいけばよかったでしょ!」

 

ゴロゴロともみ合いながら転がって、脚で相手を蹴り飛ばしあった。時速70kmを叩き出すしなる脚は、大きな音をたてて壁を凹ませる。キャットファイトという言葉はウマ娘には当てはまらない。その様は百獣の王ライオンファイトである。

 

「大体元から気に入らなかったのよ!孤高気取っちゃって!ただのボッチじゃない!」

 

「言ったわね!八方美人の癖に!だーから、良いように利用されるのよ!」

 

振りぬかれた掌に直撃した時計が木っ端微塵に砕け散った。破片が飛び散る。互いに髪を掴み合い、罵り合う。ワイスマネージャーの身長は157cm、ブリッジコンプは145cm。体格差によってマウントをとられ、押し込まれだしたブリッジコンプは脚をぐっと曲げる。そしてワイスマネージャーを蹴り上げた。

 

吹き飛んだワイスマネージャーが天井に叩きつけられて咽る。

 

「アンタはいっつもそうやって詰めが甘いの!」

 

「けほっな、なにすんのよ!本気で死ぬかと思った!」

 

「うっさいバーカ!」

 

互いの拳が交差して、レンジの差で今度はブリッジコンプがベッドに叩きつけられた。後はもう罵り合い、殴り合いである。なにせ二人ともまだ十三歳。しかも、本気の喧嘩が初めてということもあって、自制が効かず延々とヒートアップし続ける。

 

ガタン!バコン!バリバリ!ドスン!

 

「アホ!」「短足!」「レースバカ!」「頭でっかち!」「低能!」「間抜け!」「陰キャ!」「ボッチ!」「雑魚!」「豚足!」「ぶさいく!」「眼鏡!」

 

扉の鍵が外から開けられ、寮長のヒシアマゾンとフジキセキが突入してくるまで喧嘩は続いた。流石チームリギルの精鋭。ブリッジコンプに掴みかかったワイスマネージャーに、フジキセキが脚をひっかけてそのまま寝技に持ち込む。反撃に動いたブリッジコンプをヒシアマゾンが羽交い絞めにして鎮圧した。

 

年に何度かこういうウマ娘同士の喧嘩があるため、手早い鎮圧であった。しかし、喧嘩開始からわずか十分にして、壁紙がはがされ、ベッドはスプリングが覗き、椅子が壁に突き刺さっている。強盗どころか台風が直撃したような有様は流石に度を越していた。

 

「ブリッジコンプとワイスマネージャー。やるじゃねえか、中々ここまでのタイマンをやるやつは居ないぜ」

 

「ヒシアマゾン!」

 

肩をすくめるヒシアマゾンにフジキセキが呆れてため息を吐き出した。漸く状況がわかってきたのかブリッジコンプもワイスマネージャーも冷静になって大人しくする。しかし、互いに睨み合っているのは懲りていない証拠だ。

 

「事情は後で聞くけれど、ポニーちゃん達。流石にやり過ぎだね。十二時まで正座すること。初犯だし今は大事な時期だから停学にはしないだろうけれどね」

 

一時間の正座の後に、流石に元の部屋は使えないということで空き部屋にとりあえずブリッジコンプもワイスマネージャーも寝ることになった。勿論、反省文の提出と奉仕活動も指示される。他校ならもっと大きな問題になっていたが、幸い中央トレセン学園は学生の力が強く寮長二人で罰則も決定できる。次にやったら停学とフジキセキに言われ、渋々二人とも大人しく床に就いた。

 

ブリッジコンプは眠れなかった。見なくともわかる、ワイスマネージャーも同じだろう。月光が差し込む部屋の中で、慣れないベッドが強く違和感を覚える。完全に冷静さを取り戻していて、自分がどうしたいかを考えることが出来るまで余裕も持ち直した。迷って、天井を見つめながらブリッジコンプは口を開いた。

 

「ワイス、私貴方の選抜レースの動画見たよ」

 

返答はなかったけれど構わず喋る。

 

「あれはワイスは悪くないよ。次にやったら良い勝負が出来ると思う。ターボさんを除いてだけど、ワイスより才能がある子はいなかった」

 

そこまで言って、ワイスマネージャーが此方を向く気配がした。ただ、気まずいからブリッジコンプはまだ天井を見つめたままだ。

 

「……そうかな」

 

「うん。ワイスは知ってるでしょ、私が才能があるって言った子が外れたことなんてない。それにこういうことに、お世辞とか嘘とかつく性格じゃないってこともさ」

 

「うん」

 

「ワイス」「ブリッジ」

 

ごめんという二人の声が重なって、沈黙が降り立った。そして今度最初に口を開いたのはワイスマネージャーだった。

 

「私焦ってた。他の子はもうトレーナーからスカウトを受けている子もいて、嫌でもそういう話が耳に入ってくる。情報を教えてくれたから選抜レースに勝てたなんて屈託なく笑ってきた子もいた」

 

「うん」

 

「私、悔しいよ。ブリッジ」

 

「うん」

 

今度こそブリッジコンプはワイスマネージャーの方を向いた。寝るために眼鏡を外したあどけない顔が此方をじっと見ていた。ワイスマネージャーの頬はブリッジコンプがはたいたことで腫れあがっていて、それは自分も同じだろう。焦って、怒って、同情して、苛立って、喧嘩した。でもブリッジコンプにとってはワイスマネージャーは友達なのだ。そして仲直りの機会をワイスマネージャーが作ってくれた、本音を話してくれた。

 

「ありがとう。私も気まずくて、ワイスのこと避けてた。それはライバルとしては正しかったのかもしれないけれど、友達としては正しくなかった。ちゃんと話を聞くべきだった」

 

ぽつりぽつりと二人は話していく。今まで喧嘩したことがなかった。それはある意味、必要以上に深く関わることを避けていたということでもある。話したいことはいっぱいあった。トレーナーのこと、サクラバクシンオーのこと、それはワイスマネージャーも同じだった。

 

夜が更けていく。それでも何時間でも言葉を重ねることが出来る気がした。

 

 

 

契約から五日目。

トレーナーからは休息日を指示されたものの、ブリッジコンプには反省としてウマ娘用の幼稚園での奉仕活動が指示されていた。そのトレーナーはチームリギルの見学を特別に許可されて行っているということで、早速東条トレーナーから目をかけられるトレーナーの才能に改めて驚く。

チームリギルといえば学園最強チーム、その見学をさせるとなればトレーナーとして将来性を見込んだ育成だろう。もしブリッジコンプから逆スカウトをかけなければ担当トレーナーになってくれることは無かっただろうと思う。この時ばかりは自分の目の良さに感謝した。

 

念のためということでワイスマネージャーとは離され、彼女は老人ホームに行ったはずだ。此方の方にはなぜかナイスネイチャとマチカネタンホイザが参加していた。ナイスネイチャは選抜レース後にスカウトされたとワイスマネージャーからは聞いた、ふわふわとした癖っ毛の赤毛の子だ。マチカネタンホイザも同じく癖っ毛の栗毛で、なぜか耳に帽子が突き刺さっている。

 

「いやぁ困っちゃったなぁ。まさかヘリオスさんとパーマーさんの爆逃ライブに巻き込まれるなんて」

 

「まさかこのネイチャさんまで巻き込まれるとは、とほほ」

 

ナイスネイチャとはブリッジコンプは同期にあたる。マチカネタンホイザはまだデビューをしていないが、そろそろだろう。ブリッジコンプからみて、二人ともブリッジコンプより才能が遥かにある。しかし、ナイスネイチャはトウカイテイオー程ではなく主戦場も中距離以上と嫌な世代にデビューしてしまったとしか言いようがない。

とはいえやはり、自分より才能が有るので、ブリッジコンプとしては嫌いというほどではなかったが好きでもない二人だった。同じ奉仕活動を行う面子として関わらないわけにはいかないのが、辛い所だ。

 

「それで、ええと……?」

 

「ああはい、中等部のブリッジコンプです。今年デビュー予定ですね」

 

「そっか!私はマチカネタンホイザっていうんだ。今日はよろしくね、ブリッジちゃん」

 

「同期だね。チームカノープス所属のナイスネイチャです。ブリッジって呼んでも良い?」

 

距離の詰め方がえげつない。マチカネタンホイザは許可もとらずにちゃん呼びである。確かに学年的には年下だが普通トレセン学園はレースに出ているか出ていないかで先輩後輩呼びをわける。とはいえ、そうした暗黙の了解を無視するウマ娘もいるにはいるし、学年で分ける子もいる。空気を読んで断るわけにもいかずブリッジコンプは頷いた。

 

「ブリッジはどの距離を走るの?」

 

「多分マイル、それからクラシック以後は中距離だと思います。短距離も走れますが……」

 

「ああ、バクシンオーがいるからね。あれはもう魔物だよ」

 

「ええ、バクシンオーさんと同じトレーナーに担当してもらっています」

 

ウマ娘の保育士から指示されて早速子供たちと関わることになった。中央にはウマ娘の数も多いため、専用の幼稚園がある。これが地方では、普通の人間の子供と一緒になって成長する。同世代がウマ娘だけであることで、力加減も遠慮せず同じ走るという目的意識を強く持ち本能に従って競争して成長していく。子供の頃から差が生まれるので中央と地方の溝が埋まらないわけだ。

だからこそオグリキャップといった化け物が際立つのである……。ブリッジコンプと同世代で地方からの特別な才能の転入生もいないし関わりのない話だ。転入生もいるにはいるのだが中央でぎりぎり戦える、その程度の子である。

 

「すご~い、かみのけふわふわ!かわいいね!」

 

「ぼうし私にもちょうだい!」

 

早速マチカネタンホイザとナイスネイチャが子供たちに群がられる。まだ二次性徴を迎えていないウマ娘のパワーなどデビューを目前にしたナイスネイチャにとっては軽くいなせるものであったが、マチカネタンホイザは前から引っ張られて転倒する。ついでに帽子もとられていた。まあ、本人が嬉しそうなので構わない。

 

「わわわ!もう、困ったなぁ」

 

「髪引っ張らないでぇ」

 

しかし一番人気はブリッジコンプだった。

 

「すごーい!ゴールドシチーみたい!」「金髪だ!めずらしいね」

 

ちびっ子たちにもカリスマモデル、ゴールドシチーの人気は高いようだ。よく見れば筆箱や鞄などにゴールドシチーのグッズがつけられていた。デビュー前にこの人気は、ウマドルを目指すスマートファルコンが聞けば嫉妬しそうである。完全な金髪は珍しく、大抵のウマ娘は自然とメッシュや模様、色味が出来上がる。ブリッジコンプはその例外だった。

 

「あ、あの、ちょ、ちょっと。髪食べないで、美味しくないよ。わ!」

 

急に子供に顔を近づけられてまじまじと見つめられる。

 

「すごいね!めも金ぴかだ!」

 

慌てながらも、ブリッジコンプの黄金の瞳は意志に反してまだ小さなウマ娘たちの才覚を見抜いていった。そして、この子達の中に特別な子がいないと直ぐに気づく。少しだけほっとした。小さな子供にまで、嫌な気分を向けるのはブリッジコンプとしては避けたかった。無論この子達自身にとっては屈辱的な話であるが。

 

「お姉ちゃんお歌うたって!かわいいお歌ききたーい」

 

「うひゃぁ!勘弁してー!」

 

子供たちの隙間から覗けばナイスネイチャが完全に負けていた。対して、マチカネタンホイザは平静をとり戻して、抱っこ紐を使って子供のウマ娘を抱えた余裕の表情だ。手慣れていなければああは出来ないだろう。

 

「うんうん、ネイチャは大丈夫そうだね。ブリッジちゃんは大丈夫そう?」

 

「はい、なんとかぁ……やっぱりちょっとダメそうです」

 

「そっか、じゃあみんなーこっちにおいで。お姉ちゃんと一緒にお歌を歌おう!ライブしよう!」

 

わーいと一気にマチカネタンホイザに子供たちが群がっていく。子供の扱いに関してはマチカネタンホイザに勝てる見込みはなさそうだった。漸く解放されたブリッジコンプとナイスネイチャが、子供たちを見送って一息つく。

 

「あはははー、はぁ。アタシもう無理……。全部マチタンに任せる」

 

「そうです?私より余程うまくやっていたと思いますけど」

 

ハンカチで、涎でべどべとになった髪を拭いていく。途中まではナイスネイチャも上手く捌いていたように見えた。

 

「そうかな?商店街でちょっとだけ預かることとかもあって。それのお陰かも、でも流石にあんなにいっぱいいるともう無理だねぇ」

 

マチカネタンホイザの方ではうまぴょい伝説が踊られていた。校歌でありライブではドリームトロフィーの勝者しか踊ることの出来ない国民的人気を誇るライブ曲だ。ブリッジコンプも歌詞は知っていても、流石に上手くは踊れないがマチカネタンホイザは堂に入っていた。子供たちも必死についていっているがその動きはバラバラだ。

 

「次、私たちにふられそうですけどなにか歌えます?」

 

「んー、アタシはMake debut!なら」

 

Make debut!はメイクデビュー戦、未勝利戦で歌うことになる全てのレースに立つウマ娘にとって初めてのライブ曲である。まだ、トレーナーからは練習の指示は来ていないが、密かにブリッジコンプは練習をしていた。

 

「本番でも踊りたいですね」

 

「アタシもそう思うよ、本当に」

 

願わくばセンターで。

 

二人で顔を見合わせて、頷き合う。特別有名な曲ではないので、子供たちがちゃんと歌えるかだけが心配だった。才能のあるウマ娘は苦手だ。けれどブリッジコンプの中で、ナイスネイチャやマチカネタンホイザに関しては不思議とそういう意識が薄れていく気がした。

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