黄金郷への橋   作:そういう日もある

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幸福からの暗転

今日はトレーナーの御金で季節限定超巨大特盛りイチゴパフェを食べる日である。このパフェは四月から五月までの一か月間だけ毎週月、水、金曜日に限定二十食で食べることが出来るのだ。しかし五千円という価格は中等部には手を出しにくく昨年のブリッジコンプは断念するハメになった。なお、880kcalであるがカロリー表示は見なかったことにする。

 

「こんにちは!ブリッジさん!」

 

早速廊下を猛ダッシュで高等部棟から来たサクラバクシンオーと鉢合わせする。学級委員長なのに廊下を走ることは良いのだろうか?サクラバクシンオーの判断基準がいまいちわからない。こんにちはと挨拶を返して、並んでカフェテリアへと歩き出す。

 

ブリッジコンプも教室を飛び出すように出てきたので、あたりのウマ娘はまばらだ。

 

「トレーナー、やっぱり遅れて来るって」

 

「そのようですね!これがトレーナーさんから預かった一万円です!」

 

サクラバクシンオーがピン札の一万円を見せつけてくる。今日の朝、トレーナーから受け取ったのだろう。

 

最近知ったのだがサクラバクシンオーは報告の為に毎朝トレーナーの寮部屋に通い詰めているらしい。トレーニングの後は身体検査ついでにブリッジコンプも訪れるが、朝はいつも電話かメールで済ませている。ワイスマネージャーに確認したところ、確かにエアグルーヴ先輩はよく朝に担当トレーナーの部屋へ掃除をしにいっているらしいので少なくとも生徒会的には問題ないのだろう。

 

普通の感性を持っていると自負しているブリッジコンプからしてみれば、例えトレーナー相手だとしても毎朝寮に通うのは恥じらいがない様に思えるのだが。いや、しかし一般の小学校から来たブリッジコンプがトレセン学園限定の常識を持っているわけではない。

 

時折、トレセン学園では常識の乖離が当たり前のように行われて、自信がなくなる。

 

「それにしても、理事長から呼び出しだなんて何したんでしょうね」

 

「表彰に違いありません!なにせこの学級委員長のトレーナーさんですからね!」

 

トレーナー契約を結んで半月も経たないうちに表彰されるようなことなんてないと思う、とは口にしない。サクラバクシンオーとの会話のコツは常識に照らし合わせた疑問を挟まないことだ。しかし考えてみるに、駿川たづながトレーニングに付き添うのもおかしな話だし、トレーナーはシンボリルドルフ会長からも目を掛けられている。私のトレーナーはなにかしら学園の経営側と関係しているのかもしれない、と勘ぐっている。

 

結局その理由は解らないのだが。経営陣から評価されるくらい優秀なのだから、ブリッジコンプとしては加点であった。

 

「それにしてもバクシンオーさん。パフェとか好きなの?ちょっと意外です」

 

尾をぶんぶん振って喜びをサクラバクシンオーはアピールしていた。高級そうな和菓子を食べていそう、というのは偏見である。いやしかし、あの実家を見てしまえば誰でもそう思うだろう。両親も高級そうな和服であった。ちなみに資金源はブリッジコンプもよく知る大企業の食品メーカーを経営しているらしい。

 

「ええ、ローレルさんがファミリーレストランに連れて行ってくれましたッ!そこで、色々なものをご馳走して頂きました!」

 

嬉しそうに話すサクラバクシンオーを見て、余程サクラローレル先輩のことが好きなんだなと改めて思う。これはパフェが好きというより、一緒に食べた相手のお陰で好きになれたという方がしっくりくる。

 

カフェテリアに入り、早速食券機に一万円を投入する。一番下の季節限定デザートをニ回押すと、季節限定超巨大特盛りイチゴパフェと書かれた食券が出てきた。隣の中等部生がちょっと羨ましそうな目で見つめてきたのが嬉しい。

 

「バクシンオーさんは席先に確保しておいてくれる?できれば窓際が良いかな」

 

「わかりました!この学級委員長にお任せくださいッ!」

 

サクラバクシンオーはカフェテリアでも容赦なく走り出す。しかも器用に通行するウマ娘を避けている。エアグルーヴ先輩に見つかったらただでは済まなそうなので鉢合わせしないことを祈るしかない。席の方に突撃しに行ったサクラバクシンオーを見送って、ブリッジコンプは列に並んだ。

 

生理的な悪寒が走った。脚にトレーナー以外が触れる感触。

 

「ほうほう、この時期にしてはよくトモが鍛えられてるな」

 

急速に怒りがこみあげて、反射的にブリッジコンプの本気の蹴りが背後へ向けて放たれた。時速70kmを繰り出す脚は正確に対象を捉えて、蹴りぬかれる。吹き飛んでいく誰かがテーブルに突っ込んで大きな音を立てる。

 

やってしまった!

 

周りのウマ娘達が驚いた顔で此方を見つめてきた。聞こえた声は思い出せば男だった。つまり人間であり、蹴り抜いた感触からは顔面だったように思える。あの勢いでは頸椎がへし折れてしまいかねない。

 

「うわ、ちょ、ごめんなさい。あ、いやでも、私のせいじゃなくて」

 

頭が真っ白になる。もしかしたら本気で殺ってしまったかもしれない。

 

「いえ、そう心配する必要はありませんわ。うちのトレーナーが失礼しました」

 

振り返るとそこには申し訳なさそうな顔をするメジロマックイーン先輩がいた。芦毛の気品があるウマ娘。どうやら、私が蹴った対象はメジロマックイーン先輩のトレーナー、即ちチームスピカのトレーナーだったようだ。それにしても先輩は自分のトレーナーを心配している様子がない。

 

「で、でも、救急車を」

 

「いいですから。ほら、さっさと起きなさい。トレーナー」

 

メジロマックイーン先輩が倒れた机の中から突き出た脚を引っ張ると、そのまま男の人を引きずり出した。

 

「少しだけ意識が飛んでてな。不安にさせちまったか」

 

ゾンビのように不自然な動きで起き上がったその人は、顔面にくっきりと靴跡が残っているのに此方を安心させようとにこりと笑った。むしろ怖い。どうやってあの蹴りから何の怪我もなさそうに起き上がれるんだ。ターミネーターか、スーパーマンの親戚だろうか。

 

「いやいい蹴りだったぜ。マックイーンもそう思うだろ?」

 

「今回はあの蹴り一発で許しますが、次に私の目の前でやりましたらメジロ家直伝のローリングソバットを覚悟することですわね」

 

名家メジロ家ってそんなものを直伝にしているんだ。プロレスラーの家系かな?って違う違う。二人の話し声で人殺しをしたかもという不安も漸く解けかけて、ブリッジコンプは正常な思考を取り戻した。緊張をほぐそうとしてくれたわけでは絶対なさそうだが、有難い。

 

「なんですか急に」

 

「おっとそうだ。悪い、俺は沖野。チームスピカのトレーナーをしている。噂の後輩が気になってな。城を攻めるには、まずその外堀を埋めろって言うだろ。担当の様子を把握したかったんだ」

 

沖野トレーナーは軽い調子でそう言った。どうやら私のトレーナーは噂になっているらしい、そのことが少し気がかりになってブリッジコンプは切り出した。自分の担当トレーナーについて知りたいというのは普通のことだ。

 

「……話はパフェを食べながらでいいですか?」

 

「オーケー。丁度俺もそれを提案しようとしたところだ」

 

沖野トレーナーが倒れた机を戻してる間に、改めて季節限定超巨大特盛りイチゴパフェの食券を出す。おばちゃんは先ほどのことなど起こっていないかというように普通に応対した。流石オグリキャップ先輩やスペシャルウィーク先輩と戦ってきただけのことはある貫禄だ。

 

「あら、ブリッジコンプさんは季節限定超巨大特盛りイチゴパフェですのね。私もそういたしましょう」

 

ふと横から顔を出したメジロマックイーン先輩がきらきらした目でそう言った。スイーツに目がないのだろうか?メジロ家の財力なら五千円のパフェくらい気軽に食べられるだろう。

 

「マックイーン!ダメだダメだ!ただでさえ、この前のやけ食いで体重がっ」

 

「ふんっ!」

 

ふわりとメジロマックイーン先輩の体が回転する。広がったスカートの中が見えていないのは流石だ。しなる尻尾によって加速力が加わり————

 

「ウゴォ!」

 

沖野トレーナーに向けて先ほどのブリッジコンプを超える強烈な蹴りが放たれた。美しいローリングソバットだ!吹き飛んだ沖野トレーナーが観賞用の鉢植えに突っ込んだ。そういえばチームスピカの募集立看板はああいう構図だったなと現実逃避する。

 

「メジロマックイーン先輩……あの、あれで良いんですか?」

 

「良いのです。では季節限定超巨大特盛りイチゴパフェの食券を買ってまいりますわね」

 

「ハイ」

 

サクラバクシンオーも滅茶苦茶キャラが濃いがメジロマックイーン先輩はそれ以上かもしれない。ブリッジコンプは才能のあるウマ娘と自ら積極的に関わることがなく知らなかったが、才能の代償には常識が必要なのだろう。とりあえず、そう納得するしかなかった。

 

 

さて、漸く一息ついて、ブリッジコンプとサクラバクシンオー、それから沖野トレーナーとメジロマックイーン先輩は席に着いた。席に着くまでに結局先輩のパフェは沖野トレーナーの財布から出されることになって、金欠を嘆くといった一幕はあったものの。それはブリッジコンプの警戒心を解くまでには至らなかった。

とはいえ、とはいえである。目の前のイチゴが山盛りになった奇跡のようなパフェを前にすればほんの少しだけ気が緩むというものである。奥まですくって一口食べると、口の中にシャーベットの甘味とイチゴの豊潤な香りが広がった。

 

「メジロマックイーン先輩は、」

 

「マックイーンでいいですわ。ですから私もブリッジさんとバクシンオーさんとお呼びしますね」

 

堪能して、ブリッジコンプと同じく顔が蕩けているメジロマックイーン先輩に話しかける。トレーナーのどういう噂かはわからない。ただ将を射るにはまず馬からではないが、トレーナー間で私のトレーナーの噂が広まっているというのと、ウマ娘にも広まっているかどうかは違う。

 

「では、マックイーンさんも私のトレーナーの噂が気になりに?」

 

「ええ、知ってはいますわ。でも私はあまり興味がありませんの。トレーナーにミニパフェを頂く約束をしていましたので」

 

なるほど。つまりどちらかというと、トレーナー間で広まっている噂なのだろう。

 

「そういうわけで俺も偶然なんだがタイミングが良かったからな。そもそもお前たちから見て、担当トレーナーってのはどんな奴なんだ?」

 

「優等生の学級委員長であるこの私の運命の人です!」

 

間髪入れずに、サクラバクシンオーが片手をびしっと挙げながらそう答える。ブリッジコンプは少しだけ迷って、厳しいけど優しいトレーナーとだけ答えだ。人の前で自分のトレーナーを評するのはなんだか少し恥ずかしかったのだ。

 

「だよなぁ。おハナさんが指導してるって時点で噂があてにならないのは解ってたんだが」

 

うーんと沖野トレーナーが悩む。勝手に悩まれても困るということで、ブリッジコンプから切り込むことにした。

 

「つまりその、悪評ってことでしょうか?」

 

「言いにくいんだがまあそうだ。それも新人だけじゃなくて、俺の少し下もだ。ただ、どいつも悪い奴等じゃあない。だからこそ、判断が難しいんだがお前たちの様子を見てるとどうも当てはまらないらしい」

 

「トレーナーさんに根も葉もない悪評だなんて学級委員長として許してはおけませんッ!」

 

曰く、ブリッジコンプとサクラバクシンオーは騙されて逆スカウトをしてしまったとのことらしい。流石に酷い噂が過ぎる。確かに私のトレーナーは体を容赦なく触ってくるし、トレーニングも最近は拷問と見紛うばかりにきついが私たちのことを思っているのは確かだ。体を触る部分はぼかして、そう伝えると沖野トレーナーは頷いた。

 

「噂が偽物だとしても悪意ある目で見られるだろうって、新人歓迎会に呼ばなかったんだがこりゃ悪いことしちまったな」

 

「それだけじゃないでしょう?」

 

パフェを食べ終わり、早い!?まだ漸くブリッジコンプが二段目のイチゴ味プリンに取り掛かったというのに既にメジロマックイーン先輩はパフェを完食している。ばかりか、優雅に紅茶を飲みながら口を開いた。遠目で見たことがあるがその速度はオグリキャップ先輩にも匹敵するだろう。

 

「マックイーンその件はこいつらには……」

 

「スペシャルウィークさんが仰っていましたわ。セイウンスカイさんが本来のトレーナーではない、貴方達のトレーナーと最近よく見かけると」

 

沖野トレーナーの制止も気にせずメジロマックイーン先輩はそう口にした。スペシャルウィーク先輩はセイウンスカイ先輩と同期の黄金世代であり、クラシック三冠を分け合ったライバルでもある。天皇賞で格付けがされたというファンもいるが、ウマ娘にとってライバルとは単純な関係ではない。今も二人の交流があるのかは解らないが気になってはいたのだろう。ただ、

 

「確かにセイウンスカイ先輩はトレーナーとよくいますし私達のトレーニングを見て下さっています。でも問題があるのなら、担当トレーナーから抗議が来るはずでは?」

 

むしろセイウンスカイ先輩は積極的に私のトレーナーに関わっているように見える。何を気に入ったのか内心戦々恐々としているが、しかし悪評になるような問題とは思えなかった。

 

「あーその、言いにくいんだが」

 

沖野トレーナーが言いよどむ。けれど、ブリッジコンプとサクラバクシンオーの目に押されるようにして再び口を開いた。

 

「セイウンスカイはトレーナーと契約を解消している。それもお前たちのトレーナーと会った直ぐ後にな」

 

脳みそが言葉を一瞬受け付けなくて、メジロマックイーン先輩の声がどこか遠くから聞こえるように感じた。

 

「あら、そうでしたの?でもクラシックで二冠を共にとったトレーナーでしたわね。普通手放すとは思えないのですが」

 

「これはオフレコに頼む。まだ再契約の可能性があるってんで、大事にならないように理事長の方からトレーナー以外には止められていてな」

 

二分間の空白の後に理解する。つまり、意味ありげな目で私のトレーナーを見つめていたのも。図々しくもサクラ家にまで着いてきたのも。妙に私たちに構いだすようになったのも。全部私のトレーナーに鞍替えするため?

 

脳が沸騰する。

 

「失礼しますッ!」

 

「お、おい」

 

席を立ちあがり、外へと向かう。何処へ行くのかも決まってはいなかったが、無性にもう此処には居たくなかった。後ろからかけられる沖野トレーナーの声を無視して、ブリッジコンプは去っていった。

 

「……やらかしちまったかな」

 

「そうですわね。ブリッジさんのパフェ、結構残っていますが私が食べてもよろしいでしょうか」

 

お前な、という言葉を沖野トレーナーは飲み込んだ。メジロマックイーンは沖野トレーナーが冷静さを取り戻す為にあえてこういう言い方をしたのだ。ただ勿論、スプーンを伸ばすメジロマックイーンの手は阻止した。




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