黄金郷への橋   作:そういう日もある

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トレーナー視点


甘い考え

太古の昔より信じられてきた三女神、最後の神話エクリプスの祖。王冠、大海、太陽を現す三女神は現代の研究によって更に深く解明され、それぞれが時を指し示していることが解ってきた。統治する王を示す現在。深く注がれた大海を示す過去。昇りゆく太陽を示す未来。

 

女神たちは何時だってウマ娘の誰もが幸福になれる時代を望んでいる。

しかし、ウマ娘には逃れることが出来ない、魂に刻まれた運命が定められている。

運命を変えなければ真の幸福は叶えられないだろう。

 

期待をかけた皇帝でさえ自らの運命を覆すことは出来なかった。

だから女神たちは加護を与えた。

 

王冠の如き現在は見通す黄金の瞳を。

大海の如き過去は娘達への深い知識を。

太陽の如き未来は————

 

けれど、それは人の身に余り過ぎて

 

 

 

ずれ落ちそうになったところで、勢いよく俺は目覚めた。間近に迫る地面の上をなんとか受け身をとってゴロゴロと転がる。

 

「あ、危なかった……」

 

顔面から激突するところだった。嫌な夢を見ていた気がするが頭がずきずきと傷んで思い出せない。此処はトレセン学園名物三女神像。トゥインクルシリーズに挑むウマ娘達からは信仰にすらなっている三女神、その近くのベンチである。春の陽気に当てられて、軽く横になったところまでは覚えている。

 

「セイウンスカイの癖が移ったかな」

 

確かに最近疲れているが、だからといって学生よろしく昼寝をするとは思わなかった。時計を見るにまだ座学授業の時間ということもあって、様子をウマ娘達に見られていないのは幸いである。流石に公共の場で昼寝をかますようなトレーナーでは誰もスカウトを受けてくれそうにない。

 

地面から起き上がってズボンについた埃を払い、一息つく。それから近くにある水飲み場から水を出して顔を洗う。ハンカチで拭えば少しはすっきりして頭痛も引いていく。むしろ体は疲労が完全に抜けきっていて万全の状態だ。

 

「ふぅ」

 

息を一つ、湿り気が残る頬に風が吹きつけて気持ちいい。記憶を振り返れば既に今日のトレーニング予定は組み終わっているので時間はたっぷりある。ベンチに座りなおしてリュックサックからノートパソコンを取り出した。暇つぶしにブリッジコンプ達と同世代のウマ娘の動画を見るのも良いだろう、仕事にも趣味にもなる。

 

最近は悪評のこともあってトレーナーの共同スペースは利用していない。あまり良いことではないと自覚しているが、トレーナー寮かもっぱらこうして外で仕事をしている。トレセン学園の自由な校風のお陰で奇異の目で見られることがないのは救いだった。

 

そうしてノートパソコンを開いた時に、漸く此方に向かって歩いてくる靴の音に気付いた。

 

顔をあげると、いたのは沖野トレーナーだった。茶髪のひとつ結び、左側の刈り上げとくれば見間違うはずもない。なにより黄色いシャツと黒いベストが遠くからでも目立っていた。さて、関りはないはずだが此方へ真っ直ぐ歩いてくる。

 

「よぉ、初めましてだな」

 

「初めまして、チームスピカのトレーナーですよね。昨年のジャパンカップは見事でした」

 

「そう警戒すんなって」

 

警戒しているわけではなく、警戒しているポーズをとっているのだ。トウカイテイオーの物語に関わりたくない、見ていたいという方針は変わっていない。俺が関わってしまった結果、トウカイテイオーが何の因果か折れて永遠に復活しない危険すらある。だから沖野トレーナーは俺の中で要注意人物である。にも関わらず、沖野トレーナーはそのまま深く頭を下げた。

 

「まずは謝りに来たんだ。お前の担当にセイウンスカイが契約を切ったこと話しちまった。申し訳ない。俺の判断ミスだ」

 

そのことか。察してはいたが担当の二人に詮索するような真似はしなかった。ただ沖野トレーナーが話したとは思わなかった。

 

「別に良いですよ。いずれバレることですし、貸し一つってことにして下さい」

 

「本当にすまない。おハナさんからもこっぴどく怒られたんだが、デカい借りになっちまったな」

 

貸しを返して貰う機会はなさそうだ。いずれ知られてしまうことというのは勿論。サクラバクシンオーは一切気にした様子がないし、ブリッジコンプの場合は……爆発するまでまだ時間がある。猶予までに解決すればいい、それが今難しいのだが。

 

この様子だとまだ話は終わらなさそうだ。頭を上げてもらって、ベンチの隣のスペースを開けた。どっこいしょとおじさん臭い仕草で沖野トレーナーが座る。

 

「それから謝罪ついでに海空トレーナーの様子を聞きに来たんだ。俺はあんまり海空トレーナーと関わりはないんだがセイウンスカイのことでってスペがせっついてきて、気になってな。会いに行ったんだろ?」

 

沖野トレーナーには知られていたか。東条トレーナーに話したしその経由で伝わっていてもおかしくない。海空トレーナー、セイウンスカイの元担当トレーナーであり現在傷心の為引きこもり中。セイウンスカイとの関係で俺に根も葉もある噂がたったので、解決しようと少し前に駿川たづなと共に自宅に押し掛けたのは確かだ。

 

けれど、

 

「インターホンを鳴らしても出なかったんですよ。だからさっぱり」

 

トレセン学園からほど近いところにある一軒家に海空トレーナーの家はあった。中央トレーナーは給料が良い。トレセン学園内のトレーナー寮ではプライベートでも仕事から離れられないということで、通勤に問題がない離れた場所に住むというのはよくある話だ。ノックもしたし、何度か大声をかけてみたりもしたが、やはり反応はなし。ポストには新聞などが数日分詰め込まれていた。独身で子供もなし、両親は地方に住んでいるらしい。電話にも出ないらしく、どうもセイウンスカイとの契約を切られたことが、俺の想像以上にショックだったようだ。

 

「そいつは」

 

沖野トレーナーが何かを言いかけて、言い淀む。結局口にすることはなく、俺も踏み込むことが嫌で追及しなかった。

 

「セイウンスカイを連れて行ったら応対もあるかなとは思ったんですが、流石に彼女がどういう反応をするか予想がつかなかったので。そもそも着いてきてくれるかどうかも解りませんしね」

 

「正しい判断だと思うぜ」

 

ふと思いついて口にした。

 

「沖野トレーナーはデビュー前にセイウンスカイのことスカウトしなかったんですか?」

 

「うーむ。確かに脚は魅力的だが……、俺とはウマが合わなかっただろうなぁ」

 

真剣に悩むところが沖野トレーナーらしい。そういえばチームスピカは皆不屈の根性がありそうなチームメンバーばかりである。浮沈艦ゴールドシップ、ダイワスカーレットとウオッカのライバル。そして怪我から立ち直ったサイレンススズカと共に乗り越えたスペシャルウィーク。何れトウカイテイオーとメジロマックイーンも不屈の根性を見せつけてくれるだろう。

 

セイウンスカイは勝利への強い執念がある。しかし、強すぎるからこそ執念を燃やし尽くした時、脆くなりそうな不安感が前からあり、今現実になっている。さぼり癖というのも問題だ。その辺を上手く御していた元担当トレーナーの優秀さが伺える癖ウマ娘である。チームスピカには合わなそうだ。

 

「それにスぺもいたし、スズカの引継ぎも結構ゴタゴタしてた。ま、セイウンスカイはお前と相性良いと思うぜ?」

 

「そうですかね」

 

そうは思えない。

 

駄目で元元、先達である沖野トレーナーに拗れた今の解決方法を聞いてみた。

 

「アドバイスとかあります?」

 

セイウンスカイがトレーニングを手伝ってくれて助かっている面も多いが、セイウンスカイが爆発するのが先かブリッジコンプが爆発するのが先か。時間制限までに解決しなければ総合的にはマイナスだ。解決しても俺の悪評はなくならないが、内に抱えた爆弾は消える。藁にも縋りたい思いである。

 

「ないッ!悪いが俺はそういう時根性で解決するしか知らないからな。おハナさんで解決できないことは一部を除いて俺にも無理だ」

 

あの沖野トレーナーならと少しだけ期待していたが、半ば予想出来ていたことだ。そもそも問題は偶然が重なってできた不慮の事故に近い。時間経過によって解決してくれるわけでもない。数少ない道といえば、俺としてはセイウンスカイが元の鞘に納まってくれるのが望ましい。セイウンスカイと海空トレーナーが相性が悪いわけがないのだ。今までの三年間の実績が示している。

 

「その様子じゃやっぱりセイウンスカイの担当になるつもりはないみたいだな?」

 

「あったら此処まで大事になってないですよ」

 

「確かにな。海空トレーナーのことを考えないなら、いっそお前が担当になっちまった方が問題の解決としては手っ取り早いんだが。新人トレーナーが三人も、しかも全員現役ってのは……流石に酷だ」

 

既にセイウンスカイは他人とは言えない状況にある。だがあくまで担当はブリッジコンプとサクラバクシンオー、線引きを守らなければトレーナーである資格はない。寝取り野郎という噂が現実のものとなってしまう。

 

「取り合えず噂の方は俺もそれとなく消えるように動いてみる」

 

「有難うございます」

 

良いってことよと笑う沖野トレーナーは、どこか安心感を覚えさせる。

 

「ああ、借りは別のことで良い。速く解決することを願ってるぜ」

 

頷く。此方も何時までも導火線に火を点けたままなのは御免だった。沖野トレーナーは立ち上がり、去ると見せかけて思い出したように振り返る。まだなにかあるのだろうか?

 

「そういえばテイオーがお前に興味を持ったみたいだ。迷惑をかけることになるかもしない」

 

俺は間髪入れずに答えた。

 

「さっきの貸し早速使いますね。阻止をお願いします」

 

「お、おう。悪いな。確かに大変な時期だ。そのうち時間が空いたらって止めておくよ」

 

絶対阻止だ。五年間はそのまま止めておいてほしいが、流石に口に出しはしない。既に興味を持たれるという失策をしているが、きっとまだ取り返せる範疇だ。諦めるのは早い。なにより関わってしまえば、俺は多分トウカイテイオーの物語に対するただのファンでいるのは難しくなる。自分のバカさ加減は良く知っていた。この前のサクラチヨノオーでも後悔したばかりだ。

 

「これも借りとは無関係でいい。むしろ俺の方が迷惑をかける側だしな。じゃあそれだけだ」

 

今度こそ去っていく沖野トレーナーを見送る。さて、どうしたものか。たっぷり五分悩んでも勿論答えは見つからなかった。仕方なく考えを諦めてノートパソコンを開く。デスクトップの上にはスペシャルウィーク、エルコンドルパサー、グラスワンダー、キングヘイロー、そしてセイウンスカイのミニキャラが踊っていた。黄金世代の戦いは本当に熱かった。観客席から見るレースに想いを馳せる。あの頃は良かったなんて言うつもりもないが、

 

俺はトレーナーである前にファンでありたかった。

 

 

 

甘かった。俺の考えは甘すぎた。

 

ウマ娘に優しい、戦争のない世界、けれど何処までも現実だ。

 

翌週、再び俺は理事長室に呼び出されていた。前回は広まった悪評についての確認だったが、今回ばかりは想像がつかない。理由も聞かされていない。まだぎりぎりブリッジコンプもセイウンスカイも爆発していない。薄氷の上だがなんとかやれている状況だ。

 

何時もの重い扉を押し開ける。中は少し暗く、窓からの光が室内に差し込んでいた。理事長椅子に座り逆光に照らされる秋川やよい理事長はいつになく真剣な表情だった。それは隣に立つ駿川たづなもまたそうだった。いよいよ俺の辞職でも決定された……とは思いたくない。それなら流石に毎日とはいかずとも顔を合わせることの多い駿川たづなが事前に話してくれてもいい筈だ。

 

「あのー、俺なにかやらかしましたでしょうか?」

 

「悲劇ッ!そうではない。私たちはこれを君に伝えることを申し訳なく思う」

 

となるとブリッジコンプかサクラバクシンオーがなにかやらかしたか?いや、トレセン学園は自由な校風をモットーにしている。多少の成績の悪さや、素行の悪さは許されるし、態々理事長からトレーナーが単独で呼ばれるとも思えない。考えていても解らないので素直に聞くことにする。

 

「それで、なぜ?」

 

「言いにくいことですが。セイウンスカイさんの元担当トレーナー、海空トレーナーさんが病院に緊急搬送されました」

 

は?駿川たづなの発言に、戸惑いながらなんとか言葉を絞り出す。

 

「どういう、こと、ですか」

 

「交通事故のようです。幸い命に別状はありませんが、車道に飛び出したという不確定な報告も……」

 

駿川たづなの説明する声が右から左へと流れていく。言葉を咀嚼するのに三分もかかった。

 

ただの事故なら良い、いや良くはないが。どうしてもこのタイミングだと自殺未遂の四文字が脳内にちらつく。けれど、セイウンスカイと契約を解消されたことで?そのようなことがあり得るのか。セイウンスカイの様子を見ればまだ海空トレーナーのことを引きずっていることなど俺でも解る。

再契約できる可能性を少なくともセイウンスカイ側からは確実にあった。担当トレーナーがそれを見抜けなかった?

 

理解できない。俺は海空トレーナーに会ったことがない。会うまで解らないことだ。混乱する。

 

「いつ、いつ話すことが出来ますか?」

 

「それはまだ続報が届くまでわかりません。海空トレーナーさんは契約解消後すぐに長期休暇を申請していました。また、搬送された病院もトレセン学園の近くではなく京都です。暫くは時間を稼げるでしょう。精神的動揺を考えればエゴかもしれませんが、セイウンスカイさんに今はまだ事情を伝えないべきだと私と理事長は判断しました」

 

ですから内密にという言葉に頷く。判断に間違いはない。そもそも人一人の生死など、まだ未成年の少女に背負わせる問題ではない。しかしなぜ京都で搬送されたのか、俺が訪れた時には既に家に居なかった可能性すらある。

 

「トレーナーさんには今回の件について、協力をお願いしたいと思います。宜しいでしょうか?」

 

元より俺に選択肢などない。状況に翻弄されるまま、頷くしかなかった。

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