黄金郷への橋   作:そういう日もある

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トレーナー視点


次への話

最近妙にブリッジコンプがセイウンスカイに優しい気がする。

 

俺の与り知らぬところで何があったのやら。幸いセイウンスカイに偶然海空トレーナーが交通事故にあったというカバーストーリーを話したという報告はしてくれた。その後、本音を語り合ったりしたのだろうか?なぜ仲良くなってくれたかについては話してくれなかった。だからって仲良くなる要素はない気もする。根本的にセイウンスカイの脚、ブリッジコンプの不満双方が解決していない。

 

気づけばセイウンスカイにあった爆弾もブリッジコンプにあった爆弾も消えていた。ストレスになるほど考えていた問題なだけに釈然としない。とはいえ、手放しで喜べる問題でもある。やはりウマ娘と違って人は醜いという結論で良いだろう。

 

なにせ歴史を学べば明らかにウマ娘がいなければ大きな争い、概念的な用語としては戦争が起こっていた可能性が高い。

 

当のブリッジコンプは目隠しをして、俺の目の前で特盛人参カレーを口にしていた。今にもすくったスプーンから零れ落ちそうで心配になる。ブリッジコンプも手も緊張で少し震えていて不安を更に助長していた。食堂にいる他のウマ娘達の視線もかなり痛い。まあ、俺がやれって言ったのだけれども。

 

緊張の一瞬。何時もなら30分程度でぺろりと平らげるのに、目隠しをした今日は1時間かかった。漸く食べ終わり、コップにブリッジコンプが手を伸ばす。カタンとコップが倒れそうになったところを、俺が手を出して止めた。

 

「もう外していい」

 

「ふぅ……」

 

ブリッジコンプは深く深く息を吐き出して、後頭部の結び目を解いた。解っていたことだがブリッジコンプの瞳には疑惑が渦巻いている。目隠しに隠されていたいつも強気の目つきも更に傾いて、眉毛も不満です!と主張していた。口元のカレーを紙ナプキンで拭ってブリッジコンプは口を開いた。

 

「これ本当にやる意味あるんです?」

 

サクラバクシンオーはこういう時疑問を口にしない。ついでに、優等生なら出来ると付け加えれば即「はいッ!解りました!優等生であるこの私に出来ないことはありませんッ!」だ。直ぐに想像できてしまうあたり、俺も随分サクラバクシンオーの解像度が上がったなと思う。

 

疑問を口にするのは、俺にとってはブリッジコンプの明確な利点だ。内心疑問に思いながらも口にせず、顔にも出さず、嫌々やられるのが一番まずい。本人が納得した方が効率も上がる。問題はこの方法は俺自身、うまく行くか半信半疑なところにある。

 

「思いついたスタート難の解決法、の前段階だな。ブリッジは目に頼り過ぎてる。でもウマ娘は本来そんなに目が良くない、ってわけでもないんだが精々人間程度だ」

 

ビワハヤヒデ、ゼンノブロイなどのように眼鏡をかけてレースに出ようとする者すらいる。落ちないレース専用眼鏡が普通に販売されているのだ。むしろコンタクトレンズは目に巻き上げられた土などが入る可能性があり、推奨されていない。

 

「でも耳や鼻は違う。人間より遥かに良い。音や匂いで無意識のうちに綺麗なスタートを決めることが出来る。派手にゲートが開く音が鳴るのもその一環だ。ブリッジも他のウマ娘の例にもれず耳や鼻は人間より良いのにゲートが開くのを目で追ってるだろう」

 

「そういわれれば、そうかもですね」

 

口ではそう言いながらも、ブリッジコンプは首を傾げた。自覚はないか。人間では速いと言われているクラウチングスタートがウマ娘は遅くなってしまうように、スタート自体ウマ娘によっては千差万別。決まった方法がないため、どうしても此れという形の指導が出来ない。だから欠点を一つ一つ潰していって、ブリッジコンプが自分で最適な方法を見つけるしかない。

 

「ゲートと周囲のウマ娘にそうやって意識を向けるのではなく、ゲートが開く音、雰囲気を感じ取る必要がある。だからとりあえず前段階として目にそもそも日常生活で意識的に頼らない様にすることから始める」

 

「なるほど。うーん、ところでバクシンオーはどこです?」

 

これはあまりブリッジコンプが納得してない感じだ。疑念が残っているけれど、さしあたって此処は言われたからやっておこうといった具合。俺自身手探りなので断言しておきながら、確信は持てない。本命はこれに慣れた後予定しているトレーニングだから仕方ない。サクラバクシンオーに関しては教師から通達が来ていた。

 

「小テストの補習」

 

悲しいかな。ブリッジコンプもあまり頭が良くないが、サクラバクシンオーはもっと悪い。勉強を教えてはいるのだが、トレーナーとしての業務も多いため面倒は見切れない。特に今回のような抜き打ちテストは俺も手の出しようがなかった。ブリッジコンプにおけるワイスマネージャーのようにどこかに都合の良い存在がいればなと思うが。

 

「まあだから話す時間はある。用があるんだろ?」

 

目隠しして食事なんていうのはあくまで付属品だ。こうして普通のトレーナーがこの時間殆ど利用しない食堂に来た理由はブリッジコンプが緊張せずに話をするためだった。二人きりというのは実のところ、大事な話をするのには向いていない。意識してしまって、誇張や取捨選択が入ってしまう。

 

ウマ娘の視線が熱いが、他トレーナーからの敵意よりは断然ましだった。サクラバクシンオーのデビュー戦なんて、セイウンスカイを連れていたことで針の筵だった。俺は改めて自分の悪評具合に納得したのである。聞いていないのか、ウマ娘達は気にした様子がないのが幸いだった。

 

珈琲片手に促すと、ブリッジコンプも決意を固めたようだ。疑惑の目から真剣な目に代わる。

 

「その、やっぱりセイさんのこと、もう少し見てくれませんか?トレーナー」

 

なんで?という言葉を飲み込んだ。あのブリッジコンプからでた台詞とは思えない、分析不足が露呈している。これは管理トレーニングに失敗したことを示している。エアシャカールから怒られるな、などと現実逃避して一旦頭を整理した後考える。まあ、何故かなんて思いつかないが答えは決まっていた。

 

「解った」

 

取り合えず承諾した。担当ウマ娘自らの本心の要望は全部受ける。トレーナーとしては当たり前のことだ。多少俺が徹夜を重ねれば済む問題である。基本給が滅茶苦茶高い代わりに残業手当なんて一円もないトレーナー業において、申告が必要ないのは本当に助かっている。幸い海空トレーナーからリハビリ時の詳細なデータとトレーニングメニューもちゃっかり貰ったし可能か不可能かでいえば可能だ。

 

海空トレーナー本人との相談も必要だ。丁度、次の休息日にセイウンスカイと共に京都へ訪れる予定なので良いタイミングだった。今セイウンスカイは海空トレーナーが残したリハビリメニューを行っているとはいえ、限界がある。海空トレーナーがセイウンスカイを直接見てリハビリを組みなおして、俺が調整しつつ実行するという形にすれば負担はマシになる。エナジードリンクを後で買い占めるとしよう。

 

「理由とか聞かないんですか?」

 

「教えてくれるなら嬉しいけど、話したくないなら別に良い。ただセイウンスカイ本人の意思もあるからそれ次第だ」

 

「有難うございます」

 

予想通り聞かれたくないか。この感じからすると、理由はブリッジコンプよりセイウンスカイの方にありそうだ。京都に向かう途中二人きりになるし、探りはセイウンスカイにいれよう。今ブリッジコンプに追及しても意味がないので、話題を変える。

 

「夏休みが空いてるなら夏合宿を計画するつもりだ。期間は七月末から大体二週間。場所はサクラ家の別荘だな」

 

別荘!!驚くべきことにこの提案をされたのはサクラ家の方からである。デビュー戦で快勝したことでサクラ家としてもサクラバクシンオーに期待をかけ始めたのではないかと邪推する。サクラローレルを代表として、功績を打ち立てたサクラ家一同はドリームトロフィーや同種の海外レースに向けて海外で合宿するらしい。その為誰も使用する者が居らず、現役でトゥインクルシリーズに出場しているウマ娘がサクラバクシンオーだけということもあって使用許可を貰った。

 

写真を見せて貰ったが、海沿いのコテージで近くには舗装された山もあり、トレーニング器具も充実しているという至れり尽くせりぶりだ。何度サクラ家は俺を驚かせれば気が済むのだろうか。最悪ポケットマネーと駿川たづなのコネで夏合宿を用意するつもりだったので有難い話だ。札幌トレセン学園に泊まるため使った手なので暫くは封印しておきたい。

 

駿川たづなに貸しというのは妙に不安感がある。底なし沼の気配だ。

 

「御両親に許可を貰う必要が当然ある。ビーチもあるから良い夏休みの思い出になるだろうな」

 

俺の提案にブリッジコンプは不安そうな、怯えた顔をした。言いずらそうに指摘した。

 

「で、でも、未勝利戦があります、よね」

 

ブリッジコンプの未勝利戦。成程、大きな問題だ。メイクデビューで負けたこともあって、ブリッジコンプ自身かなり気にしているらしい。次に負けたらどうしようという気持ちもあるだろう。とはいえ、俺は日程が被らないように何時未勝利戦に出すかを決めていた。

 

周囲のウマ娘が聞き耳を立てていないことを確認して口にした。この喧噪と小声ならば聞かれることもないだろう。

 

「未勝利戦は7月中に終わらせる。福島レース場、芝1200m、右回り。これがブリッジコンプの出るレースだ」

 

「え?」

 

予想外だっただろうか?見開いた黄金の瞳をじっと見つめる。

 

「でも、もっと鍛えてから挑むべきじゃ」

 

それにまた負けてしまったら、という言葉は流石に口にはしなかった。セイウンスカイとの関係で爆弾を抱えていた時期なら言っていた。まだ思ってはいるだろうけれど、口にするのとでは大いに違う。ブリッジコンプの精神的な成長を感じる。もう少しトレーニングを根性的にきついものにしても良いだろうかと頭の片隅で計算する。

 

「ああ、普通ならそうする。特に入着した惜しかったウマ娘は次は勝たせるためにしっかりと鍛え上げる」

 

8月から9月が人気らしい。7月しっかり休養をとり鍛え上げるというわけだ。9月以降は中距離の未勝利戦もある。

 

「7月に行う理由はレース勘を忘れさせないためだ。ブリッジがなんと思うのも構わないが、メイクデビューでの走りは今のブリッジコンプの出せる最高を出せていた」

 

その上で負けたのだから、俺の責任は重い。しかしあのレースは良い試金石になった。ニシノフラワーが多少かかり気味だったとはいえ、競ったこと。三着以降のウマ娘とは3バ身の差をつけていたことを考えれば未勝利戦の勝機は十分にある。

 

マークしていた特別に才能のある同世代のウマ娘は順当にメイクデビューで勝利しているらしい。つまり出場するウマ娘はブリッジコンプより多少上の才能以下しかいない。レース勘を忘れないうちに、同程度の才能には勝てるということを学ぶ。ブリッジコンプの自信の無さを少しでも払拭できればと思う。

 

一勝するまではブリッジコンプはメイクデビューの敗北を引きずりかねず、不安はトレーニング効率と成長曲線にも関わる。負けたらもっと大変なことになる諸刃の剣だ。ブリッジコンプが折れる可能性すらある。しかし、元よりブリッジコンプがGⅠに勝利する為には多少の無茶は許容する必要があった。

 

正面から褒めたところでブリッジコンプは受け取らない。むしろ遠慮するか疑念を覚える。発破をかけるのも難しい。だから俺は何時もの通りなんてこともないように言うのだ。

 

「ブリッジ。未勝利戦、勝つぞ」

 

「!!……解りました」

 

決意を黄金の瞳に宿すブリッジコンプ。さてあと三週間の間にブリッジコンプを十分に休息させた上で、メイクデビューの時より更に磨きをかけなければならない。ついでに夏を終えた後のレースプランも練る必要がある。セイウンスカイの問題も落ち着いたとはいえどう転ぶか解らない。

 

トレーナーはまったくもってブラック職業である。

 

 

次の休息日、俺はセイウンスカイを連れて海空トレーナーの病室に訪れていた。尚、ブリッジコンプとの話に関してはなぜか恥ずかしがって何も話してはくれなかった。ブリッジコンプの分析に深刻な問題となっているので、正直言って困るのだが仕方ない。

 

今度エアシャカールとファインモーションを飲みに誘って良い方法がないか聞くとしよう。奢りなら何だかんだ文句を言いつつ来てくれるはずだ。

 

取り留めのないことを考えつつ、俺は病室の外のベンチでヤングジャンプを読んでいた。セイウンスカイと海空トレーナーが二人きりで話したいというのでかれこれ30分以上待っているのである。通り過ぎていく痛々しいウマ娘に気分が憂鬱になってくる。意識的に雑誌へと目を向ける。

 

今週のシンデレラグレイはオグリキャップとタマモクロスのジャパンカップ直前の話だった。試合は映像で確認済み。見ていて熱かった、まさかあそこでペイザバトラーが飛び出すとは思わなかった。殆ど無名の子だったのに芦毛の二人が届かないとは。その因果でスペシャルウィークが勝つまでは海外ウマ娘への強い苦手意識が国民全体に生まれた。流石日本総大将、暗闇を切り裂く光といったところか。

 

とはいえ、俺の見立てだとスペシャルウィークよりエルコンドルパサーの方が実力がある気がする。東条トレーナーが育てているところを直接見たというのもあるが、スペシャルウィークは絶対に勝つと決めたレースに対する爆発力が優れている。しかし、エルコンドルパサーはコンスタントに強い。黄金世代最強説なんて何時までも終わらない論争で話題にすると絶対に誰も譲らないので不毛だが、考える分には楽しい。

 

なによりトレーナーとなった今では生でウマ娘を見ることで見比べることができる。何時か決着を見たいという気持ちと見たくないという気持ちがファンとしては両方あった。

 

「おやおや~、お待たせしちゃいました」

 

熱中しすぎて周りが見えていなかった。ふと顔を上げるとセイウンスカイが目と鼻の先にいて、跳び上がりかけた。青い瞳はまだ少しだけ暗い影を持っていたけれど、それでも菊花賞のインタビューで見た時のような美しい色を浮かべていた。吹っ切れたといったところか。バクバクと鳴り響く心臓の鼓動を大きく息を吐き出して抑えつけながら、平静を取り戻していく。

 

「もういいのか?」

 

「うん☆トレーナーさんにはいっぱい迷惑を掛けちゃったなぁ」

 

「海空トレーナーはむしろ自分が悪いと思ってただろうな」

 

そっちもだけど、とセイウンスカイは小声で囁いた。多分人差し指を俺の心臓の位置に当てた。多分だ。なにせ、今なぜかセイウンスカイの青い瞳から俺は目を離すことが出来ない。シンボリルドルフのプレッシャーによって蛇に睨まれた蛙となった時とは明確に違う。妙な感覚。大海を思わせる青い瞳が爛々と輝いていた。

 

ぞくりと落ち着きを取り戻し始めていた心臓が再び跳ねた。

 

「どっちもセイちゃんのトレーナーさんだからね♪これからよろしく!」

 

ああ、黄金世代最強はもしかしたらスペシャルウィークでも、エルコンドルパサーでも、グラスワンダーでも、キングヘイローでもないのかもしれない。脚はまだ不調のままで、成長も殆ど止まってしまったのに。その柔らかな表情の裏側に、菊花賞を超える凄まじいプレッシャーをセイウンスカイは持っていた。

 

思い返せばこの時初めて、俺の前でセイウンスカイは自分のことをセイちゃんと呼んだ。




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