早速、俺はエアシャカールとファインモーションを飲み会に誘った。値段の高い鉄板焼きを予約しようと思ったが、待ったをかけたのはファインモーションだった。そして選ばれたのは全国チェーン展開している焼き肉店である。ウマ娘の食欲で奢るとなると、鉄板焼きは財布が空っぽになる覚悟をしていたので、財布に優しくて助かるのだが……。
店員に案内されて奥の個室に通される。予約したとはいえ、チェーン店なのに配慮されてるとは思わなかった。まあ、エアシャカールの名前で予約したから当然かもしれない。後で二人はサインでもねだられるだろうなと考えつつ、俺は暖簾をくぐった。
「よぉ、久しぶりだな」
「お久しぶり、もうトレーナーさんて呼ぶべきかな?」
既にエアシャカールもファインモーションも座って、ビールジョッキを手にしている。エアシャカールは相変わらず講師なのにロックな格好だ。ジーンズにVネックのシャツ。金のネックレスを首に下げていた。ファインモーションは白のタートルネックに黒のスカート多分有名ブランドのものだ。この場に不釣り合いが過ぎる。臭いとかついたらどうするのだろうかと何時も思うが、本人は気にしてない。
「お久しぶりです。そうですね、折角なのでトレーナーさん呼びでお願いします」
「調子に乗るなバァカ。お前なんてバカで十分だ」
目が完全にファンのそれになっている店員にビールと上カルビやサンチュを頼んで下がらせる。俺は兎も角二人にとってはこういった場で話しかけられるのはあまり好ましいことではない。特にファインモーションの場合、実家が実家なので過度なファンと裁判になったこともある。
「そういえばおめでとう。担当がメイクデビューに勝ったんだってね」
月刊トゥインクル増刊号にメイクデビュー勝利ウマ娘の記事はもう掲載されている。それをファインモーションは見たのだろう。勿論裏一面の更に半分ではあるが、中でもサクラバクシンオーは大きく取りあげられていた。俺の名前も小さく書かれていた筈だ。北海道に飛んでいた為嚙み合わなかったが、後々インタビューもあるとか、面倒くさいがトレーナーの仕事である。
「サクラバクシンオーですね。二人担当していますけど、もう一人、ブリッジコンプは負けました。完敗ですよ」
「お前が育てたにしちゃあ、良い走りだった。あの様子じゃ未勝利戦には勝つだろうよ」
有難うございますと素直に頭を下げる。流石師匠だ。今でもメイクデビューから現役ウマ娘のデータ収集と解析は行っているのだろう。上カルビを焼きながら、ホルモンやタン塩、キムチなどを追加注文していく。ちなみに俺は御飯モノや麺類を頼まないタイプだ。エアシャカールも同じく、炭水化物のエネルギー計算が面倒だとかなんとか。ファインモーションが誘ったらカロリー爆弾のラーメンだろうと必ず行くのにも関わらず、である。ファインモーションは気にせず冷麺を頼んでいる。
「あーでも意外っちゃ意外だったなァ。お前が、ああいう才能普通の奴に興味ないと思ってた。ちょっと見直したぜ」
「駿川さんと同じこと言いますね」
俺の言葉にエアシャカールは舌打ちした。エアシャカールは駿川たづなのことが苦手らしいので仕方ない。曰く、データで超えていても勝てないと思ってしまうような人、らしい。クラシック二冠ウマ娘が勝てないって、本当に人なのか?等と思いつつ、トングで肉を裏返す。
「逆スカウトですから。うーん、特別目についたわけでもないですし、普通にスカウトしてたかというと。あ、ファイン。肉焼けましたのでどうぞ」
「オイコラ、お前ファインにばっかり肉渡すじゃねえか」
キレるエアシャカールを見る。次に、冷麺を嬉しそうに頬張るファインモーションを見る。此方に気づいて黄色の瞳で上目遣いをしてくるファインモーション、可愛い。どちらを優先するかなんて解りきってると思うのだが。仕方なく次の肉はシャカールの皿に置いた。
「ああ、でもやっぱり目は良いなと思ったんですよね。そのせいで出遅れてましたし、かかりまくってましたけど」
「悪い方に目立ってんな」
ブリッジコンプの目の良さは才能ではあるが今のところ総合的に見て良い方向に向いているかというと否である。視界が広くポジション取りが上手いとはいえ、逃げという方向性とそもそもあまり噛み合っていない。走りに関しては平均より少し上といったところ。目の良さを利点にかえられるかは俺とブリッジコンプにかかっている。
「でも逆スカウトって憧れ在りません?其れにサクラバクシンオーがGⅠを勝っても、嬉しいですけど俺の手助けもあって成し遂げられたかと言われると違いますよね」
ちゃんとしたトレーナーが鍛えればGⅠ一勝くらいは確実にとれるのがサクラバクシンオーだ。才能が大きすぎるし、同世代に敵が居なさすぎる。トウカイテイオーの短距離版だ。あのニシノフラワーでさえ比べれば劣るのだから才能の化け物である。
なにより、ブリッジコンプの言葉を一言一句覚えている。G1に勝てますか?私は勝ちたいんです。才能では劣っていることはわかっています。だからできるだけ才能のあるトレーナーに見てほしい。完全に殺し文句だ。
ビールジョッキを空にしながら、エアシャカールは首を捻った。
「まァ、解んねえなぁ。ロジカルじゃねえし。勝てば其れで良いんじゃねえか?」
データ至上主義のエアシャカールならそう言うと思ったので特に気にしない。
「うんうん、私は解るよ。折角新しいシューズを買うなら速いのより、重くて鍛えられるシューズだよね」
例えの意味が俺には理解できないし、エアシャカールも渋い顔をしているが、ファインモーションが美人なので何でも許される。清楚系の美人て本当に凄いなと思う。存在するだけで世界の為になっている。俺達の様子を気にした素振りもなく、今度はキムチとハラミをサンチュで巻いて食べ始めるファインモーションは何時までも見てられる。
「で、なんか話あったんじゃねえのか?」
名残惜しいがファインモーションからエアシャカールに視線を戻した。
「ああそうでした」
ブリッジコンプとセイウンスカイの抱える爆弾についての話。そして未勝利戦に負けて帰ったら、二人が急に仲良くなった話をする。ちなみに俺は結局ブリッジコンプとサクラバクシンオーの担当トレーナー兼、セイウンスカイのサブトレーナーという形に落ち着いた。本来チームにしかサブトレーナーが居ないのだが、セイウンスカイの事情もあるし海空トレーナーとセイウンスカイが再契約することになったので特例として認められた形だ。
海空トレーナーとの再契約で寝取り野郎という悪評は消えるだろう。まあ、目の前の二人と共に、というか9割方自業自得だが築き上げた悪評は当然消えてはなくならない。
「ということなんですけど、理解できます?」
「そりゃお前のミスだろ。ってファイン、それオレが焼いてた人参!」
ひょいと箸を伸ばしてファインモーションが網の上から人参を浚った。
「シャカールが意地悪な言い方するからだよ。悪いのはセイウンスカイさんじゃないかな。そうだね、キミからのセイウンスカイさんの印象はどうだったの?」
言われてみて改めてセイウンスカイの印象を思い出す。良く観察されていた気がする。それから最初の頃はブリッジコンプやサクラバクシンオーにあまり興味を示さなかった。ただ、昔は自分のことをセイちゃんと呼んでいたのに最近は呼んでいなかった。などなどを話していく。
「なるほどなるほど~。悪いのはキミだね」
思わずビールジョッキを落としそうになった。さっきはセイウンスカイが悪いと言って、次は俺が悪いと言う。
「シャカールは解ったでしょ?」
「まーな。つーかお前やっぱり頭おかしいぞ。なんで気づかないんだ?」
バカにしてエアシャカールは鼻で笑った。そう言われてもである。エアシャカール式管理トレーニング方法は十分に学んだつもりだ。本家ほどではないが俺流のアレンジも加えて最適化した。ウマ娘心理学についても当然勉強することにもなった。実際ブリッジコンプもサクラバクシンオーも理想的な成長曲線を描いているし間違いない筈だ。
「ウマ娘っつーよりお前には人の心も解んねーんだろうなァ。なまじそれで上手く行くから手がつけられねェ」
酷い言われようだが聞いただけで事情を理解した二人に対して、俺はお手上げである。何も言い返すことが出来ない。店員に網を交換して貰うのを待ってから、素直に頭を下げて教えを乞うことにした。プライドなんてゴミ箱行きだ。
「セイウンスカイさんはキミに運命を感じたんだと思うよ。ほら、えーっと誰だっけ。有名なの」
「スーパークリークか」
エアシャカールの指摘に、そうそうとファインモーションが頷く。スーパークリークというと、何処かで聞いた記憶があるのだがさてあれは、正式配属初日のことだったか。模擬レースを見ている最中に言われたことだ。
「あー!東条トレーナーがそういえば言ってましたね」
トレーナーとウマ娘には運命的な出会いがある。逆スカウトの一部は特別な形の場合があるらしい。そうして組んだ担当は、ウマ娘を飛躍的に成長させる。とかなんとかかんとか。俺は理論派なのでそういったオカルトは全く信じていない。
「理屈はなくても実例があるならそいつは立派な研究材料だ。科学が未知をただ否定してどうする?」
御尤も。でもお化けは研究材料じゃないんですよねとは流石に口にしない。
「でもセイウンスカイはもうシニア二年目ですよ?普通ジュニア期じゃないですかね」
「つまり、今からセイウンスカイさんは本番ということだよ~。それを解ってあげられないキミが悪い」
確かに病院の時の青い瞳。内側から漏れ出すプレッシャーはクラシック期を間違いなく超えていた。とはいえ、シニア期二年目で本番と言われると首を傾げてしまう。脚のリハビリも目途が立っていない。遅咲きが過ぎる……いや、クラシックで既に咲いていたから二度咲きか。
納得できないことが、目の前の二人と経験の差として出ている。仕方ない、此処は取り敢えずそういうものであると認識すればいい。
「うーん。そういうことでシャカール、リハビリ用のデータ下さい」
ブリッジコンプに関しては、運命的出会いをセイウンスカイから告げられて理解が深まって仲良くなったという解釈をしよう。理解はできなくとも、事実を元にデータを組みなおすことは出来る。元より担当の全てを解ろうだなんて、逆に盲目的になってしまう。何処かで妥協は必要だ。
俺のさりげない要求にエアシャカールが渋い顔をした。海空トレーナーとリハビリは組んだものの、このままでは駄目なことくらい俺でも理解している。そもそもリハビリを始めて六か月。何の成果もないわけではないが現状の回復速度ではセイウンスカイの復帰は不可能だ。外部から有用なデータを持ってくるしかない。
「オレもうお前の講師じゃねえんだよ」
流石に線引きはするか。とはいえ切り札がある。
「サクラ家が保有していたバクシンオー用にサクラローレルが組んだデータでどうです?」
机越しに差し出された手を握る。交渉成立だ。エアシャカールですら流石に名門サクラ家の生み出したデータとなれば欲しくてたまらないらしい。俺が作ったわけでもないので懐も痛まない。どうせエアシャカールも外に出すことはないから、俺の信用が失われることもない。海空トレーナーにも貸しになるので、今度何かしらで返して貰おう。一石二鳥だ。
「序にあー、八月後期辺りにですけど。ファイン、ちょっとトレーニング手伝ってくれませんか?」
「いいよ」
夏場はウマ娘が大きく成長する期間だ。夏合宿の間に体を仕上げて、走り方を成長した体に合わせてまた調整し直さなければならない。俺は成長期の調整をデータ面でしか知らないし、経験のあるウマ娘の指導はどうしても最適化に必要になる。東条トレーナーにも頼むつもりではあるが、東条トレーナーも絶頂期に入ったテイエムオペラオーの育成に忙しい筈だ。
「お前は何時もそうやってほいほいと……、チッ。仕方ねえからオレも行ってやる」
伊勢海老で鯛、いや鮫が釣れた。ファインモーションよりも、エアシャカールの方が論理的に説明できるから助かる。ファインモーションの鹿毛耳が嬉しそうにぴくぴくと揺れた。どうやら今渡した肉がお気に召したらしい。
「すっごーい!これなんてお肉?」
「タン元ですね。舌の根っこの部分」
ファインモーションが食べているのは牛タンの希少部位である。このチェーン店でも一日十食しか出ないメニューだ。予約注文できたのが幸いだった。本来鉄板焼きで、黒毛和牛で食べてもらう予定だったのでなんだか申し訳ない。
「へー!そういえばシャカールの舌って凄い長いんだよ?キミ見たことあったっけ」
「テメェ何勝手に」
そう言う関係なんですか?と弄るとエアシャカールに殺される。実際殺されかけた。人は人同士で、ウマ娘はウマ娘同士で恋愛すべきだと思うの等という厄介なファンには悪いが、彼女たちは健全な友人関係である。勿論、俺はエアシャカールの舌に関しては興味津々だ。駄目で元々。
「見たいとは思いますけど、見せてくれないでしょうね」
「当たり前だっ!クソが。そういえばお前、さっきから何も食ってないけどいいのか?」
「あーまあ」
確かに肉や野菜を焼いてはエアシャカールかファインモーションの皿に乗せるばかり。今のところビールとつまみやキムチしか口にしていない。腹三割といったところだ。気配りできる当たり流石エアシャカールである。ただ、これは十分な理由があった。
「ファイン、どうせシメにラーメン行きますよね。この近くに良い店あるらしいですよ」
「もちろん♪気配りに思い出クローバー2を上げちゃう」
ということである。鉄板焼きが無しになったので、別の手段で機嫌取りをしようと考えたのだ。ファインモーションはラーメン巡りを学生時代から続けているらしく、今では週に一度は食べているとか。ファインモーションの清楚な見た目からは考えられないような場所に出没している噂もSNSにはある。研修時代何度かエアシャカールと共に振り回された。
俺は悲しいかな種族人、食事の量には限度がある。毎度食べ過ぎて吐きそうになったので学習した。流石に個室の焼肉店ならともかく、ラーメン屋に入って何も食べないは出来ない。
「うげっ!お前それ先言えよ!食い過ぎちまった」
「シャカールも着いてくるよね?」
ファインモーションの言葉に舌打ちをしつつも否定をしないあたり、エアシャカールも変わらないなと思った。
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