黄金郷への橋   作:そういう日もある

33 / 68
変人記者、登場!?

夏休みに入って帰省するウマ娘も増えてきた。中には早々に家族旅行や個人で旅行に行ったウマ娘もいる。学生の身に個人ではなかなか厳しいと思うかもしれないが。元からゴールドシチーのように人気があるかレースに出て重賞に勝利するようになればグッズも販売されるため、売上の一部がウマ娘個人に入りウマ娘によっては学生の身でお金持ちになれる。実際今セイウンスカイは海空トレーナーのいる京都に行っている。

 

七月八月のGⅠレースが少ないのも納得が出来るというもの。走る前に暑くてへばってしまう。唯一開催されているのは新設された地方のジャパンダートダービーくらいだ。

 

今日はトレーナーにサクラバクシンオー共々空き教室に呼ばれていた。節電の為とやらで冷房の温度を27度から下げられない空き教室は外よりは真面だったがそれでもウマ娘にとっては暑い。尻尾を振ってスカートの中に風を起こしているが下着にじんわりと汗が染み込んでいった。あとお尻の筋肉が疲れる。

 

サクラバクシンオーは相変わらず元気だったが、それでも頬に汗の雫が見えた。ふりふりと揺れるポニーテールを見て首筋が涼しそうだなと思った。

 

「バクシンオー、予備のヘアゴムある?」

 

「はいッ!どうぞ!!」

 

ありがとうと受け取って、長い金髪を後ろで纏めてひとつ結びにする。汗で髪が温く湿っていて嫌な気分になる。首筋が多少は涼しくなったけれど、少し頭が引っ張られる感覚は違和感を覚える。普段なら問題なくても走るときには気になってしまいそうだ。やっぱりばっさり切るべきだろうか。ブリッジコンプ自身自分の髪が好きではないが、両親は反対するだろうなと思う。

 

がらりと横開きの扉が開いてトレーナーが入ってきた。その手にはタブレットの他に大量の紙の資料があった。

 

「おはよう。えーまずは残念なお知らせだ。プール練が四日後まで取れない」

 

思わずサクラバクシンオーと共に耳が垂れる。楽しみにしていただけ残念だった。この三日間炎天下の中トレーニングが確定したということだ。プール練は大人気かつ大混雑でトレーナー間で1レーンを奪い合う状況なのだとか。プールが苦手な先輩方もこの時期ばかりはプールに姿を見せるというのだから相当である。

 

「外部のトレーニング場はどうなんですか?」

 

諦めきれずに提案する。帰ってきたのはトレーナーの難しい表情だった。

 

「どこもいっぱいでな、近郊だと難しい。まさか人間用のプール場に行くわけにもいかないしな」

 

やっぱり駄目だったか。人間用のプール場でトレーニングが駄目というのは、単純にウマ娘パワーで水を蹴ったらどうなるかという話。泳ぎが下手くそなウマ娘は巨大な水柱を上げながら進むことになるし、上手ければそれはそれで速すぎて流れるプールが出来てしまう。迷惑なのでウマ娘の本気の水泳が人間用のプールでは禁止されている。

 

「バクシンオーはなにか思いつくか?」

 

「ぐぬぬぬ、私の家族は皆東京郊外に行ってますしこの学級委員長をもってしても思いつきませんねッ!」

 

実家のトレーニング場や別荘といったびっくり箱のサクラバクシンオーで駄目なら残念ながら、諦めるしかなさそう。

 

「まあ、そのうち良い方法を考える。さて本題だ」

 

トレーナーが渡してきた資料の表紙を見ると、インタビュー対策回答集と書かれた題。めくれば、デビュー出来た感想など文字通りインタビューに対してどう答えるのかという例が実際に話したウマ娘の名前と共にびっしり書かれていた。もしかしてこの分厚い束全部がそうなのだろうか?

 

「担当二人ともデビューしたってことで上からせっつかれて明日インタビューを受けることになった」

 

そう口にするトレーナーは凄く嫌そうな顔をしていた。読むのは良いけれど自分たちが書かれるのは嫌なようだ。顔にマスコミが嫌いですとありありと書かれている。そういえば新聞には小さくデビューしたウマ娘のインタビュー記事もあったことを思い出す。サクラバクシンオーがそういったものが無いため完全に失念していた。多分、ブリッジコンプがデビューするまでトレーナーが断っていたのだろう。

 

「インタビューを受けるのは月刊トゥインクル、URA公認の有名なところだな。担当は乙名史悦子氏でコラムを読んできたが内容は真面だった。それ以外も幾つか声をかけられたが全部断った、トレーニングの邪魔だしな」

 

サクラバクシンオーには色々なところから声がかかったんだろうなと思う。月刊トゥインクル以外にも記事を書いている雑誌や新聞社は結構いた。中身はサクラ家の切り札とか、強すぎるデビューとか、そういう表面的なものばっかりだったけど。

 

「とはいえコラムじゃ人格までは解らない。歴史を鑑みれば月刊トゥインクルではないが揚げ足取りをされて潰れたウマ娘だっている。発言を切り取られて一緒に走ったウマ娘が弱かったなんて書かれたら目も当てられない。ということで対策だ」

 

つまりトレーナーは定型文でインタビューを乗り越えようというのである。ブリッジコンプはどうせサクラバクシンオーの添え物だし、世間に認知されたいとも思わないから構わないけれど。サクラバクシンオーはどうなのだろうかと思って見ると、真剣に資料を読んでいた。覗き込めばサクラ家のインタビュー部分をよく見ている。やっぱり気になったりするのだろうか。

 

「トレーナーが話すだけじゃダメなんでしょうか?」

 

「ある程度フォローはするが記者は俺を通してではなくウマ娘本人の声を聴きたいと思うだろう。あまり俺が口を出すと、今度はウマ娘本人の意思を尊重しないトレーナーだとかなんとか言われる。勿論このまま喋ったらマズイ。多少自分のアレンジを入れて話す必要があるから、それも踏まえて練習しよう」

 

ということになった。

 

 

翌日、面談室を借りて私たちと記者は対面した。幸いなことに冷房がきつめにきいた防音の個人面談室だ。火照った体も冷えていく。

 

記者は茶髪を二つ結びにした女性で清潔感を感じさせた。礼儀正しく誠実な態度は安心感を覚えさせるし、ブリッジコンプの瞳も問題なしと判断していた。けれどトレーナーはスーツ姿で警戒心が強い。サクラバクシンオーは特段気にした様子もなく普段通り。無難だろうと私もサクラバクシンオーも制服だった。

 

「この度は秋川理事長からの御紹介で取材させて頂きたく参りました。乙名史悦子と申します。本日はよろしくお願いします」

 

「よろしくお願いします」

 

「では早速、トゥインクルシリーズにおけるトレーナーと担当ウマ娘の今後の展望についてお聞かせ願えますか?」

 

「GⅠ勝利を目標に掲げています」

 

成程と乙名史記者は頷いて私たちを見た。初めの質問で目ざとく、トレーナーからは当たり障りのない定型文しか引き出せないなと気づいたらしい。やっぱり大手の雑誌記者は担当もエリートなんだろうなと思う。

 

「担当の方々は具体的に上げている目標レースはありますか?まずはサクラバクシンオーさんからお願いします」

 

「私が走るんです、やっぱり朝日杯フューチュリティステークスですっ!!」

 

サクラバクシンオーの間髪を入れない傲慢ともとれる答え。トレーナーからは話していいと判断されていた。ジュニア級のGⅠは阪神ジュベナイルフィリーズ、朝日杯フューチュリティステークス、ホープフルステークスの三つしかない。その一つを取りに行くという宣言。

 

スプリンターに1600mは長い距離だ。適性というものはそう簡単に打破出来ない。マイルには強敵ウマ娘も多数存在し取りに来るのは間違いない。サクラバクシンオーでも勝てるかどうか以前に入着できるかどうかも解らないレース。

 

しかし、挑むと決めた。マイルを勝てなければ、中距離を、そして目標として掲げる長距離を勝てない。ただの世代スプリンター最強で終わるつもりはないと、サクラバクシンオーには並々ならない熱意が瞳にこもっている。

 

「ではトレーナーさん。サクラバクシンオーさんは距離適性が世論ではスプリンターと言われていますが如何お考えでしょうか?」

 

「御理解の通り、バクシンオーは短距離を得意とします。スカウト前の模擬レース映像をご覧になったかと思われますがマイルではスタミナが切れる場面も多くみられました。ですから夏から秋にかけてはスタミナを重点的に鍛えるつもりです」

 

トレーナーは真顔で質問にすらすらと答えていく。まるで何度も練習した、というより実際に私たちの前で練習していた。乙名史記者の視線が此方に向く。

 

「ではブリッジコンプさんは目標としているレースはありますか?」

 

来た。ずっと考えていた。トレーナーとの約束もあるし、ブリッジコンプは凄く頭を悩ませた。なにせマイル路線では隣のサクラバクシンオーが最大の壁である。来年の九月スプリンターズSまで短距離GⅠがない以上、それまでサクラバクシンオーがマイルGⅠに挑むのは確実。一緒のレースに出たら勝てる自信がニシノフラワー以上にブリッジコンプには一切なかった。とは言ったものの中距離以上にはあのトウカイテイオーやリオナタールが待ち受けている。結果出した答え。

 

「桜花賞です」

 

春のクラシック級GⅠティアラ、芝1600m。サクラバクシンオーは桜花賞の一月先にNHKマイルCがあるし棲み分けが出来る。とはいえ出場できるかすら解らない。必要なURA評価値は4500、抽選ではなく確実に挑むとなると調整期間を考えてオープン戦二回以上か重賞で勝利しなければ達成できない基準だ。メイクデビューで負け、あれほど未勝利戦で苦労したのに重賞なんて想像もつかない。それが初めにブリッジコンプが目標とするレースだった。

 

「では阪神ジュベナイルフィリーズにも出場を?」

 

阪神JFはティアラに挑むための登竜門と言われている。例年阪神JFで好走したウマ娘が桜花賞で勝利するのが通例だ。ただ……、ニシノフラワーが目指すだろうと考えられている。今のブリッジコンプがレースに勝って自信をつけたニシノフラワーに勝てるかと言われると自信がない。というよりか負けると思ってしまっている。答え難い質問にトレーナーへ目を向けると、阿吽の呼吸で代わって答え始めた。

 

「成長次第ではと考えていますが、しかし基本方針としましてはニシノフラワーが出場を希望しているという御社の記事を読みました。そういった好敵手とクラシック路線で争う為にも今は鍛え上げるべきだとも考えています」

 

「当社の記事を御目通し頂けたようで何よりです。成程、今は雌伏の時ということですね。ではお二人のメイクデビューそして未勝利戦勝利のお気持ちを改めてお聞かせください」

 

「バクシン的勝利でしたッ!!」

 

いきなりサクラバクシンオーがやらかして私は続くことが出来なかった。本人は自信満々に胸を張っていて、すっかり忘れてしまっている。確か此処は無難に「強敵でしたが無事勝利することが出来ました、この経験を次のレースでも生かしたいと思います」みたいな定型文が用意されていた筈だ。

 

「なるほど!」

 

キラーン☆乙名史記者の目が光る。完全にサクラバクシンオーがロックオンされている!

 

「朝日杯フューチュリティステークスでもバクシン的勝利を見せていただけるということでしょうか」

 

「勿論ですッ!!この学級委員長にお任せあれッ!」

 

駄目だ、完全に言質を取られてしまった。満足そうにほくほく顔で乙名史記者が手帳に書き込んでいる。きっと次の増刊号のデビューウマ娘インタビュー記事の題名はサクラバクシンオー朝日杯勝利宣言で決まりだ。トレーナーを見ると顎が外れそうな凄い顔をしていた。あれだけ用意していたのにこの結果なので致し方ない。

 

「ではトレーナーさんに伺います。ウマ娘に対するトレーナーの役割とはどうお考えですか?」

 

外れかけた顎を戻してから、こほんと咳ばらいをしてトレーナーは仕切りなおした。もう致命的な気がするけれど。

 

「道を示すことです。いざ担当ウマ娘が競技に出ればトレーナーは一緒に走ることも寄り添うことも出来ません。ですから指導者として彼女たちが走りやすいように道を舗装すること、なにより目指す先を明確にすることだと考えています」

 

それはブリッジコンプが聞いた定型文にはなくて、サクラバクシンオーに押される形で出たトレーナーの本心に思えた。見上げるとトレーナーは警戒の色が少しだけ消えて恥ずかしそうにしている。ブリッジコンプにはそれが解ったから、乙名記者にも伝わっただろう。

 

「なんと……寄り添うとは違う在り方!す……」

 

す?わなわなと乙名記者が顔を下に下げて震え出した。

 

「……す……」

 

「素晴らしいです!」

 

バン!机を両手で叩きながら乙名記者は立ち上がって乗り出した。サクラバクシンオーのスクープを入手した時よりもはるかに目がぎらぎら輝いている。怖い。人間てこんなに怖い生き物だったっけ。今の乙名記者なら負けそうな気がする。

 

「ウマ娘は走るときは周りにライバルしかいない!傍に寄り添うことが出来ないから真っすぐ走れるための道を示す!あぁ、事前の評判ではウマ娘を利用するだけの人という話でしたが!実はそうではなかった!愛故に孤独に走る彼女たちを思えばこそ、例えどのような悪評が立とうとも自らを省みず!生涯を考えて曇りなき冷静な眼でウマ娘を教え導くということですね!」

 

そこまでトレーナーは言っていない。あとさりげなくトレーナーのことを偏見で見ていたことも告白した。悪評に関してはブリッジコンプもサクラバクシンオーも認知していることなので、致し方ないことではあるけれど。あまり良い気分ではない。

 

バンッ!隣で同じくサクラバクシンオーが勢いよく乗り出した。やっぱり悪評について怒っているのだろうと思ったら、全然違った。

 

「そうでしょうッ!なにせトレーナーさんは私の運命の人ですからね!!」

 

同調してしまった!サクラバクシンオーの瞳の花がきらきらと輝いている。尻尾もぶんぶん振られて、当たってきてちょっと痛い。褒められた時の犬みたいにサクラバクシンオーのボルテージが急速に上がっていく。

 

「運命!つまりそれはトーレニングだけでなく私生活も含めて永遠に結ばれた定め!離れることなく歩んでいくということですね!一心同体!たとえ火の中、水の中であろうとも!寝食を共にするということ!トレーナーさんとサクラバクシンオーさんの絆!とても感服しました!」

 

「はいッッ!父上と母上からもトレーナーさんのことは認めていただきました!!週末は共に家で過ごしていますッ!!」

 

ブリッジコンプにはこの事態をどうすることも出来なかった。トレーナーはもう顔を手で覆ってしまっている。トレーナーの作った準備などサクラバクシンオーの前では脆く崩れ去り、乙名史記者との盛大な掛け合いが繰り広げられるのみだ。

 

「それでブリッジコンプさんにおけるトレーナーさんとは何でしょうか?」

 

急に振られて頭が真っ白になる。何も思いつかなくて、口走ってしまった。

 

「手が温かい人です」

 

何言ってるんだろう、私?

 

後日確認したところ話した内容にも関わらず乙名史記者の記事はかなり真っ当なものだった。勿論、サクラバクシンオーの朝日杯勝利宣言は書かれていたけれど、その後の話に関しては一切ない。ブリッジコンプは腑に落ちなくて、トレーナーは弱みを握られたと頭を抱えていた。サクラバクシンオーは自分の記事を読んで嬉しそうに笑っていた。




評価有難うございます。サクラバクシンオーに恋愛感情は今のところないです。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。