黄金郷への橋   作:そういう日もある

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トレーナー視点


水族館

何時もより三十分は早い起床。今日は夜の筋トレ以外完全休息日だ。合宿五日目になり、俺は徐々に心の平穏を得ることが出来ていた。キタサンブラック達とあれから関わることもなかった。逆スカウトされた時は驚いたし動揺したが思えば彼女はまだ初等部。あのトウカイテイオーの走りを見ればそちらに目が移る可能性が高い。

 

勿論、夜に会ったブリッジコンプが最後の砦となって俺のマイナスな気持ちを抑え込んでくれたことも大きい。ウマ娘と担当トレーナーが相互に助け合い成長していく関係とは少し違う気もするが、有難かった。

 

担当ウマ娘達の朝食は今日は軽くサンドイッチで良いだろう。昨日買ってきたばかりのレタスをちぎってから水洗いする。うちの担当ウマ娘のエンゲル係数も相当に高いので買い溜めが出来ない。毎回車でスーパーに向かうのは面倒だが冷蔵庫の大きさには限りがあった。

 

後は人参、トマト、ベーコンで良い。ベーコンを四枚ずつ並べた大きなフライパンを二つ弱火にかける。肉の油が出るのでサラダ油は必要なくて助かる。流石に一種類だけでは味気ないから、もう一種類は手間もかからずたんぱく質を豊富にとれるツナマヨで良い。タマネギはブリッジコンプが苦手で、ピーマンはセイウンスカイが苦手だったから買っていない。タマネギは味噌汁に少量程度なら我慢できるとのこと。

 

俺は担当達の好き嫌いを直したいとは思わない。やりたいなら親がやればいい。でも無理して苦手な物を克服するよりも、美味しいものを食べた方が俺は良いと思っている。飽食の時代の今、足りない栄養素は他の食材から持ってこれるのだから。

 

トマトと人参に包丁をいれていく。おっと、ベーコンをひっくり返さなければ。

 

ずらりと並べた食パンにレタス、トマト、人参を並べていく。一人食パン8枚4セット。こうして用意し始めて改めてカフェテリアや食堂の職員の凄さが身にしみてわかる。夏合宿中だけなら耐えられる。けれど毎日となると苦しい。腕が疲労で上がらなくなる自信があった。

 

追加のベーコンが焼きあがるのを待ちつつ、湯沸かし器からマグカップにお湯を注ぐとインスタントー珈琲の粉を溶かしていく。砂糖は大さじ二杯、ミルクは少な目。もしかしたらカフェイン中毒かもしれないが毎朝飲まなければ一日が始まった気がしない。インスタントでも缶でも良いバカな舌なので珈琲好きというのはちょっと違うと思う。

 

全部が出来上がった頃に玄関の扉が開いて担当のウマ娘達がやってきた。

 

「おはようございますッ!」「おはようございます」「おはよ~♪」

 

「おはよう」

 

顔色も毛の艶も問題なし。潮風で毛が傷んでしまわないか心配だったが、ウマ娘の毛は人間よりも強靭。たった五日でどうこうならないのは安心した。ウィニングライブだけでなくレースにおいても見た目は間接的に重要になる。見目が良ければパドックで目立つし、一番人気にも上げられやすい。その分声援が増えてウマ娘のモチベーションにも繋がる。見た目を疎かにしてトーレニングしても百害あって一利なし。

 

今日はトレーニングが夜までないので各々トレーニングウェアではなく私服だ。暑いだけあって肌を出している部分も多い。日焼け止めを塗っていても肌の色が徐々に焼けてきた。問題はブリッジコンプで特に日焼けに弱く毎日赤くなってしまう。ただトレーニングを辞めるわけにも行かず、どうしようもない。

 

勝手知ったるとばかりに冷蔵庫から麦茶をサクラバクシンオーが取り出して、ブリッジコンプがコップを並べている。セイウンスカイは相変わらず椅子に座ってうとうと。あの様子じゃ今日もブリッジコンプに起こされたらしい。

 

俺が見ている時はリハビリをさぼらないだけ、ああして日常で休息を取っているのだろう。セイウンスカイはサボり癖というより他のウマ娘より多く寝なければ本気で活動できない体質なのだ。

 

「いやん☆トレーナーさんのえっち」

 

「はいはい」

 

薄っすらと開いたセイウンスカイの目と合う。ぞくぞくと背筋をなでられるような視線。日に日に自然に発するセイウンスカイのプレッシャーが深まっている気がする。リハビリも順調だし復活も近いかもしれない。ただ今最盛期を迎えたテイエムオペラオー世代が強すぎるのは頭を抱える問題だ。さりげなくセイウンスカイから視線をそらして食卓についた。

 

「それじゃあ頂きます」

 

頂きますの号令でウマ娘達が一斉にサンドイッチに手を伸ばした。食欲旺盛なのは良いこと。いっぱい食べていっぱいトレーニングして真っすぐ強くなるのが一番レースで勝つ簡単で難しい方法である。

 

「食べながら聞いてくれ。今日は要望通り午前中は水族館で、そのまま外食。夕方まで好きに遊んでいい。ただ遠くまで行かないこと、トレーニングを勝手にしないことだけは守ってくれ」

 

「ところでトレーナーさんッ!ご存じですか?私のライバルが水族館にいるということを」

 

「誰なんだ?」

 

嫌な予感がしたが取り敢えずはサクラバクシンオーの話を聞く姿勢をとる。

 

「もうおわかりですね。そう、ライバルとは海の最速王ッ!バショウカジキですッッ!」

 

助けを求めてセイウンスカイを見ても気にした様子もなくサンドイッチに手を伸ばしているし、ブリッジコンプは露骨にそっぽを向いていた。この感じからするとおそらくブリッジコンプが原因のようだ。水族館にいる海の生き物でも事前に調べたりしたのだろうか。

 

「陸上を制するはこの私、海上を制するは今のところあの魚」

 

机の下でスマートフォンで素早くバショウカジキを調べて、一瞬だけ視線をやる。全長3.3mにも達しインド太平洋や亜熱帯にし生息しているらしい。全国でも飼育に成功した水族館は僅か四か所とwikiに書いてあった。その時速は100km、普通にウマ娘が負けている。

 

「ですが!いつか私がその名をいただき陸と海の最速を名乗る予定です!そして模範的なウマ娘として!陸海空を制することが、大学級委員長になる条件ですからね!」

 

サクラローレルだって海ではバショウカジキに負けるし、空ではハヤブサに負けると思う。でもモチベーションが上がってくれるのは良いことだ。目指す目標が頓珍漢でも、水泳トレーニングにもっと意欲的になってくれるだろう。

 

「なるほど、つまり今日は観察に徹して速さの秘訣を探ろうというわけか。流石だな、バクシンオー」

 

「はいッッ!流石私のトレーナーさんです!見事な慧眼ですね!」

 

食事を終えた後、三人を連れて水族館へと向かった。海に沿って車を走らせると直ぐに見えてる。平日だというのに結構車通りは多い。まだ普通の人間の学校は夏休みではないから、ウマ娘の姿が多くみられた。幸い広い駐車場の中でも入り口近くに停車することが出来た。

 

「じゃあちゃんと財布とスマートフォンは持ったな。バクシンオーはちゃんと充電してきたか?ブリッジ」

 

「なんで私に聞くんです?でもちゃんと充電してましたよ」

 

ワイスマネージャーがいなければ面倒見がいいブリッジコンプのことだからもしサクラバクシンオーが充電していなくても、前日に気づいて充電するように言うだろうと思ったのだ。でもそのまま言うとブリッジコンプは拗ねるので黄金の瞳を見つめ返して言葉を選んだ。

 

「ブリッジが頼りになるからだよ」

 

「……ならいいです」

 

無事に切り抜けて、そっぽを向いたブリッジコンプから視線を外して財布の中を確認する。問題なく予約した四人分の入場チケットが入っている。

 

「それじゃあ行こう」

 

階段を上がって入場チケットを使って中に入る。係員がセイウンスカイを見て驚いた顔をしていたが何も言うことはなかった。セイウンスカイ程のウマ娘なら知っている人も多いだろうし、助かる。態々遊びに来たというのに変装しなければならないのも十分に楽しむことが出来ないだろう。

 

「セイはなにか見たい魚とかいるのか?」

 

「うーん、いないかな。セイちゃんてば釣るのと食べる方が好きだし。あーでも」

 

車に乗っている間に完全に目覚めたセイウンスカイがわざとらしくしなを作って上目遣いをしてきた。

 

「トレーナーさんとまわるなら水族館もいいなーって思うかな☆」

 

「そうだな、俺も特にないから皆に着いていくことにするよ」

 

「もうトレーナーさんてば釣れないなぁ」

 

冗談だと解っているので軽く受け流す。ブリッジコンプに尋ねればクラゲだと答えが帰ってきた。この水族館には一万匹のクラゲ水槽があるのだとか。そこまでいくと恐怖を感じてしまいそうだが、ブリッジコンプが楽しそうなので構わない。

 

「イルカショーの整理券を取ってくる。追いつくから先に見ておいてくれ」

 

三人を先に進ませて整理券を貰いに行く。三十人ほど並んでいたが無事に手に入りそうだ。有料のレジャーシートを販売しているが、事前に把握していたので全員分鞄に詰めていた。しばらくそうしていて、前の人数が十人になった時。

 

「お兄さん!」

 

ぴょこぴょことアホ毛を揺らしながら黒髪の子が人ごみの中から現れた。間違いなくキタサンブラックだ。右手にはサトノダイヤモンドの手が繋がれている。どうやら水族館見学がバッティングしてしまったらしい。突然の遭遇に息が苦しくなり冷や汗が出始める。

 

『おはようございます!』

 

「おはよう」

 

異常を誤魔化しつつ、綺麗にはもった挨拶に押され気味に挨拶を返す。当たり前の様に俺の隣に来るがこれって割り込みじゃないだろうか。後ろの列を確認すればウマ娘の親御さんばかりなのか、二人の子ウマを微笑ましそうに見守っていた。多分俺が保護者と思われている。この状況で否定するのもまずい。出来るだけ関わらない様にしたかったがそうもいかなかった。

 

「キタサンブラックは」

 

「キタちゃんで良いですよ!」

 

きらきらと輝く純真な赤い瞳に俺は押し負けた。ウマ娘に人間が勝てるはずもないのだ。

 

「キタちゃん達の親御さんはどこに?」

 

「ビーチに居ます!私達だけで来ました」

 

成程、親に逃げる選択肢もなしか、となると仕方ない。大人しく諦めて一緒にイルカショーの整理券列に並んだ。この頃の子のウマ娘とどういう会話をすれば良いのか解らない。自分の小さい頃はヒーローに憧れたが、やっぱりウマキュアとかだろうか。

 

悩んだ末に選んだのはウマ娘のレースの話題だった。

 

「そういえば宝塚記念は見たかい?」

 

GⅠ宝塚記念、6月末に開催されるレースで阪神レース場で行われる。2200mと中距離、最終直線には1.8mもの上り坂が待ち受けている。今年度の勝者はテイエムオペラオー、そして二着がメイショウドトウ。世紀末覇王伝説その2となった。残念ながら生で見ることは叶わず映像のみの確認となったのが悔やまれる。

 

「はい!オペラオーさん凄かったです!最後の坂までぐっと堪えていました!」

 

「競り合いが強いんだと思います!ドトウさんとビッグバンさんと並んだ時急にぐんぐん伸びました!」

 

凄いこの子達もうそこまでレース展開が読めているのか。発言の一つ一つから才能を感じさせる。確かにテイエムオペラオーは中団から競り合いながら伸びるタイプだ。だからあえて生で見に行った春の天皇賞では途中まで抑えていた。

 

しかし今年の宝塚記念、ラスカルスズカが内ラチから凄まじい追い上げを見せつけていたし内心焦っていたと思う。競り合ってきたメイショウドトウとジョービッグバンが居なければ勝てていなかった可能性もある。それでも顔色一つ変えず優雅なまま勝ち切った。

 

正真正銘の化け物だ。東条トレーナーはよくあそこまで育て上げたし将来はシンボリルドルフ級になってもおかしくない。レース展開で話が盛り上がり、気づけば列の最前列まで来て無事に整理券を貰うことが出来た。

 

数々の魚や鮫が遊泳する巨大な水槽の周りのスロープを下っていく。周囲は薄暗く足元の非常灯だけが頼りだ。幻想的に海水を通して届いた青い光が一面を照らしていた。

 

「わぁダイヤちゃん凄いね!」

 

「キタちゃん!見て見て!大きなエイ!」

 

はしゃぎまわる二人を連れてゆっくりと下っていくと、道の途中に目立つ金髪が見えた。染めたものではなく、上に耳がぴこぴことせわしなく動いている。ブリッジコンプだ。気にしなくて良いのに他の二人を先に送って此処で待っていてくれたらしい。

 

此方に気づくと黄金の瞳がキタサンブラック達を見て驚いたように見開いた。直ぐにブリッジコンプに二人は駆け寄っていく。

 

『ブリッジさんおはようございます!』

 

「うん、おはよう。でも水族館では静かにね」

 

二人から目を離して、ブリッジコンプは俺に小声で囁いた。

 

「トレーナー、良いんですか?」

 

どうやら俺がこの前動揺していた原因はとっくの昔にばれていたらしい。勘が鋭いのか、目が良いのか。苦笑しつつ、構わないと答えた。気を使ってくれるのは嬉しいが、ただでさえセイウンスカイの件でヤキモキさせていたのに俺が原因でブリッジコンプに必要以上のストレスがかかるのは避けたい。

 

「くらげ展はこの下だろう。早く行こう」

 

「はい」

 

イワシの群れが巨大な魚の様にぐるぐると周り、群れの中央を鮫が通り抜けていく。それらの様子を気にもせずウミガメがゆったりと泳いでいた。完全に降りれば巨大な水槽に大量のクラゲがスポットライトに照らされて浮かんでいる。恐怖よりも感嘆がきた。

 

「……凄いな」

 

「はい。似たような光景、確かに夢で私見たんです。でもそれが詳しく思い出せなくて……ううん。もっと色が多かったかもしれない」

 

じっと黄金の瞳が水槽を見つめ続ける、この様子ではまだまだ離れそうにないな。ブリッジコンプから視線を外して後ろの同じく大きな水槽を見ると、俺はなんだか先ほどまでの余韻が薄れてしまった。

 

花が刻まれた瞳を輝かせ、べたりと顔を水槽に張り付けたサクラバクシンオーが居る。瞳の先には回遊するたった一匹のバショウカジキ。大声を上げていない所を見るに余程感動したらしい。ただその姿は子ウマさながら。いや少なくともキタサンブラック達未満だ。

 

近づいていって声をかける。

 

「バクシンオー、水槽に触らないでくださいって書いてあるだろ」

 

「にょわっ!トレーナーさん、これは失礼しました!そんなことより凄いですね。バショウカジキッ!」

 

確かに巨大な背びれを使って、上顎で水を切り分けながら優雅に泳いでいる。でもこの水槽でさえ時速100kmを、本気を出すのは無理そうだ。少しだけ哀れに見えた。他の魚たちはどうなんだという話だし、ウマ娘に重ねてしまっただけで、ただのエゴイスティックな感傷に過ぎない。

 

ただ改めて、せめて担当するウマ娘には、永遠に本気で走れないような状態にならないことを願うばかりだ。




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