大きな水槽に入れられた玉石混淆の一万匹のくらげ。一万匹と言われたらぎゅうぎゅうに詰めてあると思えてしまうが、意外と彼らは自由に漂っている。
くらげは不思議な生き物だ。目も口も鼻もない。白くてふわふわ漂って、後ろに触手を垂らしている。泳ぐときは懸命に傘を開いては閉じる。でも泳ぐ力は殆ど無くて、水流がないと生きていけない生き物らしい。この水槽も下から人工的に水流を作り出しているのだとか。なにを考えて、なにを楽しみに生きているのだろうか?一番になりたいだとか誰も考えていないと思う。広いとはいえ水槽に大量に詰め込まれて息苦しいとも思わない。長く生きたいと思ってるかすら疑問だ。
くらげの何も考えていない、漂って生きてるように見える様がブリッジコンプは好きだった。ウマ娘はどうしても魂が一着になれ!走れ!と叫んでくる。レースの時には全然力を貸してくれないのに、ブリッジコンプも変わらず胸の奥から一着になりたいという欲望が渦巻いているのだ。度し難い。だから自分と比べてくらげが好きだった。
「バクシン!バクシン!バクシンシーン!」
『バクシン!バクシン!バクシンシーン!』
ひと際大きなくらげが目の前を横切って、くらげの水槽からふと意識が引き戻される。エリアの出口にはサクラバクシンオーを先頭にキタサンブラックと、サトノダイヤモンドがバクシン的掛け声で一列に隊列を組んで行進していた。波長が合うのだろう、子ウマの二人は無邪気に楽しそうだ。迷惑な気もするが他のお客さんの中で微笑ましそうに見ても、不快感を覚えている様子はない。サクラバクシンオーだけは高等部なんですけど……。
辺りを見渡せばトレーナーとセイウンスカイが楽しそうに話している姿を見つけた。本人の言う通りセイウンスカイは水槽に入った魚たちにあまり興味はないようだ。ゲートなど狭い所に入るのが大嫌いだから、可哀想くらいは思っているかもしれない。私もくらげを見るのを満足したので近づいていく。
「見終わりました」
「そうか。じゃあイルカのショーまで時間があるしペンギンでも見に行くか。セイもそれでいいか?」
「いいよいいよ~」
エスカレーターで上の階に上って正面にはマンボウの親子が展示されていた。直ぐ死んでしまうというのは嘘らしい。確かに泳ぐ格好は体に似合わず小さなひれをパタパタと動かして不格好だけど、あの大きさだ。まさか脂肪だけが詰まっているわけでもないだろうし体当たりすれば小さな鮫くらい倒してしまいそう。
「鮫ってちょっと怖い」
「お任せくださいダイヤさん!もし鮫が襲ってきたとしてもこの私さえいればババーンとやっつけてしまいますとも!」
「じゃあバクシンオーさんは鮫にも勝てるの!?」
「勿論ですッ!今はまだ海上の速さはバショウカジキに負けていますが、学級委員長のパワーは陸海空一ッ!」
鮫の展示の前でこうやってこう!シュババッ!と身振り手振りで子ウマに鮫の倒し方を説明するサクラバクシンオー。身体能力が高いためウマキュアのようなポーズも様になっている。気づけばキタサンブラックとサトノダイヤモンド以外にも幾人かの子ウマが憧れの目でサクラバクシンオーを見つめていた。出来るだけ知らないウマ娘の振りをしよう。
意識が此方に向かないうちにささっと後ろを通り過ぎて、ペンギンエリアに向かった。トレーナーとセイウンスカイも巻き込まれるのは勘弁願いたいみたいで直ぐ後ろに着いてきた。
ペンギンエリアは天井がなく、二種類が展示されている。掲示板を見れば片方はフンボルトペンギンというらしい。小さな体にピンクの口の周り、嘴は黒。飛べない羽根を広げて日光浴している。もう一種類はコウテイペンギン。他の水族館から試験的に連れて来られたらしくたった三羽しかいない。けれどその巨体はフンボルトペンギンの二倍はあろうかという大きさで目立っていた。
「階段を下りれば泳いでる姿も見れるらしい。行ってみようか」
「はい」
少し混雑する中を降りると、人工的な岩に囲まれたプールの中をペンギンたちが泳いでいた。じっと此方を見つめる子がいたので目の前で指を振ると、合わせて首を向けてくる。面白くて、くすくすと笑ってしまった。
すると他の二羽も集まってくる。こつんこつんと音は聞こえなくても水槽を嘴が叩いた。
「トレーナー、なんでだと思います?」
「光物が好きなんじゃないかなぁ」
成程。確かにブリッジコンプは髪も瞳も金色だ。烏の様に珍しい光に寄せられて寄ってきたのかもしれない。でも発想が少し夢がないなとも思う。そう考えている私に気づいて、トレーナーは一言付け加えた。
「もしくはブリッジが魅力的に見えたからかも、ほら」
トレーナーが指さした方を見ると展示されているペンギン一覧があって、雄のペンギンはどれも右の翼にバンドをつけているらしい。確かにブリッジコンプを見て集まってきた三羽は右の翼にバンドがついていた。
上手い切り返しだなと感心する。此方の考えが伝わって慌てて付け加えたと解っていても嬉しく思う。でも自覚があるのか無いのかトレーナーのこういう態度が面倒ごとを抱える原因にもなっている。私たちの真似をして逆スカウトしようとする子を事前に退けるのは大変だったのだ。まあ、目付きが悪い私がじっと見つめれば悲しいことに睨みつけられていると勘違いして去っていくのだが。
諫めるためにトレーナーを尻尾で軽くはたいた。
「ええ?俺なにかしたか」
これは伝わらないのか。不思議だ。ペンギンエリアを抜けた頃には少し早いがイルカショーの時間が迫っていた。サクラバクシンオー達と合流して向かう。用意が良くトレーナーは四人分のレジャーシートを取り出した。流石にキタサンブラックとサトノダイヤモンドの分は無かったが、トレーナーが追加で買っていた。
もう関わらない様にすることを諦めたらしい。
「イルカショーか、実は俺は見たことないんだよ。というよりか水族館も初めてきた」
「おやおや~?意外だねぇ。トレーナーさんてば遊び人だから一度や二度誰かとあると思ったよ」
「セイは俺をどう見てるんだ。学生時代はトレーナーになる為の勉強でアオハルは無かったし、遊び歩く余裕もなかったな。部活も所属したことがない」
「それにしては鍛えてますよね?」
トレーナーは普段スーツかジャージで袖まで隠しているから体を見たことなんてないけれど。寝ているサクラバクシンオーを殆ど片手で抱き上げたり、人間にしてはそれなりの速度で走ったりと多分ブリッジコンプの父親には出来そうもない。勿論ウマ娘に敵うはずもないのだが一般人よりは鍛えているのだろう。
「トレーナーって知識面じゃなく肉体の健全性も問われるんだ。長時間ウマ娘のトレーニングに付き合う以上、簡単に倒れられちゃ困るってな。中には筆記の成績が凄まじくて突破する例外もいるらしいが。それで鍛え始めて、気づいたら習慣になった。おかげで実は球技とかからきしだ」
「なんとッ!!ではこの優等生である私がトレーナーさんをビーチバレーで一流に鍛え上げましょう!」
「まかり間違って本気のスパイクなんて受けたら俺が死ぬから……」
雑談をしている間に時間が過ぎ、ショーが始まった。イルカが水槽に現れ、飼育員のお姉さんが壇上に出てくる。それからよくとおる声で挨拶をした。
「みなさーん、こーんにちはー!」
『こんにちはー!』
キタサンブラックとサトノダイヤモンドが元気よく挨拶を返す。目を凝らしてみれば飼育員の帽子からは耳が飛び出していてウマ娘であることが解った。総数で見ればレースに関わらないウマ娘が多いため、この飼育員も例に漏れず普通に就職したのだろう。ブリッジコンプからしてみればそういう場に自分がいることが想像もつかない。
どうやって魂を焦がす程走りたいという情熱を無視できるのだろうか。大人になればこの思いは消えるのだろうか。
「まずはイルカのオープニングパフォーマンス、元気よく行ってみましょう!せーのジャーーーンプッ!」
水面下にイルカの姿が消えたと思うと、次の瞬間その全長を超えて飛び上がった!拍手が巻き起こる。ブリッジコンプも精一杯手を叩いた。
「皆さん!水がかかりますよー!スマートフォンや携帯はしっかりしまってくださいね!はい!」
イルカが大きなジャンプを客席前で繰り返すと水飛沫が此方まで届く。それから派手な二回転ジャンプや、その場でぐるぐると回転など芸が繰り広げられた。十五分程のイルカショーはあっと言う間だった。
水族館に併設された料理店で食事を済ませ、私たちはキタサンブラックとサトノダイヤモンドと別れた。午後からは海で遊ぶ予定だ。最初の二日間の午前でやったような本気の遊びではない。
向かうのも公共のビーチの方で、折角水着を買ったのだから普通に遊びたい。ワイスマネージャーと二人で海に来る機会なんて無かったし、基本ぼっちのブリッジコンプにとって普通に遊ぶということへ憧れがあった。
ビーチには既に多くのパラソルが立っていて見慣れてきたプライベートビーチに比べ手狭に感じたが、普通のビーチなんてこんなものだ。手前側にはしっかりと海の家があって焼きそばやホットドッグなどを売っていた。
トレーナーが場所を確保している間に私たちは車の中で手早く着替える。私は前に買った赤のワンピースで、サクラバクシンオーは桃色のビキニ。セイウンスカイは正式名称を解らないがビスチェ型のフリルがついた水着だった。
「バクシンオーちゃんてば大人~」
「そうでしょうともッ!優れた者は年上に見えてしまうものですからね!!」
サクラバクシンオーが胸を張って高らかに笑う。セイウンスカイが言っている意味は違うと思う。其々アウターを着こんで車から降りる。辺りを見渡せばブリッジコンプ達と同年代のようなウマ娘や人間の女の子がいて少しだけ安堵する。これなら目立ちそうもない。
駐車場から出てビーチに降りながら、トレーナーを探していると勘違いに気づいた。不思議と視線がブリッジコンプに向けられている。サクラバクシンオーが目立つのは解る。黙っていれば超美人だし、スタイルも良い。セイウンスカイは単純に有名ウマ娘だ。でもなぜ私?
声に耳を済ませれば、私が金毛だから外人に見えたらしく珍しくて注目を浴びているようだ。
「おや?どうされました、ブリッジ」
「ううん。何でもない。気にしないで」
視線を浴びても気にした様子もないサクラバクシンオーの影に隠れる。人混みが多く予想以上にトレーナーを見つけるのは難航した。スマートフォンで連絡した方が良いだろう。そう思って防水のポシェットに手を伸ばした時、肌を焼いた二十歳くらいの青年三人が私たちの前に立ち塞がった。
「君達今三人だけ?一緒に遊ばない」「滅茶苦茶美人じゃん。少しだけ話さない?」
私がまず思ったのは、凄い、現実にこんな人達居るんだである。漫画やアニメだけの住人だと思っていた。顔も悪くないし体も見せ筋だけどそこそこ鍛えているから、ナンパなんかしなくても彼女くらい出来そうなのに。でもブリッジコンプには普通が解らないから、実はこれが普通なのかもしれない。
話しぶりからしてセイウンスカイのことを知らないみたいだし、サクラバクシンオーが目当てのナンパだ。見る目が本当にない、だからナンパなんてしてるのかな。
サクラバクシンオーの柔らかな皮膚に包まれた鍛え抜かれた肉体と強烈なプレッシャーを感じ取れないのだろうか。一緒にレースをする他のウマ娘でさえビビらせたくらいなのに。今貴方達の前に居るのは美人のウマ娘ではなく猛獣だぞと忠告したくなる。勿論口にはしない。
「嬉しいお誘いですがッ!両親から知らない人には着いていってはいけませんと言われていますので!」
「なら今から知り合っていけば良いじゃん?」「オレサーフィン出来るんだけど教えようか?」
しかも諦めが悪い。
「そっちの子は外人かな?滅茶苦茶綺麗な金髪だね」
「あーうん。有難う」
思わず生返事で返してしまった。私は自分の金毛が好きではないので褒められても困る。漫画やアニメと違って恐怖心は感じなかった。ちょっと鬱陶しいなくらいである。やっぱり、ウマ娘と人間という種族の差で絶対に負けないと知っているのが問題だ。セイウンスカイなんて興味なさげに欠伸を噛み殺している。
「連れが居ますのでッ!!」
「まま、ちょっとくらい良いじゃん?それよりさぁ」
その後もあの手この手で此方の注意を引こうとする手管はいっそ感心すら覚えた。話も少しだけ面白い。あちらもウマ娘が相手だと解っているので強くは出られないし、私達も手を出されない限り手を出すつもりもなく話は平行線を辿った。
他の客からの注目も集まっていたたまれなくなる。面倒になってきたし、そろそろトレーナーに電話をかけようかと思った時だった。
「どいてくれるか?俺の連れなんだ」
海パン一枚にサングラスをかけたトレーナーが現れた。腹筋は割れているし胸板も分厚く肩幅も広い。やっぱりこうして直接見ると良く鍛え上げられていることが解る。年齢はナンパしてきている三人とそう変わらない筈なのに重いプレッシャーがあった。
「っち……なんだよ」「やっぱ今回も駄目だったかぁ」「次行くぞ次」
流石に自分たちより鍛え上げられたトレーナーを前にすれば三人も霞むというもの。潔く青年たちは引いていった。うん、もうちょっと小競り合いがあっても良かったけれど今のは凄く漫画やアニメみたいだった。
「トレーナー。八十点を上げる」
「悪い、実は俺もナンパされて迎えに来るのが遅れた。初めてな上に相手はウマ娘でな。びっくりしたよ」
点数はがっつり下げて四十点にしよう。
「トレーナーさんッ!砂の城を作りましょう!天高く延びるこの優等生にふさわしい城を!」
サクラバクシンオーは先ほどのことなどけろりと忘れてトレーナーに詰め寄る。セイウンスカイはさっさとトレーナーが確保した場所に向かって、日光浴しながら寝る気だ。私は砂の中にトレーナーを埋めると決意した。
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