黄金郷への橋   作:そういう日もある

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トレーナー視点


出会いと目撃

サ、サクラバクシンオー!!!!????

 

俺の脳がフリーズしたのは理事長室で面接を終えた直ぐ後のこと……だったらよかった。実際は三十分後のことである。ひどく恥ずかしいことだが、大人だから認めなければならないこともあるだろう。俺は二十歳になって迷子になった。模擬レースというから正面玄関から出てあたりを探せばレース場が見つかるだろうという甘すぎる算段を立てたのである。

 

だがトレセン学園の広さは俺の想像をはるかに超えていた。不親切なことに案内板がなく、あてもなくさ迷うことになったのである。なお後に案内板は学園内のプールで、ゴールドシップがサーフボートに使っていたことが発覚する。

 

道を戻って理事長室に聞き行くのは流石に恥ずかしい。ならば誰かに道を聞くのが一番だ。そう思ってあたりを見渡すと、丁度ベンチに寝転がっているウマ娘がいた。というよりか俺は、芦毛と青い瞳のそのウマ娘の名前をよく知っていた。

 

二冠娘、黄金世代、ワールドレコーダー、トリックスター

 

セイウンスカイ

 

出走する全てのレースを見に行った。感動に打ち震える体を必死に抑えて、道を聞くべきだという理性と、なにより一言でも話したいという思いが俺に勇気をくれた。

 

「セイウンスカイさん。少しよろしいでしょうか?」

 

俺の声に少し驚いた様子で、耳をぴくぴくと動かすと、ベンチに寝転がったまま此方に向き直った。可愛い、違う。違くないけれど。俺の顔をまじまじと見つめると怪訝そうな浮かべて、よく知る口調で話し始める。

 

「おやおや~?誰かな?会ったことーあった?見たところ新人トレーナーさんかな」

 

「いえ、初めましてですね。慧眼の通りです。実は新人ウマ娘の模擬レースが今日行われるらしく道をお尋ねしたいのですがよろしいでしょうか?」

 

「そっか~。それは随分道に迷ったねぇ。オグリキャップ先輩みたい。レース場だったらこことは真反対だよ」

 

「あー……結構、行くまで道難しいです?」

 

「私が連れて行ってあげよー!」

 

よっと!と勢いよく立ち上がると、セイウンスカイはその場で猫のように伸びをしてゆっくりとスキップするような歩調で歩き出した。俺が着いていくと、時々なにが嬉しいのか、くるりと回ってはにゃははと笑みを浮かべる。春先の良い天気だから昼寝を邪魔した手前申し訳なかったのだが、彼女の様子をみるとそういう気も徐々に失せていった。

 

「新人トレーナーさんはスカウトできた?それともどこかのチームに所属するのかなぁ?」

 

「いえ、まだですが誰か一人をトレーニングしようとは思っています」

 

「挑戦的だね。今日は天気も良いし雲も良い感じ。太陽の光はさ、全部一緒じゃないんだよね。それと一緒で一期一会、頑張りなよ」

 

「それは勿論、ところでセイウンスカイさんは脚、大丈夫なんですか?」

 

ぴくりとセイウンスカイの耳が動いた。尻尾も心なしか先ほどより揺れているように感じるが地雷だっただろうか?

 

「あれれ~?なんでかな?」

 

「あーいえ、気のせいでした」

 

今度こそセイウンスカイは立ち止まり、振り返ってじっとこちらの眼を見つめてくる。勿論大したことのない怪我と言うこともあり得る。なによりアニメでそうした部分は語られていなかった。

 

とはいえ、前知識によって、俺はセイウンスカイのスキップが僅かに左足を庇っていることに気づいてしまった。触れるべきではなかったと後悔した。ゲームで知るキャラクターは、目の前の子とゲームのキャラクターを重ねて踏み込んでしまう悪癖。エアシャカールに矯正されたはずだが、まだ残っていたようだ。

 

「やっぱり~、わかる人にはわかっちゃうかなぁ?新人なのに、凄いね」

 

「……それは、そうですね」

 

ありがとうございますという言葉は憚られた。再び歩き出したセイウンスカイの後ろを着いていくとぽつりぽつりと言葉を繋いでいく。

 

「わかっていはいたことだけどー、天皇賞秋ではひどい負け方しちゃったなぁ」

 

昨年、10月31日。東京レース場芝2000m。GⅡ札幌記念で勝利したセイウンスカイは一番人気で迎えた大一番のレースだった。黄金世代におけるスペシャルウィークとの頂上決戦だった。かたや皐月賞と菊花賞をとったウマ娘、かたやダービーをとったウマ娘。この二人の競り合いになるだろうと誰もが予想してレース場は観客の熱気に包まれていた。当然俺もいた。

 

だが、予想に反してセイウンスカイは五着。入着ではあるものの、誰もがあれほど強かったセイウンスカイがどうしてしまったのだと疑問に思った。

 

セイウンスカイにとってはその期待と結果の差異が強く重しになっている。

 

「トレーナーは治ったらまた一緒に頑張ろうって言ってくれているけれど、にゃはは。流石に厳しいね。自分のことだからよくわかるよ、もう前みたいには…菊花賞の時みたいには走れない」

 

「でもそれもいいかな~って。スぺちゃんはドリームトロフィーに挑戦するみたいだけど、私はそこまで頑張るよりこういう天気のいい日はゆっくりと横になってお休みしていた方がいいからね」

 

仕方ない。前みたいには走れない。勝てないなら走る意味がない。そうした思いが言葉から受け取れる。後姿がなによりも雄弁に語っていた。まだ高等部という若さにもかかわらず、諦観があった。

 

大抵のウマ娘はシニア一年目に全盛期を迎え、あとは緩やかな下り坂になる。シンボリルドルフやミスターシービーといった伝説的な例外だけが、今も力を維持してドリームトロフィーという大舞台にたてる。そういう意味ではすでにセイウンスカイの道は断たれていた。

 

俺は、セイウンスカイにどのような言葉も与えることができなかった。ここにいるのが沖野トレーナー、東条トレーナー、南坂トレーナーや、黒沼トレーナーといった経験豊富な人たちならいうべきことを言えたのかもしれない。だが、何も成し遂げていない俺では今何を言ってもあまりにも……言葉が軽すぎる。

 

歯がゆい。俺程度の人間がまだ口にだすべきことではなかった。

 

「お~っとっと、愚痴っちゃったね。着いたよ。このまま真っすぐ行けばレース場」

 

そういって道を譲って一歩下がったセイウンスカイとの距離が、そのまま俺とセイウンスカイとの乖離を示していた。

 

「あの」

 

「なにかな?」

 

「……もしよければまた話しかけても良いですか?」

 

いいよ、とうなずいたセイウンスカイの心は空よりも広い。後ろ髪を引かれたが、俺はセイウンスカイと別れレース場に向かう。

 

今は気分を切り替えるべきだ。新しいウマ娘をスカウトして育て上げる、それはとても大変なことで、担当トレーナーではないセイウンスカイに深入りするのは自分の首を絞めることになる。

 

レース場入り口には困った顔で微笑んだ駿川たづなとばったり遭遇してしまった。というよりこの様子では俺を待っていたようで、迷子になっていたことがばればれである。気を使ってそのことを口に出さないでくれたが、それはそれで精神的にきついものがあった。

 

「そういえば、今日の模擬レースはトウカイテイオーは出ますか?」

 

「トウカイテイオーさんは出たはずですよ。とはいえ、リオナタールさん含めて大体既に内々にスカウトされている子は今日のレースには出ないはずです。今日の模擬レースは明日の総合選抜レースの前の調整という意味合いが強いですから」

 

観客席に入るとすでに多くのトレーナーたちがいた。本気の走りを見ることができるのは選抜レースだが、それでも模擬レースで素質をある程度図ることはできる。トレーナー側からトレーナー契約を解除することは禁止ほどではないが推奨されていないため、スカウトは慎重に行うべきではあるが同時にウマ娘側が了承すれば早いもの勝ちの側面をもった難しい問題だった。

 

なにより担当しているウマ娘がレースに勝利すればトレーナーにボーナス給が発生する。生活という面でも死活問題なのだ。

 

有名どころのトレーナーは東条トレーナーしかいないようだ。トウカイテイオーがレースに出るものの沖野トレーナーはすでにトウカイテイオーとメジロマックイーンの二大ウマ娘をスカウトしているので、遠慮してこの場にはいないということだろう。そう考えると、スカウトされるための選抜レース前予行演習なのに、チームに所属しているにも関わらず遠慮せず模擬レースに出るトウカイテイオーは問題あるのでは?

 

兎に角ターフの上を眺めていると、すぐにトウカイテイオーは見つかった。低身長の鹿毛はわりとよくいる見た目だが、雰囲気が昭からに周囲のウマ娘と違う。元気にテイオーステップを見せつけている。それからナイスネイチャに……可愛い……ツインターボ師匠!師匠じゃないか!遠いためはっきりとはわからないが、ギザ歯と青髪が俺を狂わせる。

 

それから

 

「は?」

 

「どうしました?」

 

「彼女ってもしかしてサクラバクシンオーですか?」

 

震える手で指をさす。どうかそっくりさんと言ってくれ。そうした願いは駿川たづなの頷きによって、たやすく打ち砕かれた。俺が死ぬ時まで知っている中で最強のスプリンターがサクラバクシンオーである。

 

1200mを超える距離はあまり走れないサクラバクシンオーであればクラシック三冠やシニア春秋三冠には深く関わってくることがないし、トウカイテイオーの同期としていてもおかしくはない。しかし、あまりにも無体が過ぎるだろう。

 

来年のクラシック、再来年のシニアすべての短距離G1勝者はサクラバクシンオーで決まりだ。

 

怪我が多い中距離世代の間隙をついてG1を取った方がまだ可能性がある。ウマ娘を育てるなら短距離は絶対に避けるべきということが確定した。

 

「トレーナーさんからみて、サクラバクシンオーさんはどう見えますか?」

 

「強いですね。あの脚、存在感、走るのを見なくてもわかります。短距離で走らせたら勝てるウマ娘はごくわずかだと思います。マイルでも成長しきればマルゼンスキー級といい勝負ができるはずです。……正直、新人トレーナーとしては拙いトレーニングであの才能を潰すのは怖いですね」

 

「そうですか。ではこの場で他には注目している子はいますか?」

 

その疑問にナイスネイチャ、ツインターボを示していく。他にも強い魂を受け継いだウマ娘がいたかもしれないが。残念なことに記憶が完全ではないため他に挙げることはできなかった。

 

「なるほど……では彼女たちのトレーナーとして望むということでしたら私の方から」

 

「望みません」

 

これだけははっきりしておかなければならない。いやサクラバクシンオーならあるいはと思わなくもないが……。いずれにせよナイスネイチャやツインターボのトレーナーになるということは絶対にない。彼女たちはチームカノープスに入ってこそ輝く存在である。

 

「な、なるほど」

 

話しているうちにもレースは進み、トウカイテイオーが中距離で一着をとって、マイルに移った。どうやらサクラバクシンオーとツインターボが同じ1800m芝のレースに出るようである。中距離ではないとはいえ、専用のトレーニングを受けていない彼女たちにとっては逆噴射するだろう距離のレース。模擬レースということでゲートはなく、ヒシアマゾンによって引かれた白線の内側にウマ娘達それぞれが並んでいく。

 

スターターピストルが鳴り、一斉に走り出した。

 

やはりというべきかツインターボが大逃げを開始。スタートも好調だったため、開始直後から後続と三バ身差をつけていく。速いレース展開に負けじとサクラバクシンオーも参戦、ぐんぐんと追いすがり、並びかける。

 

「バクシーーーン!」

 

「ターボは絶対に勝ぁあああつ!」

 

1200m地点で大体1分15秒の時計……デビュー前の、それもトレーニングを受ける前のウマ娘がマイルで出していい速度ではない。当然逆噴射した。ツインターボはへろへろになりながらその場に転倒。サクラバクシンオーはよたよた歩きである。その横を残りのウマ娘たちが駆け抜けていく結果となった。

 

「あの一着の子の名前はブリッジコンプですね」

 

金髪金眼のまったく覚えのないウマ娘。綺麗な顔立ちはしているが、それは大抵のウマ娘がそうだ。ゴール直後にツインターボの如く、ターフの上に寝転がっている。同じ逃げ戦法だが、勝利の差はスタミナ配分に気を付けて逃げ戦法をしたかどうかだろう…スタミナの差はサクラバクシンオーと殆どないように見えた。とはいえ、スピードの差は歴然、サクラバクシンオーの圧勝だ。

他のトレーナーたちもサクラバクシンオーとツインターボを話題に出しており、あまりブリッジコンプが注目されている様子はなかった。

 

新人トレーナーとしてスカウト対象をたいして選べる立場でもない。覚えておこうと頭の片隅にブリッジコンプの名を記憶する。

 

「それでは私は仕事もありますしこれで失礼しますね。連絡先を交換しておきましょうか」

 

「ええ、はい。俺はもう少し見ておきます」

 

駿川たづなが去った後も、俺は模擬レースを行うウマ娘たちを見続けた。




逃げウマ娘はとても良い
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