黄金郷への橋   作:そういう日もある

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トレーナー視点


とれーにんぐその2

トレセン学園内の筋トレルーム。多種多様な器具が揃えられており、体重計や身長計などの計測器も充実していた。トレーニング器具の全てが人間の使用する物より遥かに負荷が大きい。例えばベンチプレスに繋がった重りの一つ一つが丸太より太く、幅も広い。

 

合宿から帰って来て更に一週間と少しが経った。トレーニングの始めに身体測定と軽いウォーミングアップを行っているのだが、ブリッジコンプはごねている。

 

「太りましたよね?」

 

「太ってないよ、ブリッジ。体重は増えてはいるけれどそれは筋肉だ」

 

「でも」

 

「でもじゃない」

 

体重計に乗ったブリッジコンプが不満そうに此方を見てくる。確かに脂肪の減少は抑えつつ筋力を増量したからウェストも太くなっているし体重も増えているけれど、レースに最適な形を目指したつもりだ。体脂肪率は人間のアスリートより遥かに低いが、腹筋が割れていないのは生命の神秘だ。

 

現状を超える絞り過ぎは逆に良くない。無理をし過ぎれば怪我の原因にもなる。何事もバランス、しなやかさと共存しなければならない。無駄に盛り上がらせた見せ筋にしたいわけではないのだ。

 

「おかしい。こんなに?やっぱり御飯をあんなに食べ過ぎたのが悪いかな」

 

俺に言われてもブリッジコンプは懲りずに何度も体重計に乗りなおしては首を捻る。ウマ娘であると同時に中等部の女の子なのだから仕方ないか。サクラバクシンオーは全然気にしてなかったがブリッジコンプが普通と考えるべきだろう。

 

「ブリッジは気が済んだら脚に重りをつけて懸垂だ。とりあえず30回、しっかり肘に合わせて膝は曲げるように」

 

「むっ、わかりました」

 

合宿では脚を重視したので、今は腕や肩を重視している。走るときに体重が重くなって、不要と思われがちな腕や肩の筋肉だが実践的には違う。筋肉の重さ程度ウマ娘にはあまり関係がないし、少ないとはいえレースでは注意されない程度に容赦のない接触が発生する。

 

ウマ娘同士の故意の接触ともなれば破壊力は、人間のアメフト選手のタックルに等しい。良いポジションを奪う為、相手のペースやメンタルを破壊するためだ。やり過ぎは問題だが多くは許容される。

 

担当にラフプレーをやらせるつもりはないが、もしやられた時を想定する必要がある。そうでなくともポジションの奪い合いは発生する。例えウマ娘がぶつかってきても容易く弾くだけの筋力と体幹は必要になってくる。

 

「トレーナー、脚に重りつけるの手伝ってもらえますか?」

 

「解った」

 

ちなみにセイウンスカイは計測が終わった後、外に走りに行かせた。リハビリが進んで普通に走れるようにはなった。しかし脚を故障したことでフォームも崩れているし、兎に角負担にならない程度に走ることに再度慣らしている段階だ。今の脚にあった走法を手伝いはするがセイウンスカイ自身で見つけ出すしかないだろう。前の様に走ることは出来ないのだから。

 

「マッスルッ!マッスル!」

 

「バクシンッ!バクシン!」

 

直ぐ近くでは、一つ100kgの特殊な金属を使用したダンベルを片手ずつにもってメジロライアンとサクラバクシンオーが競うように持ち上げていた。片手ずつの上腕二頭筋に人間のアスリートがベンチプレスで使う負荷がかかっている。

 

尚、メジロライアンのトレーナーは此処にはいない。昨年デビューしたメジロ家の令嬢である彼女には超一流のトレーナーが着いている。戦績も昨年デビューし今年G1だけで皐月賞三着、日本ダービー二着といずれGⅠ勝利に手をかけそうな華々しい実績を持つ。

 

此処にメジロライアンのトレーナーが居ない理由は単純に筋トレがメジロライアンの趣味だからだ。筋トレに関しては完全に自分でメニューを組んでいるらしい。トレーナーも放任しているとのこと。走るトレーニングは好きでも筋トレは苦手というウマ娘も多いらしいので珍しいことだ。

 

「バクシンオー、あまり根を詰めるなよ。今日は特別コーチが来るんだから」

 

「はいッ!お任せください!」

 

解ってるんだか。額からは汗が噴き出して、顔は真剣そのもの。ダンベルを持ち上げる腕には血管の筋が立っている。でも本人がやる気がある以上、体に負担をかけすぎるトレーニングでもない限りやらせるべきか。サクラバクシンオーの最適なトレーニングに自信がない。

 

「バクシンオーさんは凄いですね!ジュニア級なのにあたしに着いてこれるなんて!」

 

そう言うメジロライアンは言葉とは裏腹にまだまだ余裕そう。ベリーショートの髪は汗に濡れているが顔は笑顔そのもの。流石にサクラバクシンオーといえど一年分の差は埋まらないか。鍛えても表面的にウマ娘は出にくいが、凄まじい熱量とプレッシャーを持っている。おそらく目指すは菊花賞、そしてそのステップレースだ。

 

「ぬぬぬぬッ!まさかこの私が追いつけないとは!やりますね!ライアンさん!」

 

「筋肉は鍛えれば鍛えるほど応えてくれます!筋肉が震えるのは喜んでいる証拠!さあレッツマッスルマッスル!」

 

俺と違って大抵の相手と仲良くなれるのがサクラバクシンオーの凄い所だ。

 

「私の筋肉さん!今こそ学級委員長として真の力を発揮するときですよーッ!」

 

競い合える相手がいるのは良いこと、特に格上となれば猶更。サクラバクシンオーは同世代にライバルと呼べる存在が少ない。その為か今もオーラの爆発、領域という奴も習得できていない。贅沢だが成長にしても同程度の比較対象がいないのは悩みの種だった。

 

電話が鳴ったので少し離れて出る。相手はファインモーションだった。今日、合宿前に焼肉店でした約束を果たして貰う予定だ。

 

「ファイン。今日はありがとうございます」

 

「いいのいいの。キミの担当ウマ娘も直に見たいしね。シャカールも連れて来たから」

 

「ありがとうございます。芝のトレーニング場は予約を取ってあるので待っています」

 

電話を切る。ファインモーションの声は俺の心を安らげる。残念ながらファインモーションにボイス付き目覚まし時計などのグッズはない。レース前カウントダウンボイスすらないのだ。アイルランドの実家が販売を制限しているのだろう。

 

……本人に言ったら特別ボイスを録音させて貰えないかな。ファンの風上にも置けない選択だが欲しいものは欲しい。邪なことを考えつつ担当の元へ戻った。

 

「ブリッジ、懸垂は中止だ。バクシンオーもな。特別コーチが来てくれたから、レース場へ行くぞ」

 

「それではライアンさん!失礼しますね!」

 

「うん、何時でもおいでよ!バクシンオーさんの筋肉は素晴らしい!」

 

担当二人が手早く汗をタオルで拭いている間に、俺は一足先に芝のトレーニング場へ向かった。相変わらず暑く人間もウマ娘も熱中症に気を付けた方が良さそうだ。

 

先にトレーニング場を使用していたトレーナーとウマ娘が丁度帰るところに遭遇した。同期のトレーナーだが、俺を見て露骨に嫌そうな顔をした。ウマ娘は確かイイデセゾンという名前。当たり前のことだがトレーナーが優秀なのだろう。しっかり鍛え上げられている。脚の雰囲気からして中距離寄りに育てるつもりだ。

 

トレーナーが手早くイイデセゾンの背中を押して去っていく。こういう所で悪評を実感できる。

 

陰湿な嫌がらせをしてくることはないし、ただハブられているに過ぎない。ウマ娘に広まってないからトレーナー内々に収めてくれている。イイデセゾンレベルのウマ娘がなかなかスカウトされずに焦るなんて事はなく、トレーナーの性格が悪ければスカウトを了承するはずもない。

 

俺が悪い。遠慮し近づかない様にして、完全に去った後にターフの上に立った。

 

「やっぱり内ラチが荒れているかな」

 

その場で軽く屈伸を済ませてから足踏み。軽めのスピードで走り始める。インコースを走れば、脚が地面にとられるような感覚がある。走りにくい。より深く踏み込むウマ娘では違和感を強く感じるだろう。転倒しない為にも今日は外ラチで走るべきか。

 

「おーやってんなァ」

 

100mほど走ったところで二人のウマ娘が現れる。エアシャカールとファインモーションだ。二人とも白に赤いラインが入ったジャージ姿でなんだか懐かしい感じがする。駆け足で近寄っていく。行って戻るこの距離だけで少し心臓の鼓動が荒くなってしまうから種族人間は難儀なものだ。

 

「ふぅ、シャカールもファインも懐かしいんじゃないですか?」

 

「アイルランドから戻ってきてから此処はそういえば一度も来てないね」

 

「よく見りゃ結構荒れてんじゃねえか。オレの時より管理杜撰になってんじゃねえの」

 

丁度よくブリッジコンプとサクラバクシンオーも来たので紹介する。サクラバクシンオーはいつも通りだが、ブリッジコンプは……殻に籠り気味か。耳もばらばらに動いて、緊張している証だしガチガチに態度が堅い。二人とも優れた名ウマなので、解っていたことだがブリッジコンプの苦手なタイプと言える。

 

「んで、オレらはなにすりゃイイ?」

 

「あれシャカールが全部やって貰えるものだと。データも全部渡しましたよね」

 

合宿から帰ってきて直ぐに映像や詳細な数値データはエアシャカールに送ってある。ファインモーションも当然見ているだろう。成長後のフォームの調整をするとも伝えてあるし、俺の元祖と言ってもいいエアシャカール達に丸投げするつもりだった。

 

「バカが、ッたく、お前の担当だろうが。オレたちはあくまで手伝いだ」

 

うーん、やっぱり線引きされているか。昔みたいに聞けば教えてくれるとは行かないらしい。

 

「じゃあ一周並走をお願いします。軽めでフォームの確認を重視してください。内ラチは荒れているので走らない様に。ペアはエアシャカールがサクラバクシンオーを、ファインモーションがブリッジコンプをお願いします」

 

「それでイイぜ」「頑張るねっ」

 

「よろしくお願いしますッ!!」「よろしくお願いします」

 

まずはエアシャカールペアということで二人が走り出す。直ぐにエアシャカールの目が驚愕に見開かれた。走ってみなければ実感できないだろう。楽しそうに走るサクラバクシンオーが、想定以上のプレッシャーを持っている。別に俺もエアシャカール達を騙そうと偽のデータを送ったわけではない。単純に凄く成長した合宿から帰ってきた後の一週間でさらに凄く成長しただけだ。

 

特別なことをしたわけでも、精神的に大きな変化があった訳でもない。領域を習得するような段階的に能力を上げたわけでもない。一度も調子を落とすことなく、合宿等で角度は変わっても成長曲線がひたすらに綺麗なのだ。普通はありえない。

 

蓄積された長年のデータがどこかで少しは落ちる事を示している。特に合宿やレース等心身に負荷がかかるイベントが終わった後は無意識のうちに気が緩む。実際ブリッジコンプはそうだ。エアシャカールの組んだ理論を粉砕する異常事態。

 

俺はこの札を東条トレーナーにさえ見せていいか迷っている。

 

「おーバクシンオーさんて速いんだ♪私本気でやっても負けちゃうかも」

 

「流石に現役を引いたファインでも今は負けるとは思いませんが、将来的にはマイルの分野で超えそうですね」

 

だがエアシャカールもさる者。直ぐさま獰猛な笑みを浮かべてじっとサクラバクシンオーを観察し始める。脳内ではどう勝つか、どこが弱点かの思考が駆け巡っていることだろう。あれなら問題なさそうだ。

 

「ブリッジ、芝はもう慣れたか?」

 

「はい、何とか。踏み込み過ぎる癖は治ったと思います」

 

ブリッジコンプはサクラバクシンオーと違って、合宿の影響が総合的にはプラスでもマイナスにも脚に出ていた。ビーチのトレーニングは短期的にするべきという論拠が明確に出ている。ビーチは芝よりさらに深く踏み込みが出来て、不安定だ。普段と比べてより脚に意識的になるし、バランス感覚も鍛えられる。反発が少なく脚にかかる負荷が軽いため、ウマ娘の硝子の脚を消耗しにくい。

 

しかしビーチで走ることに慣れ過ぎてしまえばフォームも変わってきてしまうのだ。砂に脚を取られてスピードが出ないことを前提にした走りになってしまう。つまりビーチトレーニングをし続ければ最高速度が下がり始める。合宿中にたまに元ゴルフ場でのトレーニングや山登りなどをさせたのはフォームの変化を出来るだけ抑制する為である。

 

身体的に大きく成長しているジュニア期ではフォームが崩れるのを嫌って海での夏合宿を避けるトレーナーも居るほど。一長一短だ。抑えたとはいえブリッジコンプは二三日違和感に悩んでいたが、本人の申告通り今は問題なさそうだった。ただ治すのにその分トレーニングが遅れたともとれる。

 

サクラバクシンオーと違ってブリッジコンプの成長曲線は素直である。トレーナーとしては楽だが、GⅠで勝つ為にはそれが良いとは言い切れない。

 

エアシャカール組が一周して帰ってきた。

 

「どうでした?バクシンオー、凄いでしょう」

 

「あァ、ヤベェ。お前、このバカ以外のもっと優秀な奴をトレーナーにした方が良いぞ」

 

「私が速かったのはその通りですが!トレーナーさんは共にバクシンする私の運命ですからね!」

 

「んだよ。ロジカルじゃねえな」

 

エアシャカールは苦虫を噛み潰した様な微妙な顔をした。本人が言う以上運命ということは否定しなくとも、俺がサクラバクシンオー程のウマ娘を担当することに不満があるらしい。俺も自信がないから何も言えない。より適切なトレーニングによって、今の成長速度よりもはるかに成長するのではという疑念が着いて回る。

 

誰でも一流に育てられるが、超一流に育てるのは難しい。そう思えてしまうのがサクラバクシンオーだ。

 

「もう何周かしてェところだが改善点は見えた。マイル以上の距離を走るなら逃げだけじゃなく先行も覚えろ」

 

「それは幾らシャカールさんとはいえ聞き入れられませんね!誰よりも先頭でバクシンすることこそ最速にして最適解!ゴールへの近道なのですから!」

 

「クククッ、GⅠはてめェが思うより甘くねェ。フォームを慣らす序に教えてやるよ。おいバカ、ちょっとこいつ借りるぞ」

 

どうぞどうぞ。さっきはお前が決めろと言っていたのに掌を返したか。エアシャカールはとても嬉しそうにサクラバクシンオーの首根っこを掴んでトレーニング場の反対側に引きずっていった。なんだかんだで面倒見の良いエアシャカールとはいえ、余程サクラバクシンオーの才能に惚れ込んだらしい。あんなに楽しそうにしているのを見たのはいつ以来だろうか。

 

「にょわー!トレーナーさーーんッ!」

 

踏ん張っても簡単に引きずられていくサクラバクシンオーを見送って、俺は残ったファインモーションとブリッジコンプに向き直った。

 

「じゃあ次はファインだ。同じく一周頼むよ」

 

「ふっふふ~ん♪ブリッジさんよろしくね!」

 

「はい、よろしくお願いします」

 

ファインモーションと走ることでブリッジコンプになにか発見があれば良い。ファインモーションは走りが上手いことは当然として、逃げに対する天敵だ。その見た目に似合わずとても勝ちたがりな、前に前にと詰め寄る獰猛さを秘めているのだから。




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