黄金郷への橋   作:そういう日もある

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トレーナー視点


ビューティー!!

勝負服———

それは共にレースを走るパートナーであり憧れの対象であり、想いが形になったもの

 

11月

 

秋麗。赤と黄の紅葉が錦の織物の如く鮮やかに山全体を彩り、木漏れ日が優しく照らし出している。地面は落ち葉で覆われ、腐葉土の匂いがする。柔らかな絨毯のようだ。近くでは小川がゆっくりと下流に流れてせせらぎを奏でていた。

 

幸いにして、ブリッジコンプは此処に来たことで阪神JFに出走することを告げられた動揺が薄れている様だ。精神安定にこうして繋がったのだから、観光目的だけで来ても良かっただろう。

 

担当ウマ娘がどちらも重賞を獲得したのも束の間、俺とブリッジコンプは二人だけで山登りをしていた。

 

足場は石場で滑りやすくなっており、特に気を付けなければいけない。なにせ背負うリュックサックの中にはタブレットや大事なブリッジコンプの資料が収まっているのだ。転べば一大事である。

 

地図を見れば漸く中腹といったところ。

 

「本当にこんなところに居るんですか?」

 

「麓ではそう言われたし、在日中なのは確かだ」

 

地図には川に沿って遡った上に赤ペンで丸が示されていた。なにも元の地図には書かれていないが目的の人物はここでキャンプをしているらしい。

 

その名はビューティー安心沢、海外では有名人のようだ。ウマ娘が着る勝負服デザイナーのカリスマ。調べたところパリ・コレクションとは別にビューティードリームカップというURA協賛の勝負服の祭典を毎年を開催している。

 

サクラバクシンオーの勝負服は事前にサクラ家に別の日本人超有名デザイナーを紹介されていた。紹介といっても既に依頼したという事後報告の通達だったが、好きにやってくれる。

 

サクラ家は今はまだトレーニングや出走レースに口を出してこないしトレーニング施設を貸してもらっている身なので、上手く付き合っていくしかない。

 

問題はブリッジコンプで完全に俺のミスである。変にGⅠに対して意識したり緊張させない様に、ブリッジコンプと勝負服について相談することが出来なかった。今から思えばそれくらいの緊張どうにでも出来たはずだ。

 

当初はトレセン学園専属のデザイナーに頼もうと思ったのだが生憎時期が時期だけあって予約で一杯。完成は阪神JF出走間近になると言われてしまった。流石に慣らしも必要だし困る。外部に依頼しようということになった結果、駿川たづなからビューティー安心沢の存在を教えられたのである。

 

「ブリッジはビューティー安心沢氏を知っているのか?」

 

「はい。ウマ娘の間ではとっても有名なカリスマです。特にウェディングドレスモチーフ勝負服はパリ・コレクションで行われた発表で一躍話題になりました。近年では常識になりましたが衣装を着たままレースを走ることで、その機能性、耐久性、デザインが一目で解る独創的なアイデアは今でも振り返って雑誌で特集が組まれるほどです」

 

やけに詳しい。さては来る前に雑誌でも読んで調べたか、ワイスマネージャーに教えて貰ったのだろう。言い切ってからブリッジコンプは小首をかしげた。

 

「でも、だからこそ、こんな所に居るとは思えないんですが」

 

それはそうだ。あまりにも交通の便が悪すぎる。パリコレの春夏コレクションは終わったばかりとはいえ有名デザイナーが態々来日してこんな場所にという疑問はあった。

 

「駿川さんから推薦状まで書いてもらったんだ。流石にこういう悪ふざけはしないだろう」

 

しかしあの笑顔の裏に何が隠れているやら。駿川たづなは信用も信頼もおけるが、借りを作るには怖い人物である。

 

「なら、良いんですけど」

 

「もし駄目だとしても良い気分転換にはなるしな。取り敢えずもう少しだから行ってみよう」

 

ブリッジコンプは頷いて前を向いて登り始めた。俺と同じ重さのリュックサックを背負っているのに、まだまだ余裕そうな軽快な動きだ。対して人間である俺はもう結構ばてている。ジャンパーの前を少し開けて風を通してから気合を入れて一歩踏み出した。

 

地図で赤い丸が描かれた場所に到着すると確かに少し切り開かれた平地になっており、安心したことにテントがある。水洗いしたのか吊るされた服や下着に、焚火の跡もあった。此処に少なくとも誰かが居たのは確かだ。

 

「じろじろ見ちゃダメですよ」

 

「悪い」

 

むすっとした顔のブリッジコンプに慌てて吊るされた下着から目をそらす。配慮が足りなかった。テントに近づいてみても中に人がいる気配はない。運の悪いことに何処かに出掛けている最中なのだろうか?そう考えているとブリッジコンプが小さな白い紙を焚火の傍から見つけて来た。

 

「トレーナー、これ」

 

受け取って確認する。珍妙な日本語が書かれていた。内容は、

 

『ボーンジュール☆

日本のブリッジコンプちゃんとそのトレーナー。話はばっちり聞かせて貰ったわ♪

トレビアーンな勝負服の件、受けても良いのだけど勿論条件はあるの。

私はキュピーンと来た子にしか勝負服を作らない。

だからアナタ達には日が暮れるまでに私をこの山の中から見つけて☆

もし見つけられたらブリッジコンプちゃんにぴったりの勝負服、作っちゃうワ!

 

追伸:日が暮れるまで山から下りたり他の人やウマ娘に頼っちゃだめよ?』

 

「……やっぱり悪戯かもしれない」

 

文面を見て前言撤回した。なぜ探す必要があるのか理解できないし、誰かに頼ってはいけないというのも解らない。もしこれが悪戯だとしたら完全な無駄足ということになる。阪神JFを一か月後に控えた今のブリッジコンプには一分一秒だって惜しいのだ。負けるとは薄々思っていても調整に妥協はしない。気分転換にはなったものの、今日中にはトレセン学園に戻っておきたいというのが本音だ。

 

ブリッジコンプに視線を投げかけると、黄金の瞳が強い意志をもって返って来た。

 

「確かに悪戯かもしれません。でも探してみたいです、トレーナー。だって私は、私の勝負服が特別であって欲しいってそう思うんです」

 

はっきり担当ウマ娘にこう言われてしまえば、トレーナーの回答はYES一択しかない。ブリッジコンプはというより全てのレースに参加するウマ娘はGⅠへの憧れがある以上、GⅠでしか着ることが出来ない勝負服への想いも並々ならぬものがあるのだ。

 

「解った。じゃあブリッジはテントの中を漁って使えるものを探してくれ。こんな手間をかけさせるくらいだ。相手も承知の上だろう。俺は地図を見て、ビューティー安心沢氏がいそうな場所と登山ルートを考えてみる」

 

「わかりました」

 

ブリッジがテントの中に向かう間に、地図を広げて確認する。この山はカルデラを有する死火山だ。複数の山々から形成されており、その面積は広大。流石にこの山と書いてあるし他の山内にはいないと想定する。

 

地図の見方をもう少し詳しく学んでおけばよかった。

 

今は道から外れた場所にいるが、山道はある。標高は1500m。現在いる500m地点から400m上はなだらかな傾斜だが残りの600mはかなりきつめの勾配であり、山道以外を通るのは人間であれば困難を極める。川が二本流れており、山道を通るルートはガイド雑誌によれば登り4時間下り3時間半。

 

上には山荘があるものの現在は休業中。

 

「現在時刻は…10時40分か。もう少し早く出発していれば」

 

後悔先に立たず。ビューティー安心沢は人間と聞いているし危険な場所にいるとは考えにくい。だが同時に此方からは見つかりにくい場所か行きにくい場所にいるだろう。そういう場所に行くには頂上から下る方が行きやすい。となるとまずは山道に戻り山荘まで登って辺りを確認するのが先というのが結論だ。

 

「こんなものを見つけました」

 

ブリッジコンプが見つけてきた物を見て顔が引きつる。ハーケン、ハンマー、太く長いロープ、懐中電灯や水のペットボトルなどなど。しっかり二セットある。つまりこれらを利用しなければ到着できない場所にいる可能性が高い。

 

「……資料や機材は此処に置いておく。悪いがそれらの荷物はブリッジが持ってくれ」

 

此処からは俺が足手まといになる。登山の経験もなく、ブリッジコンプは俺の三倍パワーがある。とはいえ山道ではない場所を大事なレースを控えたブリッジコンプ一人に行かせるという選択は絶対になかった。意地でブリッジコンプと同量の物を背負ってきたが、プライドは捨てる。

 

荷物をテントに入れて身軽になったリュックサックを背負いなおした。

 

「行こう。まずは山道に戻り山荘を目指して、そのまま頂上まで登る」

 

「はいっ!」

 

気合の入ったブリッジコンプの返事と共に俺達は山を登り始めたのだった。

 

山道に入って山荘付近についても、やはりというべきかビューティー安心沢が居る様子はない。同じく登山をしている人に聞いても見たことがないと帰ってくる。持ってきた弁当を食べ終わり先を進む。紅葉の中を歩くというのも、最初は良かったが精神的焦りから代わり映えのしない景色に苛立ちを覚え始めた。

 

「こっちから匂いがします」

 

ブリッジコンプから示されたのは山道から外れた獣道だった。

 

「匂い?」

 

「はい。テントで嗅いだものと同じもの、です、多分。ビューティーさんがつけている香水なんじゃないかと思うんですけれど」

 

はっとなった。ウマ娘は人間より1000倍の嗅覚を持つと言われている。ビューティー安心沢の匂いに気づいてもおかしくない。俺と違ってブリッジコンプは焦ることなくしっかり痕跡を探し続けているのだ。大の大人が恥ずかしい。

 

大人しくブリッジコンプの先導に着いていく。

 

「そういえばブリッジは結局どういうタイプの勝負服が良いと思ったんだ?」

 

「色は、やっぱり黒が良いです。でもビューティーさんが作るならドレスタイプになると思いますけど」

 

ブリッジコンプが出してきた原案は黒のレオタードとショートパンツというシンプルなものだった。特徴と言えば茜色のアームカバーが着いているくらい。デビュー前から考えていたらしいが、やはりというべきかブリッジコンプの性格らしいおとなしめなデザインだ。トレセン学園専属のデザイナーに任せればそのままで出て来ただろう。

 

対してビューティー安心沢に任せるとなるとウェディングドレスタイプになるようで。

 

ウェディングドレスはどう考えても走り難そうだが、中には普通のドレスのような形の物やフリルの殆どない物、ロングスカートではない物もあるらしい。

 

多少の使いにくさはウマ娘という存在からしてみれば大した問題にもならないが、流石に脚をとられて転ぶのは困る。エアシャカールの機能面しか重視していない勝負服とまでは言わないが。出来れば機能面でも優れていて、かつブリッジコンプのやる気が出るタイプが良い。

 

捕らぬ狸の皮算用をしながら進めば、一本の吊り橋の前に出た。山道から逸れているため仕方ないが、今時珍しく木製のものだ。風に揺られてふらふらと動き、眼下には川が流れている。流れは少し早かったが川は深そうで、落ちても死なないはずだ。

 

「この先に匂いは続いています」

 

「なら、俺から先に行くよ」

 

率先して渡り始める。板同士の間隔が広く、一歩進むごとにギィギィと軋みを上げる。本当にこれを進んでいいか不安になって来た。だが不安に反して橋の中腹まで無事にたどり着くことが出来た。問題なさそうだ。ブリッジコンプを呼んで少し後ろを着いてこさせる。

 

「あ」

 

そして、次の一歩を踏み込んだ瞬間、足元の木が綺麗に二つに別れて浮遊感を感じる。視界がぐるりと急速に落ちた。体重とリュックサックの重みに引っ張られて縄を掴んでいた手が滑り離れる。咄嗟に前の板に手を伸ばして———掴んだ途端そちらの板も二つに割れた。

 

「トレーナーッ!!」

 

グンッと引っ張られる。落ち切る直前に、俺のリュックサックをブリッジコンプが掴んだ。空中で四肢が宙ぶらりんになる。どうやら一足で追いついたらしい、だけど、これはっ!

 

「ブリッジ手を離せ!」

 

たとえウマ娘が人間の三倍のパワーを持つとしても。ただでさえ風が吹きつける橋という悪い足場で踏ん張りがきかない。俺プラス装備という荷物は支えるには重すぎる。万が一ブリッジコンプが脚を滑らせれば硝子の脚に傷が入るかもしれない。

 

「嫌ですっ!」

 

上から聞こえてくる悲鳴の様な声に俺は決断した。リュックサックの留め具を外してするりと抜け出る。

 

「ビューティー氏を探すんだ!」

 

恥ずかしがってあまり表に出さなかったが、ブリッジコンプが勝負服を楽しみにしていたことを知っている。超有名デザイナーに勝負服を作ってもらえるかもしれないと聞いた時、密かにガッツポーズをしていたのを知っている。

 

出来ればブリッジコンプには最高の勝負服を着てほしい。

 

川に落ちても流されるだけで死ぬことはないだろう多分。捜索からは脱落するしかないが足手まといになっている俺がいなくても無事にブリッジコンプならビューティー安心沢を見つけ出せるはず。そう思って体を縦にして着水の衝撃を備えようとした。

 

目の前に黄金が舞い降りた。

 

「なにやって!」

 

柔らかな感触が俺を抱きしめた直後、着水する。バカなことに橋を蹴って加速して俺に追いついてきたらしい。だがブリッジコンプが背負うリュックサックにはハンマーなどが入っていて浮かび上がることが出来ない。

 

なんとか留め具を外して、抱きかかえながら水をかいて浮上する。流れが早く水面に顔を出しても何度も水が上からかかってくる。

 

「バカなことを、うわっぷ」

 

「だってトレーナーが」

 

ブリッジコンプの濡れて顔にかかった金髪を手で払うと、そこには不機嫌そうな顔があった。強気の目つきも何時もより怒ってますとへの字になってアピールしてくる。

 

怒鳴りそうになって堪えた。勢いに任せて怒鳴るなんてエアシャカール式管理トレーニングにおいて最もやっては駄目なことだ。

 

一緒に水をかいて必死で岸辺に上がった。

 

「げほっげほっ……はぁ……」

 

急いでジャンパーと、体に張り付いたスウェットを脱ぎ捨てる。11月の冷水に浸かることになったのは最悪だ。体温が急速に奪われていく。たとえウマ娘だとしても風邪をひくときはひくのだ。

 

「ブリッジも早く上は脱げ。風邪をひくぞ」

 

「わ、わかりました」

 

俺の声にびくりとブリッジコンプが身震いした。声に怒気が含まれてしまい、怖がらせてしまったらしい。ブリッジコンプを阪神JFに出すと決めた時からどうも感情のコントロールが上手く行っていない。これではトレーナー失格も良い所だ。

 

深呼吸をして心を落ち着かせる。二人とも川に落ちた以上ビューティー安心沢の捜索は無理だ。リュックサックは流れてしまって装備もないし、山道に戻り、人を探して助けを借りて下山する。勝負服は無理をしなくても他の外部のデザイナーを探せばいい。

 

「俺が悪かった。脚を踏み外したのは俺の不注意だし……それにこうなることは計画されていたんだと思う」

 

考えを巡らせてみればあれだけ綺麗に木の板が二つとも、真っ二つに折れるなんてことはない。二つに切ったものを接着剤などで緩めにつなげて置いたと言われた方が納得できる。つまり十中八九ビューティー安心沢を名乗る人物が仕掛けたものだ。

 

ただ世界的有名デザイナーがそんな真似をするとは到底思えない。やはり性質の最悪な悪戯か、ブリッジコンプには悪いことをしてしまった。

 

丁度よく人影がやってくる。川に流されているのを見つけてくれたのだろうか?

 

「ト゛レ゛ヒ゛ア゛~~~~~ン゛!!アナタ達の強く繋がった絆!見せて貰ったワ!」

 

前言を撤回しよう。ショートの金髪に、アホ毛、奇抜なサングラス。大声を上げて近づいてきた人物は間違いなく写真で見たビューティー安心沢だった。

 

俺は殴りかかろうかと本気で悩んだ。




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