黄金郷への橋   作:そういう日もある

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天才

ブリッジコンプは学園でそれなりに知られたウマ娘になっていた。冷房のいざこざの噂なんてもう関係がない、重賞ファンタジーSを勝ったというそのものが大きな価値を持つ。現金なもので、今までそっと避けられていたのに寮を出れば同級生や下級生に挨拶されるようになった。なんだか嬉しいと同時にもやもやする日々だ。

 

ブリッジコンプの金髪を櫛ですき終わったワイスマネージャーが、猫背になった背中をバンと叩く。

 

「しゃきっとしなさい」

 

「無理だよぉ」

 

大きなため息を吐きだした。なにより今日から憂鬱な日々が始まるのだ。

 

毎年この時期になると毎週トレセン学園は一部の通常授業に代わって特別授業が開かれる。内容はレースに関する知識を学ぶというもの。ジュニア期のGⅠそして本格化するクラシック期へと向けて、インタビューを受けても何処に出しても恥ずかしくないウマ娘にするのが目的だ。レース場の歴史や前年度勝利ウマ娘についてなど、想定していない質問がされることは多く上手く答えられなければウマ娘ひいてはトレセン学園のイメージも落ちる。

 

実際ファンタジーSの後の勝利インタビューなんて、緊張してしまい報道陣の前でカタコトになってしまった。サクラバクシンオーは京王杯ジュニアSのインタビューを受けて、記者に乗せられて改めて朝日杯FSの勝利宣言をかましてトレーナーの胃を破壊していた。

 

ジュニア期ならまだデビューしたてということもあって笑い話で済むがクラシック期となるとそうもいかない。

 

参加するのは全員デビューを終えた同期のウマ娘達のみ。つまり同期組であってもデビューできていない子は参加できない。勝者だけが権利を手にする。自由な校風とは裏腹に凄まじい競争社会なのがトレセン学園である。

 

「大体ブリッジってば重賞ウマ娘……いやなんで本当にこんなのが重賞ウマ娘なんだか?未だにリボン結ぶのも下手くそだし」

 

「私もそう思ってる」

 

こんなに早く重賞に勝利するとは思っていなかった。夢は大きくGⅠ勝利であったが、しかしそれは理想に近いもので手の届く場所にあるものではない。デビュー前であればGⅢもまた生涯に一回はと思う程度のレースではあった。

 

トレーナー達が太鼓判を押した以上勝てる勝負ではあったのだろう。しかしブリッジコンプ自身の力だとは思っていない。

 

「ワイスは次のレースどうするの?」

 

「多分またオープンレースかな。目指すは勿論クラシック三冠!って言いたいんだけど流石にね。ジュニア期のレースはURAの評価値も低めだし」

 

「あくまで早熟って見られるからなのは解るけど折角勝ったのにって気持ちはある」

 

例えファンタジーSに勝ったとしてもその後のレースで負け続ければジャパンカップなどの優先出走権は得られないのだ。ワイスマネージャーと代わる代わる制服のリボンを結びあって寮を出た。

 

「おはようございます、ブリッジコンプ先輩」

 

「おはよう」

 

名前も良く知らないウマ娘に適当に挨拶を返してスタスタと先に進む。ワイスマネージャーに小突かれた。

 

「もう少し愛想良くしたら?」

 

「あれデビュー前の下級生でしょ、ワイスには挨拶をしないのおかしいよ」

 

「もうブリッジちゃんたら~!」

 

生涯オープンレースでも勝てないウマ娘が多い中でアスター賞で勝ったワイスマネージャーもまた上澄み。GRADEを冠するかどうかの差は大きいがトレセン学園に居るのにメイクデビューや未勝利戦なら兎も角、最近の勝ちウマ娘を知らないのは勉強不足と言えた。

 

正論を言っただけなのに、わしわしとワイスマネージャーがブリッジコンプの頭を撫でてくる。

 

じゃれあっていると美浦寮ではなく何時もの様にトレーナー寮の方からバクシン的な足音が聞こえて来た。今日も今日とてサクラバクシンオーは朝早くトレーナーの部屋に押し掛けたらしい。そういうウマ娘は居るには居るがもう少しコソコソしているものだ。エアグルーヴ先輩なんて偶然トレーナー寮で見かけたら、周りを凄い気にしながら部屋に入っていったのに。

 

「おはようございますッ!!ブリッジそれにワイスさん!」

 

「これが正しい姿だよ。おはよう、バクシンオー」「おはようございます、バクシンオーさん」

 

「何のことだか解りませんがッ!しかし学級委員長である私は常に正しいですよ!」

 

ふんすっと鼻息荒く胸を張るサクラバクシンオーを連れて私達は学園に向かった。

 

教室に入ると一気にブリッジコンプのやる気はがた落ちした。ナイスネイチャと彼女に積極的に話しかけるトウカイテイオー。窓の外を見ているリオナタールに、既に爆睡しているツインターボ。ニシノフラワーは真面目に教科書を読んでいる。

 

他にも既に同期の間では名の知られ始めているウマ娘が多い。才能の見本市だ。

 

「よっすーブリッジ」

 

ナイスネイチャが此方に気づいて片手を挙げた。トウカイテイオーに近づきたくはなかったが流石に話しかけられて答えないわけにはいかない。

 

「おはよ、トウカイテイオーさんは初めまして」

 

「テイオーでいいよ!ボクもブリッジって呼ぶね、ファンタジーステークスおめでとう」

 

「ありがとう、テイオーさん」

 

ふと気配がなくて振り返るとワイスマネージャーは遠く離れた席で知り合いと話していた。顔が広いのもそうだが何も言わずに離れるなんて余程トウカイテイオーと話したくないらしい。気持ちはわからなくもないが……。サクラバクシンオーに見慣れていなければ才能が発する莫大な光量によって目が潰れそうだった。

 

でも大丈夫。トウカイテイオーはクラシック三冠路線で、私はティアラ路線、競合することはない。この鹿毛の天才と競わなくて良いというだけで安堵する。

 

「ボクだったら第三コーナーから仕掛けてたかな。ブリッジがなにか企んでるのは解るだろうし、自由に逃げさせるのは怖いからね。やっぱり先行策のウマ娘を詰まらせたのは作戦?」

 

「うん、でもあんなに上手く行ったのは偶然だよ。本当はアタマ差くらいで勝つだろうって話だったから」

 

「フムフム、そこまで分析されてたら、もしボクがいれば作戦も変わっていたかな」

 

もしトウカイテイオーが出ていれば私は負けていた。才能もそうだが阪神レース場という時点で直線が長く逃げには地力の差が無ければかなりきつい。トウカイテイオーの凄まじい末脚が最も有利に働く距離だ。あれ以外の作戦があったかと言われると……まあ、ブリッジコンプが思いつかなくてもトレーナー達が思いついたかもしれない。

 

そう信じたい。何故なら次のレースは阪神JF、その名の通り阪神レース場で開催されるGⅠなのだ。

 

「あーあ、ボクも早く大きなレースに出たいなぁ!」

 

バタバタと子供の様に手を振る性質は思ったより子供の様に見えた。

 

「テイオーは皐月賞までオープンレースだけの予定なんでしょ?」

 

「そうなんだよ!トレーナーってばホープフルステークスにも出ちゃ駄目って言うんだよ!」

 

トウカイテイオーはクラシック三冠を目指して脚の消耗を抑えるつもりのようだ。今年最後のGⅠはどうやら頭一つ抜けた王者が不在らしい。波乱が起きるかもしれない。

 

教室の扉が開かれて先生が入ってくる。トレセン学園にしては珍しくウマ娘の教師だった。レースについて教えるというのならこれ以上の適任はいないだろう。オーラもそれなりに質が高く、年齢によって衰える前はGⅠウマ娘だろうか。

 

「初めまして。URAから派遣されましたダイナコスモスです。この授業は複数の担当が持ち回りで行います。では皆さん席について」

 

名前を聞いて思い出した、皐月賞ウマ娘だ。教室内の雰囲気もがらりと変わる。特にクラシック三冠を目指すウマ娘達は真剣な表情だ。私も急いで席に戻る。

 

「起立ッ!礼ッ!着席ッ!」

 

当然の様にサクラバクシンオーが号令をかけて授業が始まった。

 

授業はなんというか、厳しかった。一般の学校での授業はあんな感じなんだろうなといった具合ではあったが寝たままのツインターボの額に剛速球のチョークが直撃した時は驚いた。あれくらいでは流石に怪我などはしないとはいえ、URAとトレセン学園の面子への本気具合が伺える。

 

「じゃあ行ってくる」

 

「また夜に映画見ようね」

 

昼食をとってワイスマネージャーと別れ、サクラバクシンオーと共に鞄を手に校舎から出る。

 

冬に近づくにつれてもう一つ変化があった。チーム棟の一つが私達に貸し与えられることになったのである。別にチームを形成したわけではないが例年トレーナー不足でトレーナー寮の様にチーム棟も空きがあること。実質的に担当が三人おり、トレーナーもまた二人ということもあってそういうことになった。

 

横開きの扉を開けると中はまだ段ボールが積み上げられていた。匂いからしてサクラチヨノオーが今日は来ているようだ。サクラバクシンオーに似て香水もつけていないのに自然と春の様な匂いがするので直ぐわかる。

 

「こんにちは」「こんにちは皆さんッ!優等生の私の到着ですよ!」

 

「こんにちは。ブリッジさん、バクシンオーさん」

 

「はろはろ~」「お邪魔しています!」

 

海空トレーナーは相変わらず車椅子で片手でノートパソコンを弄り、セイウンスカイは窓の近くで日に当りながら段ボールを並べて寝転がっている。トレーナーのことだからそのうちベッドでも持ち込みそうだ。前から思っているのだが、セイウンスカイに甘すぎる。

 

「トレーナーは?」

 

「師匠ならたづなさんと勝負服の話があるって出ていきましたよ」

 

ならここで体操服とジャージに着替えてしまっても大丈夫そうか、と思う頃には既にサクラバクシンオーが制服を脱ぎ始めていた。

 

「勝負服か~。セイちゃんも新しいの欲しいなー」

 

「復帰が正式に決まったら考えてもいいわよ」

 

「やったー♪」

 

海空トレーナーもセイウンスカイに甘すぎる。体操服に着替えた頃にトレーナーが帰って来た。ただその後ろには凄まじいオーラを感じさせるウマ娘が着いてきた。サクラバクシンオーを上回っているかもしれない。

 

「二人ともいるな。さて、今日から本格的にGⅠへ向けたトレーニングを行っていく。阪神ジュベナイルフィリーズも朝日杯フューチュリティステークスも共にマイル。ということで俺が知る中で最強のマイラーに来てもらった」

 

「ハウディー!皆さーん!!タイキシャトルです!」

 

大雨のなかの無敵で知られる、マイル界の絶対王者タイキシャトル先輩。日本の金毛は走らないがこのアメリカ出身のウマ娘は違う。チームリギルに所属するレジェンドウマ娘だ。GⅠ五勝、現役時代において負けたレースの方が珍しくいずれも二着と三着。ドリームトロフィーのマイル部門では現在まで二連覇という凄まじい結果を残している。

 

「本当はチームリギルと並走トレーニングを頼みたかったんだが東条トレーナーは流石にオペラオーの調整で忙しいらしくてな。そしたら力を貸してくれるとタイキが」

 

「安心してくだサーイ!ワタシがきっちり鍛えマース!」

 

青い瞳に熱いアメリカ魂を燃やしてタイキシャトル先輩は大きな力こぶを見せたのだった。そういえばトレーナーってタイキシャトル先輩のことタイキ呼びなんだ。

 

レース場に行って準備体操を終える。ジャージを脱げばやはり寒い。海空トレーナーは車椅子では芝を傷つけてしまうので少し離れた場所にいた。

 

「さてまずは全員で全力の模擬レースをして、タイキの凄さを実感して貰おう。距離は1600m、その方がトレーニングも教わりやすいだろう」

 

「にゃはっ、セイちゃん勝っちゃうよ?」

 

トレーナーは珍しくセイウンスカイに何も言わなかった。

 

そのことに仕草は相変わらず飄々としていたがセイウンスカイの青い瞳に火が灯る。サクラバクシンオーもやる気で、私は相変わらず気力が萎みかけていた。絶対に最後尾になるのもそうだが阪神JFのことを思えば1600mで負けるなんて鬼門である。

 

「ブリッジ」

 

トレーナーが手を差し出してくる。この前橋から落ちた時に傷つけてしまった指に大きな絆創膏が張られている。既にスマートフォンを点けてメトロノームを鳴らしていた。やる気だ。トレーナーは私に本気を出させた上で負けさせようとしている。

 

覚悟を決めてブリッジコンプはトレーナーの手を握った。

 

カチ カチ カチ カチ カチ カチ

 

息を吸う、息を吐く、息を吸う、息を吐く、息を吸う、息を吐く

 

冷えた空気の中でトレーナーの手は相変わらず暖かかった。ブリッジコンプは息を吐き出す度に緊張や悩み、不安といったものが吐き出されていくような錯覚に陥る。

 

「トレーナー」

 

黄金の瞳を見開いた頃にはすっかりブリッジコンプは集中していた。

 

流石に芝は連日トレーニングに使用されているため状態が特別良いとはいえないが、今日は一番乗りなので荒れている様子はない。内からくじ引きでセイウンスカイ、ブリッジコンプ、タイキシャトル、サクラバクシンオーが並ぶ。

 

四人中三人が逃げというこのレース、スタートの上手さを利用してハナを取りにいくしかない。

 

「絶対にワタシが勝って見せマース!」

 

トレーナーがスターターピストルを上げた。

 

「位置に着いて、よーい。どんっ!」

 

メトロノームの音が胸の内で鳴り響く。

 

バンッ

 

真っ先にハナを奪ったのはブリッジコンプ。タイキシャトル先輩にもスタートでは勝っていることに安堵する。内ラチに入り込んで上がって来るセイウンスカイの進路を塞ぎ、そのままトップスピードで逃げだす。上手いことに直ぐにぴったりと此方の影に潜航される。

 

しかし、この大逃げが恐らくタイキシャトル先輩も含めて他の三人からしてみれば何時もより多少速い程度の逃げでしかない。

 

「バクシン!バクシンッ!バクシンッ!」

 

ハナを取らなければいけないことが解っている以上、コーナーに入るまでに直ぐにサクラバクシンオーが仕掛けてきた。ぐんぐんとセイウンスカイを抜いてプレッシャーが此方に近づいてくる。コーナーで完全に追いつかれ抜かれていく。

 

「ちょ~っと失礼するね♪」

 

「ちょわっ!?」

 

何時の間にかブリッジコンプからサクラバクシンオーに風除けを移していたセイウンスカイ。ブリッジコンプをサクラバクシンオーが抜いた瞬間、内ラチにスライドし華麗なコーナー捌きで内からサクラバクシンオーを抜いた。二回目のコーナーに入り覚悟を決めて息を入れる。此処からは化け物同士のオーラのぶつけ合いだ。

 

来るッ!

 

アングリング×スキーミング

 

世界が空と海に分たれる。海の上をセイウンスカイだけがスイスイと滑るように走って良く。けれど流石にブリッジコンプもサクラバクシンオーも何度も受けたことで慣れている。溺れることなく藻掻きながら海の上を走って良く。何時もよりオーラ爆発量が少ない?

 

違和感は直ぐ後ろから発揮されたオーラの凄まじい爆発によって塗り潰される。

 

「B A N G!!さぁ世界に風穴を開けまショウッ!!」

 

西部劇に出てくるような無限の荒野が出現し、一発の弾丸が解き放たれた。空を進む弾丸に海上であることなど関係ない。余波で水飛沫を噴き上げながら、全てを貫きぶち抜いていく。弾丸はセイウンスカイの背後まで迫った。

 

ヴィクトリーショット!

 

「なっ!?」

 

思わず振り返ったセイウンスカイの顔が驚愕に歪む。気づいた時にはブリッジコンプもサクラバクシンオーも抜かれていた。セイウンスカイの真横に獰猛な笑みを浮かべるタイキシャトル先輩が並んでいる。先行策に捕捉された逃げ策が勝つ術はない。

 

直線で完全に抜かしてタイキシャトル先輩が一着を取った。二着はセイウンスカイ、三着はサクラバクシンオー、四着はブリッジコンプ。

 

「アイ・ウィン!ソーファ~ン!とっても楽しかったデス!」

 

強い。走った後もタイキシャトル先輩は余裕の笑顔を見せる。セイウンスカイでさえ4バ身差をつけられた。これが現役から力が一切衰えていないレジェンド級ウマ娘にして最強のマイラー。一緒に走ってみてブリッジコンプの胸の内に悔しいという気持ちさえ起きなかった。

 

「それじゃあレッツ・スタート・トレーニング!一緒に頑張りまショーウ!」

 

 

この時、タイキシャトルの走りに魅せられて誰も、本人さえも気づいていなかった。膝に手をつき息を入れたサクラバクシンオー。顔を上げた時、一瞬その瞳の奥に飢えた獣を思わせる凄まじい熱量が潜んでいたことに。




感想有難うございます。

1話から読み返したところズレと粗が目立ったので序盤の手直し中。
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