黄金郷への橋   作:そういう日もある

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朝日杯フューチュリティステークス

12月上旬 阪神JFから一週間後

 

GⅠ朝日杯フューチュリティステークス。中距離2000mのGⅠホープフルステークスが出来たことでクラシック三冠ウマ娘への道は二分されたものの、今も重視されるレースだ。その歴史は重く分厚く勝者の中には怪物マルゼンスキーや幻の三冠ウマ娘フジキセキが含まれる。近年、有馬記念ウマ娘グラスワンダーがレコードを叩き出したことで再び注目が集まった。

 

朝日杯FSもまた兵庫県阪神レース場にて開催される。サクラバクシンオーの要望によってあえて今まで泊まったホテルと同じ部屋をとっていた。ただしブリッジコンプは遠慮して部屋をかえて代わりに相部屋となったのはエアシャカールである。

 

サクラバクシンオーは大抵の人やウマ娘とガンガン距離をつめて仲良くなれるタイプではあるが、未だにエアシャカールとの距離感は測りかねていた。

 

瞳だ。黄色い瞳の奥には不安と絶望、そして羨望が見え隠れしているのだ。自覚はないが空気が読めないサクラバクシンオーでさえ、その感情の色に気づいて戸惑っている。実力も未だ上で、クラシック二冠という栄光を手にしたウマ娘から向けられるべき瞳ではない。なぜ態々レースに着いてくるのさえ解らなかった。

 

「ンだよ?」

 

「いえッ!なんでもありませんッ!」

 

対面に座るエアシャカールは舌打ちしながらも、サクラバクシンオーの計測を辞めなかった。体温、毛の艶、肌の張り、瞳孔、舌の色。全てを確認して記録していく。それはトレーナーの物よりも項目が多く関係なさそうなものまで含まれている。

 

「ッシ、問題なさそうだ。つってもこの時期は関節が脆くなる。お前はバカだから気を付けねェとな」

 

「何度も言っていますが!シャカールさん、私は優等生ですからバカではありませんよッ!」

 

「あ゛ァ?鏡見てから出直してこい」

 

サクラバクシンオーが鏡台の鏡を見ると、やはりというべきかそこには優等生の学級委員長しか映っていない。トレーナーだって課題を教えてもらっている時は良く褒めてくれるし、つまりサクラバクシンオーが正しい。より優等生としての自信を高めた。

 

「幸い今日は晴れだ。鶏頭でも準備体操を忘れねェなら、この気温でも四肢に熱が入る」

 

「晴れの日は好きです!なぜなら走りやすいからです!」

 

エアシャカールは諦めたようにため息を吐きだした。土台ロジカル主義者のエアシャカールと感覚派のサクラバクシンオーが噛み合うはずもないのだ。それでも着いてきているのは才能に惚れた弱み。

 

ノックの音が五回響く。

 

「はいッ!入っても大丈夫ですよ、トレーナーさん!」

 

合鍵を使って、紙袋を抱えたトレーナーとブリッジコンプが部屋に入って来た。

 

普通より多いノックは前回の失敗対策だけでなく、マスコミ対策である。このホテルの部屋を借りるのも三回目。既にマスコミに割れている可能性はある。余程非常識でなければホテルの部屋まで訪れる記者は居ないだろうが可能性は考慮しなければならない。少しでもサクラバクシンオーのストレスを減らすためだった。

 

「おせェよ、バカ」

 

「ブリッジがファンに囲まれてちょっと面倒なことになったんですよ」

 

「……私、負けたんですけどね」

 

ブリッジコンプは相変わらず意気消沈していた。

 

外で一週間前のレースと言うこともあって、声を掛けられたし写真も撮られた。華麗なコーナーワーク、そして中盤の一人旅は見る者の目を奪ったらしい。王道は好位追走ではあるが、やはり勝つか負けるかハラハラさせる逃げや追い込みのウマ娘は目立ちやすい。撮られている間、ブリッジコンプは全部仏頂面だったが。

 

「それじゃあ食べ終わったら改めて他の出走ウマ娘についておさらいしておこう」

 

 

朝日杯フューチュリティステークス 芝右外 1600m 15:40出走

 

「先週の阪神ジュベナイルフィリーズに引き続き、本日ここ阪神レース場第11レースにてジュニア級GⅠ朝日杯フューチュリティステークスが開催されます。昨年の勝者はアイネスフウジン。今年の日本ダービーウマ娘であります」

 

阪神JFより千人多く一万一千人の観客達が新たな伝説の始まりを求めて阪神レース場に詰めかけていた。このレースの勝者が次の伝説になるかもしれないとあっては、寒風など関係ないとばかりにレース場は熱気に包まれている。

 

パドックでの紹介が始まった。

 

「三番人気はこのウマ娘、2枠2番ブラボーアール。逃げ策を得意とし抜群のスタート力と直線が得意。前走サウジアラビアRCでは二着。初めての勝負服とあって少し緊張しているようですね。耳の動きが忙しないです」

 

「こういった初々しい光景を見られるのもジュニア期だけです。トレーナーとの折り合いが前走では心配されましたが、どうやら問題なく仕上げて来たようです」

 

次々とウマ娘達が紹介されていき、漸くサクラバクシンオーの番が来た。

 

「さて14人の紹介終わりましていよいよ最後の紹介です。大外枠8枠15番、堂々の一番人気サクラバクシンオー」

 

お立ち台に登ると爆発的な歓声が降り注いだ。桃色と白一本輪の衣装に両肩の金の肩章。ところどころにアシンメトリーなデザインを加えた有名デザイナーが手掛けたものだった。その堂々たる立ち姿、四肢の仕上がり、遠くからでも感じ取れるプレッシャーは凄まじい。

 

「メイクデビュー、GⅡ京王杯ジュニア共に他ウマ娘を寄せ付けない走り。デビュー前から既に世代最強スプリンターと呼ばれた評価は伊達ではありません。見事な仕上がり、三年前レコードを叩き出したグラスワンダーを想起させます」

 

「唯一の懸念は大外枠であることと距離適性でしょうか。大外枠に関しては阪神レース場の外回りは不利に働きにくいですが、1600mという距離はちょっとサクラバクシンオーにとって長い気がします。ああ、凄いアピールをしていますね。大歓声で此方からはなんと言っているのか聞こえませんが」

 

バクシン!バクシン!バクシーーン!

 

バクシン!バクシン!バクシーーン!

 

満足するまでバクシンアピールを終えたサクラバクシンオーは手を振りながら壇上を降りて行った。あと少し遅れていたら係員に退場させられるところだった。最後の為、独り専用通路を行くと案の定トレーナーとブリッジコンプが待ち受けている。

 

「シャカールはスタンドの最前列を取りに行ったらしくてな。覚悟は良いか?バクシンオー」

 

「はいッ!1600mは後に待つレースと比べれば短い方です!私のスピードをもってすれば、アッという間に駆け抜けられるでしょう!」

 

トレーナーとがっしりと握手した。熱く煮えたぎるようなバクシン的思いは通じ合っている。

 

「勝て」

 

「もちろんです!私が負けることなどありえませんから!」

 

ブリッジコンプにとって此処は勝った時に、負けた時に通った通路だ。感情が渦巻いて少しの沈黙があった。覚悟を決めてブリッジコンプはサクラバクシンオーに潤んだ黄金の瞳を向けた。

 

「……私は駄目だった。でも、だから、バクシンオーには勝ってほしい。私の先を走って待っていて欲しい」

 

悔しさと、悲しさと、羨望が詰まった言葉だった。同時にGⅠに挑む友の為の言葉だった。ならば模範的優等生としてするべきことは、勝つことだ。勝ってブリッジコンプの模範となり進むべき道を示すことだ。サクラバクシンオーはブリッジコンプを抱きしめた。

 

「ブリッジ!見ていてください、私のウィニングラン!」

 

「うん。見てるから」

 

これ以上の言葉は要らない。後はレースで示すだけだ。ゆっくりと離れて、サクラバクシンオーは振り返ることなくレース場へと向かった。

 

一部のウマ娘は専用通路から姿を現したサクラバクシンオーを見ただけで気圧された。たったこの数分で何があったのか、パドックの時を遥かに超えて漏れ出すプレッシャー。そうでないウマ娘もごくりと唾を飲み込む。確信を持って言える。

 

自分たちはGⅠへの挑戦者ではない。サクラバクシンオーへの挑戦者だ。

 

準備体操が終わりGⅠ専用のファンファーレが鳴り響く。

 

「URAの発表ではレース場に集まったファンの数は例年より多く1万1千678名が詰めかけております」

 

「冬のからっとした快晴の中、ウマ娘達がゲートに入っていきます。GⅠ朝日杯フューチュリティステークス。クラシックへと直結する大事な一戦。出走するウマ娘は15人。2分にも満たない間に勝負が決まります」

 

サクラバクシンオーはゲートに入る前に黄色いカチューシャの位置を整えた。

 

「さて各ウマ娘ゲートに収まりました。今スタートです!」

 

バンッ!

 

真っ先に内から飛び出したのはブラボーアール。得意のスタートによってハナを取りに行く。サクラバクシンオーに勝つ手段はそれしかない。目の前を奪われれば影に入ったとしてもそのまま引き摺り回されて、消耗し絶対に勝てない。重賞を経験したブラボーアールは正確に自分とサクラバクシンオーの差を認識している。

 

阪神JFのブリッジコンプを見れば解るように大逃げはない。ブラボーアールが無理してでもハナを奪いに行った以上、内の好位を先に奪ってしまえばよりサクラバクシンオーという大敵を消耗させることが出来る。多くのウマ娘がそう考えた。

 

『な!?』

 

「バクシン!バクシン!バクシン!」

 

彼女達の予想をブッ千切ってサクラバクシンオーは大外から一気に加速し始めた。凄まじいペースだ。序盤の展開は異なれど、奇しくもブリッジコンプと同じバクシン的逃げを選択した。

 

動揺が広がる。あり得ない。同じトレーナーに育てられたブリッジコンプが最後の直線で垂れたのを見ただろう?6着に敗れたのを知っているだろう?そう思ったウマ娘達は、サクラバクシンオーというウマ娘の性質を理解していない。

 

ブリッジコンプが大逃げという選択をして負けたからこそ、模範的ウマ娘として、友の先を照らす光として。サクラバクシンオーはこの阪神レース場1600mに最もそぐわないバクシン的逃げを選択したのである。

 

「これで良いのか!これで良いのか!サクラバクシンオー!ぐんぐん外から上がってきてハナを取りそのまま集団を突き放していきます!」

 

「集団はあてられて完全に乱れていますね。これはひょっとするかもしれませんよ」

 

ブリッジコンプから詳細な芝の状態をサクラバクシンオーは聞き出している。一週間後のこのレースでは似たような状態になるだろうという予想があった。内から4人分までの距離は荒れている。だから内ラチに入る必要はない。

 

一人旅を開始しながら、しっかりと見えない境界線を越えることなくサクラバクシンオーは走り続ける。

 

「さあ既にサクラバクシンオー、コーナーに入ってまいりました。後ろは離れてブラボーアール、更にその後ろ集団一つに纏まっています。最後方は少し離れてアベックドリーム」

 

「かなり速いペースですね。差しや追い込みの子も少し前のめりになっています」

 

サクラバクシンオーが一人旅を始めた以上、残りのウマ娘達はサクラバクシンオーを居ないものと思って走れば良い。しっかりと脚を溜めて最後の直線で差し切るべきだ。しかし序盤に意識してマークしていた相手が、見せつけるようにコーナーを走る姿を見てそう考えられるウマ娘は殆ど居ない。

 

サクラバクシンオーは序盤で突き放してからあまり加速せずに後方と距離を測りながら走り続けている。それでも最後の直線と心臓破りの坂に耐えられるだけの脚が残っているかは解らない。ブリッジコンプの様に精神を鎮めることが出来ないサクラバクシンオーはどうしてもムラが出て確信が持てない。

 

「さぁサクラバクシンオーは速くも直線に入り、スタンドの歓声が待ち受けます。しかし後続のウマ娘達もじりじりと距離を詰めてくる!」

 

呼吸が浅くなる、脚が重い、心臓が悲鳴を上げている。特大のタイヤを牽いた時にさえ、こうはならなかったかもしれない。

 

「フッ、フッ、フッ、ブリッジは凄いですね」

 

本当に凄い。こんなに苦しいのにあの小柄な金色の友は諦めずに最後まで走り抜けたのだ。サクラバクシンオーより脚が遅い、キレがない、覚えるのが遅い、スタミナも徐々に差がつき始めた。しかし何時だって後ろに着いてきた。何時だってサクラバクシンオーを脅かし続けた。

 

「迫る迫る!ヴィオラリズム!あと少しでサクラバクシンオーに手が届く!」

 

前へ行きたいのに、心に反して脚が着いてこない。最強のスプリンターに1600mは長すぎる。背後では複数の魂が咆哮を上げて、プレッシャーが幾つも爆発した。ラストスパートをかけたウマ娘達が迫ってきている。対照的にサクラバクシンオーは失速しつつある。

 

このままでは負ける。

 

サクラバクシンオーは言動に反して、負けを知っているウマ娘だ。セイウンスカイとはよく勝ったり負けたりを繰り返しているし、タイキシャトルにはコテンパにされた。遡れば模擬レースの中距離で常に敗北したし、サクラローレルに学ぶ前なんて負け続きだった。本番のレースだって何時かは負けるかもしれない。

 

でも、今じゃない

 

確かに聞こえるのだ。勝てと叫ぶトレーナーの声が、諦めないでと叫ぶ友の声が。このレースだけは絶対に負けたくない。その為に必要な物をサクラバクシンオーは既に何度も見て来た。

 

「バクシン」

 

荒い息を辞めて、何時もの掛け声を口にした。自分の名に冠する不思議と力が湧いてくる言葉。

 

「バクシン、バクシン、バクシン!」

 

これだ。これが必要だった。タイキシャトルの弾丸によって入った壁の罅が広がる。

 

「バクシン!バクシンッ!バクシンッ!!バクシンッッ!!」

 

音を立てて壁全体に亀裂が走り、隙間から光が差し込み始める。

 

「バクシーーーーーンッッッッ!!!」

 

サクラバクシンオーの咆哮と共に壁は打ち砕かれた。王の魂が歓喜に震えながら産声を上げ、火山の様に噴き上がる膨大なオーラが背後に迫る魂の咆哮を圧倒する。

 

「これはどういうことだ!あそこから持ち直したとでもいうのか!後僅かだというのに!サクラバクシンオー、後続と差が縮まらない!」

 

勝利を、バクシン的勝利を!目の前を一枚の桜の花弁がひらひらと舞って、サクラバクシンオーの四肢に力が再び蘇る。疲れなど無いかのように、軽やかにターフを駆け抜けていく。

 

「むしろ突き放していく!徐々に距離が開き始めた!なんてウマ娘だ!」

 

「サクラバクシンオーが今一着でゴールイン!冬の阪神に満開の桜が咲き誇りました!」

 

ゴールを抜けた瞬間、熱が冷めるようにサクラバクシンオーの四肢から力が抜けた。思わず倒れこみそうになって、踏ん張る。心臓の鼓動は喧しく、脚は自分の物かさえ微妙なくらいで、なにより音が上手く聞こえない。

 

立ち止まり、頭をぶんぶんと振ると漸く轟く歓声がサクラバクシンオーの耳に届き始めた。

 

「ちょわッ!」

 

想像以上の歓声にびっくりして目をパチパチと閉じては開ける。

 

じわじわと胸の内に勝利の実感と歓びが溢れ出る。くるりと回る元気は無かったが、腰に手を当てて胸を張る。

 

「やりましたッ!私のバクシン的勝利ッ!ハーッハハハハ!」




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