黄金郷への橋   作:そういう日もある

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黄金とトレーナー

模擬レースが終わった後、ブリッジコンプは急いでターフを出た。後ろからワイスマネージャーが止める声が聞こえるが、今のブリッジコンプにはなによりも重要なことだ。本気で模擬レースを走ったために息も絶え絶えで、全身から汗のように滝が流れていたが、羞恥心というものは不思議ときれていた。

 

一期一会。ここを逃せばもうないかもしれない。

 

入場口からぐるりと一周して、軽い上り坂を超えて観客席の入り口までいく。丁度その頃には多くのトレーナーが席を立って、出て行っていた。あとほんの少しだけ短距離レースは続けられるものの、ワイスマネージャーから見てもあまり才能が高いウマ娘たちには見えなかったし、なによりサクラバクシンオーという存在が短距離においてウマ娘にトレーナーが夢を授けることをほとんど不可能にしていた。

 

もう行ってしまったのだろうか?

 

そう思って観客席の方を覗くと、いまだ腕を組んでレースを見守っている東条トレーナーの少し後ろにその男性はいた。レースを見る目はしっかりとしていて、新人トレーナーらしい浮ついた雰囲気は感じ取れないが、さてどのような立場の人だろうか。

 

落ち着かせようという想いとは裏腹に尻尾が忙しげに動いてしまう。制服や私服であればスカートがめくれる原因にもなるため、中等部にはいって矯正したはずなのに。それだけ、目の前の男性から漏れ出すプレッシャーは人間を超えたものがあった。こうして近くに見ればはっきりわかることだが、東条トレーナーでさえも超えているのである。

 

「あの」

 

話しかけて難しい気持ちになった。逆スカウトはどう話しかければいいのだろうか?教えてワイス……。

 

「ん?ああ、君はブリッジコンプか」

 

名前を憶えられている!そのことに思考が白んだ。一着から三着までは確かに名前が読み上げられた。しかし、サクラバクシンオーとツインターボに一度は勝ちはしたものの、逆に二人の才能の高さを見せつけるレースになったことをブリッジコンプは自覚していた。それに、今日だけで20レース以上行われたので注目度がなければ名前以前に存在を覚えられるかも怪しい。しかし覚えられたということは目にとまったということ。

 

「俺は見ての通り新人トレーナーでね。東条トレーナーにつながりもないし、話しかけるなら自分で」

 

「そうじゃなくて!」

 

大声をだしてしまって、トレーナーたちが一斉に驚いた顔でブリッジコンプを見た。羞恥心で顔が真っ赤になる。やはり新人トレーナー……なら、勇気を出せ!

 

「私にスカウトされませんか?」

 

口を着いて思わず出た言葉。違う、そうじゃない。全然違う。これではまるでトレーナーをブリッジコンプが走らせて、うまぴょいさせるようではないか。望んでいるのは逆のことだ。いつもは冷静でいられるはずなのに、不思議と動揺ばかりしてしまう。

 

「言いたいことは伝わった。逆スカウト……逆スカウト?なんで?俺はなにも実績がないし、模擬レースとはいえ一位をとる実力があったんだ。むしろ君のようなウマ娘はどこかのチームかベテラントレーナーに入りたがると思っていたんだけれど」

 

「そうでしょうけれど、なんて言ったらいいのかな。あ、いえ、いいのかわからないのですが」

 

ぱたぱたと慌てていると、ふと視線の端で東条トレーナーが立ち上がる。それから、くるりと振り返って視線をブリッジコンプと新人トレーナーに向けた。

 

「私は信じていないけれど、ウマ娘の中にはトレーナーとの出会いを運命という子もいるわ。そうした出会いはスーパークリークが有名ね。特別な出会いをしたウマ娘とトレーナーは深い絆で結ばれ、双方ともに飛躍することができる。貴方にもそういう感覚があるんじゃないのかしら?」

 

あるいはそういう出会いもあるのかもしれない。しかしブリッジコンプはあくまで新人トレーナーの才能に目を付けたわけで。トレーナー側から運命を感じてくれるならうれしいがそう都合のいいこともなく。奇しくも新人トレーナーとはもって東条トレーナーの言葉を否定することになる。

 

「いえ、まったく」「私もそういうのではないのですが」

 

「そ、そう。そうなの、ごめんなさい。私の早とちりだったわ」

 

顔を俯かせた東条トレーナーだったが、すぐに持ち直してとはいえと仕切りなおす。流石だ?

 

「とはいえ、ウマ娘側から逆スカウトを受けるのは新人トレーナーとして大変光栄なことよ。話を聞いてあげるべきじゃないかしら」

 

「それは……勿論そうですね。うん、ブリッジコンプ。実は俺まだ昼食食べていないんだ。レース前だったから君もだろ?食堂にいかないか。ああでも君は着替えるべきだな。ここで待って居よう」

 

「そうですね!」

 

軽い自己紹介を終えて、東条トレーナーと別れると、ブリッジコンプは着替えてからトレーナーと連れ添って食堂へと向かった。いつもなら雑に済ませてしまうのだが、今日ばかりはシャワーを浴びてゴールドシチーが使っているという香水をワイスマネージャーから借りた。少しでも好印象をである。

 

トレセン学園の食堂は広く、食事の量もウマ娘に合わせて多めだ。超特盛りはかのオグリキャップ先輩やスペシャルウィーク先輩すら満足させるというのだからそのすごさが分かるだろう。他にも模擬レースを終えたウマ娘たちによって多少混んでいる中で、ブリッジコンプとトレーナーは同じ席に座った。

 

トレーナーは普通盛りのかつ丼で、ブリッジコンプは大盛りのカツカレーライス。その差に少し恥ずかしいものがあったが、しかししっかりと食事を沢山食べられるというのは一種の才能だ。トレーナーとして一緒に過ごすならすぐにばれることでもあるし取り繕っても仕方がない。

 

それでも、トレーナーが食べ終わってからこちらの食事の様子をじっと見つめてくるのは恥ずかしかった。トレーナーはブリッジコンプが食べ終わるのを待って飲みかけの珈琲を机に置き、話し始めた。

 

「さてまずは、なぜ俺を逆スカウトしたのかから聞こうか。東条さんが言ったような運命的なものでもないだろうし……注目はサクラバクシンオーなどには劣るけれど、模擬レースで一着をとったのは確かだ。君にも4月後期ならスカウトの話は来るだろう。あるいは選抜レースの後なら君から声をかければ断る熟練のトレーナーは少ないはずだ」

 

「それで……それでG1に勝てますか?私は勝ちたいんです。才能では劣っていることはわかっています。だからできるだけ才能のあるトレーナーに見てほしい、そう思います」

 

「ブリッジコンプはG1に勝てるよ」

 

トレーナーはブリッジコンプの夢をまるで大したものでもないというように肯定した。そもそもG1出場自体、勝利を重ねてURAからの評価基準値を満たし、かつそこから人気投票などによって出場権が決定される狭き門。そうして勝ち上がったウマ娘達が本気で競う……これでダメになってもいいという覚悟すら持つのがG1という舞台だ。

 

なのにこのトレーナーは……

 

「あまりこういうのを重ねて判断するのも良くないが、君の得意な逃げというのはこのすでにトウカイテイオー世代と言われている……世代において最強の戦法だ」

 

そう時代に逆行することをトレーナーは言い切った。三冠を地上に引きずりおろしたミスターシービー。無敗の三冠という偉業を成し遂げたシンボリルドルフ。地方からきた怪物、オグリキャップによる有馬記念での伝説は記憶に新しい。そのいずれもが追込、差し、先行と逃げではない。マルゼンスキーですら本人は逃げているつもりがないのだ。近年黄金世代のセイウンスカイやサイレンススズカによって払拭されつつあるものの、長い歴史の中で、逃げは一発屋、弱者の戦法であるという風潮は常識にすらなっていた。

 

そしてブリッジコンプも逃げが特別得意なわけではない。逃げかしかなかったのである。先行も走れないことはないが、元より才能の塊たちに正面対決で渡りあえるほどの将来性がないことを見越しての戦法だった。

 

「それは根拠のない理由と、根拠のある理由がある。とはいえ、今はそこまで重要な話ではない。ただ逃げという戦術において最も重要なことは君自身の精神面にある。勿論怪我をさせるつもりは極力ないとはいえ俺は新人トレーナーだ。体は無事だとしても、君がどこまで行けば精神がへし折れるか判断がつかない。経験不足が足を引っ張る」

 

私は頑張れると口にしようとしたブリッジコンプをトレーナーは手で示して止めた。

 

「酷な言い方だけど言葉では誰でも何とでもいえる。俺と君は運命的な出会いをしたわけではないから、信用も信頼もまだ低い段階にある。それを待っていたらまず間に合わない。ナイスネイチャたちに成長幅で追いつけないんだ」

 

そこでナイスネイチャではなくトウカイテイオーと口にしなかったのは、そもそもトウカイテイオーにブリッジコンプがどう逆立ちしても成長幅で勝てないからだろうか?トレーナーの口ぶりからしてどうもそのようではなかったが、不思議と納得できた。

 

「条件もある。まず此方が指定するレースには出場しないことだ。具体的にはクラシック三冠の皐月賞、ダービー、菊花賞、それから有馬記念、天皇賞、オールカマーもだな。他にもあるが…幸いなことに君にはスタミナがないからこれらに出ても大抵一着は厳しいだろう。そして一番大事なことは何故これらのレースに出てはならないかを聞かないことだ」

 

意味不明な条件。殆どのウマ娘が狙い、そして夢破れるだろう三冠と有馬記念という大レース。なぜそこにオールカマーというGⅡが含まれるか理解ができない。そしてなにより、それに出てはならない理由を聞いてはならない?

 

「これはウマ娘としてはかなり厳しい条件だと俺も自覚している。けれど俺の夢のためにも必要な条件だ。トリプルティアラといった別の選択肢だってかなり多い。むしろ、レースを勝ちに行くという意味は参加するレースは絞り明確な目標にした方が良い」

 

納得は、当然できない。

 

「条件はこれだけだ。かわりに条件以外はブリッジコンプ、君の好きにしていい。俺が組んだトレーニングメニューをさぼったり、俺が栄養バランスを整えた食事を拒否したり、突然レースへの出場を取り消したり、走るのに飽きたりしてもいい。そして俺は君の能力が頭打ちになったり、勝てなくなったとしても三年間は俺からトレーナー契約は打ち切ることがないとも約束する」

 

「なぜなら俺は新人トレーナーだから、頭打ちになったとしてそこでもう一段階伸びる可能性を否定するという判断ができないからだ。つまり、俺は逆スカウトをしてくれた光栄さから誠実に事実をありのままに話すが、君は俺の試行錯誤の実験体にされるという意味でもある。名門によって知識を詰め込まれたトレーナーですら新人ならだれもが通る道だと俺の講師は言っていた」

 

トレーナーのいう講師は……なんというか、どちらかというとウマ娘よりの思考を持っているかのように思えた。ウマ娘を担当するようなトレーナーの講師であればまずウマ娘との信頼関係が大切だと説くだろう。にもかかわらず、歯に衣着せぬ物言い。あまりに異質、ウマ娘が自分で自分を管理するための言葉にも思える。

 

「ブリッジコンプは俺が才能があるといった。だがトレーナーは才能じゃない。究極的には経験だ。だから」

 

だから?

 

「条件わかりました。結局、トレーナーは私の逆スカウトを受けるんですか?」

 

トレーナーが言葉を紡ぐ前に本質を尋ねる。トレーナーの珈琲はすでに冷め切っていて湯気を立ててない。私はGⅠが勝てるといわれた時から決意しているのだ。一緒に勝とうじゃない、目標にしようでもない、勝てるといわれたのだ。つまりそれは夢ではない、必然でありブリッジコンプが欲しかった自信のその先にあるものだ。

驚いた顔をして、トレーナーは無意識のうちに責任から逃げようとしていたことを謝った。

 

「……オーケー。受けよう。よろしく、ブリッジコンプ」

 

「ブリッジでいいです」

 

差し出した手を握り返される。

 

こうしてトレーナー黄金が出会った。

 

新たな物語の導入はこれで終わる……そして、

 

 

 

「おや、そこにいるのはブリッジさんではないですか!相席よろしいでしょうか!」

 

サクラバクシンオーがブリッジコンプが許可を出す前に隣に座り、うどんを啜り始める。うどんを啜りながら、同時に麺類がいかに早く完食可能なスピードを重視した最適な食事かを語り始める。トレーナーとブリッジコンプの出会いが、サクラバクシンオーという一発の衝撃によって粉砕された。これがディープインパクトか?

 

「バクシン!バクシン!」

 

トレーナーもあっけにとられる中で、直ぐにうどんをバクシンオーは完食。食事の所作が良いのは両親に愛されて育ったからだろう。いやどうでもいい。兎に角空気を読んでほしい。ブリッジコンプとトレーナーの間に流れていた空気自体、バカなので感じていなかった可能性がブリッジコンプには怖かった。

 

「それにしても、そちらの方はトレーナーさんでしょうか!」

 

「ええまあうん、はい」

 

「そうですか!私はサクラバクシンオーですッッ!トレーナーさんは私が長距離レースに勝てると思いますか!」

 

「勝てるよ」

 

あ、やばい、折角逆スカウトした私のトレーナーがバカにとられる。

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