黄金郷への橋   作:そういう日もある

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トレーナー視点


新たな出会い

今年の有馬記念は世紀末覇王テイエムオペラオーの勝利で幕を閉じた。それもGⅠ級ウマ娘達の苛烈なマークをかいくぐっての一着である。ちなみに二着はメイショウドトウとコンビは相変わらずだ。これでテイエムオペラオーは重賞八連勝、GⅠ五連勝、年間無敗という偉業を成し遂げた。

 

放つプレッシャーはシンボリルドルフ級に到達している。多少は衰えるかもしれないが来年もこの調子となるとセイウンスカイの復帰はかなり厳しい。それにメジロ家もシニア期に入るとなれば、来年のシニア級は魔境で間違いない。

 

翌日24日になってチーム棟で、テイエムオペラオーの今年のレース映像を何度も見返す海空トレーナーも沈痛な面持ちだ。

 

「……どうしましょうかこれは」

 

同じく映像を食い入るように見ていたセイウンスカイも難しそうな顔をしている。

 

「スぺちゃんより強いかな」

 

「ああ、確実に強いだろう。スペシャルウィークは確かに爆発力に優れているが、メンタル的な脆さも同時に抱えている。そのことはセイが一番よくわかっていると思う。でもオペラオーにはそれがない。常に安定した最高を叩き出し続けるし……相性の問題でスペシャルウィークがジャパンカップ級の実力を発揮しても負けるかもな」

 

なにせ競り合う相手が強ければ強いほど、その分強くなるのがテイエムオペラオーである。スペシャルウィークが爆発的な末脚を発揮すれば発揮するだけ勝てなくなっていく。そういう意味では逃げを得意とするセイウンスカイはまだ勝機がある相手だ。

 

「おやおや~?トレーナーさんてばオペラオーちゃんのことよく知ってるの?」

 

「まあ、多少は。東条トレーナーの見学を何度かさせて貰った時に少し話した」

 

一言で言うなら、理想のウマ娘であった。見学をさせて貰った時に一度も調子を崩している姿を見たことがなく、トレーニングにも真摯。成長速度もサクラバクシンオー級である。タイキシャトルを貸し出して、模擬レースの約束を放り出してまで東条トレーナーが熱中するのも頷ける。

 

「でもセイはGⅠ取りたいだろ?」

 

「うぉう、そんな言い方あります~?」

 

薄めた青い瞳の奥に勝ちたいという気持ちが渦巻いているのが解る。

 

「本人もやる気みたいですしセイには時間がありません。どのみち復帰するしかないですよ」

 

一部の例外を除いて多くのウマ娘はシニア期に入り年度が経過するごとに全力を出せなくなっていく。ドリームトロフィーが年二回開催なのも、それ以上は走れないからという理由が大きい。セイウンスカイも例に漏れず予測では来年は四回程度しかレースに出られない。再来年になれば二回三回にまで落ち込んでいる可能性が大きい。

 

「そう、ですか。そうですよね。となると、目標のGⅠは決めた方が良いですよね」

 

「ええ」

 

おずおずと海空トレーナーが切り出した。

 

「どのGⅠを目標に掲げるのが良いと思いますか?」

 

それを俺に聞いてしまうのか。

 

話を聞いた限りではセイウンスカイの故障前はガツガツとしていたらしいが見る影もない。責任と不安を感じているのは解る。しかしあくまでトレーナーは海空トレーナーだ。サブトレーナーの俺が出走レースまで決めてしまっては立場が逆転する。

 

「ふむ……」

 

どう答えるべきか悩む。セイウンスカイを見ても俺の答えを待っている。多分、海空トレーナーではなく俺が決めて良いと思ってしまっている。

 

大問題だった。

 

「目標ですから出来るだけ近い方がモチベーションには繋がります。春の天皇賞は辞めた方が良いでしょう。メジロ家の悲願ですから凄まじい執念でメジロマックイーンを筆頭として挑んできます。3200mという距離も今のセイウンスカイには困難です」

 

考えた結果、問題から一旦目を背けて消去法でいくことにした。消去法の方が俺が決めたというより、なるべくしてなったと考えやすい。

 

「フェブラリーステークスと高松宮記念は其々ダート、短距離と適性がありませんから……やはり大阪杯ですね」

 

大阪杯。近年産経大阪杯から格上げされたGⅠである。有名な勝ちウマ娘はヤエノムテキが挙げられる。阪神レース場芝2000mとセイウンスカイの距離適性も問題ない。問題があるとすればローテーションの関係でテイエムオペラオーが参戦するかもしれないことくらい。

 

「なるほど!私も良いと思います!」「セイちゃんもばっちり頑張るよ♪」

 

心の中だけで深くため息を吐きだした。仕事量は減ったものの精神的負荷は大きくなった。そういえばまた阪神レース場だ。桜花賞も阪神と考えればどうにも縁があるらしい。阪神のコースは実力勝負になりやすく策を立て難くてあまり好きではないのだが……。

 

海空トレーナーがローテーションを考えている中、チーム棟から一人先に出る。付き合いはしたものの、そもそも今日は久方ぶりの完全な休みだ。レースも暫くないため分析も忙しくなく、担当二人もクリスマスの準備に集中している。

 

トレセン学園はすっかりクリスマスシーズンになっていた。木々には電飾が施され、サンタクロースやトナカイ、コンドルの人形がそこかしこにある。今年の実行委員はエルコンドルパサー。正直プロレスイベントがないかと期待半分不安半分だったが、予想よりきちんとしているあたり、グラスワンダーが抑え込んだのだろう。

 

そのグラスワンダーといえばトゥインクルシリーズを引退。来年からスペシャルウィークやエルコンドルパサーと同じくドリームシリーズを目指すことを発表した。

 

黄金世代としては勿論セイウンスカイはシニア期でまだ走るとして、キングヘイローは難しい選択を迫られている筈だ。今年の戦績がテイエムオペラオーの覇道を前に振るわず評価値が足りない為ドリームシリーズへの出走資格はファン投票次第ということになる。来年は学園に居るだろうが再来年になると解らないのが現状だった。

 

「黄金世代の終わり、か」

 

独りごちる。漸く実感が湧いてきて物悲しい。あのジャパンカップからも一年以上が過ぎてしまった。今年は色々なイベントがあって忙しく、あっという間のことだった。

 

飾り付けされた三女神像の前を通って正門から出る。久方ぶりの完全な休みということもあって、見たいものがあるわけでもないが映画というのも悪くない。何時も頭の中はウマ娘のことで一杯で、楽しくもあるのだが疲れもする。

 

「あの」

 

映画館の前で声を掛けられて振り返る。

 

「はいなんでしょうか?」

 

見たことがない黒髪のハーフアップの女性、いや、ある。確かあれは写真付きのトレーナー名簿の、同期の中に桐生院葵と名が書かれていた。名門だけあって、担当のハッピーミークはデビュー後GⅢ東京スポーツ杯ジュニアSで二連勝目を上げた。来年以降の強力なライバルになるだろう。

 

俺に話しかけてきたということは流石に悪評を知らないということもないだろうし気にしないタイプか。

 

「は、初めまして」

 

「初めまして。東スポ杯おめでとうございます」

 

「あ、そうでした、ありがとうございます!朝日杯おめでとうございます!」

 

感謝の言葉を返す。真っ赤になりながら、挨拶だけでなく口をもごもごとさせて言いたいことがあるようだった。見る映画もこれから探すつもりなので、時間が押しているわけでも無し。根気よく待つのは慣れている。

 

「その……映画って何を見れば良いのでしょうか?」

 

「どういう意味で、ですか?」

 

「あ、う、すみません!急におかしなことを頼んでしまって!!」

 

突然離れようとする手を掴んだ。こんな形で急に逃げられては、気になって映画を集中して見ることが出来ない。

 

「一旦深呼吸をして落ち着いてから事情を話してください」

 

言われた通り深呼吸をして、逡巡していたものの、決心がついたようで話し始める。

 

「実はお恥ずかしいことにミークと一緒に楽しめるような趣味が全くなくて、挑戦してみようかと、思った次第です」

 

言葉がどんどん尻すぼみになっていくが事情は理解できた。

 

女性トレーナーというのは男性トレーナーより体力面では落ちるものの、代わりに行きすぎて恋愛方向になることは極々稀なため日常的に遊んだりして友人に近い信頼関係を深めることが出来る。東条トレーナーのような敏腕は稀だ。名門らしく理解しており、担当と共通の趣味を持とうという姿勢は尊敬に値する。

 

「ハッピーミークの趣味が解らないのですが、学生ですし恋愛ものとかは定番です。サスペンス系やジャンプ系は好き嫌いが別れます」

 

そういえば今はジャンプ作品の映画が放映されている。学園ヒーローものだとか、人間の世間で一大ブームになっているらしい。ただレース以外では温厚な種族のウマ娘に血が出る程戦う話は、一部の例外ウマ娘を除いて受けが良くない。トレセン学園に居ると話題にもならない為、俺もチェックしていなかった。

 

「なるほど」

 

大したことを言ったわけでもないのに深く頷かれて、メモに取られるのは恥ずかしかった。誤魔化すようにごほんと咳払いした。

 

「折角なので一緒に見ます?一人映画も楽しいものですが、やっぱり見終わった感想を話し合うのは格別ですからね」

 

「是非!よろしくお願いします!」

 

目をキラキラさせて見上げてくる。名門というのはネックだが、此処で恩を売っておけばもしかしたら並走トレーニングも頼めるようになるかもしれない。そう思えるくらいにはサクラ家と関わって昔より心持も変わった。

 

時間的にそろそろ上映される映画は四つ。内二つが邦画の恋愛ものだった。片方はトレーナーとウマ娘の禁断の恋と、よくURAがよく問題視しなかったなと思う。学生のウマ娘にはとてもではないが見せられないし、親御さんもトレセン学園に通わせるのを躊躇うかもしれない。ハッピーミークとの共通の話題にもしにくいということで、もう片方にした。

 

「恋愛もの。ローマの休日など洋画なら拝見したことはあるのですが邦画は初めてです」

 

「邦画は一般的にクオリティが落ちると言われていますから。金をかけられるならかけた方が良いというのはトレーニングと同じです。でも面白い作品も多いですよ」

 

高いものがそのまま良いとは言うつもりもないが、安いものは大抵何処かに欠陥があるものだ。改善の試行錯誤に時間を費やすくらいなら金を払った方が早い。映画も同じとは言わないが派手さに欠けるのは確かだ。

 

「確かにそうですね!機材は出来るだけ高いものを買わないと安全面でも心配ですし。ああでもミークは機能面より見た目に拘ることも多くて」

 

「ああ、あのフランスパンみたいな靴ですか?」

 

映像で見た時に印象に残っている。

 

「そうです!そうです!大切なのはミークにとって最良の靴か否かというのをきちんと考えずに、選んだ靴は全然走れなくて。あの靴を履いたら急にタイムが上がったんですよ!」

 

桐生院葵はトレーニングの事となると途端に饒舌になるタイプだった。言葉の端々からハッピーミークへの愛を感じられる。

 

俺も人のことは言えない。一応担当の興味がありそうな文化については一通り調べてはいるが、趣味ではなく仕事感が強い。映画を見に来たのも何となく。ウマ娘のグッズには散財しているものの裏を返せば、ウマ娘以外の趣味はないと言ってよかった。

 

「ポップコーンは食べますか?映画館といったらポップコーンですから」

 

「はい、チャレンジしてみます。でも糖分が多いですよね?」

 

「映画館にまで来て食べられないなんて、ハッピーミークだって落ち込みますよ」

 

何事もバランスだ。制限しすぎてはストレスが溜まる。チケットついでにキャラメル味とチョコ味のポップコーンとオレンジジュースを買った。人参ポップコーンもあるが流石に手を出す気にはなれない。新鮮な生の人参風味という謳い文句が人間の食欲を阻害する。トレセン学園にいれば多種多様な人参料理を目にするので面白みもなかった。

 

幸か不幸か席は空いていて、カップル客が多い。流石に一人でこういった物を映画館で見るのは憚れるので、二人で見ることになったのは丁度良い。

 

スマートフォンの電源を落とす。隣を見れば早速、桐生院葵がポップコーンを口にしていた。

 

「美味しいです」

 

「家で食べるとそうでもないんですが不思議と美味しい。屋台の焼きそばとかもそうですけど」

 

「屋台の焼きそば……今度食べてみたいです!」

 

「トレセン学園でも感謝祭でゴールドシップがやっているみたいですね」

 

雑談をしていると直ぐにCMが終わって映画が始まった。

 

映画の中身はド定番な泣かせにくる内容。主人公は満を持して告白したものの振られる。その原因は彼女がガンで主人公を思ってのものだった。友人達の応援もあり、主人公は真摯に彼女に向き合い。いよいよ手術の日を迎える。

 

「う……うぅ……」

 

びっくりして隣を見ると、クライマックス間際で桐生院葵が嗚咽を殺しながらぼろぼろと涙を流していた。

 

兎も角手術は成功し三度目の告白は成功してハッピーエンド。展開を言葉で並べるならありふれて陳腐ではあるが、所々に魅せる演出がある。うるっとくることは無かったものの、時間は無駄にはならなかった。

 

「良かった……良かったです。手術が成功して」

 

余程感受性が高いのだろう。終わって明かりが点き他の客が去った後、桐生院葵は涙が止まらずハンカチが絞れそうな程になっていた。ただ清掃に訪れた職員からげんなりした顔で見られてしまっている。少し強引に手を貸して喫茶店に向かった。

 

一時間後。

 

喫茶店で喉を潤しながら話した後に、桐生院葵は完全に平静を取り戻して深々と頭を下げた。

 

「御迷惑をお掛けして、今日はありがとうございました。ミークを誘ってまた来ようと思います」

 

「此方こそ良い気分転換になりました。最初から二人で来ても良かったのでは?」

 

二度見はつまらないとは言わないが、そこまでするほどの映画にも思えなかった。

 

「ミークの前でオロオロしたり、キョロキョロしたりは、出来ませんから」

 

「俺としては桐生院さんは前で弱い所を見せても良いと思いますよ」

 

トレーニング方針次第で感受性は立派な武器だ。レースで負けて一緒に悔しいと思えること、勝って嬉しいと思えることはトレーナーとして大前提。加えて踏み込んで、他の小さなことでも共感できる相手はより深く信頼が出来る。

 

因みに感受性の分野においてエアシャカール曰く、俺は最低レベルで才能がないらしい。

 

「偉そうなことを言いますが。未熟な新人トレーナーですから担当と一緒に育っていくくらいが丁度良いと思います。背伸びしたって脚が傷むだけです」

 

「そうかも、しれません」

 

考え込んだ桐生院葵を見ながら、僅かに残った珈琲を飲み干した。




感想有難うございます。

これでジュニアは終わりです。次話よりクラシックに入ります。
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