黄金郷への橋   作:そういう日もある

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ワイスマネージャー

朱殷色の髪に赤のメッシュを入れた眼鏡をかけたウマ娘。

 

ワイスマネージャーはブリッジコンプに勝ちたい。

 

 

初めてまともに話したのは、夢や希望を抱いてトレセン学園に入学してから一月のことだ。休み時間になると仲良しグループで集まって色々話すのが普通になっていた。今は春の天皇賞で勝ったスペシャルウィーク先輩の話題でもちきりだった。ワイスマネージャーも例に漏れず上手くグループを形成していた。

 

たまたま席が隣となったブリッジコンプといえば、何時も一人で窓の外を見ているウマ娘だった。確かに金髪金眼と見た目は良かったが、睨みつけるような勝気な目つきで話しかけにくいのに加えて、会話も続かない。仲良くなれるはずもない。同室の寮でもワイスマネージャーは事務的なこと以外話したことがなかった。

 

「やっぱりセイウンスカイ先輩よりスペシャルウィーク先輩の方が強いんだって」

 

「えー?だってダービーもエルコンドルパサー先輩と同着だったんだよ」

 

「もう黄金世代の中でもキングヘイロー先輩は格付けがすんじゃった感じかぁ」

 

話に花を咲かせていれば授業開始前の十分なんてあっと言う間に過ぎてしまう。鐘が鳴り、じゃあまた後でねと挨拶をかわして各々の席に戻る。ふと視線を向けると、じっと此方を見つめる黄金の瞳と目が合った。今までなかったことなので少しびくついてしまう。

 

「なに?」

 

「別に……ただ」

 

ブリッジコンプは言うべきか言わないべきか悩んでいたが、結局口にした。

 

「ただ、楽しくないのに良く笑えるよね」

 

うわっ!嫌なウマ娘。

 

開いた口が塞がらない。迷うなら言わないで欲しかった。確かにワイスマネージャーにとって今の話はつまらなかった。格付けだとかそういう話は好みではなかった。でも暇つぶしにはなったし、休み時間に皆で集まって会話するのが女子中学生というもの。

 

「ワイスマネージャーさんはキングヘイロー先輩のことが好きなんでしょ」

 

吸い込まれるような黄金の瞳がじっと此方を見透かしてくる。話を合わせる為に、一言も黄金世代の中でキングヘイロー先輩が良いなんて言ったことはない。なにせキングヘイロー先輩はこのクラスではあまり人気がなかった。

 

「別に、なんだって良いでしょ」

 

「走っている時に下を向かない所とか、陰で人一番頑張っているところとか、後輩にも面倒見が良くて優しい所とか」

 

指を折ってブリッジコンプが良い所を上げていく。それはぴったりとワイスマネージャーが思っていることと一致していた。

 

「先生来ちゃったか。また後で話そうね」

 

ふと、視線がずれる。現実感が戻ってきて慌てて鞄から教科書とノートを取り出した。この時は言い知れぬ不安があったのだが。次の休み、次の次の休みになってもブリッジコンプはワイスマネージャーに話しかけることがなかったので、ふつふつと興味が湧いてきた。

 

不安より好奇心が勝って昼休みに話しかけることに決めた。

 

ブリッジコンプを探せばすぐに見つけることが出来た。相変わらず一人で行儀悪くスマートフォンを見ながら、大盛りのかつ丼を食べている。ワイスマネージャーは日課となったグループでの食事をせず。親子丼のプレートを食堂のおばちゃんから受け取って、ブリッジコンプのいる席に向かった。

 

「なんであの後話しかけてこなかったの?」

 

話しかければスマートフォンから目を離して、目と目が合う。それからブリッジコンプは困ったように言葉を返した。

 

「あとから考えたら、ああいう言い方は無かったなって」

 

それくらいの良識はあるらしい。正面の席に座っていただきますと共に親子丼に箸をつける。

 

此処トレセン学園の御飯は申し訳ないけど、お母さんの作った御飯より美味しい。お母さんはにんじんハンバーグなら兎も角、なんでもかんでも人参を料理に突き刺せば美味しくなると思っている悪癖を持つ。そんなのだからお父さんと喧嘩するのだ。

 

「私のことはワイスでいいから、ブリッジコンプさんのこともブリッジさんて呼ぶね」

 

「うん。解った、ワイスさん」

 

「それでブリッジさんもキングヘイロー先輩のことが好きなの?」

 

「黄金世代て言われている五人の先輩方ではそうだね」

 

「どうして?」

 

「一番才能がないから」

 

思わず箸を止めてブリッジコンプを見る。顔にはありありと、やらかしたと浮かんでいた。

 

「あーその、そういう意味じゃ、いやあるんだけど。才能ないからこそ人一倍努力する姿がっていうか。絶対に勝ってやるって感じがして。だからあんまりセイウンスカイ先輩好きじゃないんだよね。よくサボってるの見掛けるし」

 

ブリッジコンプが手をパタパタと振って、しどろもどろに言い訳を重ねる。焦ってセイウンスカイ先輩をディスってることに気づいているだろうか?

 

嫌味を言おうと思っているのではなく、自分を誤魔化すことが苦手なタイプなのだろう。それだけなら付き合いたいと思うようなウマ娘ではない。ただ他のそういうウマ娘と違うのはブリッジコンプが本質を見抜いている点だ。

 

「才能ないって言ってもGⅠを取るくらいにはあるし、羨ましい」

 

「キングヘイロー先輩がGⅠ取れると思うんだ?」

 

GⅢ東京新聞杯とGⅡ中山記念で連勝したとはいえ、どうにもGⅠでは勝ちきれないウマ娘と今は目されている。

 

「うん、取れるよ」

 

ブリッジコンプは迷いなく頷いた。確信めいていて、実際この予言は次の年にキングヘイロー先輩が高松宮記念勝つので真実となる。ここまで確信をもって言うのだからふと興味を抱いて聞いてみることにした。

 

「私はGⅠとれる?」

 

夢は大きくクラシック三冠と行きたいところだが、現実的に見て目標を掲げるなら生涯にGⅠ一勝といったところ。

 

ブリッジコンプは難しそうな顔をして明け透けに言う。

 

「怒らないでね。多分……無理かな。いや、その、ごめん」

 

怒るべきなのにワイスマネージャーはブリッジコンプの言葉を納得してしまった。自分がそこまで才能がないということは無意識のうちに理解していて、指摘されて改めて認識したように。ただやはり少しムカついて嫌味を返す。

 

「じゃあブリッジさんは勝てるっていうの?」

 

「無理かな」

 

なんだ人のことを勝てないと言うわりに貴方も勝てないんじゃない。そういう考えは続いた言葉によって粉々に砕けた。

 

「でも負けたくない。どうにかして勝ちたいと思う」

 

ブリッジコンプは諦観しながらも、瞳の奥に力強い熱があった。負けた気持ちになった。

 

これ以降、ワイスマネージャーはブリッジコンプに話しかけることが多くなる。

 

二年間、努力する姿も、負ける姿も、勝つ姿も、笑う顔も、泣く顔も、怒った顔も全部見て来た。緊張すると髪飾りを弄るのも知っているし、目つきを気にして目尻のマッサージをしているのも知っている。ずぼらな性格をしているのも、ワイスマネージャーのシャンプーをこっそりたまに使うのだって知っている。

 

親友だからこそライバルとして一緒に走りたいなんて言ったら、ブリッジコンプが嫌がることくらい解っている。少しは変わってきていてもブリッジコンプはまだレースに対して勝ち負け以外の考えを抱いてはいない。

 

それでも。

 

GⅢファルコンステークス 芝左 1400m

 

春先の穏やかな快晴の中、青々とした芝が生い茂るレース場のバ場状態は良。風も強くなく最高のコンディションでの開催となった。元々は七月開催だったこのレース、GⅢクリスタルカップと合流する形で三月開催に変更された。

 

「二番人気ブリッジコンプ、同じ担当ウマ娘であるサクラバクシンオーからフィリーズレビュー勝利のバトンを受け取れるか。期待したいところです」

 

そんなレース場にたった一人でワイスマネージャーはスタンド席に来ていた。既にパドックでの紹介を終えて、最前列で待っているとウマ娘達が次々とゲート入りしていく。出走するウマ娘の中で唯一GⅢで一勝をあげたものの、ブリッジコンプは二番人気だった。

 

中京レース場という環境がそうさせるのだ。コーナーがかなり短く、逃げ策では後続を突き放す前に直線に入ってしまう。その上、阪神や東京レース場よりきつい上り坂が直線の途中にある。この途中というのが厄介極まりない。最後のスパートが坂であれば根性でどうにか出来るのだが、中京レース場の場合ゴールまでの視界的な距離の問題で既にスタミナを使っている逃げ策のウマ娘の精神をへし折るのだ。

 

ファンファーレが鳴り響く。

 

ゲートへ誘導されていくウマ娘達。他のウマ娘は初めて重賞に出る子もいてガチガチに緊張していたりするのに、ブリッジコンプはぼーっとしていて緊張を全くしている様子がなかった。ああいった姿はファンタジーSから見られるようになった。

 

ブリッジコンプは5枠10番に収まっていく。

 

「今日は誰が勝つと思う?やっぱりブリッジコンプかな」

 

「お前好きだなー。でもレース場的に厳しいんじゃないか?」

 

「いやいや、態々チューリップ賞とかを避けて出るんだぜ。絶対勝算があると思う」

 

観客の方が自己評価が低い本人よりよっぽど正しい評価をしている。

 

十六人、全てのウマ娘のゲート入りが終わった。

 

バンッ!

 

「さあ今一斉にスタートしました!ヒシガミ少し出遅れたか。真っ先に飛び出したのは10番ブリッジコンプ。相変わらずスタートが上手いですね」

 

「おや内から飛び出したジャズステップにハナを譲りました。ブリッジコンプ三番手について、集団ばらばらのまま直線を進んでいきます」

 

ブリッジコンプが先行策を練習していることは出走ウマ娘誰もが認識していた。それが阪神JFの教訓であろうことも、羨ましいことにあのファインモーション先輩直々に習っていることも知っていた。タイキシャトル先輩とも二三度トレーニングしたこともだ。とはいえ末脚が得意ではないブリッジコンプがたった三か月で先行策を使うとは考えていなかった。

 

だから虚をつかれてマークが剥がれる。ブリッジコンプは走法の模倣という分野において右に出る者がいない。行き過ぎてスカウト前は自分の走り方さえ見失ってしまうほどだ。そんなブリッジコンプが先行を得意とするGⅠ級ウマ娘と濃密なトレーニングをして先行策をマスターしていない筈もない。

 

完璧なポジショニングで二番手についた三番人気ハイセイの影に入り込み追走する。

 

有力ウマ娘であるブリッジコンプが逃げを選択しなかったため、代わりと言うべきか全体で見れば、一番人気の差しを得意とするデュオペルテが後方集団で徐々に包囲網を敷かれつつある。

 

包囲網を組む彼女たちは最後の直線勝負までの下準備をしているのだ。有力ウマ娘を牽制し、メンタルとスタミナを削り、ペースを崩し、ブロックし、ポジションを奪う。ド派手な逃げや追い込みに比べて見ていて盛り上がりはしないが王道である。最後の直線になれば包囲網も崩れるので、今はデュオペルテにとって我慢の時だ。

 

「速い速いジャズステップ後ろとは4バ身差。後ろをしきりに気にしているようですね。このまま逃げ切れるのか」

 

「視線からしてブリッジコンプが気になるようです。ちょっとそのせいで自分のペースを乱しているのかもしれません。スタミナが持つと良いのですが」

 

直線も終わりかけた時、ワイスマネージャーは漸く違和感に気づけた。解説も、観客も理解していない。同じくレースを見に来たデビュー経験を持つウマ娘だけが、驚いてブリッジコンプとその前を走るハイセイを見ている。

 

ブリッジコンプがマークしていたハイセイのペースが変化している。否、ブリッジコンプと合せ鏡のペースになっている。走る幅と速度、手の振る速度どちらも2ハロン半で序盤とは変わり果ててしまっていた。当然のことながらウマ娘は其々独自のペースを持っていて同一であることはない。歪んでしまえばもう全力を出すことは出来なくなってしまう。

 

ペースが一致したことで、一切の余分なくスリップストリームが発生しブリッジコンプは他のウマ娘と比べてもスタミナを消費している様子がなかった。間違いなくこの現象はブリッジコンプが引き起こしている。

 

まだ未熟なワイスマネージャーではどのような方法を使ったのか理解できない。魔法の様だ。

 

「中京のコーナーは短いぞ!ジャズステップ後ろと5バ身離したまま、コーナーの中間に突入していきます」

 

「そろそろ後続のウマ娘達も動き出します。ここでハイセイ動き出す。おっとここで二番手が入れ替わった!ハイセイが少し内に入った瞬間、見事なコーナーワークで外を突いてブリッジコンプが抜いていく!」

 

「惚れ惚れするようなコーナー捌きですね。あのタイミングでかわせるウマ娘は今のクラシックでそういませんよ」

 

ぐんぐんと黄金が伸びて伸びて直線に入る頃にはジャズステップを射程圏内に収めた。ハイセイは伸びずに抜かされていく。仕掛け始めたタイミングですらブリッジコンプにコントロールされていたのかもしれない。

 

「粘るジャズステップ!未勝利戦の雪辱は果たすと更にペースアップしていきます!」

 

必死の形相でジャズステップは直線を駆けていく。その影にブリッジコンプはするりと入り込んだ。黄金の髪の下には余裕があった。ブリッジコンプはハイセイを踏み台にして、今度はジャズステップを踏み台にしようとしている。

 

先頭が近づいてくるにつれて観客達は大きな声援を上げ始めた。坂に入り残り1ハロン半。ブリッジコンプが仕掛けてジャズステップを追い抜いた。狙ったように直後にジャズステップは坂に脚をとられて失速する。

 

詰将棋のようにブリッジコンプは駆け抜けていく。応援に来たというのにワイスマネージャーは声を上げることが出来なかった。誰が勝つか予想がついてしまった。

 

「ここでハナを奪ったのはブリッジコンプ!後方集団追いつけるか!」

 

確かにブリッジコンプは他のウマ娘に比べて末脚のキレがないが、あくまで同量のスタミナという条件においてだ。レース全体を殆ど風よけを使って脚の消耗を抑えに抑えた今のブリッジコンプに対抗できる出走ウマ娘は少ない。

 

「ブリッジコンプ、残り200m。2バ身続いてジャズステップ。その直ぐ後ろ追ってくるのがデュオペルテ、必死に坂を駆け上っていく」

 

「ジャズステップをかわしてデュオペルテが前に出た!ぐんぐん伸びる伸びる!」

 

デュオペルテの存在感が増大する。追いつけるか、追いつけないか。二人の真っ向勝負!

 

瞬間、黄金の髪の下で、ぞくぞくと背筋が凍る獰猛な笑みが広がっていく。ブリッジコンプの気配と脚のギアが切り替わる。気圧されて手が届くところまで迫ったデュオペルテの走りが僅かに乱れ、ブリッジコンプが僅かに速度を上げた。

 

その差が決定的だった。

 

「今ブリッジコンプが僅差でゴールイン!」

 

隣からも後ろからも大きな歓声と拍手が沸き上がる。ブリッジコンプはゆっくりと走るペースを落としてからスタンドに向けて頭を下げた。

 

強い。なにからなにまでブリッジコンプの思い通りに運んだレース展開だった。デビュー前にはワイスマネージャーと殆ど同じくらいの走力と才能だった。今ではもうこれほどまでに差がついてしまった。

 

同世代の中でも頭一つ抜けているのに、ブリッジコンプは上ばかり見ている。GⅠで勝つなんて夢を、目標に掲げている。

 

だからワイスマネージャーはブリッジコンプに勝ちたい。先に行ってしまった親友と、同世代を走るウマ娘としてライバルでありたい。初めて真面に会話した時に負けたままではいられなかった。

 

目指すはティアラの二冠目、オークス。不思議とブリッジコンプが出てくるという確信がワイスマネージャーにはあった。

 

「私が勝つよ、ブリッジ」

 

まあでも、まだ先の話だ。今はただ、ライブを精一杯応援しよう。




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