黄金郷への橋   作:そういう日もある

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トレーニング2

チームリギル。それは東条ハナ率いるトレセン学園において最強のチームである。

 

シンボリルドルフ、マルゼンスキー、エアグルーヴ、ナリタブライアン、ヒシアマゾン、フジキセキ、タイキシャトル、グラスワンダー、エルコンドルパサー、テイエムオペラオー。

 

錚々たる面子が並ぶ。最近はチームスピカが勢いを伸ばしつつあるものの未だその差は大きい。昨年、テイエムオペラオーの快進撃はリギルの強さを改めて周知することになった。ただそれが故に問題も抱えていた。

 

強い才能あるウマ娘しかスカウトしないと陰口を叩かれることもあるが、逆なのだ。この最強のチームメンバーと一緒にトレーニングをして潰れないウマ娘しかスカウト出来ないのだ。その為には精神、肉体、魂いずれも高水準でなければならない。

 

才能のあるウマ娘は自覚なくそうでないウマ娘をへし折る。

 

例えばタイキシャトル、彼女と共にトレーニングをしたとして普通のウマ娘は着いていくのがやっとだ。それなのに本人は走るのが楽しくて、「アハハッ!もっとスピードをあげまショウ!」なんて言って余裕で才能のないウマ娘の限界を超えていく。当然着いていける筈もなく、進んだ先で待ちながら息も荒げずに「もっとふれふれデース!」なんて応援する。

 

タイキシャトルは精神的に幼すぎるとしても他のウマ娘だって、全く勝てず落ち込んでいるウマ娘を見れば優しく世話を焼いて「次はもっと頑張れば勝てるよ!」なんて声をかけるだろう。

 

彼女たちは人格面で基本的にプラス思考だ。滅茶苦茶頑張れば速くなれると思っているし、滅茶苦茶頑張ればレースで勝利出来ると思っている。チーム内の才能のあるウマ娘同士であれば一緒に高め合える最高の環境だ。世代最強と言われようともチーム内に目指すべき目標が居続けるのだから成長は止まらない。

 

昨年はこうした状況に耐えられるウマ娘が見つからず、テイエムオペラオーに心血を注いだというのもあるが誰も取らなかった。

 

では目の前のウマ娘、ブリッジコンプはどうだろうか。

 

クラシック期に入ったばかりだというのに既にGⅢ二勝という華々しい戦果を挙げている。肉体の仕上がりも凄まじい。しなやかさを持ちながらも詰まりに詰まった筋肉、体形バランス、体脂肪率、丈夫な骨、歩くだけで解る体幹と重心、正確無比な体内時計。成長速度のデータを見たが、はっきり言って異常だ。

 

同量のトレーニングで才能のあるウマ娘に勝てないのなら、トレーニングの質と量で勝ることで追いつこうとするのは、発想としてはトレーナーの大抵が通る道だ。普通、ジュニア期の内に調整を僅かにでも間違えて心か体のどちらかが折れる。なのに奇跡的に噛み合って今日此処まで来てしまっている。間違いなくあのトレーナーは精神面にまで綿密な管理をしている。

 

天才、その二文字が浮かぶ。だがつまりそれは既に成長幅が限界に達しているということだ。成長するクラシックの夏で才能があるウマ娘は爆発的にのびて、ブリッジコンプは追い付かれる。

 

ブリッジコンプ自身にGⅠで勝てる要素は殆どない。いくら肉体を鍛えようとも生まれ持った素質を変えられるわけではない。才能あるウマ娘が自然と持つプレッシャーもない。

 

だからGⅠを狙うならクラシックの夏に入るまでに勝たなければブリッジコンプは永遠にGⅠを取ることは出来ない。トウカイテイオーを避けるなら栄光への挑戦権は実質二つ。桜花賞とオークスだ。

 

そこまで東条ハナは見切っていた。

 

少なくともデビュー時点であればチームリギルには絶対にいれないタイプ。今も不安はある。だがあのトレーナーは酒の席で、リギルでトレーニングさせるように頼み込んできた。ついつい酔っぱらっていたため了承したが、今は後悔していた。

 

「……とりあえず、お前のことはチームに紹介する。それからトレーニングに関しては桜花賞の為にマイラーを中心として合同で行う。良いな?」

 

大人な対応が出来る面子となるとマルゼンスキーとフジキセキの二人だ。前者は年齢が年齢だし、後者は寮長として対応力に長けている。どちらも、桜花賞における最大の壁ニシノフラワーを考える上で丁度良い相手でもある。

 

「わ、わかりました」

 

早速トレーニング場へ向かおうとすると、ブリッジコンプは何か言いたいことがあるようだった。

 

「……その、トレーナーからタイキシャトル先輩と模擬レースをするように言われました」

 

「なるほど。良いだろう」

 

タイキシャトルは三度貸し出している。その為、一緒に走り慣れた相手と走ればブリッジコンプの緊張も多少解れるだろう。ブリッジコンプとの、特にリギルというアウェー環境下での合同トレーニングには向かない性格だが模擬レースのみならば問題ない。

 

今度こそトレーニング場についてブリッジコンプを紹介する。

 

「今回はトレーナー同士の交流を目的としてトレーニングにクラシック級ウマ娘、ブリッジコンプが参加する。既にタイキシャトルは面識があるな。メニューもあちら側の要望で同水準で行う、可愛がってやれ」

 

「任せてくだサーイ!」

 

ガッツポーズをするタイキシャトルを尻目に真っ先に動いたのはシンボリルドルフだった。

 

「歓天喜地、一度君ともこうして交流する機会があればと考えていた。今日はよろしく頼む」

 

そう言って差し出した手を、意外なことにブリッジコンプは少し思い悩んだ末に確かに握り返した。ブリッジコンプの評価を上方修正する。本人に才能はなくとも、数々の才能のあるウマ娘との触れ合いがブリッジコンプの胆力を鍛えたのだろう。

 

「宜しくお願いします」

 

というより、私と対面している時の方が明らかにシンボリルドルフと対面している時より緊張していた。げせない。

 

「まずは紹介もかねて準備運動を終えたら一度タイキシャトルと走って貰う。桜花賞と近い条件でやる。ヒシアマゾン、準備を」

 

「なんでこのアタシが……」

 

文句を垂れつつもヒシアマゾンはハロン棒を立てに行った。ゴールの判定もヒシアマゾンが行う。さて今私が考えるべきはブリッジコンプのトレーニングメニューだ。あのバカは「東条トレーナーの好きなようにお願いします」と言っていたが、それが一番困るというもの。そもそもどの程度やると脚が壊れるのかさえ正確に把握出来てはいない。

 

当然、ぎりぎりを攻めるようなハードなトレーニングは求めていない筈だ。となるとおそらく……取り敢えず、模擬レースを見て判断し直すことにしよう。ブリッジコンプはといえば準備体操をしている最中にエルコンドルパサーに絡まれていた。

 

トゥインクルシリーズを引退して落ち着くかと思ったが、むしろ伸び伸びとしている。同期のセイウンスカイが正式に復活を表明したことも大きいだろう。黄金世代は仲が良いが故に良くも悪くも同期の状態に影響されやすい。

 

「もう重賞二つなんてなかなかやりますっ!ですが世界最強はこのエルコンドルパサーデース!」

 

「その、はい。ジャパンカップ生で観に行きました。今でも覚えています」

 

「ほぉう!なかなか見る目があるようデース!エルが直々にルチャを教えます!」

 

「いえ、その……」

 

「遠慮しなくて大丈夫デース!」

 

ただ既にエルコンドルパサーの背後にグラスワンダーが回り込んでいるから放置して大丈夫だろう。

 

「エールー?後輩をいじめるのは辞めなさい」

 

立ち関節技でシバかれる様子を見ると、どうも最近チームスピカの悪い影響を受けている気がする。そうこうしている内に準備体操も終わり模擬レースの準備も整った。幸いなことに突発だった為、普段いるようなリギルのファン以外、余計な観客も居ない。

 

ブリッジコンプは準備体操を終えた後にイヤホンをして、目を瞑りなにかを聞いていた。人間のスポーツマンも行う一種のルーチンだろう。

 

イヤホンを外したのを見て声をかける。

 

「それでは改めて、1600m、右回りだ。最後の直線は474mに合わせたが。トレーニング場はコーナーが阪神より短いため直線が長い。タイキシャトルはちぎり過ぎないようにコーナー間までは抑え気味にいけ。以上だ。何か質問は?」

 

「ノープロブレム!」

 

「大丈夫です」

 

すっかりブリッジコンプの緊張は解れていた。位置についた瞬間、タイキシャトルの雰囲気はがらりと変わる。獰猛な獣の笑みが広がっていく。本当に大丈夫だろうか?ちぎり過ぎてはブリッジコンプの度合いを見れない。

 

「心配無用。ブリッジコンプは走るウマ娘ですよ。それをタイキシャトルも感覚で理解している」

 

心中を見抜いたシンボリルドルフはそう口にした。エアグルーヴが旗を持って二人の横に立つ。

 

「よーい、はじめ!」

 

旗が振り降ろされた。同時に蹄鉄によって芝が抉りこまれ、巻きあがる。やはりブリッジコンプはスタートが上手い。だが加速力でいえば圧倒的にタイキシャトルが上だ。たった二人で走っている以上、邪魔されることなく直ぐにブリッジコンプに追いつく。

 

ブリッジコンプは下がってタイキシャトルの影に入った。比べるのもどうかと思うが、ダービー前に模擬レースを行ったスペシャルウィークよりも洗練された動きだ。ぴったりと張り付き、風除けにしながら突き放されることなく着いていっている。

 

ただやはりついていくのが精いっぱいなのか、表情は3ハロンも過ぎないうちに苦しげだ。二人はコーナーに入っていく。

 

「あら?」

 

真っ先にマルゼンスキーが疑問符を浮かべて、

 

「ほう、面白い」

 

腕を組んだシンボリルドルフが頷く。何かが起こっている。

 

第三コーナーを抜けて第四コーナーへ。もうタイキシャトルが抑える必要はない。獰猛な笑みを深くして、爆発的に加速———

 

しなかった。

 

「ワッツ!?」

 

思わず動揺したタイキシャトルに徐々に背後からブリッジコンプが外にスライドしつつ迫り始める。タイキシャトルはマークされた程度で何時もの走りが出来ないタイプではない。だと言うのにストップウォッチを見ても明らかにタイムが遅い。なにかしらの異常が発生していた。

 

他のチームメンバーも二人の競争に注力し始めた。だるそうにゴール前で待っていたヒシアマゾンもだ。しかし東条ハナにはまだ解らなかった。

 

タイキシャトルもさる者、直ぐに動揺を抑え込んで突き放しにかかる。

 

直線勝負、勝ったのはタイキシャトルだった。ゴールしても何時ものように大きく喜ぶことはなく首を捻って疑問符を浮かべていた。

 

対するブリッジコンプは走り終えた途端、心臓に手をやって座り込む。金髪から覗く顔は真っ赤で息は荒く、汗が滴り落ちている。

 

「今私達の目の前で前代未聞の出来事が行われた」

 

シンボリルドルフはやけに楽しそうに笑顔を浮かべる。

 

「あのタイキシャトルが領域を出せなかった」

 

領域。中央のトップレベル、その上澄みだけが持つ力。心技体揃った才能のあるウマ娘だけが繰り出せる必殺技。ひと度領域に足を踏み入れると、感覚が研ぎ澄まされプレッシャーは爆発的に増大する。そしてウマ娘という物理法則にそぐわない存在から放たれる余剰エネルギーによって幻視すら引き起こす。

 

現在では領域の研究も確立し条件付けとルーチンにより才能さえあれば誰でも使えるようになった。才能さえあればだ。才能無きものは使うことが出来ず、絶対の差となってGⅠという壁を築き上げている。

 

ルーチンを崩す試みは以前聞いた。だが熟達したウマ娘であれば条件付けを無視出来る。タイキシャトルの場合は最終コーナーで三着程度にまで競りあがることを条件付けにしているが、二人だけで走ったとしても使いこなす。人間に過ぎない東条ハナには見えないが、まるで荒野を駆ける弾丸だという。

 

それが発動しなかった。間違いなく原因はブリッジコンプにある。

 

「どういうことだ。説明しろ、ブリッジコンプ」

 

態々あのトレーナーから模擬レースを提案したのだ。私がこうして聞くことも想定している筈。

 

「ぜぇ……はぁ……すぅー……はい」

 

エアグルーヴから水を受け取って一呼吸ついてからブリッジコンプは話し始めた。

 

「えっとあれは、もう何度も先輩とは走りましたし、映像も沢山確認しました。だから出来たことです」

 

「集中力の重要な場所、トレーナーは意識のポケットって呼んでいます。ポケットに入って足音とかで私のペースをタイキシャトル先輩に刷り込みます」

 

台本を読むようにすらすらとブリッジコンプが口にする。実際あのトレーナーがこう話すように言ったのだろう。確かに理論上は存在する意識が集約する地点、目よりも耳や鼻が良いウマ娘にとって前とは限らず個々次第だ。見抜けるのはブリッジコンプの目が常軌を逸して優れているから。

 

「段々先輩のペースが私につられて変化していきます。後は普通に走るだけです。まあ、でも結局こうして力負けしちゃいましたけど」

 

頬をかいて俯くブリッジコンプに、東条ハナは戦慄していた。

 

完全に新しい試みというわけではない。エアシャカールから学んだあのトレーナーの育成方針はロジカルだ。参考例もない博打はしない。むしろ日本の外に目を向けて見れば参考になる例は数多く存在する。

 

海外のレースではペースを支配するために、本命を勝たせるために捨て石役のウマ娘がレースに使われる。対抗の有力ウマ娘をマークし、あるいは本命を先導する役割を持つ。それがドッグレースに名を由来するラビットだ。

 

延長線上にブリッジコンプは居た。ルーチンを崩すというその更に先、領域を潰すラビットの究極系。優れた観察眼がなせる再現性のないオンリーワンだった。凱旋門賞に固執するURAからしてみれば喉から手が出るほど欲しい存在だ。それをあのトレーナーはブリッジコンプ自身のGⅠ勝利の為に向けている。

 

タイキシャトルに通用したということはほぼ全てのウマ娘に通用する。ただ、有力ウマ娘を一人潰しただけではラビットの様に負けてしまう。つまりこれを更に拡張し、レース全体を支配することが目的。東条ハナは優れた知性をもって完全に理解した。

 

「兎に角リギル内で模擬レースを何度も組むこと、か」

 

有力ウマ娘に力負けするのはあのトレーナーが解決するべき問題だ。今東条ハナがブリッジコンプにすべきことは、対応力を上げること。トレセン学園最強チーム、リギルはほぼ全てのウマ娘の到達点が揃っている。上位互換である彼女達を学ぶことで、桜花賞に出るウマ娘を既知に変え、レース全体を支配する。

 

言うは易し行うは難し。あのトレーナーが東条ハナに自由にトレーニングして下さいと言ったのは、言っても理解できないから、こうして見れば理解出来るからだ。腹が立つ。

 

「まずは私から走ろう」

 

シンボリルドルフは心の底から楽しそうに笑った。対照的にブリッジコンプは顔にありありと絶望を浮かべた。




評価・感想有難うございます。励みになります。
スコーピオ杯に時間をかけていました。
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