黄金郷への橋   作:そういう日もある

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大阪杯

青雲の空を駆け抜けた稲妻よ、永遠なれ

 

4月初旬

 

セイウンスカイは揺さぶられて、抵抗する為にもぞもぞと布団を自身の体に巻き付けていく。布団は良い。晴れやかな陽気の中でベンチや芝に寝転がって行う昼寝も最高だが、また違った幸福感がある。神は世界を布団の内と外に別けられた。

 

出来上がった蓑虫を侵略者がベッドから転がり落した。流石にこうなってはお休みマイスターのセイウンスカイといえど目覚めざるおえない。薄く目を開ければ、初めに金毛が見えて、それからずいっと呆れた顔が寄せられる。

 

「起きてください、セイさん」

 

「ブリッジちゃんひどいよー」

 

いつの間にかこの後輩は遠慮という言葉を何処かに置いてきてしまった。会った頃はあんなに尊敬と畏怖の眼差しを向けてくれたのに、今では困った子供を見る目つきだ。布団の端を引っ張られれば、蓑虫の中身がごろごろと床に転がり出た。

 

「だってあと五分て言ったのもう三度目ですよ」

 

「そんなに?」

 

全然記憶にない。大きな欠伸をして、猫のように背筋を伸ばした後によろよろと立ち上がった。窓の外からは晴れやかな陽気が降り注いでいる。遠くで見えるビルのスクリーンには復活の文字と共に、懐かしい菊花賞の映像が映し出されていた。

 

時計を見れば確かにもう10時過ぎ。睡魔は恐ろしい存在だ。

 

「うん、良い天気だね☆こんな日はお休みしたい」

 

「はいはい」

 

まだ寝ぼけて覚束ないセイウンスカイの手を引っ張ってブリッジコンプが洗面台へと連れていく。お湯でばしゃばしゃと顔を洗えば少しだけすっきりした。顔を拭って歯ブラシをしている間に、後ろに回ったブリッジコンプが寝癖を櫛で梳いた。

 

「どうします?レース場でも観に行きますか」

 

「それもいいね」

 

コースに慣れるためレース場で実際に走る、いわゆるスクーリングにあまり時間がとれなかった。新しい走り方と領域を慣らすのに時間を使い過ぎた。

 

「にゃは、ある意味ブリッジちゃんは私の大先輩だ」

 

なにせセイウンスカイは一度も本番のレースで阪神レース場を走ったことがない。

 

「春先で走るのは初めてですよ。特にこの時期はレース数も多いので芝の状態は良くないと思ってください」

 

私服でも良かったが、あえて願掛けで制服に体を通す。菊花賞の時は勝負服に着替えるまで制服だった。ただやっぱりもうあとたった三週間で誕生日。この歳になって制服というのも、どことなく恥ずかしさがある。人間なら社会人か大学生。会長とかはもう吹っ切れてそうだけど……。

 

何時もの菊のヘアピンをつけている間に、ブリッジコンプに後ろのリボンを結んでもらって完成。

 

「どう?策士セイちゃんって感じする?」

 

「寝坊助って感じはしますね」

 

「え~?」

 

マスクと帽子で顔を隠して外の空気を吸いにいこうかと上着に袖を通せば、ピンポーンとチャイムが鳴った。五回のノックはなし。まさかマスコミでも押しかけて来たのだろうか、そう思った時だった。

 

「すみません、セイちゃんはいるでしょうか?」

 

「エルが応援に来てあげましたよ!」

 

セイウンスカイが勢いよく扉を開ける。そこには見知った顔、グラスワンダーとエルコンドルパサーの姿があった。

 

「にゃはは~。二人とも来てくれたんだ」

 

「キングもいますよ!」

 

廊下を覗いてみれば少し離れた場所にふんっと顔を背けたキングヘイローが腕を組んで立っている。

 

「キングのだいだいだ~い好きな☆セイちゃん大復活だよ♪よかったね☆」

 

「なっ!大好きなんて言ってないんだけど!」

 

「ほらほら入って入って」

 

「もう……!調子に乗りすぎよ!」

 

口では文句を言いつつも後ろに回って背中を押すと抵抗もなく部屋に入っていく。まったく素直じゃないんだから。さて黄金世代にはあと一人足りないがどうしたのだろうか。その答えはグラスワンダーが直ぐにくれた。

 

「スぺちゃんは……その、駅弁に熱中していたら駅に降り忘れてしまったみたいです」

 

なんともスペシャルウィークらしい理由だった。しまらないが、レース前には来るだろう。兎に角こうしてまた集まれたことを嬉しく思う。昨年はグラスワンダー以外クラスも違ったし、トレセン学園はマンモス校なので、今年も奇跡でも起きなければ全員が同じクラスになることはない。

 

「ちょっと買い物に行ってきます」

 

遠慮することはないのにブリッジコンプはさっさと上着を羽織って部屋から出て行ってしまった。グラスワンダーが全員分のお茶を煎れている間に、取り敢えず聞くべきことを聞くことにする。

 

「オペラオーちゃんはどんな感じだった?」

 

恒例通りリギルはチーム全員で来て、今頃二人以外はあちらの応援をしている筈。テイエムオペラオーは今回間違いなく最大の障壁となる。なにかの偶然が重なってお腹が痛かったり、寝不足だったり、太り気味だったり、偏頭痛になったりしてないかなという淡い期待があった。

 

「とっても張り切っていましたよ。正々堂々勝って真のチャンピオンを証明するって」

 

「オペラオーなんてボコボコにしてやるデース!後輩になめられたままじゃいけません!」

 

「あらあら、エルってばこの前オペラオーさんに模擬レースで大敗してたんですよ」

 

残念ながらテイエムオペラオーは絶好調らしい。やっぱり神頼みは効果がなかったみたいだ。

 

「なんでばらすんですか!グラス!」

 

「おやおや~?ということはオペラオーちゃんはグラスちゃんに勝って、エルにも勝ったんだから。此処で勝てばセイちゃんがやっぱり世代最強ってことでいいよね☆」

 

「なっ!?そうはいきませんよ!世界最強も世代最強もこのエルコンドルパサーデース!」

 

茶化すだけ茶化して。さて、と相変わらずそっぽを向いたキングヘイローに向き直る。来てくれないかと思っていたが、来てくれたなら話すべきことがあった。口を開こうとして、その前にキングヘイローが此方に視線を合わせて口火をきった。

 

「逃げなかったのね」

 

「……キング」

 

「一年前、貴方は腑抜けていたわ。私に勝ってクラシックで二冠をとった癖に、たった二回ぼろ負けして脚が故障した程度で何もかもが嫌になって投げ出したへっぽこだった」

 

言葉は辛辣で、だけど優しさがあった。

 

「今も相変わらずおばかのままだけど。でもこうして立ち上がった。ならもう無様な姿は見せないで、勝ちなさい。そして私とまた走って精々負ける事ね」

 

キングヘイローは五人組の中で、唯一まだドリームシリーズに出られるか解らない。だから本当は、「私が勝ったらまた一緒に走ろう」なんて発破をかけるつもりだったのに、全部言われてしまった。言葉に詰まって、頬を搔く。

 

「にゃははー、キング、エスパー?」

 

「ふんっ、貴方の考える事なんて手に取るように解るわよ」

 

「そっかー。じゃあ皆見ててね、私のウィニングラン」

 

キングヘイローの、グラスワンダーの、エルコンドルパサーの手を引っ張って強引に抱きしめる。あとでスペシャルウィークもめいいっぱい抱きしめるとしよう。

 

「きゃっ!」「あらあら」「甘えん坊さんデース!」

 

絶対に勝つ。

 

大阪杯 芝右内 2000m 15:40出走

 

「本日ここ阪神レース場第11レースにてGⅠ大阪杯が開催されます。春の天皇賞、宝塚記念へと向けたトゥインクルシリーズ、シニア級への入り口。レース場外苑では色鮮やかな桜が咲き誇っております。さてパドックでの紹介に移りましょう」

 

近年昇格した注目度の高い大阪杯。阪神レース場には5万人の観客が詰めかけていた。天候は晴れやかに青雲が広がっている。

 

屋根のあるパドックに一番最初に出てきたのはこのウマ娘だった。

 

「1枠1番、堂々の一番人気!このウマ娘に敵うウマ娘は果たしているのか。テイエムオペラオー!」

 

「しっかり走ってくれると思います。今年の初戦、覇王伝説はまだまだ続くのでしょうか」

 

爆発的な歓声が沸き上がる。一歩一歩優雅に歩み、桜の花びらを撒きながら覇王が現れた。レース前だというのに景色が歪むほどのプレッシャーを放っている。GⅠ六勝、現在まで八連勝という覇業を成し遂げたトゥインクルシリーズ現役世代において文句なしの最強。今回のレース、全てのウマ娘の前に立ちふさがる絶対の壁。

 

出走ウマ娘が12名とGⅠにしては少ないのもテイエムオペラオーを避けてのものだ。同世代のウマ娘達は心に差を刻み付けられてしまった。

 

「さて続いては5枠5番、二番人気メイショウドトウ!当初予定していた日経賞ではなく、覇王を追って大阪杯に出走します」

 

「秋の天皇賞、ジャパンカップ、有馬記念全て二着。仕上がりも好調ですね。雪辱を果たせるか、注目していきたいところです」

 

おどおどとした様子でパドックに現れて、自分の脚にもつれて転んだ姿を見ても油断するウマ娘はいない。覇王さえいなければ間違いなく既にGⅠを取っていただろう実力者。今度こそ覇王に勝つ。彼女のファンはそう信じていた。

 

セイウンスカイはメイショウドトウに入れ替わってパドックへと姿を現した。新しい勝負服は用意されていたが、最後まで悩んだ末にあえて懐かしい勝負服に袖を通した。今日のような良い天気は黒より白の方が映える。

 

「5枠6番、六番人気セイウンスカイ。故障に苦しみながらも、遂に復活を遂げました!黄金世代として意地を見せられるのか、期待したいところです」

 

「クラシック二冠ウマ娘。一昨年は戦績が振るいませんでしたが、もしかしたらと期待したくなるウマ娘です」

 

六番人気、まあ、そうだろう。観客の声も復活してくれてありがとうだとか、また走れる姿を見せてくれて嬉しいだとか。勝てると思われてない。他のウマ娘だってそのはず、旬の過ぎたロートル扱い。でも構わない。

 

その方が良い。驚き、どよめき、歓声、悲鳴。予想全部をひっくり返す。勝ったら、楽しい景色が見られるだろう。

 

「大阪杯、貰うよ」

 

笑顔を浮かべて手を振り、パドックを降りた。

 

「さて8枠12番、八番人気メジロパーマー。メジロ家からの刺客が春の天皇賞前にこの阪神レース場にやってきました!」

 

「なかなか戦績が振るわないウマ娘ではありますが今日は仕上がりがとても良いですね。あるいは、一年ぶりの勝利が大阪杯かもしれません」

 

今回セイウンスカイとハナを奪い合う難敵となるウマ娘だ。同じ逃げ戦法を得意とし、頭を上げた奇妙な走り方をする。トレーナーの分析によれば才能はあるものの、領域を習得していない遅咲きのウマ娘。今回はまだその花が開かれないことを祈るしかない。

 

専用通路を行くと二人のトレーナーとサクラバクシンオーが待っていた。ブリッジコンプも居たがちょっと離れた位置だ。まだトレーナーにリギル送りにされたことを怒っているらしい。まあでも結局、ブリッジコンプは許すことになるだろう。その辺トレーナーはご機嫌取りが上手い。

 

海空トレーナーはハンカチをぐっちょりと濡らしてぼろぼろ泣いていた。通り過ぎていくウマ娘達も何事かと凝視している。

 

「セイちゃん、ぐすっ、頑張って」

 

「もうなに泣いてるのさ。まだ走ってもいないんだよ?」

 

「だってぇ~セイちゃんがまたレースに立てて、私、私」

 

「はいはい、セイちゃんにまっかせなさーい」

 

そう言うと海空トレーナーは今度こそしゃがみ込んで大声で泣き始めてしまった。まったく困った人である。デビューした頃から全然成長していない。このままでは係員に追い出されてしまいそうだった。

 

ブリッジコンプとサクラバクシンオーが入れ替わるように前に出る。

 

「頑張ってください」

 

「未熟な事に私はバクシン的逃げを封じられてしまいました!ですからセイさんにお任せしますッ!」

 

後輩二人とも抱きしめる。此処まで随分と迷惑をかけた。最初の頃の酷い態度を思い出せば、顔に火がついてしまいそう。

 

最後に、トレーナーがセイウンスカイの青い瞳を見つめる。言わずとも解っていた。トレーニングに一切の手を抜くことはなかった。けれどやっぱり、本当は走って欲しくない、想いはあの時十分に伝わった。勘が妙に鋭いトレーナーのことだからもしかしたら。

 

それでも。

 

差し出された手を握りしめて、必要な事だけを口にする。

 

「勝ってくるよ」

 

振り返ることなく、セイウンスカイはレース場へと向かった。

 

桜吹雪の阪神レース場。12人のウマ娘達が準備運動を終えると同時にファンファーレが鳴り響いた。

 

「URAの発表ではレース場に集まったファンの数は5万4千112名。やはりセイウンスカイ復活レースとあっては注目度が高いようですね」

 

「彼女の逃げを再び見ることが出来るのは、大変嬉しいことです。三世代そろい踏みとなりました。暖かな春の陽気の中、今ウマ娘達がゲート入りしていきます。シニアへの入り口、大阪杯。出走するウマ娘は12名」

 

セイウンスカイはやっぱりゲートが嫌いだ。狭いし、鼻がむずむずしてくる。隣のウマ娘の気配も気になって気になって仕方ない。もっとゲートなんてなく広々としたスタートが良いのに。我慢して我慢して今か今かとその時を待った。

 

「さあ12人、気合が入ります。今スタートしました!」

 

バンッ!

 

やらかした!やっぱり本番は違う。久しぶりということもあって、注意力がそれた瞬間にゲートが開いてしまった。少し出遅れてスタートする。

 

幸い阪神レース場の2000mは最初に上り坂がある。スタミナの消耗を抑えるため、全員あまりペースを上げないしポジションも直ぐにとりにはいかない。ぐんぐんと登ってハナを奪いに行く。

 

「真っ先に飛び出したのは外から12番メジロパーマー、続いて少し遅れて真ん中から伸びて6番セイウンスカイ。やはりこの二人が今回のペースを握っていくことになりそうです」

 

他の逃げを打ったウマ娘はいない、なら大丈夫。メジロパーマーはメジロの血筋に習って長距離を逃げ切れる膨大なスタミナがあるものの、瞬発力ではセイウンスカイに劣る。だからこそ怖いのだが、取り敢えずは内に入られる前にハナを奪って直ぐに第一コーナーへと向かう。

 

「ハナに立ったのはセイウンスカイ。ぐんぐん逃げていきます。リードは二バ身。テイエムオペラオーは8番手につけています。メイショウドトウはその後ろ」

 

「落ち着いてきました。どうでしょうちょっとペースが速いか」

 

コーナーを利用して後ろを見る。予想通りテイエムオペラオーは様子見をするつもりだ。テイエムオペラオー相手に最後の直線勝負になればどうしたって勝ち目はない。だから、勝ち筋は決まっていた。

 

大逃げだ。絶対的な距離を突き放して、テイエムオペラオーが動き出す前に勝負を決めきる。

 

「バクシン」

 

セイウンスカイは小さく呟いた。




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