黄金郷への橋   作:そういう日もある

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トレーナー視点


契約締結

「そうですか!私はサクラバクシンオーですッッ!トレーナーさんは私が長距離レースに勝てると思いますか!」

 

「勝てるよ」

 

GⅠやGⅡは無理だと思うけれど、それでも可能性は十分ある。ゲームのように適性を継承できて、簡単に中距離や長距離が走れるようになるというわけではない。ましてやスプリンターはスプリンターのままで、ステイヤーとはどう頑張っても違うのだ。それでも、史実が、なによりウマ娘という世界が実証している。

まずキングヘイローが一番に挙げられる。黄金世代の一角、キングヘイローは菊花賞で五着だった。一着ではない、一着ではないが菊花賞はクラシック級最強が集まる舞台だ。参加するすべてのウマ娘が芝3000mという未知の体験の中で、本質がスプリンターあるいはマイラーの彼女は入着した。すなわち、格が落ちるGⅢやOPでは十分な可能性を見せたということだ。そして……常識を打ち砕くミホノブルボンが来年にでも現れる。つまり、努力で距離という概念は粉砕できるのだ。

 

だから勝ちたいなら勝てる。俺はサクラバクシンオーにそう話した。

 

夢を諦めない、そうですよね。ツインバレル師匠。

 

あまり言い方はよくないが普通のウマ娘とサクラバクシンオーは違うのだ。継承してきた魂の質、肉体の質、そして精神の質。すべてにおいてほとんど上位互換と言っていい。最強のスプリンターになることが確定しているサクラバクシンオーは素質が余剰していて、短距離で勝利してもなお長距離という天敵のレースにも傾けることができるだろう。

 

「うん、ブリッジコンプ、ブリッジにも言ったけれど。ただそれには不断の努力がいる。その先に、二度と走れなくなる危険すらある。勿論、こういうことはすでに君たちにとっては釈迦に説法だろう。だが一つ二つ危険度合の認識が足りていないと俺は思う」

 

ウマ娘の肉体は消耗品である。俺にそのことを徹底的に教えてくれたのがエアシャカールだった。荒れてファインモーションには迷惑をかけたと、ぶっきらぼうに語る彼女の顔は忘れない。当然、ファインモーションに告げ口して、エアシャカールからアイアンクローをくらい、ザクロになりかけたことも忘れていないが。

 

「だから、サクラバクシンオー。君はトレーナーが決まってないんだろう?もしよければ先ほど東条さんと連絡先を交換したんだが、君の夢を共に叶えたいという熟練のトレーナーがいないか聞いてみるよ」

 

「わかりましたッ!トレーナーさん!私と一緒にバクシンしましょう!私との出会いが貴方にとっての運命です!」

 

この子、話聞いてないぞ!結構俺って今凄いトレーナーらしいこと言ってるなと感心したのに!流石サクラバクシンオーだ!

 

「ちょっと待ってください!バクシンオーさん!」

 

バン!大きな音が食堂に鳴り響く。ブリッジコンプがのりだしながら立ち上がった。周囲のウマ娘たちが急な音にびくりと反応してこちらを見てくる。先ほどトレーナーを逆スカウトしたときのように時々、ブリッジコンプは周りが見えなくなって本当に重要なことに集中できる。だからこの時も周囲をあまり気にせず言い切った。

 

「トレーナーさんは私のトレーナーさんですよ!そうですよね!」

 

「ええッ!ブリッジさん、トレーナーさん!一緒にバクシンしましょう!」

 

尊厳と羞恥心は粉々に砕け散った。それでもなんとか持ち直し、俺はこの場を抑えようと努力した。しかし、話をそもそも聞かないサクラバクシンオーと熱中すると周囲が見えなくなるブリッジコンプはヒートアップ、まったく手が付けられない状況に陥る。

 

「二人とも落ち着いて」

 

「おい!お前たち、食堂でなにを騒いでいる!」

 

ババン!ほとんど同時に聞こえた打撃音。おそろしく早い手刀、俺でなきゃ見逃しちゃうね。サクラバクシンオーとブリッジコンプがそれぞれ背後からの一撃で机の上に沈められる。ウマ娘を涙目にするほどの攻撃力を持つのはウマ娘だけだ。そこにいたのは。

 

額の流星は宿命か オークス、親子制覇 

 

女帝 エアグルーヴ

 

グレーの髪をボブカットにした一目でわかるウマ娘。大人の女性の雰囲気を纏い、可愛いよりも美しいという言葉がなによりも似あう。シンボリルドルフに惚れたために生徒会副会長にして苦労人。ちなみに女性の年齢であれこれいうのもどうかと思うが、俺より年上のはずだ。シンボリルドルフが永遠の皇帝のため、それに付き合って在学している。

 

「まったく。お前は……ああ、会長が言っていた新人トレーナーか。いきなり騒ぎを起こすとはトレーナーの質も落ちたものだ」

 

「返す言葉もありません」

 

シンボリルドルフが俺のことを?後から思い返すと理事長室での一件、挑発的な発言だった気がするし要注意人物として生徒会にマークされているのだろうか、中央を無礼るなよ。名門でもない新人トレーナーでは一瞬で潰されてしまう。ここは恭順の姿勢を見せるためにも、騒ぎの原因を尋ねられたので大人しく経緯を話した。

 

「なるほど。ちなみにお前はどうするつもりだ?」

 

「はい。新人トレーナーですから、まだ右も左もわからない状況ですし駿川たづなさん辺りに相談を持ち掛けようかと思います」

 

「見た目に似合わず冷静な判断だ。今回は注意のみで済ませる。以後は気を付けることだな」

 

シンボリルドルフのような絶対的な威圧感がない代わりに、母親に叱られる時のような逆らえなさがエアグルーヴにはあった。ふわりと身を翻して去っていくエアグルーヴに周囲からおお!という歓喜のため息が漏れる。彼女に憧れるウマ娘はかなり多い。その分対比で、俺の低さが出てしまっているのは頂けないが仕方ない。ポジティブシンキングだ。むしろなめてもらった方が担当ウマ娘のレースで有利がとれるかもしれない。

 

「ああそれから」

 

「はい?」

 

「私もお前が育てたウマ娘の挑戦を楽しみにしておこう」

 

シンボリルドルフ!いったいエアグルーヴになにを吹き込んだんだ!今度こそ、去っていくエアグルーヴを見送ると、どっと疲れが押し寄せる。しかし、とりあえずこの場を収めてくれたことには感謝すべきだろう。俺は頭を抱えて蹲っている二人に向き直った。

 

「ブリッジは担当する。それはもう決まりだ。だが、正直いって俺は……サクラバクシンオー、君の才能を潰してしまうのが怖い。君は今世代最強のスプリンターになれる素質があるんだ。それに、初年度で複数のウマ娘を育てる新人トレーナーというのも、外聞も良くはないし、中途半端になる危険がある」

 

育てたいという気持ちはある。サクラバクシンオーはダイヤモンドの原石である。しかし、ダイヤモンドは衝撃に脆く、原石を磨いて美しく大きさを保ったダイヤモンドを作れるかは職人の腕にかかっている。ゲームとは違う……怪我で永遠に走れなくなることすらある。未熟な俺の手で壊してしまうのはなにより悲惨だし俺自身二度と立ち上がれなくなるだろう。

 

この考え方はまるでブリッジコンプなら壊れても良いと考えているようで無礼極まるが、しかしそうではない。ブリッジコンプは壊れてしまう可能性があるほど、力を発揮しなければ、少なくとも今の実力と見た限りの素質では単純に勝てない。遅咲きの可能性も大いにあるが今はその可能性は捨て置く。だが、サクラバクシンオーは壊れる可能性を限りなく低くしても勝てるウマ娘なのだ。

 

「だから、駿川さんに相談をして判断をする。結果は……選抜レースは明日の午後だったか。それまでに通達する。もしトレーナー契約を結んでも問題がないということになったら、悪いが選抜レースへの出走は取りやめてくれ。以上だ」

 

「うぅ、頭が痛いです。わかりました、待ちましょう!なぜなら私は優等生ですから!」

 

サクラバクシンオーはタンコブが出来た頭を抱えながら頷いた。

 

ああうん、なぜここで優等生が出てくるのか理解が出来ないが分かってもらえたようだ。それに理事長にブリッジコンプとの正式なトレーナー契約の書類を出す方が先だ。未だトレセン学園内にあるトレーナーの共有スペースにも顔を出していない。

 

「ブリッジ。書類の記載もあるし着いてきてくれるか?トレーニングを俺が管理する上での話もするつもりだし参考になるだろうからサクラバクシンオーもついてきてくれ」

 

「わかりました」

 

「はい!トレーナーさん!私はバクシンオーで大丈夫ですよッ!」

 

不満げなブリッジコンプだったが致し方ない。トレーナーのウマ娘にかけられるトレーニング時間は限られている。トレーニングを土日なら丸一日使えるが、平日は精々が一日六時間といったところだ。勿論、それに加えて食事を共にするなど信頼関係を結ぶ時間を取ることもできるが、他のウマ娘との交流の時間にそういう時間は使うべきだろう。学生生活をトレーニングとレースだけで消費するのは……ウマ娘にとっては本望かもしれないが健全ではない。

 

そしてトレーナーの担当ウマ娘が増えれば増えるほど一人のウマ娘にかけられる時間は限られてくる。チームを結成して、5人のウマ娘を同時に捌くようなトレーナーは殆ど人外の域である。チームスピカやリギル、カノープスが異常なだけである。だからウマ娘がトレーナーの担当が増えることを嫌うのは当然のことだ。

 

食堂を逃げるように抜けて、トレーナーの共有スペースに向かう。流石に学園内ということもあって迷子になることもなく無事にたどり着いた。チームでない限り、専用の部屋が与えられることはないので、ここで俺はこれから仕事をしていくことになるというわけだ。

 

「こんにちは。今日から配属されました。ご指導ご鞭撻のほどよろしくお願いします」

 

「皆さんこんにちは!」

 

入って挨拶をする。既に他のトレーナーたちも何人か席に座っていて、まちまちな挨拶が返ってきた。俺は駿川たづなさんから席の番号を受け取っていたので向かう。トレーナーであるからウマ娘の出場レースなど重要な書類を扱うわけで、一般的な職員室よりプライベートが尊重されている。各席には仕切りがあり、備え付けのパソコンは暗証番号を独自に設定できる。部屋の奥には防音の個人面談室も三部屋ある。

 

幸い個人面談室は空いていたので、トレーナー契約書を印刷してブリッジコンプとサクラバクシンオーを連れて入った。

 

「さて、書類に記載してもらうが……ああでもブリッジ、その前に一応ご両親に確認を取った方が良いか?」

 

大事な娘を預かるのだ。まったく無関係というわけにもいかないだろう。

 

「いえ後で私の方から話しておきます」

 

そうかと頷いて、書類にサインしていく。思ったよりも項目が少ないのは……、トレーナー名義のみを借りたいウマ娘もいるからだろう。中央のトレーナーとはいえ、金銭が関わる以上、そしてウマ娘としても出場資格を得るため、名義貸しというのは消極的に行われている。自己管理をしたいウマ娘もなかにはいるし、講師のエアシャカールもそういうタイプだったらしいので俺はあまり偏見がない。

 

それはそれとして俺はどちらかというと管理したいタイプだ。エアシャカール仕込みの管理体制を敷く。

 

「勿論、事前に言った通り、拒否しても構わない。それはそれとして、俺は今日から生活の管理を行っていく。とりあえずメニューの指定などはしないから明日から食事の中身と、それから睡眠時間の報告もよろしく頼む。トレーニングを始めたらこちらから指定していくつもりだ。大変だろうけれど、力に確実になる」

 

「はい!」「わかりました」

 

「俺はできれば毎日担当している子の体に触る。勿論思春期なのはわかっているから、問題になるような部分は触るつもりがないが……主に脚、腰、腕、背中、肩、首だな。どのような成長曲線を描くか未熟な俺にはまだ未知の領域だ。そして一番は怪我をしないためでもある。できれば去年と今年の身体検査の結果も欲しい」

 

あるいは敏腕トレーナーならば見るだけで疲労具合などがわかるかもしれないが。そもそも、マッサージなども俺がやっていくつもりなので、どちらにせよ必要なことだ。わりとサクラバクシンオーと年齢は近いはずだが邪な気持ちが一切わかない。これがあのエアグルーヴなどなら違ったのだが、流石サクラバクシンオーだ。ちなみに俺から見てブリッジコンプは父性は感じてもそれだけである。邪な気持ちが湧いた瞬間、専門のマッサージ師を雇うことも考えていた。

 

「わ、わかりました」「はいッ!バクシン的に問題ありません!」

 

「ブリッジは無理はしなくていい。バクシンオーは……少しは気にした方が良いと思うぞ。まあ、元気なのは良いことだ。なにか要望などはあるか?」

 

「ハイッ!私に頼みたいことはあるでしょうか!なんでもお任せください!なぜなら私は学級委員長ですから!」

 

「勿論、トレーナー契約を正式に結べば色々頼むこともある。その時はよろしく頼む」

 

「わかりました!!」

 

やけに嬉しそうにするサクラバクシンオーから視線を外して、ブリッジコンプを見ると眉間に皺をよせてすごく悩んでいた。その顔は思いつかないというより、話していいものかどうなのかという悩みの表情だ。

 

「まあ、後ででいい。俺は可能な限り担当したウマ娘の要望はすべて聞くつもりだ。とりあえずこことここにサインを頼むよ」

 

いまだ難しい顔をしながらもブリッジコンプは書類にサインを終えた。俺の記載するべき項目もすでに記載済みである。あとはこれを理事長室にもっていって許可を得れば正式なトレーナー契約が結ばれるというわけだ。それにしても俺が本当にトレーナーとしてウマ娘を担当するのか……ようやく実感がわいてきた。

 

「ちょわッ!私、頼れる学級委員長として、花壇への水やりを今日は行わなければならないのでした!というわけで!失礼いたします!それではッ!」

 

突如立ち上がったサクラバクシンオーが、バクシン!バクシン!と叫びながら面談室を出ていく。止める暇もなかった。まるで嵐のような存在感だ。

 

「俺もこの書類を理事長室に届けてくるよ。それじゃあ、ブリッジ。明日からよろしく頼む」

 

「はい!よろしくお願いします」

 

サクラバクシンオーによって破壊された空気だったが、なんとか差し出した手とブリッジコンプの手が結ばれたのだった。

 




ルーキー日間に載るまで、感想や評価などを、筆への影響を考え確認していませんでした。
遅くなりましたが、感想、評価、お気に入り、しおりありがとうございます。
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