黄金郷への橋   作:そういう日もある

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トレーナー視点
ウマ娘の物語とは直接関係のない話ですので、興味の無い方は読み飛ばして頂いて結構です。


転機

桜花賞まであと四日。新学期が始まり、午後トレーニングのみとなった今日、俺と海空トレーナーは共に理事長室で秋川理事長と対面していた。相変わらず理事長の後ろには駿川たづなが控えていた。まずはということで大阪杯勝利のボーナスを拝領する。

 

俺に渡された分はサクラバクシンオーの朝日杯FSより厚みが増していた。勿論海空トレーナーには二倍ある。分厚い金の束を見ても大阪杯での走り相応の価値はないと思えてしまう。しかし受け取るのは担当としての責務だ。

 

鞄にしまい終えると早速、海空トレーナーは本題を切り出した。

 

「それで事前に連絡させていただいた通り私はURAの海外研修プランを受けようと考えています」

 

URAが提供しているトレーナー支援を目的とした短期海外研修。向かう先はウマ娘の本場、アメリカである。日本のURAは優れた組織ではあるが、流石にアメリカには規模でも研究分野でも負けていた。特に医学方面はウマ娘という神秘的存在を扱うにあたって症例数がものをいう。総人口に比例してウマ娘人口が多く、年に開催される重賞数でも450程度と日本のトゥインクルシリーズに比べ圧倒的だ。

 

全てはセイウンスカイ再復帰へ向けてリハビリの最新知識を学ぶ為である。今のままでは奇跡でも起きない限りただ祈っていても事態が好転することはない。傍に共にいるよりも出来ることを、海空トレーナーが話した決意だった。セイウンスカイが脚を故障したというのに前とは違って何処までも前向きで、変えたのは間違いなくセイウンスカイの走りだ。

 

期間は治療を終えると考えられる半年後まで。俺はそれでもと思ってしまったが、反対は出来なかった。口を出す前に海空トレーナーが研修に向かうことをセイウンスカイは快く頷いた。立ち入ることの出来ない強い絆が二人にはあった。

 

「了承ッ!!担当ウマ娘の為に学びを得たいという気持ち、確かに伝わった!」

 

ばっと秋川理事長が扇子を広げる。

 

「セイウンスカイの担当については俺が一時的に名義になります。ただ勿論、海空トレーナーが戻って来次第、再移譲する形になります」

 

既に必要書類は用意してある。後は理事長のハンコさえあれば問題ない。その筈だったが待ったをかけたのは今まで沈黙を保ってきた駿川たづなだった。

 

「待ってください。担当が三人になるということは正式にチームを結成する、ということで宜しいですよね?」

 

あえて話題に出さなかった痛い所を突かれた。三人という数は確かにチームを結成しても居ないトレーナーが扱うには数が多い。しかし俺はまだチームを結成するつもりはない。将来的に結成する場合もブリッジコンプとサクラバクシンオーがトゥインクルシリーズを引退してからと考えていた。

 

形式的とはいえチームの必要部員は五人。結成してしまえばトレーナー不足のトレセン学園において、あと二人を揃えるようにせっつかれることは目に見えている。駿川たづなには多くの恩がある以上跳ね除けるのはかなり難しい。

 

「いえ、セイウンスカイは一時的にですから」

 

「トレーナーさん。チームを結成するということですよね?」

 

駿川たづなはにっこりと頬笑んだ。何時もの優しい笑みの筈なのに、視界が歪むほどの強烈なプレッシャーを放っている。トレセン学園に配属されて多少は慣れたといえど錆びた蝶番の様に俺の首はどうしても横に動かすことが出来なかった。

 

海空トレーナーに目を向ければ、先ほどの決意に満ちた瞳は何処へやら。そっと目を逸らされる。察するに事前に俺を除いて話が通っていたらしい。唯一の味方に裏切られた。当然理事長もこの問題に関しては敵。なんとか逃げ道はないだろうか。

 

「お。俺はし、新人トレーナーです」

 

「新人とはいえもう二年目。それに十分な実績がありますから務まります」

 

「業務が」

 

「勿論サポートさせて頂きます。それにこの書類によると部室を継続して使用する予定ですよね」

 

「……はい」

 

負けた。完膚なきまでの敗北だった。既に部室には物を置きすぎて退去するのは一苦労だ。担当達のトレーニング環境に悪影響も出かねない。チームを結成することは免れられないので、最後の防波堤を積もうとする。

 

「今年度は担当を増やさないということで構わないでしょうか?」

 

テイエムオペラオーのような無茶なローテーションを行わないなら担当が二人ともシニア期に入れば余裕が出てくるはず、多分。

 

「仕方ありませんね。しかし、あくまで此方側から増員の要望として出さないだけです。ウマ娘当人たちの要望まで止めるつもりはありません。それと勿論、選抜レースへの見学など必要業務はこなしてくださいね」

 

「解りました」

 

総合選抜レースも含めて全ては桜花賞が終わった後のことだ。未来の俺が苦労することにはなるが、今は考えない様にしよう。こうして今回の面会は終わった。海空トレーナーはURAの担当と協議があるので別れ、一人チーム棟へと向けて廊下を行く。

 

すると丁度生徒会室に向かおうとするシンボリルドルフと鉢合わせた。俺より年上の彼女が授業を受ける意味などないので、ウマ娘達が授業から逃げ出したり事件を起こしたりしないか見回っているのだ。だからたまにこうして廊下で会い話すこともあるのだが。

 

今日のシンボリルドルフは俺を見た時、何時もの友好的な態度ではなく剣呑な雰囲気を伴っていた。ぶるりと背筋が凍り付く。

 

「トレーナー君。少し話をしよう」

 

有無を言わさない態度に俺は頷くしかなく、後を着いていく。要件は解っていた。生徒会室は相変わらず薄暗い……あるいは太陽の様に輝きを放つシンボリルドルフによってそう感じるからかもしれない。窓からの明かりにスクールモットーである「Eclipse first, the rest nowhere.」が照らし出されていた。

 

桜と水連がいけられた花瓶を挟んで俺とシンボリルドルフは対面のソファに座る。未だに重圧は垂れ流され俺は思わず自分の手首を握った。

 

「君も今は忙しい身だ。手短に話すとしよう」

 

少しだけの沈黙、それからシンボリルドルフははっきりと言い切る。

 

「なぜセイウンスカイを走らせた」

 

予想していた通りの話だった。昨年、初めて東条トレーナーの見学に行った時だ。シンボリ家のトレーニング場でシンボリルドルフはトレーナーにおいて最も重要な責務は怪我をさせないことと語った。サクラバクシンオーの朝日杯FSに関して言えば成長のための軽い不調に過ぎなかったが、セイウンスカイは違う。

 

「君はセイウンスカイが怪我を負う可能性に気づいていた筈だ。確かに大阪杯での走りは見事だ。私であっても敗北を予感する歴史に残る走りではあった。だがそれは、セイウンスカイという才能あるウマ娘の未来を削ってまで成し遂げるべきことではない」

 

「……それは」

 

正論だった。雷光が迸る瞳が俺を逃がさないとばかりに見つめる。俺は出走が近づくにつれてセイウンスカイの大阪杯の走りに故障の危険を予感していた。シンボリルドルフから警告されていたにも拘わらずセイウンスカイの強い意志に押される形で走ることを辞めさせはしなかった。

 

幾らでも方法はあったはずだ。海空トレーナーにもセイウンスカイにも恨まれるだろうが、サブトレーナーとしての権限でURAに懸念を報告して出走を取りやめさせても良かった。海空トレーナーの不安を煽って大阪杯ではなく先送りにして初夏の宝塚記念を目指しても良かった。その頃には既にメイショウドトウやテイエムオペラオーも調子が最高潮に至っていて負けただろうなんてことは言い訳にもならない。

 

実際には出来なかった。いいやしなかった。担当を制御出来なかったなど管理トレーニング以前の問題だ。トレセン学園に配属された時のお気楽な態度をとった自分を殴ってやりたかった。だが、だからこそ、この問題について俺はセイウンスカイと話をして既に答えを出していた。

 

「俺はそうは思いません。確かにセイウンスカイにはアスリートとしての将来がある。ドリームシリーズでの黄金世代対決は誰もが待ちわびている夢です。復帰に関しては勿論、全力を尽くしますが遠のいたのは確かです。ですが無事之名バなんていうのはウマ娘にとって幸福ではなくファンとしての幸福です」

 

俺は確かにファンでありたかった。でも今は少しだけ違う。後悔のないレース人生をなんていうのは理想論だ。どう頑張ったって現実は後悔が付きまとう。シンボリルドルフは俺の言葉を黙って聞いていた。

 

「一歩のために背中を押すべきではない。同時に踏み出そうとした一歩の脚を引っ張るのも違う。判断の出来ない子供なら諫めるべきでしょう。しかし、セイウンスカイは良く分かった上で一歩を踏み出した。

 

なら決意を尊重することが、そして転びそうになった体を最後まで支えることこそが、ウマ娘に対して向き合う正しいやり方だと思います」

 

人間のアスリートと違って、ウマ娘のレース人生は短い。ドリームシリーズに行ったとしても例外を除いて精々七年。レース後の人生はURAによって仕事が斡旋や推薦され社会に組み込まれていく。短い間ですらターフの上を自由に駆け回ることすらできずに、窮屈で安全な柵に閉じ込めるのは本当にウマ娘にとっての幸せだろうか?

 

俺の答えをシンボリルドルフは聞き終えて、少しだけ物悲しそうな色を瞳に浮かべた。荒れ狂う嵐のようなプレッシャーは収まっていた。

 

「君はその道を行くと決めたのだな。否定はしないが辛労辛苦の道だ」

 

「解っています」

 

「……ならば言うことはない。時間をとらせたな、退出して結構だ」

 

立ち上がって去ろうとしたとき、バンと勢いよく扉が開かれる。現れたのはシンボリルドルフを幼くしたような容姿の、つまりトウカイテイオーだった。避けていたのでこうして間近で見るのは初めてだが、明らかに足つきが他のウマ娘とは違う。

 

「カイチョーいるー?って、そっちはバクシンオーのトレーナーだよね!」

 

「まったく扉を開ける前にきちんとノックをするように言っただろう」

 

「はーい」

 

どうせまた扉を開ける時もノックをしないだろうなと明らかに解る生返事をして、トウカイテイオーは俺に向き直った。

 

「ねえねえ、バクシンオー皐月賞に出してよぉ~!トレーナーが良いっていうならバクシンオーも出るっていうしさ」

 

一週間半後に迫った皐月賞。

 

思考を巡らせて、ああ成程と納得する。トウカイテイオーには現状ライバルが居ない。サクラバクシンオーも似たような状態に陥って領域に入ったのだって半ば偶然だった。だからトウカイテイオーは世代が違うメジロマックイーンにライバルを求めて、なんて憶測は悪い癖だ。

 

兎に角、方向性は違えど同程度の強烈な才能を持つサクラバクシンオーに目を付けたらしい。当然元から走らせるつもりはない。

 

「悪いけど、バクシンオーにも叶えたい夢があるからね。皐月賞は完全に寄り道だ。応援しているよ」

 

俺はブリッジコンプをGⅠで勝たせたいと同じくらい、サクラバクシンオーを長距離で勝たせたいと考えている。挑むべき山は何処までも険しい。流石にトウカイテイオーも皐月賞出走を叶えられるとは考えていなかったらしい。頬を膨らませながらも、やれやれとばかりに頷いた。

 

「むー!無敵のテイオー様をしっかり応援してね!」

 

トウカイテイオーをシンボリルドルフに任せて退出する。今日はまだ午前中だけだというのになんとも疲れた日だ。緊張で凝った肩を回しながら昼食の為に食堂へ向かった。授業の中休みということもあって廊下には多くのウマ娘達が出ていた。

 

「こんにちは!」「大阪杯凄かったです!おめでとうございます!」「次のバクシンオーさんの出走予定ってなんですか?」

 

前より話しかけられる機会は増えた。中にはまだチームの結成についても表沙汰になってないのに模擬レースを見に来て欲しいや、スカウトという話もあった。才能があるなしなど関係ない。中央に挑む彼女たちはレースに対して何処までも真摯である。

 

もう俺は彼女たちをゲームの中の存在とは見ていなかった。まだどうしてこのような知識をという疑念は残っているが、セイウンスカイによって目を覚まされた。初めから転生者ということに疑問はあったのだ。転生者というにはウマ娘以外の記憶がなさすぎる。しかもそのウマ娘についてだって曖昧なもの。

 

スマートフォンに届けられた一通のメールがとある可能性を導きだしていた。父が俺の話を元にして企画し、URAが民間会社との協力で開発されているプロジェクト。題名がまったく違ったから気にも留めなかったソレ。

 

お世話になっております。

 

以前よりご意見をいただいていたウマ娘を題材としたスマートフォン向けアプリ「ザ・レジェンド」について、ご連絡差し上げました。

 

本日、URA広報担当を交えた会議によりアプリケーション名が変更されることと相成りました。

アプリケーション名は「ウマ娘 プリティーダービー」となります。

お手数ですが改めて資料を転送いたしますので、ご確認いただければ幸いです。

たびたび申し訳ありませんが、打ち合わせを実施いたしたくご都合を伺えればと存じます。

 

もし俺が自我の無い頃にウマ娘の知識と、未来に起こる事態を知ったのだとしたら。それらがぐちゃぐちゃに混じって、自我が形成されていくにつれてゲームやアニメだと勘違いしていたのだとしたら。ウマ娘を除いてたったひとつ残された鮮明な記憶。あれはもしかしたら此れから起こる事なのかもしれない。




評価・感想有難うございます。励みになります。
難産な話でした。設定が上手く言語化できているか不安です。
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