黄金郷への橋   作:そういう日もある

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私、酷い奴だ

さて次のトレーニングは筋トレだったかと、トレーニングジムに向かおうとしたとき、ブリッジコンプとサクラバクシンオーはトレーナーに呼び止められた。この時、芝3000mを走ったため、意識から完全に忘れ去っていたのだがそういえば確かに昨日言っていたのである。そう、確かにトレーナーが毎日担当ウマ娘の体に触ると言っていたのである。

 

「ベンチで軽くって考えていたけれど、流石に衆人環視の中ウマ娘が多いから恥ずかしいよなぁ。とりあえずトレーニングジムでいいかい?」

 

「はいどうぞ!優等生の体に恥じ入るところなど一つもありません!」

 

いやいや待て待て。サクラバクシンオーはこれでも学年としては先輩、高等部のはずなのだが発想が初等部である。トレーニングジムはここよりは確かにウマ娘がいないとはいえ、この時間からトレーニングを重ねている子達がいるはずだ。メジロライアン先輩は確実にいる。その前に現れてマットの上に寝かされてトレーナーに触られる?冗談ではない。

 

「いや、あの、誰もいないところが出来ればいいです」

 

「となると結構場所が難しいな。俺も来たばかりだから詳しくないし……駿川さんを先に帰したのはミスだった。流石に面談室をそういう理由で毎回使うのも憚られる。君たちは空き教室とか知っているかい?」

 

ブリッジコンプもサクラバクシンオーも首を横に振った。この学園で生活しているが、大抵この時間はクラス以外の空き教室でトレーナーたちが座学を担当ウマ娘相手にしていることが多い。中には作戦を立てているところもあって、出来るだけ近づかないのが不文律である。

 

「むむむっ、この優等生の頭脳をもってしても思いつかないですね。なら私の部屋とかどうでしょう!」

 

「流石に職業倫理的に問題があるし、知らないかもしれないけれど基本的にウマ娘寮ってトレーナー入るの禁止なんだ。ヒシアマゾンに殺されちゃうよ」

 

なら

 

「ならトレーナーの部屋とかどうですか?」

 

トレーナーがどういう人か、信頼における人か知りたい。そう思って口にして、後悔した。私も初等部から卒業できていない。トレーナーの、それも成人男性の部屋に上がり込むということがどういうことなのか、という発想が出来ていなかった。

 

「あ、いえ、なんでも」

 

「まあいいか。エアグルーヴとかもやってるらしいし割と普通のことなのかもな」

 

生徒会副会長が?あの厳しい生徒会副会長がトレーナーの部屋に入っているというのなら、もしかして普通の良識ある関係ということ。思えばトレーナーとして三年間共に成長していく仲なのだ。趣味嗜好を共有するのも、部屋にあげるのも普通のことかもしれない。

 

うん。そうかも。いやそうか?

 

「先輩トレーナーとの繋がりがないからどうかわからないけれど。わかった。おいでよ」

 

「わかりました!今日はトレーナーの御家でバクシンですね!」

 

バクシンの凡庸性高すぎる。違う、そうじゃない。あくまでトレーニングの一環、そうおかしなことではない。

 

 

気づいたらトレーナーの部屋にあげられていて、気づいたらソファに座っていた。まだ部屋の隅には段ボールが積み重なっていて、冷蔵庫やエアコン、テレビといった必要最低限の家電しか置かれていなかった。この様子ではトレーナーの趣味嗜好を探るということも難しそうだ。

 

「何もなくてつまらないだろう。入寮したのは一昨日で、荷ほどきも終わってないんだ。実家も近いんだけれど、両親が寮は住まなくてもとるだけとった方がいいって勧めてくれてね。ついでにお金も出してくれたんだが……まあ、こういうこともあるってことだったんだろうな」

 

トレーナーが段ボールを漁って珈琲メーカーを取り出した。

 

「エスプレッソ、カフェラテ、カフェモカどれがいい?缶コーヒーよりはマシな味だと思うよ」

 

ブリッジコンプもサクラバクシンオーもカフェモカを頼んで少し待った。其々ウマ娘のミニキャラ描かれたマグカップが並べられる。ブリッジコンプの前にはスペシャルウィーク先輩、サクラバクシンオーの前にはセイウンスカイ先輩である。それもよく見ればどちらも東京レース場限定版だ。GⅠを一勝すればこうしたグッズが販売されるようになる。

 

「さてじゃあまずはサクラバクシンオーから触っていこうか。くすぐったいと思うけど、蹴らないでくれよ?流石に俺だと死んでまう」

 

サクラバクシンオーが躊躇いなくニーソックスを脱いで足を差し出すと、トレーナーが壊れ物を扱うようにゆっくりと触りだした。足首の関節をゆっくりと回したり、指一本一本を挟んで動かして各部の関節を確かめていく。あれだけの走りを見せるとは思えない細さながら、しっかりと筋肉がついた綺麗な脚だ。

 

「うん、この脚……トレセン学園の教官以外からも指導を受けているよね。関節がまったく傷んでないし柔軟性も高い。実家かな?」

 

「はい!ローレルさんから教わりましたっ!ローレルさんは大学級委員長ですから!」

 

サクラローレル。筋肉が少なく細く、走れないウマ娘だと考えられていた。事実敗北を積み重ねた。しかし、GⅡセントライト記念の敗北から覚醒。国内レースではすべてが一着から三着と強さを見せつけ、天皇賞春を下し、有馬記念で勝利した伝説的なウマ娘の一人だ。ドリームトロフィー出走資格も持っていたはずである。

あまり実感がなかったがサクラ家といえば名門。サクラバクシンオーも例にもれず英才教育を受けてきたのだろう。ずるいという気持ちがある……あるが、邪険に出来ないのがサクラバクシンオーの魅力である。それこそずるいと思うけれど。

 

「ちょわっ!くすぐったいです!」

 

トレーナーが腿を触り、マッサージをするとサクラバクシンオーがジタバタと暴れだした。蹴りを放たないのは流石に理性が働いているものの、わっははは!と笑っているが、スカートが完全に捲れあがってパンツが見えてしまっている。しかしトレーナーは一切気にした様子がないどころか、興味もないといわんばかりに脚に熱中している。

 

「こりゃ凄い。ファインモーションを思い出される……いや彼女の脚はどちらかというとマイラーだけど。まだジュニア期なのに完成度が高いし成長性も残している。走法はあまりよくなかったけれど、多分態々そうしたんだな。確かに自由に走った方が担当がかわったときにいじり易い。流石有馬の覇者だ」

 

あの、ファインモーション先輩の脚、触ったんですか?

 

それからトレーナーは骨盤の関節や、手足、首の太さなどを確かめて、詳細に記録していく。うつぶせになって背中をマッサージするときなど、トレセン学園内にもいる本職の整体師にも負けず劣らずな指捌きだった。

 

「ウマ娘用のあん摩マッサージ指圧師資格を取ったからね。他にも管理栄養士資格も持ってるよ。普通は養成施設に行かないといけないんだけど、トレーナー資格講習の時に選択で講座が受けられてね。まあ、色々取り過ぎて結局どれもこれも成績悪かったからなぁ。シャカールからはそれで怒られたし。ちなみにウマ娘用柔道整復師の講座もあって、そっちは必須課程だよ……さて終わり。ありがとう、バクシンオー」

 

「はい!元気百倍になりましたっ!」

 

よく考えればこのトレーナーもまたエリート中のエリートである。トレーナー資格には知識だけでなく、精神面などの適性も必要だといわれている。その中でも中央トレーナーは指定専門学校を卒業するか、地方トレーナー資格がなければ試験を受けられず、受験者のうち上位20%近くしか合格しない難関。おかげで中央トレセン学園ですら定員割れする人材なのだ。

 

新人という言葉は、後ろに中央のトレーナーがつくだけで事情が変わってくる。逆スカウトできて本当に良かったとブリッジコンプは思う。とはいえ、今から体を触られてマッサージを受けるというと話が違ってくるのである。

 

乙女なので。

 

「少し自信なくしちゃうな、まあ、元から大してないんだけれど。あまり教えられることがなさそうだ。それじゃあブリッジ。次は君の番だ」

 

「……はい」

 

諦めてニーソックスを脱いで、トレーナーに脚を差し出す。トレーナーはサクラバクシンオーの時と同様に慎重に脚を触り始めた。そして、脚の腿を少し強めに押し出した。思わず声が出そうになるのを必死に抑える。

 

「なるほど」

 

トレーナーが私の両方の脚を触り終えると難しい顔をする。問題があったのだろうか?不安がよぎる……もし、成長性がないなどと言われればどうすればいい?

 

「教官に言われた以外で自主練してるよね。トレセン学園の外を走ってるのかな?ジョギングだと思うけれど」

 

「朝授業が始まる前に走っています。で、でも他の子も走っている子が多いですよ」

 

速くなりたい、勝ちたい。そのために努力する。ワイスマネージャーと一緒に毎朝走っている。あのトウカイテイオーですら、走っていてたまに顔を見ることもある。勿論、私なんて相手にされていないけれど。デビューした先輩方を見て、自然と走る子が多くなっていた。

 

「うん。明日から禁止ね。ジョギングにも正しい走法がある。コンクリートの上を走ること自体、走法を正しく行わないとウマ娘の脚に負荷をかけがちだ。多少なら問題ないけれど、日常的に行うと地面が堅いから踏み込みの時に足首関節の靭帯へ負荷がかかってターフ向きじゃなくなる。ほら、関節部が少し太い」

 

トレーナーはサクラバクシンオーの脚を掴むと、私の脚を並べた。確かに他の部分に比べて少しだけ膨らんでいる。サクラバクシンオーの脚を理想とするならば、それは鍛えられたというよりも、バランスがおかしいと言った方が正しい在り方だった。

 

「別に人間なら問題ないんだ。人間なら走るのも芝やダートじゃなくて合成ゴムのタータントラックだから堅い。最高でも時速37km程度だ。ウマ娘とは速度が違う、踏み込みの仕方も違う。ウマ娘に求められるのはその神秘的なパワーを支える柔軟性と強靭さだ。筋力がつくから直近だけみたら悪いわけでもないけどね」

 

ぐうの音もでない正論だった。ワイスマネージャーにも注意すべきだろうか。同学年であり、同室であり、友達の彼女……だが同時にライバルでもある。脚が壊れるというわけでもない。ただ少し未来でより速くなれるかどうか、それだけ。

 

「わかりました。辞めます。このことは他の子にも言った方が良いですか?」

 

「いや、これはあくまで俺の考えだ。俺の担当だからそうするってだけだし、他の子に干渉するのはお門違いも良い所だろう」

 

頷く。トレーナーから免罪符を貰って安堵する私は最低だ。

 

ごまかすようにカフェモカを飲みながらほっと一息つく。相変わらずトレーナーは私の体を触っているが、その目は真剣そのもので不純の欠片も見て取れない。病院で医者に向けられるような目つきだ。

 

ただ真剣な顔で二の腕を触るのをやめてほしい。最近脂肪がついてきてないか心配になってしまう。気づけば腕、背中、肩、首を触られてしまった。手つきは柔らかく痛くなかったが、その分かなり恥ずかしい。変な声が漏れないよう我慢するのに必死だった。

 

「さてブリッジも終わりだ。うん、背骨の歪みもないし綺麗なものだなぁ。これは間違いなく君たちの努力となにより、両親のお陰だろうね。誇っていいよ。俺なんてあまりに猫背が酷いから母親に姿勢矯正ベルトがつけられたよ」

 

「はい!私と父上と母上のお陰です!」

 

「うん、それじゃあジムへ行こうか」

 

名残惜しかったがトレーナーの部屋を出てジムへ向かう。既に選抜レースは始まっているようで、レース場の方からは実況の声と歓声が響いてきた。もしかしたら私はあの場で走っていたかもしれない。その結果はわからないけれど、今より良くなる気はしなかった。

 

「気になるなら見に行く?」

 

トレーナーの言葉にはっと、視線をレース場の方から戻した。

 

「いえ、行かない方が良いと思います。彼女たちの晴れ舞台ですから、既に担当のいる私たちはふさわしくないと思います」

 

「むむむっ!学級委員長として皆さんの応援に行きたいところではありますが!しかし、ブリッジさんのいうことも一理ありますね!」

 

「ならいいか」

 

私たちは歓声の上がる選抜レースから背を向けてトレーニングジムへと向かった。

 

ジムではとりあえず基礎を鍛えるということで、教官から習った通りと殆ど同じ指導をトレーナーからは受ける。勿論正しいやり方など専属で見ることができるため、ブリッジコンプはいくつか注意をされたし問題点も見つかった。それに比べてサクラバクシンオーは殆ど注意されることがない……本人の気質もあって遅く行うべき動作を早くしてしまうということはあったけれど。

才能でも負けていて、トレーニングでも負けているから勝てない。当たり前のことを突き付けられる。けれど今は私にはトレーナーがいる。出遅れているけれど、これから進んでいけばいいと思えるくらいには、ポジティブになることが出来た。

 

三時間のジムトレーニングを終えて、再びシャワーを浴びて制服に着替えた。

 

「それじゃあ今日は終わり。今日は様子見だったけれど問題なさそうだし、明日からもう少し長く本格的なトレーニングに入るよ。しっかり体を休めて体調には気を付けてね。それから自主練はしないこと、自主練の仕方もそのうち教えるから」

 

「わかりました!バクシン的に寝ます!」「はい、明日からもよろしくお願いします」

 

「じゃあ解散。忘れずに明日、睡眠時間と食事メニューを送っておいてね」

 

トレーナーはトレーナー寮へ、サクラバクシンオーは美浦寮へ向かう。ブリッジコンプは栗東寮だ。夕日が照らす中、帰り道には多くのウマ娘達がいてブリッジコンプもその中に混じった。真横をビコーペガサスが駆け抜けていく。

 

「いくぞー!ヒーローダァァァッシュッ!」

 

いつもの光景である。ゴールドシップ先輩?が混ざらないだけ栗東寮では平和といえた。階段を上がって自分の部屋の鍵を開けようとしたときだった。ドアノブを掴んだ手を思わず離した。

 

ウマ娘の鋭い耳が、扉越しに啜り泣く声が聞こえた。

 

この部屋にはブリッジコンプとワイスマネージャーしか住んでいない。

 

取り出した鍵をしまう。泣いている理由なんて今日のことがあれば誰でも想像がつく。しかし、今のブリッジコンプは担当トレーナーがいる身で、一抜けした状態だ。なにもワイスマネージャーにかけられる言葉はない。むしろここで下手に入れば友情に罅が入るだろう。あるいは既に罅が入っている。

 

「ごめん。私、酷い奴だ」

 

トレーナーに自主練を注意されたとき、ワイスマネージャーが速くならない方がいいなんて考えてしまった。友達とライバルは両立しないのかもしれない、少なくとも……ブリッジコンプにとっては。

 

ブリッジコンプは身を翻して、しばらく時間を潰すためにカフェテリアへ向かった。




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