淫魔ちゃんねる   作:だいこんおろし

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今回は地の文を含むパートがございます。苦手な方はご注意ください。


恋人にやたら結婚を迫られてるんだが

人間ちゃんねる

 

1:名無しの人間

俺としてはもう少しじっくり話し合いたい どうすりゃいいかな?

 

2:名無しの人間

罪人は首を切る

自虐風自慢は首を切る

 

3:名無しの人間

人間ちゃんねると思ってスレを立てたか

残念、はたもんばちゃんねるでした

 

4:名無しの人間

勘弁してくれよ 今日び非モテの妬みなんか流行んないよ

 

5:名無しの人間

なんだァ?てめェ……

 

6:名無しの人間

じゃあお前彼女いないの?

 

7:名無しの人間

んまあ……正直いる……

 

8:名無しの人間

ほんとは俺もいる……俺に不釣り合いなぐらい美人でおっぱいと尻と太ももがでかくて性欲強くてえっちクソ上手くてお金持ちで死ぬほど尽くしてくれて俺の事が意味わかんないぐらい好きな人外の恋人が……

 

9:名無しの人間

魔族が人間のルックスを気にしないのがいけない

 

10:名無しの人間

ついでに性格と社会的地位と収入も気にしない

 

11:名無しの人間

もう人間の男であるというだけで存在を全肯定される勢い

 

12:名無しの人間

比喩とかじゃなくて、うちの天使様は生きてるだけで毎日三十分ぐらい抱きしめながら褒めてくれる

 

13:名無しの人間

正直ちょっと怖い

何が怖いって、これに慣れてしまいそうな自分が一番怖い

 

14:名無しの人間

わかる 絶対にそんな訳がないって理屈では分かってるのに、ふとその言葉を本気で受け取ってしまいそうになった時に血の気が引く

 

15:名無しの人間

でも気持ちいいんだよな……

 

16:名無しの人間

確かに、自分よりも圧倒的に格上の存在である魔族さんに生きてるだけで可愛がられるの、本当に癖になるほど気持ちがいい

 

17:名無しの人間

安心感がすごい

全身柔らかくていい匂いがして、存在の全部が俺に快感を与えてくれる淫魔とかいう魅力の塊に抱っこされると、全身の骨が溶けるみたいにリラックスしてしまう

 

18:名無しの人間

めっっっちゃわかる なんか筋肉までどろどろした生ぬるい泥みたいになって、身体中の神経という神経がシロップ漬けにされるみたいな感じ

 

19:名無しの人間

人間が感じちゃいけない類のクソ甘ったるい感覚が全身に染みわたって、気が付いたらパンツびちゃびちゃになりながら失神してることもしばしば

 

20:名無しの人間

麻薬なんか吸っても流石にああはならないと断言できる

まともに人生を送りたいなら、淫魔とハグするなんて以ての外 抱きつかれた瞬間に堕落するしかなくなる

 

21:名無しの人間

本当に、冗談抜きで恋人がいないと何もできなくなるよな

どれだけお金を置いてってくれても、恋人に放置されたらマジで三日で野垂れ死ぬ気がする

 

22:名無しの人間

まさかとは思うんだけど、俺ってもう一人で食事とかできないのかな

 

23:名無しの人間

すごい数の魅了中毒者が集まっている

 

24:名無しの人間

皆さん個性的な彼女をお持ちで……

 

25:名無しの人間

うちの鬼族さん、めっちゃ優しかったんだな……

いや、優しくしすぎないようにしてくれていたと言うべきか

 

26:名無しの人間

でもさあ、だからこそ結婚ってなると尻込みしちゃうんだよな

 

27:名無しの人間

そうなの?どうせ魔族なんだからお前の事24時間365日抱いてられるぐらい好き好き全開なんでしょ?

 

28:名無しの人間

それはまあ、愛されてる側としても疑いようがないぐらい愛されてるとしか言いようがないけど

 

29:名無しの人間

「あ、この人マジで俺以外の何もかもに興味ないんだ……」ってなる瞬間が1日あたり10回ぐらいある

 

30:名無しの人間

呼吸とか睡眠とか飲食とかを取り上げられても、あの人は絶対俺のこと離さないと思う

 

31:名無しの人間

その分俺もめっちゃ恋人のことは好き

一緒にいられるのなら死んでもいいとすら思うけど、だからこそ結婚には踏みとどまっちゃう気持ちも分かるんだよな~

 

32:名無しの人間

まあ、この関係のまま一生暮らすって訳にはね……

 

33:名無しの人間

あんまりにも不健全だと思います 甘やかされてる口が何を言ってんだとは自分でも思うけど……

 

34:名無しの人間

恋人のこと俺も支えなきゃって思うっす

 

35:名無しの人間

でも自立しようとすると彼女がすっげえ拗ねるんだよな~~~~~

 

36:名無しの人間

俺は逆にいっそ引かれようと思って自分から奉仕族の彼女に甘え倒してみたけど、今まで見たことないぐらい機嫌よくなってペットシーツとか買ってきたから身の危険を感じてやめたことある

 

37:名無しの人間

こんな関係が永遠に続くわけなくない?

 

38:名無しの人間

まあね……

 

39:名無しの人間

何なら俺は今すぐにでも飽きて愛想尽かすんじゃないかとヒヤヒヤしてる

 

40:名無しの人間

ああいや、そっちもそうなんだけど

 

41:名無しの人間

そっちってどっち?

 

42:名無しの人間

「俺の方が死ぬまで赤ちゃんみたいな生活を送ることに飽きる」って方

俺はこれも同時に心配してる

 

43:名無しの人間

あ~…………

 

44:名無しの人間

いや、まあ、どうなんだろう

やられてる身としては、これは飽きるとかそういうのじゃないって気もしてる

 

45:名無しの人間

分かる 飽きるとかじゃないんだよ

慣れるとか慣れないとか、そういう次元にはない

 

46:名無しの人間

俺も今のところはそう思ってる

でも、魔族って『死ぬ』とかないじゃん

 

47:名無しの人間

ないらしいね 恐ろしいことに

 

48:名無しの人間

代謝で生きてないから、不老不死がデフォだとは聞いた

 

49:名無しの人間

身体は全部魔力だから劣化するとかもないらしい

 

50:名無しの人間

魔族、こわい

 

51:名無しの人間

人間じゃないどころか生き物ですらない

 

52:名無しの人間

そんなだから、最後まで付き合えるか不安

 

53:名無しの人間

不安よな だって最後がないんだもん

 

54:名無しの人間

なんか聞いたところによると、魔族と結婚した人間は不思議な儀式によって魔族と同じ寿命にされるらしい

 

55:名無しの人間

まあ……恋人のことは死ぬほど愛してるけど、それに比べても永遠に死ぬことができないのって率直に怖すぎるよな

 

56:名無しの人間

言い方は悪いけど、死ぬほど愛してるだけ

死ぬことができなくなるほどなのかは、まだ断言はできない

 

57:名無しの人間

恋人のことを疑ってるわけじゃないんだけど……俺なんかのことを永遠に今みたいに好きでいてくれるとはどうしても思えないよな……

だって、何の役にも立たないし、魔族みたいにキレイじゃないし……

 

58:名無しの人間

永遠って永遠だからな

今日愛情が冷めるかもってチャンスを無限に繰り返すんだから、理論的にはいつかは捨てられるってことになるし

 

59:名無しの人間

そして何につけても、自分が耐えられる気がしない

 

60:名無しの人間

永遠に手を伸ばした奴はろくなことにならないんだぞ

ちゃんと火の鳥読んだか?

 

61:名無しの人間

ありとあらゆる不老不死のバッドエンドを読んでるんだ 騙されないぞ

 

62:名無しの人間

小学校の図書館に置いてある怪談本にすら書いてあった

何でも願いが叶うからって永遠に贅沢で何不自由ない暮らしをしてた少年が五万年目ぐらいで発狂するやつ

 

63:名無しの人間

永遠、怖すぎるよな その概念そのものが

 

64:名無しの人間

魔族ってなんでそれが怖くないんだろ

 

65:名無しの人間

俺らが定命弱小種族だから怖いのか……?いや、そんなことないよな……

 

66:名無しの人間

だいたい人間の欲望なんかキリがないんだから

こんなこと言いたくないしあり得ないと思いたいけど、どんなに自分の恋人を愛してるからってそれが苦痛にならないとも限らないし……

 

67:名無しの人間

淫魔とのえっちは確かに気が狂うほど気持ちいいけど、それを何億年と続けるの……?ってのが正直なとこ

 

68:名無しの人間

人間なんてたかだか60も生きたらジジイだし、いくら肉体が老いないからって性欲までそんなに保てるのかね

 

69:名無しの人間

今は奉仕族さんに死ぬほど贅沢な暮らしをさせてもらってるけど、永遠に生きてたら性欲どころか全部に興味なくなっちゃうよな……

 

70:名無しの人間

そんなに奉仕してもらってるのに喜べないって普通に申し訳なさすぎるし辛すぎるから……

 

71:名無しの人間

やっぱり人間が欲深すぎるのがいけない

人の欲にはキリがない……

 

72:名無しの人間

うーん……そうなると結婚ってやっぱハードル高いよなぁ……

人間っていつかは快感とか幸せにも慣れちゃうし、恋人が積極的に欲望を叶えてくれるったって人間の欲望はキリがないし、何より永遠に死ねないのって怖いし

 

73:名無しの人間

それに、やっぱり恋人に飽きられたり愛想尽かされるだろうってのが一番つらいよな

今でさえ、こんな何もできなくて何の魅力もない俺を愛してくれてるのが不思議なぐらいなんd

 

 

「ほう?」

 

──心臓ごと、びくりと身体が跳ね上がって、手に持っていたスマホを床に取り落とす。

突如、右耳のすぐ傍から、生暖かい呼気すら伴って流し込まれた、鼓膜にへばりつくほど甘い、溶かしたキャラメルのような声。

愛する異性に向けて、どろどろに煮詰めたヘドロのような情欲がじっとりと込められたそれは、聞くだけで骨が引っこ抜かれるような、異常な恍惚を伴う。

 

そんな、暖かくもあり熱くもあるその声は──今日ばかりは、ひどく冷たく聞こえた。

 

「……お、おかえり」

 

取り落としたスマートフォンが、液晶から硬いフローリングにぶつかり、軽く欠片が飛んだことすら気にも留めず、俺は背後を振り返る。

そこに居たのは、一人の魔族。

俺の、最愛の恋人だった。

 

彼女の種族は奉仕族で、もちろん大多数の魔族の例に漏れず、その体躯は人間とは比べ物にならないほど大きい。

座ったままの状態では、少し仰け反らないと、巨大な乳に隠れてしまい、顔すらも見ることができないほどに。

 

後ろのめりに、背を引きつらせて、床に手を突く。

まるで、パニックホラー映画の端役が、怪物に襲われて腰を抜かすかのように。

 

「おや……如何なさいましたか、我が主。そのように、怯えてしまって……」

 

そして、仰け反った腰が、地べたに着いてしまいそうになる、その瞬間。

彼女は慣れた手つきで、俺に覆いかぶさりながら、無駄なくするりと手を這わせ、フローリングに頭をぶつけてしまわないよう、後頭部をふわりと支える。

 

従者として、あまりにも洗練された動き。

その動作が俺に与える印象は、守られているというよりも、むしろ──掌握されている、というもの。

俺がどれだけ足掻いても、藻掻いても、所詮は彼女の手のひらの上でしかなく。

彼女は、俺の願う事、望むことを自由に叶えられるよう、献身的にサポートしているようで、むしろ鳥籠に閉じ込めているような、薄ら寒い感覚に陥る。

 

「いけませんね」

 

そんな俺の想いをよそに、彼女は少し目を細めて、変わらぬ無表情のまま、俺の顔を覗き込んで言う。

 

もう、彼女と出会って、何か月になるだろうか。

けれど俺は、未だにその美貌を直視すると、無意識に息をのんでしまう。

 

氷のように冷たく、洗練された刃のように鋭い、目筋と鼻筋。

作り物のように──いや、人の手なんかでは、これほどの芸術は造ることができないと、そう確信をもって断言できる、彫刻じみて無機質で完璧な美。

 

何秒も見つめていては、意識がふらついてしまうほどに、その姿は強烈に美しい。

魂すらも奪いかねない”魅了”という言葉が、ぴったりと当てはまる。

意識がふらつき、呼吸が浅くなって、思考はどんどんと浅くなる。

 

彼女は、そんな俺の様子を見て、更に目つきを剣呑にしながら、囁いた。

 

「私、申し上げたではありませんか」

 

じりじりと、俺の頭を支えたまま、顔が近づく。

キザな男が、ベッドの上で殺し文句を言うような、いわゆる床ドンとも呼ばれる、覆いかぶさった体勢。

 

そのまま、鼻がくっつきそうになるほど、その人外の明眸を見せつけられて、頭が焼けそうになるのを感じた。

ちりちりと、ちりちりと、うなじの奥の方で、電撃の火花が散る。

 

「これから二度と、貴方の身体が、そして心が、ほんの少しでも脅かされることがあったなら。ほんの少しでも、貴方に不快を感じさせるようなことがあったなら」

 

もう、いよいよ、唇がつく。

何度も何度も、何度も何度も何度も貪った、あの肉厚で豊満な、唇。

へばり付くようにしっとりと潤って、ブドウの果実のようにぷるりと弾けて、艶々とグロスが輝いた、ワインレッドのリップ。

 

それを、焦らすように目の前で揺らされて、だんだんと、身体に熱が籠る。

緊張に跳ねていた心臓が、いやに熱くなって、脳と下腹部にばかり、煮えたぎった血を回し始める。

呼吸が浅くなるのも、頭の奥で火花が散るのも、全部全部、興奮による快楽に塗り替えられてゆく。

 

──彼女への劣情に、塗りつぶされてゆく。

 

「そのようなことがあれば……私は、奉仕族として、貴方の従僕として、我慢ができなくなる、と」

 

──とめどなく、股ぐらが熱くなって、ただじくじくとした、もどかしい疼痛と快楽を発していた。

 

「あ゛っ……♡あ゛あ゛っ……♡」

 

いやに、ぬるぬるとした感触が、下半身に広がる。

 

もはや、自分がどうなっているのか、分からない。

上なのか下なのか、右を向いているのか左を向いているのか、目を閉じているのか開いているのかが、分からない。

どこからどこまでが下半身なのか、絶頂に至っているのかそうでないのか、自分の身体が人間の形を保てているか、どろどろの粘液の塊になってはいないか。

それすらも、分からなくなって、ただ恍惚だけが満たされてゆく。

 

「そのようなことをされては、今すぐに、無理やりにでも婚姻を結び、貴方の生涯から永久に、ほんの細かな障害までも、すべて取り除いてしまいたくなる、と……」

 

俺は、ほとんどのたうち回りながら、襲い来る激感に悶絶するだけだった。

彼女の言葉など、ほんの一欠片も、理解できてはいなかった。

 

陸に打ち上げられた魚のように、やたらめったらに身体をのたくって、手足をめちゃくちゃに振り回す。

大の大人が、平均程度の身体能力を持った成人男性が、脳のリミッターをほとんど外しながら、暴れている。

 

だと言うのに、彼女はそれを意にも介さず、力の入らない無理な体勢のまま、その細くしなやかな白魚の指で、十全に抑え込んだ。

俺はもう、その事実を理解することもできず、絶望することすらできなかった。

 

「……私の、愛おしき主。貴方は、恐れていたのですね。迷っていたのですね」

 

透き通った海のような藍色の瞳が、いやに輝きを増して、すぐ傍に落ちたスマートフォンを一瞥する。

割れた画面に映った、書きかけの文字列。

それを見た彼女は、生来の鉄面皮をほんの少し動かして、眉間に軽く皺を寄せる。

 

「主よ。であれば、私は……怒っています」

 

「貴方は、傲慢です」

 

冷徹そうに見えるけれども、彼女の性格は温和そのもの。

今までだって、彼女はどんな時もこちらを一番に優先しながら、献身的に優しく俺を支えてくれていた。

 

彼女の口角は滅多なことでは上がらないけれど、いつだってその心は穏やかで、柔和なのだ。

ただ、感情をわざとらしく表に出すことは、従者として下品な行いであるため、努めて平静を保っているだけ。

しかめっ面にも見えるくらい、表情筋は固いけど、内面は優しく温かく、少なくとも僕に対しては、絶対に不機嫌をぶつけるような人ではない。

 

そんな彼女が──分かりにくいながらも、目に見える形で、怒りを表現している。

感情を発露することを嫌っている、彼女がだ。

 

「人間の欲望には際限がない……流石は我が主。非常に愉快な冗句です」

 

「過ぎた幸福も、いずれは飽きる……思わず、噴き出してしまいそうですね」

 

ふっと、彼女の頬が緩む。

瞳だけは、刀の切っ先のように鋭く、触れれば斬れるくらい、尖ったままで。

 

笑顔は本来、攻撃的な感情を表すものだという言葉を、心のどこかで思い出す。

確かにこれは、攻撃だ。

人間の頭ほども、いや、それよりも更に一回りか二回り大きな乳肉が、胸板でむっちりと潰れる様を感じながら、僕は深く納得した。

 

これすらも、攻撃だ。

ふかふかと綿あめのように柔らかくて、むんにり潰せば粘りつくくらい脂肪質で。

指を沈ませれば沈ませるほど、中毒になる幸福感をもたらし、かつ揉み飽きないよう、病みつきになるむっちりとした弾力も備えている、彼女のおっぱい。

 

それを、遠慮なくぐいと押し付けられて、安心感を覚えるより先に、脳みそが弾けて、蕩ける。

攻撃的なほど、暴力的なほど、心地よくて心地よくて──恐ろしい。

 

「主。今の生活は、幸福ですか。生きているだけで三欲の全てを、暴力的なまでの水準で満ち溢れさせて、きっと恐怖を覚えるほどに幸福でしょう」

 

その上、流し込まれる彼女の声は、ますます甘く、粘っこく。

極めてわざとらしい、娼婦の喘ぎ声じみた、鼻につくものに変質してゆく。

 

普段のような、感情を押し殺した、抑揚なくフラットな語り口とは、まるで対照的な声。

ベッドの上で聞かされたとしても、一言聞いただけで演技だと分かる、鬱陶しいほど甘い声色が──殊更に、興奮を煽り、心臓を締め付けた。

 

彼女が元来持っている、クールでハスキーな、落ち着きのある低音。

男である自分どころか、そういう趣味のない女性ですらも、耳元で適当に囁けばころりと堕ちてしまう、中性的な魅力のあるフェロモンまみれの声は──そんな、脂っこくてギトギトの、噓くさく抑揚をつけた声は似合わない。

 

似合わないから──興奮する。好きになる。

その鉄仮面のような表情筋を、ぴくりとも動かさず、けれども声だけはひどく甘く。

その、アブノーマルなギャップを見せつければ、僕は無条件で悦んでしまうと、彼女はどうしてか、初夜の頃から知っていた。

 

こうすれば、”魅了”が効きすぎてしまうことを、見透かしていた。

 

「手ぬるい」

 

「そんな程度のもの……私にとっては、手ぬるいとしか言えません」

 

頭がちかちかしたまま、腰骨が蕩けたまま、降りてこれない。

爛々と輝く、サファイア色の視線を、じっと脳の奥にまで向けられて、幸福の天井から降りられない。

 

「主よ。貴方は、あまりに過ぎた幸福に、苦痛を覚えたことはありますか」

 

──苦しい。

目の前の女性が、魅力的過ぎて、好きすぎて、苦しい。

 

「幸せ過ぎて耐えられない。すべてを失っても良いから逃げ出したい。もうたくさんだ。これ以上の多幸感はいらない」

 

幸せ過ぎて耐えられない。すべてを失っても良いから逃げ出したい。もうたくさんだ。これ以上の多幸感はいらない。

 

「幸せで幸せで、もう頼むから殺してほしい、いっそ死んでしまいたいと、一度でも思った事は?」

 

幸せで幸せで、もう頼むから殺してほしい、いっそ死んでしまいたい。

──心から、そう思った。

 

「人間の欲望には際限がない……端的に、人間と言う種族の愛らしさを表現した言葉ですね」

 

「一度たりとも、満たされたことがないから、そのような世迷言が言えるのでしょう」

 

この時、意識のおぼろげな俺にとっては、気が付きようもないことだったが──俺はこの時、もはや抵抗することすら、やめていた。

快感と多幸感の天井を抜いて、底抜けにピンク色の濁流を流し込まれ、一秒でも早く逃げ出したい、これ以上彼女のことを大好きになりたくないと、心から願っていたのに。

 

俺の両腕は、がっしりと、彼女の背中に巻き付いていた。

俺の両足は、しがみつくように、彼女の腰を抱いていた。

 

肉体と思考の矛盾。

ほとんど狂気に陥ったような状態で、俺はとうとう、自分の欲望なんてものが、どれだけ些細で矮小なものなのかを悟る。

 

「奉仕族である私から言わせていただくと……ありますよ、際限なんてものは。ごく、浅い場所に」

 

「それを満たすことの容易さは、例えようもありません。呼吸の方が、よっぽど難しい」

 

彼女の瞳の輝きが、ますます深みを増してゆく。

その円形の虹彩には、幾何学的な紋様が走り、複雑で奔放だけれど一定の法則性を伴った、芸術的な線が刻まれてゆく。

 

まるで、自分の瞳の中に、魔法陣を描いているかのように。

 

そして、線が走るのと同期して、俺の背後、彼女の眼下にも。

蛍光色のラインが引かれ、とうとう俺の身体を全て包み込む。

 

「だから、わざと加減していたのです」

 

「貴方様を、うっかり虜にしてしまわないように、私の奉仕に狂ってしまわないように」

 

そして一瞬、強い光が迸ったかと思うと。

今まで俺が寝ころんでいた、住み慣れたアパートの一室は姿を消して、ただ真っ白な空間だけが広がった。

 

窓の外から聞こえていた喧騒は一瞬にして断ち切られ、ただ心地のよい静寂だけが、空間を支配する。

それは、彼女の淫魔じみて色っぽい囁き声から、ほんの少したりとも意識を逸らす術がなくなったことを意味していた。

 

「もどかしい。実に、もどかしかった」

 

「ああ、もっともっと、もっともっともっと」

 

──白い、白い空間。

そこに、彼女がぎゅっと、僕を抱く力を強めるたびに。

無から柱が生え、タイルとカーペットが生え、天井には豪華なシャンデリア、金細工の調度品が生えて、見たこともない部屋を形成してゆく。

 

その内部は、まさに王室か宮殿といったところで、目がくらむほどに豪華絢爛。

自分なんかがこんな場所に居ていいはずがないと思うのに、どこか落ち着く安心感があって、強張った背筋がふっと緩む。

 

「貴方の全てを、快楽と幸福で満たしたい」

 

「貴方の心から、恐れや惑い、そんな汚泥にも劣る屑を、一滴残らず剥ぎ取ってしまいたい」

 

そうして、ただ茫然と、見知らぬ異界に拉致されていると、いよいよ背中が浮き上がって、ふわりと宙に持ち上げられる。

その感触が、あまりにもふんわりと優しくて、柔らかくて、俺はきっと重力が無くなって浮かんでいるのだと思ったが、それは違う。

 

俺の身体を持ち上げているのは、何よりも豪華で質のいい、巨大なベッドだった。

そこに敷いてある布団が、空に浮かぶ大きな積乱雲のように、空気をたっぷりと含んだ、魔界の上質な綿だったから、浮かんでいると勘違いしてしまったのだ。

 

それほどに、居心地の良いベッドが──見渡すほどの広さで広がっている。

清らかな真っ白いシーツでできた天蓋は、夜空を映せばプラネタリウムができてしまうほど、これまた広く。

たった二人で使うには、どう考えたって、余り過ぎてしまうほど、とにかく広かったのだ。

 

「もっと、もっと……奉仕がしたい」

 

そう、彼女が創り出した、この宮殿のような世界は、あんまりにも絢爛で、大きすぎる。

俺と彼女とでは、どうしたって持て余すくらい。

 

──だから、だろうか。

ふと、左の体側から、俺をそっと抱きしめる感触があったから、そちらを向くと。

 

彼女が、もう一人、そこに居た。

顔も、身体も、今目の前にいる、彼女と同じ。

たった一人で、俺を狂わせるには十二分なほどの魅力を持った、奉仕族の彼女が、二人。

 

いや、右側から、俺にキスをねだる彼女を含めれば、三人。

──それも違う。彼女に支えられ、寝ころんだベッドから、腰だけを起こす。

 

「それを、貴方は……飽きる?」

 

「私の気も知らずして、私の執着を知らずして、貴方は」

 

──この、一室を埋め尽くすほど大きなベッドの上。

それを、埋め尽くすほどに佇む、メイド服の美女。

 

片乳だけで、俺の顔を丸ごとふさいでしまうほど、おっぱいが大きくて。

びりびりと、全身の神経が痺れを起こすくらい美人で。

もう、もう──人間をめろめろに蕩かし殺すことにだけ特化した、殺人的な魅力を持った、絶対服従のメイドさんが、数限りなく。

 

「いいですか、愛しています、愛しているんです」

 

「わけが違う」

 

「人間のような、慎ましやかで甘酸っぱい恋心とは、ちっとも」

 

それらは全て、同じ目をしていた。

どろりと愛欲に濁って、うっすらとハートマークすら幻視するほど、莫大な恋愛感情を湛えた、危険な目。

 

どろどろのくてくて、ボロ雑巾みたいになるまで、甘やかし尽くして奉仕して、奉仕して奉仕して奉仕して、奉仕する。

誰が見たって、間違いようもなく、そう目つきが語っている。

 

「飽きるどころか、収まることだって、有り得ない」

 

「日増しに……倍々に、天文学的に、増えていく、増していく」

 

「膨らんで、押しつぶして、私を潰してゆく」

 

「あまりの、その幸福感、酩酊に……苦しくて、いっそ狂ってしまいそうなほど」

 

ごく当たり前に、腰を抜かす。

支えを失って、ぼふりと布団に倒れ込むと──視界が。

頭がおかしくなるほどの蠱惑が、みっしりと詰まったおっぱいに、全部全部、塞がれる。

 

これを、そのまま身体の上に叩き落とされれば、俺は。

どくどくと、何かが迸るような音が、自分の中で反響した。

 

「それを、貴方は」

 

「……私が、いつか捨てるだ、などと」

 

「よくも、まあ、そのような」

 

「これだけは、これだけは、疑われたくはなかった」

 

身体が、両手でひょいと持ち上げられる。

高い高いの体勢になって、俺は改めて、彼女の身体はこんなに大きくて、効率的に人間を甘やかす形をしていたのかと、深く絶望した。

 

彼女はそのまま、俺の身体を抱いて、仰向けに寝転ぶ。

頭はひどく蒸れて、彼女の体臭が籠った、鼻腔が爛れるほどに甘い匂いの乳の谷間に収められ、身体は彼女のくびれたウエスト、むっちりと安産型の腰、そして豊満すぎるほど豊満な太ももに乗せられてしまった。

 

いわゆる、肉布団。

奉仕族の、極上の肢体をめいっぱい抱きしめることを強要される、聞くも甘ったるい雌肉敷布団の体勢になって──更にその上。

 

「……なら、手加減は不要ですよね」

 

彼女は、雌肉で蓋をするように、体重をたっぷりかけて、覆いかぶさった。

奉仕族の、人間の快楽神経を逆なでする女体で、掛け布団。

上も下も、右も左も、溢れかえる雌雌しい脂肪にまとわりつかれて、呆れ果てるほどに心地よい。

 

「その身で理解するまで、魅了しても、奉仕しても、いいですね」

 

「狂うほど幸福で満たし、快楽で満たし、死んでしまうくらいに愛で満たします」

 

「無論、狂気に逃げることは禁じた上で、です」

 

くねくねと、腰を悶えさせて、もがく。

本当は、もっともっと、身体を震わせ暴れだしたいのに、それすらも叶わない。

重たく熟れた、柔らかな肉房に押さえつけられて、声も出ないのだ。

 

それでも、やっとの思いで、二度三度気をやりながら、どうにか頭だけは、乳房の谷間から出して、彼女の生クリームのようなフェロモンの匂いがしない、谷間で濾されていない新鮮な空気を吸い込もうとする。

その一瞬の解放も、束の間。

待ってましたと言わんばかりに、彼女の唇が、無数に俺の顔を捕らえて、ぶちゅぶちゅと、遠慮もへったくれもなく、下品にキスをしかける。

 

「その身を以て理解してください。たかが永劫などという時間では、到底、貴方を愛しきることなどできやしない」

 

「貴方から全ての不快を遠ざけて、その肉体の器を、溢れるほどの幸福で満たしたい」

 

ずりずりと、傾国の肉布団の隙間に、また引きずり込まれる。

その最中、彼女抜きでは息もできなくなるまで、この柔らかく媚びる肉の隙間で潰されて、調教されることを悟った。

 

「……その激情を、思いのまま、ぶつけます」

 

「これは、自慰であり、レイプです」

 

白目を剥いて、助けを呼ぼうとする。

その声も、乳房に受け止められ、柔らかな雌肉をぷるりと震わせることしかできない。

 

「鎮まるまでは、止まりませんので……どうぞ今のうちに、絶望なり、何なりと」

 

そうして、いよいよ、何もかもを諦めたところで。

俺は、ようやく──これが、永遠に続くのだということを、受け入れる。

 

前後不覚、言葉すらも話せなくなるほど、甘やかされきってふやかされた頭で、婚姻を求められて。

断れば、また肉の海に沈められ、お利口に頷けるまで甘やかされて。

結婚を受け入れたなら、とうとう死ぬこともできず、この過剰に幸せな天獄の中で、ただひたすらに美しく淫靡な恋人に、まとわりつかれて奉仕をされる。

 

飽きることも、飽きられることもできず。

ますます魅了されて、魅了して──互いを貪り続けるだけの存在になる。

 

「では、主。……ご奉仕、致しますね」

 

俺は、あまりにも幸せで、嬉しくて──そこで、意識を手放した。




魔族:人間のことが、人間が想像している数千倍は好き。あまりにも好きすぎるので、恋人が死んでしまうことや恋人が傷つくこと、恋人に自分が与える幸福を受け取ってもらえないこと、そして恋人が自分の愛情を疑うことを絶対に許さない。そのため、そこで意見の食い違いがあると、このようにごく一般的な夫婦喧嘩に繋がる場合がある。
一応、無理やり婚姻を結ばせることを良い事とは思っていないので、話し合いの余地はある。しかし、人間愛護過激派の魔族に捕まった場合は、諦めたほうがいい。

人間:どうせ永遠に生きたこともないのに、永遠というものをやたら怖がるので、よく魔族に不思議がられている。
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