その手に取るものは   作:神無月雫

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初めて

 

———お前なら、必ず———

 

女性のような男性のような不思議な声が頭の中で響く。この声を発しただろうあのポケモン、ザシアンは一体何を伝えようとしていたのか。俺に一体何ができるというのか。

 

どうしてお前はそんなに———悲しそうな顔をしていたんだ。

 

 

 

 

 

 

ゆっくりと目を開ける。ぼやけた視界に瞬きを繰り返すことで焦点を合わせていくとそこには見知らぬ天井が見える。

ゆっくりと意識が浮上していく。やわらかい布の感覚、どうやら布団に横たわっているようだ。

 

「ここは・・・?」

 

まだ、倦怠感の残る身体に鞭をうって起き上がり周囲を確認する。

ここは6、7畳ほどの広さで自分が寝ていたベッドを除くとデスクと衣装ケース、そして本棚があるだけの簡素の部屋だった。

 

まだ、起ききらない頭で今まであったことを振り返る。

気が付けば俺は知らない森の中にいた。歩き回っているとゲームやアニメでよく見た「ポケモン」のような生き物に遭遇した。その後、遠吠えのような鳴き声に誘われ向かった先には伝説のポケモン?のザシアンがいた。その後突然草陰からヒバニーが飛び出しザシアンを攻撃した。しかし、攻撃は当たらずそのまま俺と一緒に霧の中に飲み込まれてしまった。その後は変な映像を見せられて・・・。

 

「・・・はぁ」

 

短時間で色々なことが起きすぎたせいでもう何が何だか分からなくなってきた。

 

「いっそすべて夢なんだ、って考えられたら楽になるんだけど・・・」

 

しかし、夢というにはあまりにもリアルな感覚。そしていつもよりも小さくなった自分の手を見つめてため息をつく。

 

「やめよう。思考放棄しても何にもならない」

 

一旦、今まで起きたことを現実だと思い込む。違ったら違ったでリアルな夢でした、と笑い話にすればいい。俺はそう割り切った。

現状を確認しよう。まずは・・・。

 

 

「zzz・・・」

 

 

俺の身体の上で大の字になってすやすやと眠っているヒバニーを見る。

手を伸ばしその頭をなでる。温かくやわらかい毛が手のひらをくすぐる。以前動物園に行ったときに兎をなでた記憶を連想する。

 

「あの時、お前助けてくれたのか?」

 

俺とザシアンの間に割って入り、威嚇?のようなことをしていたことを思い出す。ヒバニーが攻撃したことによってあの霧に包まれた、と考えられなくはないがあのまま俺とザシアンだけでいたところで事態は特に進むことはなかったと思う。結果の良し悪しは分からないが、この子の乱入が話を進めてくれたと思おう。

 

「知らない部屋、助けられたか連れ込まれたか・・・」

 

ヒバニーを撫でながらもう一度見知らぬ部屋を見渡す。

 

前者だった場合、俺は現地の人間に助けられた。

後者だった場合、俺は悪意ある現地の人間に拉致られた。

 

後者のパターンは勘弁してほしいが、どちらの場合だとしても俺はこの世界では赤子同然。地理も分からなければ言葉も通じないかもしれない。であれば、もし現地の人間と遭遇した場合は『気が付いたらあの森で倒れていてその前の記憶は全くない』という設定で話を通そう。実際の記憶喪失の人がどんな状態になるのかは分からないがこの世界のことについては全くと言っていいほど分からないのだから下手に別の世界から来ましたなんて突拍子のないことを言うよりはそっちの方がやりやすいだろう。

 

「であれば起きて部屋の外に出るか、それともここで待つか・・・」

 

トントン。

 

「っ!?」

 

突然の音にビクリと体が跳ね上がる。音がした扉を見るとゆっくりと開く。

 

「・・・・・・・・・」

 

そこからひょっこりと顔をだした女の子と目が合った。

 

「・・・・・・・・・」

 

「・・・・・・・・・」

 

お互い黙り込んだまま見つめ合う。女の子は無表情でマサルを見つめてくる。一方のマサルは完全に不意を突かれて喋ることができていない。現地の人間と遭遇することを想定してはいても実際に対面すると何をしゃべっていいか分からないでいた。

 

「・・・おはようございます。目が覚めたんですね」

 

初めに口を開いたのは女の子の方だ。彼女はこちらに警戒しつつもどこか心配をしている様子に見えた。

 

「えっと、体調は大丈夫ですか?話せますか?わたしの言葉が分かりますか?」

 

「あ、えっと・・・」

 

そこでようやく口から言葉がでてくる。言葉は分かる。少なくとも自分の知っている日本語が聞こえていることが分かる。

 

「話せます。言葉は・・・分かります」

 

しかし、どう話を進めたらいいかすべて頭から飛んでしまい。思わず言われたことをそのまま返す。

 

「・・・・・・・・」

 

「・・・・・・・・」

 

そして再びの沈黙。すると少女が近づいてきてコップを差し出す。

 

「お水です。飲みますか?」

 

「えっと、いただきます」

 

コップを受け取り水を飲む。知らずに喉が渇いていたのか一気に飲み干した。

 

「ふぅ。ありがとうございます」

 

「どういたしまして。あ、コップもらいます」

 

空になったコップを渡し、もう一度彼女を見る。

茶色いミディアムぐらいの長さの髪(ボブカットっていうんだっけ?)、落ち着いた様子で見た目は中学生ぐらいに見える。

可愛く綺麗な容姿をしていてこういう子を美少女というんだろうなと思った。

 

「わたしの名前はユウリといいます。あなたの名前を聞いてもいいですか?」

 

「マサルです。ここはどこですか?」

 

「ここはわたしの家で父の部屋です。あなたはまどろみの森でこの子と一緒に倒れていたんです」

 

女の子、ユウリはいまだすやすやと寝ているヒバニーを見て言う。

まどろみの森。それがあの霧に包まれた森の名前か。

 

「あそこは年中濃い霧に包まれていて野生のポケモンもでるので危険な場所と言われている森で地元のわたし達でも決して立ち入らない場所です。どうしてそんなところにいたんですか?」

 

そう聞かれて少し考えてから今まで起こったことを話す。突然まどろみの森で目が覚め彷徨っていたところを不思議なポケモンに出会ったこと。ヒバニーにはそこで助け?られたあと霧が濃くなり意識を失い気づいたらこの部屋にいたこと。そして、森で目覚める前の記憶がないことを話す。

彼女は少し驚いたあと考えるそぶりを見せた。

 

「事情は分かりました。ちょっとお待ちください。母にもあなたが起きたことを知らせてきます」

 

そういうと彼女は部屋を出ていった。

彼女が出ていったのを確認してから、一息つく。突然のことで最初は言葉がでなかったが記憶喪失だということはちゃんと伝わった。

現地の人とのファーストコンタクトとしてはいいほうではないかと思う。あのユウリという子も悪い子ではなさそうでよかった。

どうやら自分はあの子に助けられたらしい。

 

「ひばぁ・・・」

 

ようやく起きたヒバニーが目をこすって周りを見回す。

 

「おはようヒバニー」

 

そっと声をかけると長い耳をピンと伸ばし勢いよくこちらを向く。するとなぜかキラキラと目を輝かせこちらの顔面目掛け飛び込んできた。

 

「ヒバァ!」

 

「もご!ちょ!いぎなりどうじだ!」

 

ヒバニーは俺の顔から離れず強く抱き着いてくる。慌てて引きはがそうとするが力が強くなかなか剥がれない。痛いわけではないが、息がし辛くてたまらない。

 

結局ユウリとユウリの母親が部屋にきて救助されるまでその状態は続いたのだった。

 

 

 

 

「起き抜けで災難でしたね」

 

「あはは・・・」

 

ユウリの言葉にもう笑うしかない。当の原因(ヒバニー)は何事もなかったかのようにポケモンフーズを頬張っているし。そう思いながら目の前に出されたカレーに舌鼓を打つ。このカレーホントにおいしい。

 

ヒバニーから救出された後、事情を聞いたユウリの母親のご厚意で昼食をいただくことになった。

この世界に来て不安なことしかなかったが、ユウリに助けられこうして温かいご飯にありつけるだけでもすごく幸運だったしユウリ親子にはホントに感謝しかない。

カレーを食べ終わり、一息つくとこれからの話をすることになった。

 

「記憶喪失と聞いた時には心配したけど、普通に動く分には問題ないみたいね。片付けを手伝ってくれてありがとうね」

 

「いえ、むしろ助けてもらってお昼もいただいたのにこれだけしかできずすみません」

 

「もう、何言ってるの!困っている人を、しかも子供を助けるのは当然のことよ。そんなに自分が悪いみたいに言わないの」

 

「あ、はい。すみません」

 

ユウリの母親に注意され反射的に謝る。

 

「それよりこれからどうしましょうか。どこから来たかも分からないみたいだし、警察の人に保護してもらうのが普通だけど・・・」

 

「それならブラッシータウンに行くのがいいですね。田舎とは言え交番がないのも困りものです」

 

ユウリとユウリの母親がそう話し合う。ここハロンタウンはこのガラル地方の南部にある田舎町で放牧が盛んらしい。しかし、どんなに小さい町だからって交番がないほどなの?曰く、まどろみの森を除けば基本穏やかな街だから交番がないそうな。いや、それでもよ・・・。

 

「その前にホップとダンテさんに彼の無事を知らせましょう。2人とも彼のことを心配してましたし」

 

「それもそうね。それじゃあユウリ、マサル君を連れてってあげて」

 

「うん、そうする。ごめんマサル・・・君もいきなりあれこれ決めて」

 

「あ、マサルでいいよ」

 

「じゃあマサルで今から外に出ますので準備していてください。わたしも準備してきます」

 

そういって彼女は立ち上がり自分の部屋へと戻っていった。

準備、といっても何も持ってない俺ができることはあまりないのだが。

 

「マサル君」

 

ユウリの母親に話しかけられ振り返る。

 

「思い出せないことが多いせいで不安なことも多いとは思うわ。だから私やユウリを遠慮なく頼ってくださいね」

 

「いえ、でも・・・」

 

「マサル君」

 

助けてもらって、家で休ませてもらっているのにこれ以上迷惑をかけることはできない。そう続けようとする俺の言葉をユウリの母親は少し困ったように笑って遮った。

 

「あなたは少し・・・いいえ、かなり人に遠慮しすぎる傾向があるわね」

 

「え?」

 

「さっきも言ったけど大人が子供を助けるのは当然のことなの。ましてや困っている子供なんてなおさらのことよ。迷惑だなんて全く思ってないわ」

 

紅茶を一口含み、ユウリのいるであろう2階を顔を向けながら言葉を続ける。

 

「あの子もそうなんだけどね。人に迷惑をかけたくないからっていって何でもかんでも自分でやっちゃおうとしちゃうのよ。1人でなんでもできることは悪いことではないけれど、そうするとどんどん人に頼ることができなくなって自分だけが疲れていっちゃうわ」

 

そしてもう一度こちらに目を向ける。

 

「人もポケモンもたった1人で生きていくには限界があるの。誰かと協力していかなければいかないときがきっとくる。だから今はその練習。出会ったばっかりのおばちゃんで怖いところもあるかもしれないけどなんでも言ってちょうだい。私ができることであれば何でもするわ」

 

本当に優しい人だ。子供とはいえ見ず知らずの自分にここまで言ってくれるは正直疑問ではあるけど右も左も分からない自分にとっては本当に幸運だった。

 

「もし、困ったことがあったら、よろしく、お願いします」

 

今はまだ何を頼っていいのか分からないからこれだけ言って頭を下げる。今まで面と向かってお願いすることがあまりなかったから少し歯切れが悪かったかもしれない。

 

「ええ、任せなさい。あなたもユウリも多少無茶なことでもガンガン言ってくれるぐらいがちょうどいいと思うわ」

 

「————————————。」

 

———てめぇがどう生きてきたか知らねぇが、てめぇみてぇなガキは周りを振り回すぐらいがちょうどいいんだよ。

 

ふと、昔言われたことを思い出す。ぶっきらぼうで乱暴で、それでも俺に優しくしてくれた人が言ってくれた言葉を。

 

「マサル君?」

 

そう呼びかけられはっとする。ユウリの母親に大丈夫ですという意思表示をすると、2階からぱたぱたと足音が聞こえてくる。

 

「ごめんなさい、お待たせしました」

 

紺色のワンピースにポシェットを持ったユウリが下りてきた。

 

「では、行ってきます」

 

「はーい、いってらっしゃい。ホップ君とダンテ君たちによろしくねー」

 

そう挨拶をして、ユウリについていくように家を出た。

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

玄関を出て庭を抜けて外へ出る。ユウリの家は少し小高い坂の上にあり、かつ周りもひらけているためあたりがよく見える。大きな畑や牧草地が広がり、小高い山がいくつか見える。民家も点在しているがあまり多くはなさそうだ。確かにユウリが先ほど言っていたようにここはドがつくほどの田舎のようだ。

 

 

 

でも、その景色に俺は目を奪われた。

 

 

 

見渡す限りの牧草地や所々に咲いている花々、川のせせらぐ音に気持ちのよい風、晴れわたる青空に気持ちの良い風が流れる。生まれてからずっと都会で過ごし旅行とも縁遠かったせいか、初めて見る景色、初めて感じる自然溢れるこの町の空気に思わず気分が高揚した。アウトドアが好きだと言っていた父がこの景色を見たら何を思うだろうか。自分と同じ気持ちになっただろうか。

 

「マサル?大丈夫ですか?」

 

ユウリが心配して近寄ってくる。そりゃ突然立ち止まったらそうだろうな。

 

でも、許してほしい。俺は、俺は初めて———。

 

「ユウリ」

 

「?」

 

「この町は・・・すごく良いところだな」

 

思わず、ユウリにそう呟いた。するとユウリは一瞬驚いた顔をしたあと、嬉しそうにほほ笑んだ。

 

「はい、ここは何もない田舎町ですけど・・・それでもわたしはこの町が、自然が大好きです」

 

ユウリもそんな表情ができるんだ、などと失礼なことを思ってしまった。そんなユウリは自慢げに俺にそう言った。

 

「さぁ、行きましょうか」

 

歩き出すユウリの後ろをついていく。はじめは霧に覆われた薄気味悪い森に来てしまったせいで自分がどこにいるのか分からずどこかフワフワしたような状態だった。けれどユウリやユウリの母親と話して、この景色を見て、俺は今、初めてこの世界の大地に足をつけた気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 





———俺は、初めて世界が綺麗だと思えたんだ。


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