遊戯王ZEXAL ―BRAVE HEROES―   作:神崎はやて

10 / 22
ナンバーズ 10 桜色の剣士/前編

 ハートランド学園にも、当然のことながら部活動というものが存在する。お馴染みのものから奇妙な変り種まで多種多様で、早朝や放課後には学生達は各々の所属する部の活動に精を出す。

 しかし、それには無論例外もいる。帰宅部という名の無所属者達の多くは、マイペースに己の時間を謳歌する。無論その時間を余暇として過ごすのではなく、勉学のために費やす勤勉な生徒も数多くいることだろう。

 少年、戦士 手島は野球部に所属していた。切り揃えられた金のおかっぱを揺らし、ユニフォーム姿のまま、雲1つない青空の下で汗を流す姿はまさしく青春の1ページと呼ぶに相応しいものだ。

 

「手島君頑張れー!」

 

 グラウンドに設置されたベンチに腰を下ろし、遊輝はバッターボックスに立った手島へ声援を送る。帰宅部である遊輝は本来なら今頃は鶴屋に寄って、店に訪れている子供相手にデュエルを楽しんでいるはずだったのだが、学校を出たところで会った手島が部の試合に出ると聞いて急遽予定を変更し、こうして応援に来ていたのだった。遊輝の声援に、バッターボックスからちら、とこちらを見た手島が自信ありげな笑みを浮かべた。

 マウンドで構えをとっていた相手チームのピッチャーが、タイミングを見計らって第一球を投げた。

 キィン、と小気味いい音がグラウンドに響き渡り、手島のバットに真芯を捕らえられた打球はぐんぐんとその飛距離を伸ばしていき――やがて白球は、ファール判定となるエリアぎりぎりの位置にあるフェンスを飛び越えた。

 ホームランだ。無論、そうそう出るものではないのだが、小柄な見た目に反してパワーもあるらしい。手島の所属するチームと、ベンチに座った遊輝から歓声が上がった。

 

「よっしゃああぁぁ! さすが手島!」

 

「あー、でも球どうすっかなぁ……。回収してくるのめんどくね?」

 

「ああ、そういうことなら僕が行ってくるよ」

 

「ほんとかアニキ? 悪いな、助かるぜ」

 

 一塁へ向けて走り始めながら面倒くさそうに言う手島に遊輝が申し出ると、手島はにっと笑って走る速度を速め、あっという間に一塁を回って二塁へ走っていく。アニキ扱いにはここ数日の付き合いでもう慣れたが、相変わらずの苦笑を浮かべながら遊輝はボールが飛んでいった方向へ小走りに走っていく。途中で申し訳なさげに頭を下げていた野球部の女子マネージャーに右手を軽く上げて気にしないでと叫ぶと、遊輝はフェンスの脇を回った。

 グラウンドの裏は空き地になっていて、すぐ近くを川が流れている。万が一川に入っていては大変だと思いながら、遊輝はフェンスの裏に回って空き地へ足を踏み入れた。

 

「――あ」

 

 そこには先客がいた。空き地の隅に生えた樹の木陰に佇む1人の少女。高等部の制服を纏っていることから、おそらくは遊輝よりも年上であろうことは解る。可愛らしいピンクの髪は紅いリボンで巻かれ、猫のようにつり上がった眼で真っ直ぐに遊輝の方を見る少女は、手に持っていた球体を遊輝へ向けて突き出した。

 

「これ、アンタの?」

 

「あ、えっと……友達のなんです。あの、ありがとうございました」

 

「ん」

 

 ボールを受け取り、頭を下げる遊輝に素っ気ない返事を返してそっぽを向く少女だが、未だ少年がボールをもったまま突っ立っていることに気付いて振り向いた。

 

「何? まだ何かあるわけ?」

 

「いやあの……この空き地よく来るんですけど、人がいたことって今まで無かったからちょっと珍しくて」

 

「……僕も時々、気分転換に来るのよ。最近は部活が忙しくてなかなか来れなかったけど……」

 

 女が使うには珍しい一人称を使ってそう言いながら、少女は木陰に歩み寄った。誰が置いていったのか、木の幹を大雑把に加工しただけの簡素な木製のベンチに腰を下ろす。木陰を通り抜ける風に少女の桃色の髪がさらりと揺れた。

 そのどこか物憂う横顔が妙に気になった遊輝は、ボールをポケットに仕舞うと少女の下へ駆け寄った。

 

「あの、隣いいですか?」

 

 遊輝の呼び掛けに無言で頷く少女の隣に、遊輝は腰掛けた。この木陰のベンチは、遊輝も好きな場所だ。晴れの日には、木の葉の間から漏れる陽光と流れるように吹く風の涼しさが非常に心地よく、日頃溜まった疲れを癒すにはうってつけの場所だからだ。

 少女が自分を煙たがっているのは察していたが、どうしてか彼女をこのまま放っておくのは忍びない気がして――しかし会話の取っ掛りを見つけることも出来ず、妙な沈黙を保ったままただ時だけが流れていく。一帯に存在する音は、空き地のすぐ傍を流れる川の水音と、今も試合が行われているのであろうグラウンドの喧騒だけだった。

 

「……ちょっとアンタ、いつまでいる気なのよ」

 

 と、どれほどの時が流れただろうか。当初の目的を危うく見失いそうな程にその場所の心地よさに身を預け始めていた遊輝の横あいから、件の少女の抗議の声が聞こえてきた。

 

「そのボール、届けなきゃいけないんじゃないの?」

 

「どうせ試合が終わるまで回収されない予定だったボールですから……。それに、何だか元気がない気がしたので。迷惑なようなら、僕もう行きますね」

 

 未だそっぽを向いたままの少女に対し、遊輝は仕方なしに立ち上がろうとする。

 しかし、不意に手を握られる感触がして、遊輝は再度少女を見た。顔は未だに、こちらを向いていない。頬は赤みが差していて、こちらと目を合わせないことが精一杯の照れ隠しなのだろうということくらいは鈍感な遊輝にも解り、苦笑しながら遊輝は再び腰を下ろす。

 

「僕、剣道部なんだけど……」

 

 再びベンチに掛け直す遊輝に、ぽつり、と少女は己の憂う気持ちを口にした。

 曰く、彼女はハートランド学園高等部、女子剣道部の部長を務めているらしいのだが、最近その剣道部の顧問兼コーチの先生の様子がどうにもおかしいのだという。元々生徒に厳しいことで知られていた教諭であったそうなのだが、最近は特にその傾向が顕著で、思い通りに出来ない生徒には容赦なく暴力を振るっているらしい。そこまで来ればもはやそれは体罰に等しく、故に剣道部の生徒達は1人、また1人と、道場から姿を消していったという。本来なら皆を纏めるべき、部長という立場である彼女自身も。今この時間も、本来なら剣道部の部活動が行われているはずなのだが、部の雰囲気に耐えられなくなった彼女は、今日初めて欠席を決意したのだった。

 

「……そうだったんですか」

 

 思った以上に重い話に、遊輝は表情を歪めた。

 

「僕、もうどうしていいか解らなくて……。それでフラフラと街を歩いてたら、いつの間にかここに……」

 

 そっと上を見上げる少女につられて、遊輝もまた上を見た。生い茂る葉の間から漏れる眩い光は、風の齎す清涼感も相まって、まるで凡ゆる悩みを洗い流してくれるような心地よさがある。彼女が無意識の内に足を運んでしまう気持ちも解る。そう感じた遊輝は、「確かに」と頷いた。

 

「ここなら、心を休めるにはうってつけですよね」

 

「そうね……って、なんで僕、見ず知らずのアンタなんかにこんな話してるんだろ」

 

「え……さ、さあ……?」

 

 不意な少女の問いに、思わず困ったように小首を傾げる遊輝。漸く顔を彼へ向けた少女と遊輝は暫し顔を見合わせ――。

 

「……ぷっ」

 

 不意に、少女が噴き出した。急に笑い出した少女に面食らっている遊輝に、笑いを堪えながら少女は言う。

 

「あははっ……おかしな奴ね。あはははっ」

 

 どうやら、少しでも元気を取り戻してくれたらしい。そう理解した遊輝もまた、今更ながら可笑しくなってきたのか、彼女につられるようにして笑った。

 

「……ふぅ。なんか笑ったらすっきりしたわ。その……あ、ありがと」

 

「それはよかったです」

 

 実際には、まだ何も問題は解決していない。けれどとりあえず元の心を取り戻し、頬を紅潮させながら礼を述べる少女の様子に安堵した遊輝もまた、歓喜に微笑んだ。

 

「さて、じゃあ私はこれでもう帰るわ。アンタは? グラウンドに戻るの?」

 

「あ、いけない! もう試合終わる時間だ……」

 

「そ、じゃあここでお別れね」

 

「はい。またお話しましょうね! それじゃ!」

 

 慌ただしく駆けていく遊輝の背中を、靡く髪を押さえながら少女はじっと見つめる。不思議な少年だ。少し一緒にいて、少し話しただけだというのに、溜め込んでいた陰鬱な感情が丸ごとどこかへ吹っ飛んでしまった。やはり今日は、無理にでも欠席して正解だった。少女は心からそう思った。

 

「……ツァン!」

 

「え?」

 

 突然背中に叫びかけられた少年は、振り向いて目をぱちくりとさせる。

 

「ツァン・ディレ。それが僕の名前よ。覚えておきなさい!」

 

「……はい! 僕は遊輝、田神 遊輝です! また会いましょう、ツァンさん!」

 

 笑顔で手を振りながら名乗ると、再び駆けていく遊輝の後ろ姿がフェンスの影に消えていくまで、少女――ツァンは、その場に静かに佇み、じっと見つめていた。

 

 

 

☆★☆★☆★☆

 

 

 

「ただいまー」

 

 手島の試合が終わった後、遊輝は真っ直ぐに自宅に戻った。鶴屋に寄る時間は充分にあったのだが、結局その後、どうしてかあのツァンという先輩のことが気になってしまって、今日は行けないという旨のメールを小夜子のD-ゲイザーに送信し、遊輝は家路についた。

 挨拶をして靴を脱ぎ、家に上がると、百合が居間から顔を出す。

 

「お帰り、遊輝。お爺ちゃん帰ってるわよ」

 

「え、爺ちゃんが!?」

 

 百合の言葉に目を丸くして驚く遊輝。それもそのはず、遊輝の祖父は自称世界を股にかけるカードコレクターであり、普段は世界中を渡り歩きつつ珍しいカードを集めて回っていて、家に帰ってくることは滅多にない。精々、多くても1年に数回程度が限度だろう。そんな祖父が帰ってきているというのだから、遊輝の驚きようも納得がいくというものだ。

 

「おお、遊輝帰ったか!」

 

 と、噂をすれば何とやら。どこぞの遺跡発掘に行くのではないかというようなブラウンの服に身を包んだ壮年の男が居間からひょっこり姿を現した。未だその厚みを失わない白髪と、ふてぶてしい笑みを浮かべた男。彼こそが――。

 

「もう、帰ってくるなら帰ってくるって連絡くらいしてよね、玄六爺ちゃん!」

 

 田神 玄六。遊輝、そして百合の祖父だ。

 

「すまんすまん、カード収集に夢中になってつい忘れてしもうてのぅ」

 

「はぁ……相変わらずだね」

 

 溜め息をつく表情に疲れが見え隠れする。突然あてもなくふらっと現れる神出鬼没さは相変わらずだが、慣れていることを考慮しても、再会の喜びより呆れの方が勝る。

 遊輝とて彼が世界中から集めてくる珍しいカードには興味があるし、上手くいけば譲ってくれる可能性もあるので、貴重なデッキ強化の機会でもあるのだが。

 

「今日は凄いぞぉ! このカードはな、あのI2社がイベントで販売したという限定の……」

 

 待ちきれずに話し始める玄六を居間へ再び促して、遊輝は百合の作ってくれた夕食に舌鼓を打つ。

 昼間出会った少女の不器用な笑顔が靄のように思考を覆い、この日ばかりは祖父の冒険譚も頭に入ってはこなかった。

 

 

 

☆★☆★☆★☆

 

 

 

 

 

 夕食の席が終わった後、宿題を済ませた遊輝は窓を開け放った暗い自室の椅子の上で黄昏ていた。熱くなり始めた初夏の頃。吹き抜けてくる風は心地よく、慣れてくればそれだけでも充分な程眩く室内を照らしている月の光はなかなかに風流で、遊輝も好きな一時だった。

 

『あの女のことを考えているのか?』

 

 と、無言で物憂う表情をしていた遊輝の心中を代弁し、彼のすぐ傍にエッジの幽体が姿を表す。彼の言葉に、遊輝は無言で首肯した。

 

「ツァンさんのために、僕に出来ることって何かないのかなって……」

 

 パワハラをなくそうというのは、この世界でも社会的な動きだ。けれど、教師と生徒では如何ともし難い壁があることもまた事実。あの時は励ますくらいしか思い浮かばなかったが、何か行動を起こさない限り、根本的な問題解決とはならないのではないか。静かな時間を過ごす内、遊輝はそんな考えを抱き始めていた。

 

『師弟とは難儀なものだ。どれだけ対等であろうとしても、教える側、教えを賜る側、その間に存在する絶対的上下関係は、師ならばまだしも、弟子にはどうすることも出来ない』

 

「エッジにも師匠がいたの?」

 

『剣の師匠だ。もうとうの昔に流行病で亡くなってしまったが……師の魂は生きている。今でも、我の剣技の中にな』

 

 そう言って腰に差さった剣の柄を手で撫でるエッジを何気なく見つめる。そういえば、この男のことを聞くのはこれが初めてだったな、などと改めて思い返しながら。

 

「明日先生に相談してみようかな……。中等部と高等部の差はあるけど、先生ならなんとかしてくれるかもしれないし」

 

 遊輝のクラスの担任教師、加藤 由紀は、ハートランド学園に在籍している者であれば知らぬ者はいない熱心な教師だ。彼女のことを話せば、件の教師の下へ怒鳴り込みに行きかねない程。

 さすがにそれは言い過ぎだろうが、彼女ならば大抵の問題ごとは解決してくれそうな気がするのは決して気のせいではあるまい。

 

『しかし、その急に豹変したという教師だが……或いは、No.の影響も考えられるかもしれんな』

 

「え!?」

 

 顎に手を当て、思考するエッジの思わぬ言葉に遊輝は驚愕の眼差しを向ける。

 

「ど、どうしてNo.が?」

 

『No.の影響を受けた人間は、心の闇を暴走させられる。お前も見ただろう? 〝バンディッド・デーモン〟、〝アビス・イレイザー〟、〝ゴールデン・アミュレット〟。この3枚のNo.を手にした人間達が、明らかな豹変を見せたところを』

 

「それは……でも、それだけでNo.って決めつけるなんて……」

 

 いかにNo.に人を狂わせる魔力があるとはいえ、それだけで剣道部の顧問がNo.に取り憑かれていると結論づけるのは些か早計過ぎるのではないか、と遊輝は思った。人の心など何が切っ掛けで変わってしまうか解らない。そう理解していたからだ。

 

『だといいがな……』

 

 しかしどこか確信めいたエッジの声音が、遊輝の心に言いようのない深い靄となって残った。

 

 

 

☆★☆★☆★☆

 

 

 

 翌朝、目を覚ました遊輝を待ち受けていたのは、帰ってきた時と同様の服装に身を包んで玄関先に立つ玄六の姿だった。

 今日の食事当番は遊輝。百合はおそらくまだ上階で夢の中にいる頃だろう。

 

「あれ、爺ちゃんもう行くの?」

 

「おお、遊輝」

 

 遊輝の姿を見た玄六はまた誰にも言わず出発するつもりでいたのか若干苦笑していたが、やがて懐に手を伸ばしつつ歩み寄ると、遊輝の手を取り数枚のカードを握らせる。

 

「母さんに呼ばれておってな。すまんがもう出なければいけないのじゃ。これはお土産代わりにとっておいてくれい」

 

「これ、昨日見せてくれたレアカード……! で、でもいいの? せっかく集めたのに……」

 

 玄六は、あまり他人に自分のコレクションを譲りたがらない。それがたとえ、肉親であってもだ。遊輝がねぐら代わりにしている保管庫とは、彼のコレクションを保管するための場所でもあるのだが、カードが好きな遊輝は、そのずらりと並んだ玄六コレクション達を、デュエルに使わないことを条件に時々見せてもらっては目を輝かせていた。世界を飛び回っている玄六が帰ってくる日は、そんな貴重なカード達を譲ってもらう貴重な場ではあるのだが、それでもよほど機嫌がいい場合でもない限りは頑なに譲ろうとしないので、このように気前よく――しかも一度に数枚も――譲ってくれるようなことは殆どない。それだけに、遊輝は引っ込められるのも覚悟で思わず問うてしまった。

 

「ああ。このカードは、お前のために手に入れたカードなんじゃ。とっておきなさい」

 

 玄六の言葉に、改めて手元のカードを見る。

 それらのカードは、遊輝のデッキにとてもよくマッチしたものだった。それも普段使っている除外恐竜ではない、本当のデッキ――HEROデッキに。どうやら玄六は、以前遊輝がそれとなしに呟いた〝欲しいカードリスト〟を覚えていたらしい。思わぬプレゼントに、遊輝は思わず表情を綻ばせた。

 

「ありがとう、爺ちゃん」

 

「次もなるべく早く帰ってくるからの。楽しみに待っとれよー」

 

 そう言い残して、バタン、と妙に大きく感じる玄関の戸が閉まる音が響かせて家を発った玄六を手をひらひらと振って見送る。母に呼ばれた、ということはまたカードデザインのアイディアでも求められたのだろうか。アメリカにもいろいろと珍しいカードがあると聞く。これは次のお土産も期待してもいいかもしれないと、そんな現金なことを考えて、遊輝は背伸びをしながら台所へ入った。

 丸いパンに、焼いたベーコンとレタスを挟んだサンド。それに牛乳と、インスタントのポタージュをつけただけの簡単な朝食を準備し終えると、やがて眠気眼を擦りながら百合が上階の自室から姿を現した。朝早々に玄六が出ていったことを聞くと残念そうにしていたが、やがていつものことだと言って苦笑した。遊輝達兄妹にしてみれば、玄六の自由奔放さなど今に始まったことではないのだ。遊輝はもう慣れっこだったが、それは百合にとっても同じであるようだった。

 支度を済ませ、家に鍵をかけて2人揃って家を出る。百合は初等部だが、遊輝の中等部とは校舎も近く、朝の登校も途中までは同じ通学路だ。2人並んで歩くこの道も、飽きる程見慣れた景色だった。

 

「忙しいなぁ、お爺ちゃんも……。そんなに忙しなく出て行かなくても、ご飯くらい食べていけばよかったのに」

 

「仕方ないよ、母さんに呼ばれてるんだから……。世界中回っていろんな景色やカードを見てる爺ちゃんは、カードデザインのネタの宝庫だからね」

 

「遊輝はいいわよねー、お爺ちゃんにお土産貰ったんだもの。あーあ、私も欲しかったなぁ……」

 

 拗ねたように呟く百合の言葉に思わず遊輝は苦笑する。所詮デュエリストではない百合にレアカードを渡したところで宝の持ち腐れだと思うのだが、そういう問題ではなく、単純に遊輝だけ土産をもらったというのが不満なのだろう。試しに今度強請ってみたら、と言うと、百合は唇を尖らせて「そうする」と決意を述べていた。

 そんなことを話しながら歩いていると、あっという間にハートランド学園校舎の小奇麗な外観が目に入ってくる。とりあえず、加藤に昨日の少女について相談してみよう。そう改めて心に決め、遊輝は校門をくぐった。

 

 

 

☆★☆★☆★☆

 

 

 

 結局のところ、ここぞというタイミングは放課後まで訪れなかった。何だかんだで授業間の休憩時間は教室の移動や次の授業の準備に費やされ、昼休みにも職員室に加藤の姿はなく、一言も相談する暇もないままずるずると放課後まできてしまった。さすがにこのままでは帰れないと、小夜子や遊馬による鶴屋への誘いも泣く泣く断り、遊輝は加藤の姿を探した。さすがに全ての授業が終わった今であれば、彼女も職員室に戻っているだろう。そう願いつつ、遊輝は早足に職員室を目指す。

 と、その時。

 

「おや、遊輝君じゃないか」

 

「右京先生」

 

 遊輝の隣――あの遊馬のクラスの担任教師、北野 右京が出席簿のようなものを片手に廊下の反対方向から歩いてきて朗らかに声をかけてきた。眼鏡をかけた若い男性教師。遊馬曰く、バグマンがお気に入りなのだとか。以前起きたバグマン型ウイルスによるハッキング事件がふと気になって聞いてみたのだが、何やら慌てた様子で話を逸らされてしまった。

 それはさておき、今右京が歩いてきた方向は職員室。それとなしに、遊輝は聞いてみることにした。

 

「あの、右京先生。加藤先生って今職員室にいらっしゃいますか?」

 

「加藤先生? 確か、担当する部活の大会の準備がいろいろとあるって、一足先に帰ったと思うけど……」

 

 しまった、と遊輝は思うと同時に、とてつもない己のタイミングの悪さを呪った。せめて昼休みに会えてさえいれば、今頃は彼女もツァンのために動いてくれていたかもしれないというのに。

 

「そうですか……ありがとうございました」

 

「加藤先生に何か用事か? なんなら、先生が伝えておいてもいいが……」

 

「ありがとうございます。自分で伝えられます」

 

「そうか。じゃあ、先生はこれから用事があるから。寄り道しないで早く帰るんだぞ」

 

 はい、と返事をする遊輝に満足げに笑うと、右京は再び歩き出す。彼の足音が後方に遠ざかっていくのも、加藤が既に学校にいないという事実を前にどこか遠く聞こえた。

 暫くその場にじっと佇んでいた遊輝だったが、男子生徒数人が賑やかな声を上げて話しながら駆けていくのを見て我に返った。ここでいつまでもこうしていても始まらない。仕方ない、明日また相談するかと思い直し、遊輝は漸く歩きだした。

 玄関まで来て漸く気づいたのは、いつの間にか空が鉛色に暗く澱んでいたことだった。天気予報で雨が降るなどとは聞いていなかったので、遊輝は傘を持っていなかった。ざあざあという雨音を前にして、同じように傘を持ってこなかったらしい生徒達の嘆く声が聞こえてくる。

 

「はぁ……」

 

 どうして、今日はこんなに不幸ばかりが重なるのだろうか。そんな嘆きを溜め息として吐き出し、おそらく家に着く頃にはずぶ濡れであろう自分を想像して遊輝は辟易する。

 そうしてたっぷり数分間、鉛色の空から落ちる雨粒達を見つめた後、漸く一歩を踏み出そうとした、その時。

 

「……?」

 

 遊輝の目に、1つの建物が飛び込んできた。それはハートランド学園が体育館として使っているものだが、その中でもそこは高等部が使用する場所だということは遊輝も知っていた。その体育館の脇に、小さな施設が併設されている。そこは、柔道や剣道をする者が利用する道場。その白塗りの建物の窓から、電灯の光が見えていた。

 雨が降っていて、多くの運動部がその活動の休止を余儀なくされていたとしても、室内で行われるスポーツに関してはその限りではない。それは理解できるから、その光が必ずしも遊輝の予想どおりだとは限らない。否、杞憂の可能性の方が高いだろう。

 だが――妙な胸騒ぎがした。根拠は全くなく、あくまでも直感的なものでしかないが、それでも遊輝はどうしようもない焦燥感に駆られた。

 

「……っ」

 

 気づけば、遊輝は走り出していた。迷いもなく、豪雨の中へ突っ込んでいく。雨に制服が濡れるのにもお構いなしに、遊輝は水たまりの水を跳ね飛ばし、雨の中を駆けた。

 道場の入り口には、思いの外早く着いた。乱暴に戸を開け、中に滑り込み――顔を上げた遊輝の目に、恐れていた光景が飛び込んできた。

 倒れ伏す生徒達。誰もが、高等部の人間と思われる女子生徒達だ。

 そして部屋の奥には、竹刀を大上段に振りかぶり、今にも振り下ろそうとする男性と、自身をかばうように腕を交差させて目を瞑る少女の姿。

 迷うことなく、遊輝はその間に割り込んだ。

 

「つっ……!」

 

「……!?」

 

 痛みに顔を顰める遊輝。驚愕に大きく目を見開いたツァンの顔が視界の隅に映る。

 

「……何だお前は?」

 

 頭上から聞こえてきた低音に顔を上げると、竹刀を肩に担いだ男が鋭い眼差しで遊輝を見下ろしていた。この男が、ツァン達剣道部員を苦しめていたというのか。そう思うと、心の底から燃え滾るような怒りが湧き上がってくる。

 

「あ、アンタ……!」

 

「……下がってて、ツァンさん」

 

 後ろ手に庇うツァンに短くそう言うと、遊輝は真っ直ぐに男性教師を睨みつけた。男性教師は彫りの深い顔をした中年で、2人を優に超える長身から真っ直ぐに遊輝を見下ろしていた。

 

「どうしてこんなことを……!」

 

「どうして、だと? 勝つために決まっているだろう。いいかね、何事も勝つことこそが全て! 勝ち続けられないのなら、それは負け犬だ。私は、彼女らがそうならないよう、指導しているだけだ!」

 

 男性教師は、己の行動に何の疑問も罪悪感も抱いてはいないようだった。それが遊輝の怒りを一層煽る。そして、ぎり、と音がしそうな程強く手を握り締める遊輝の傍に光が収束し、エッジが姿を現し――途端、はっと男性教師を見ると、叫んだ。

 

『遊輝! やはり奴はNo.だ!』

 

「えっ!?」

 

 男性教師を睨みつけていた遊輝は思わず振り返った。表情からは怒りが消え、代わりに大きな驚愕が満たしていく。

 まさか、という遊輝の疑念を晴らすように――また、エッジの言葉の正しさを裏付けるかのように、男性教師の手の甲に〝EX31〟を模した文字が浮かび上がった。

 

『遊輝、デュエルだ! デュエルで奴からNo.を引き剥がせば、奴は元に戻る!』

 

「……そういうことならっ」

 

 遊輝は鞄からデッキとD-パッドを取り出すと、そのまま腕へ装着した。そして、毅然と男性教師を正面に見据え――。

 

「先生、デュエルだ!」

 

「何?」

 

 指を突きつける遊輝に、訝しげに男性教師は目を釣り上げる。

 

「僕が勝ったら、暴力のない正しい指導に戻すと約束していただきます!」

 

「ふん。では……そうだな。お前が負けたら、お前も剣道部に入ってもらおうか。私ばかりがデメリットを負うのでは、フェアではないからな」

 

「なっ……」

 

 遊輝の背後で話を聞いていたツァンは言葉を失った。デュエルに負ければ、自分だけではない。この少年までもが、この教師の暴力の餌食になってしまう。そんなことはなんとしてもさせるわけにはいかない。自分は構わない。だが、この少年だけは守らねば。自分でも信じられないような使命感が、恐怖を超えてツァンに行動を起こさせようとした。

 しかし。

 

「……解りました」

 

「ち、ちょっとアンタ! どうしてそこまで……」

 

「決まってるでしょ。ほっとけないからですよ、ツァンさんのこと!」

 

 しばし思考した遊輝は、彼の出した条件に首肯した。ツァンには信じられなかった。この光景を見れば、彼の行う仕打ちがいかに酷いものであるかは誰が見ても明らかなはず。だのにこの少年は、それでも立ち向かうというのだ。

 その勇気がどこから湧いてくるのか。どうしてそこまで、自分を気遣ってくれるのか――知りたいと想っている自分がいることに、ツァン自身も気付いていた。

 D-パッドがデュエルディスクに変形し、D-ゲイザーの映し出すARヴィジョンがリンクする。

 

『ARヴィジョン リンク完了』

 

「「デュエル!」」

 

(お願い、負けないで……負けたら許さないんだからっ)

 

 心の内でディスクを構える遊輝の勝利を祈り、ツァンは静かに戦いの始まりを見守った。

 




はい、というわけで今回のお話は、TFの人気キャラツァン・ディレさんのお話でした。若干暗いお話になってしまった気もしますが、楽しんでいただけましたでしょうか。
ちゃんと彼女のツンデレが書けてるかどうか不安でならない……!

何気にデュエルの全くないお話って、今回が初めてだった気がします。デュエルだけが遊戯王じゃありませんし、小説なのですからたまにはこういう回があったっていいですよね。
次回、いよいよデュエルとなります。お楽しみに。


ではでは、次回までまた暫しの別れを。神崎でした。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。