遊戯王ZEXAL ―BRAVE HEROES―   作:神崎はやて

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ナンバーズ 16 KENYoU

 佐藤謙羊という男は、怠惰な人間であった。身なりは一応は整えられているが、常に怠そうに澱んでいる目と同様、諦め癖のついたその性根ではまともな仕事1つ見つけられず、住んでいるアパートの一室でだらけた毎日を送っていた。

 

『さあ、ついに始まりましたワールドデュエルカーニバル! ハートランド主催のこの大会には、世界各国から優れたトップデュエリスト達が参加表明をしており――』

 

 何気なく見ていたテレビのニュース。今まさに彼の住むハートランドシティで開催中である、WDCの特集のようだ。まるでサッカーワールドカップか何かのように、最近ではどのチャンネルを入れてもWDC一色だ。さほど興味もない謙羊は、徐にテレビを消してよろよろと立ち上がった。今日は、近所にあるコンビニのアルバイトのシフトが入っている日だ。めんどくせぇ、と言いつつ謙羊は着替えると、外に出る。フリーターと言えば聞こえはいい。だが所詮はアルバイトで食いつなぎながら、職を探し続ける毎日。弱い自分にも、それを甘受している現状にも嫌気がさしていたが、今の謙羊にはどうしようもなかった。アパートを出て、通りの角を右に曲がったところに、いつも謙羊が通っている――バイトとしても、客としても――コンビニがある。

 けれど、今日に限っては曲がり角の向こうの景色は少しばかり違っていた。

 

「いくよ! 〝E・HERO ネオス〟で、ダイレクトアタック!」

 

 白銀の肢体を持つ輝かしいHEROが、黒衣の少年が対峙する男性に手刀を叩きつける。ライフカウンターが現れ、2200程あったらしいライフが一気に0となった。

 

「やった! これで僕の勝ちですね、お兄さん!」

 

「はは……参ったな、完敗だよ。約束通り、このハートピースは君のものだ」

 

 咄嗟に着けたDゲイザーの映し出すAR空間が消えていく。ガッツポーズをとった少年の言葉に敗北した青年が苦笑いし、ハートピースを投げて寄越したところで、謙羊はたった今までデュエルが行われており、そして今まさにそれが終局したのだと、消えていく〝ネオス〟の後ろ姿を眺めつつ漸く理解した。

 

(……あーそっか、WDCね。なるほど)

 

 テレビで見る向こう側の世界がなんだか酷い幻影のように見えていた謙羊は、今の今までWDCが開幕したこと自体を忘れてしまっていた。自分には縁のない、光に照らされた世界。栄光を掴み取れる人間は参加者の中でもごく僅かとはいえ、それでも参加しているという事実があるだけでも、今の謙羊よりは数段輝いていることは間違いない。少なくとも、やりたいことが――夢があるということなのだから。

 だから、謙羊には今目の前で勝利を噛み締めている少年の姿が、この上なく眩しく見えた。

 

「……やあ、遊輝君」

 

「あ……謙羊さん。お久しぶりです」

 

 気まぐれに話しかけた少年は、屈託のない顔で振り返り、微笑んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

○ナンバーズ16 KENYoU

 

 

 

 田神遊輝と佐藤謙羊は、遊輝が幼い頃からの馴染みだった。遊輝がまだ小学生の頃、謙羊が近くのアパートに越してきたのである。今の彼を知る人間からしてみれば想像もつかないことだが、彼もその頃は情熱に満ち溢れ、夢に向かってひた走る青年だった。おまけに両親は資産家。幼い頃から英才教育を受けてきた彼は頭脳明晰で、遊輝もよく宿題を手伝ってもらいに彼のアパートで足を運んでいた。父を亡くし、母も仕事で飛び回っており、家にいるのは妹の百合と、1年に数回しか戻ってこない自称カードコレクターの祖父のみ。そんな家庭事情の遊輝の、いわば親代わりのような青年であった。

――が、とある事件を切っ掛けにその情熱すらどこかに置いてきてしまってからは、互いに疎遠になっていた。

 

「……どうですか? その、最近は」

 

「……別に。どうもなってねぇよ」

 

「そう、ですか……」

 

 とりあえず近くの公園まで移動し、ベンチに並んで腰を下ろしたはいいものの、会話が続かない。さすがの遊輝も、どう接したらいいのか計りかねている様子だ。

 

「百合も心配してましたよ。どうです、お仕事見つかりましたか?」

 

「……お前には関係ねぇだろ! 僕に構うな!」

 

「あ……」

 

喚いてから、しまった、と思い謙羊ははっとして遊輝を見るが、案の定遊輝の表情は沈んでいた。瞬間、謙羊の心に激しい罪悪感が渦巻く。

 

「ご、ごめんなさい……」

 

遊輝の謝罪にも、言葉が出てこない。両者共に一言も口にしない気まずい沈黙が場を支配し――どれほどの時間が経っただろうか。

 

「あら、遊輝君?」

 

「……加藤先生?」

 

 遊輝にとっては聞き覚えのある声が、公園が面している道路の方から聞こえてきて、遊輝は顔を上げた。小さな栗色の手提げを右肩に下げ、爽やかなライトグリーンのシャツを来た担任教師は、遊輝の方を見てにこやかに手を振っている。

 

「どうしたの、こんなところで?」

 

「先生こそ……」

 

「私? 私は買い出し。ほら、WDC期間中は学校もないから。今の内に、ね」

 

 そう言ってウインクすると、加藤は左手に持っていた買い物袋を突き出した。なるほど、そういえばWDC期間中は、ハートランド学園も休日になっていた。選手として大会に参加する生徒達への配慮だろうか。教師はさすがに休みではないだろうが、生徒がいないというだけでも僅かながら息をつけるチャンスなのだろう。買い物袋の中から微かにはみ出しているおつまみ用の烏賊の袋は見えなかったことにした遊輝が苦笑いすると、加藤の視線が謙羊へ向いた。

 

「あら、お知り合い?」

 

「あ、はい。近所に住んでるお兄さんで、よくお世話になってました」

 

 そう、と嬉しそうに頷く加藤の姿に嫌な予感がした謙羊は急いで立ち去ろうとしたが、その間もなくつかつかと加藤が目の前まで歩いてきて、にっこりと微笑みかけた。

 

「初めまして、遊輝君の担任の加藤由紀です。よろしくね! えーと……」

 

「ああ、佐藤謙羊ッス。こちらこそ初めまして……」

 

 俯き加減に言った挨拶にも加藤は難色を示すことなくにこにこと笑ったままで、それがますます居心地が悪く感じて、謙羊は目を逸らす。

 

「この人とデュエルしたの?」

 

「あ、いえ。謙羊さんはWDCには参加していないので……」

 

「ふーん……」

 

「あ、あの……もういっすか? 僕、今日バイトのシフトが入ってるんすけど……」

 

「まあ待ちなさい青少年!」

 

 そそくさとその場を後にしようとする謙羊の肩を、加藤はがっしりと掴んだ。振り返れば、そこには男ならば思わずどきりとしてしまうかもしれない程の、加藤のいい笑顔がある。けれど実際にそれを向けられている謙羊は、ますます嫌な予感がして表情をひきつらせた。

 

「青少年って……僕もう十分おっさんなんすけど」

 

「貴方、デュエルできるんでしょう?」

 

「いや、聞けよアンタ」

 

「あはは……加藤先生、一旦火がついちゃうとなかなか止められないから……」

 

 全く話を聞こうともしないで謙羊に詰め寄る加藤。その様子を、苦笑いしながら横で見ていた遊輝が言う。この場で唯一の頼みの綱だと思っていただけに、遊輝にもどうしようもないと、彼の言葉から察した謙羊はがっくりと肩を落とした。

 そんな彼の内心を知ってか知らずか、加藤は言う。

 

「ねえ、デュエルしましょうよ?」

 

「……はい?」

 

「なんだか貴方、しょぼくれてるみたいだし。悪い気分なんか、デュエルすれば皆すっ飛んじゃうわよ!」

 

「いや、僕はデュエルをやる気は……」

 

 かつて夢を諦めてから、謙羊は大好きだったデュエルからも距離を置くようになっていた。今もデッキは自室のタンスに未練がましくしまってあるが、ここ数年程触ってはいない。おそらく今頃埃を被っているであろう己のデッキを思い、ますます気分が沈む。

 

「んー……」

 

 その様子をどう捉えたのか、加藤は考え込み始めた。そしてややあって遊輝の方へ向き直ると、指を突き付ける。

 

「じゃあ、私の相手は遊輝君よ!」

 

「ぼ、僕ですか?」

 

「うん。デュエルはやるのも楽しいけど、見るのも楽しいもの! 私たちで楽しいデュエルをして、謙羊さんの憂鬱な気持ち吹き飛ばしちゃいましょう!」

 

 既に自分のディスクを構えてやる気満々の加藤を前に、遊輝はちら、と謙羊を見た。彼の心に巣食う絶望は強く、根強い。彼がここまでになったのは、彼の家庭環境が原因の一つだった。

 先述のとおり、謙羊はエリートの家系に生まれ育った。幼いころから英才教育を施され、何不自由ない生活を送っていた彼は、次第に1つの夢を抱くようになった。それは、己の手でカードショップを開くこと。だが、彼の両親はそれに難色を示した。両親としては、ただのカードショップ店長に留まらず、プロで活躍する世界レベルのトップデュエリストになってもらいたいと願っていたからだ。すれ違いは彼と両親との間に軋轢を生み、謙羊は家を飛び出した。そうして辿り着いたのが、ここ、ハートランドシティ。謙羊は早速アパートを借り、カードショップを開くために行動を起こした。

 結論を言えば、彼は挫折した。悪質な詐欺に遭い、カードショップを開くどころか、そのために貯めていた資金も根こそぎ奪われた彼は、冷酷な世界に絶望した。全てに嫌気がさし、夢のために一回も休まず通っていた書店のアルバイトにも行かなくなった。店長は彼に非常によくしてくれていたが、彼の心の傷は深く、ついに自らそこを去った。謙羊は、この町に来て築き上げてきた全てを失ったのだった。残ったのはボロアパートと、かつて組み上げ、共に戦ってきたカードデッキ1つ。自らの情熱すらも失った彼は、文字通り抜け殻だった。

 だが、もしかしたら。熱く楽しいデュエルを見れば、また彼の心にも、会ったばかりの頃のような情熱が蘇ってくれるのではないか――。

 

「解りました、やりましょう」

 

「そうこなくっちゃ!」

 

 頷いた遊輝と対面するように場所を移動した加藤は、木陰に買い物袋とバッグを置くと、意気揚々とデュエルディスクを構えた。完全にその場を去るタイミングを逃した謙羊も、渋々ベンチに座り直す。せっかく自分のためにしてくれていることだというのに、そのまま去ることなどできない。そう思える程度には、謙羊の心は死んではいなかった。

 

「「デュエル!」」

 

 

○遊輝

LP:4000

 

○由紀

LP:4000

 

 

「先攻は私よ。私のターン、ドロー! 私は、〝切り込み隊長〟を攻撃表示で召喚!」

 

 2振りの剣を携え、現れる〝切り込み隊長〟。遊輝もかつて使っていた、ポピュラーな戦士族モンスターだ。その展開力は非常に使い易く、エクシーズ召喚への起点にもし易い。

 

「〝切り込み隊長〟の効果発動! このカードの召喚に成功した時、手札からレベル4以下のモンスター1体を特殊召喚できるわ! 私はもう1体〝切り込み隊長〟を召喚!」

 

 〝切り込み隊長〟の声に応じ、もう1体の〝切り込み隊長〟が姿を現す。同じ顔の人間が揃うと奇妙に感じるものだが、さほどそう感じないのは、彼らがソリッドヴィジョンだからだろうか、などとどうでもいいことを考える遊輝の前で、伏せカードが1枚スパークを纏いながら実体化した。

 

「私はこれでターンエンド。さあ、遊輝君のターンよ!」

 

「僕のターン、ドロー!」

 

 カードをドローして、遊輝は場の状況を確認する。

 

(エクシーズ召喚をしてこなかった……?)

 

 同じカードなので、当然2体の〝切り込み隊長〟のレベルは同じ。エクシーズ召喚すれば、ランク3のモンスターエクシーズを呼び出すことも出来た。勿論、この世界のデュエリスト全員がエクシーズ召喚を使うわけではないし、今がその状況でなかった場合もあるので一概には言えないが。

 

「……待てよ? 〝切り込み隊長〟が2体ってことは……!」

 

「そう、よく気付いたわね。〝切り込み隊長〟には、もう1つ効果がある。このカードが場に存在する限り、〝切り込み隊長〟以外の戦士族モンスターには攻撃できないっていう効果がね」

 

「切り込みロック……!」

 

 思わずひゅう、と口笛を吹き、謙羊はコンボの通称を呟くと、それを実現した加藤のタクティクスを素直に称賛する。1体目の〝切り込み隊長〟がいる限り、もう1体の〝切り込み隊長〟には攻撃できない。更にもう1体の〝切り込み隊長〟が場にいる限り、1体目の切り込み隊長にも攻撃できない。結果、どちらにも攻撃できないため、疑似的な攻撃封じのロックが完成する。これが切り込みロックである。突破するには少なくともどちらか片方をカード効果で排除するか、モンスター効果自体を無効にしてしまうしかない。

 

「厄介ですね……」

 

「ふふ、これでも教師ですもの。さあ、どこからでもかかってらっしゃい!」

 

 遊輝は改めて手札を見た。今、加藤の場を切り崩せるカードは遊輝の手札にはない。ここは焦らず、自分の場を整えることがベストの選択だろう。

 

「僕は〝E・HERO エアーマン〟を召喚! 効果でデッキから、HERO一体を手札に加えます。〝アナザー・ネオス〟を手札に! カードを1枚伏せ、ターンエンドです」

 

「私のターン、ドロー! 〝異次元の女戦士〟を攻撃表示で召喚よ!」

 

 これもまた、遊輝が以前使っていたモンスター。戦闘した相手モンスターを強制的に除外させてしまう強力な効果を持つカードだ。そしてこのカードも戦士族。当然、切り込みロックの効果範囲内である。

 

「〝異次元の女戦士〟で、〝エアーマン〟を攻撃するわ。そしてこの攻撃宣言時、速攻魔法〝虚栄巨影〟を発動! モンスター1体の攻撃力を1000ポイントアップよ!」

 

 

○異次元の女戦士

ATK:1500→2500

 

 

 〝ネオス〟にも匹敵する攻撃力を得た女戦士の光剣が、エアーマンを大上段から切り裂く。

 

 

○遊輝

LP:4000→3300

 

 

「くっ、〝エアーマン〟……!」

 

「私はこれでターンエンドよ」

 

「僕のターン、ドロー……よし、僕は〝アナザー・ネオス〟を攻撃表示で召喚!」

 

 ドローカードを見て表情を変えた遊輝が呼んだのは、攻撃力1900の〝アナザー・ネオス〟。下級にしては攻撃力も高い、主力となり得る1枚だが――。

 

「なるほど。確かにいいカードだけど、このロックの前ではいくら攻撃力が高くても意味ないわよ?」

 

「解っています。だからこれを使うんです! 速攻魔法、〝デュアルスパーク〟!」

 

 〝アナザー・ネオス〟が、その身をエネルギーの塊に変え、〝切り込み隊長〟1体に突撃した。一柱を失ったロックは解除される。これで、もう1体の〝切り込み隊長〟に守られている〝異次元の女戦士〟は無理でも、〝切り込み隊長〟自身にならば攻撃を通すことができる。

 

「〝デュアルスパーク〟の効果で、カードを1枚ドロー。更に魔法カード、〝ミラクル・フュージョン〟を発動! 自分の墓地の素材となるモンスターを除外し、E・HEROの融合モンスター一体を融合召喚します! 僕は墓地の〝エアーマン〟と〝アナザー・ネオス〟をゲームから除外して、〝E・HERO The シャイニング〟を融合召喚!」

 

 〝エアーマン〟と〝アナザー・ネオス〟が、光の渦の中に溶けていく。その中から現れたのは、背に光の環を背負ったE・HEROだ。

 

「融合……! HEROお得意の戦術が出たわね」

 

「まだです。〝E・HERO The シャイニング〟の効果。除外されているE・HERO一体につき、攻撃力が300アップ!」

 

 

○E・HERO Theシャイニング

ATK:2600→3200

 

 

「攻撃力3200……!」

 

「バトル! 〝シャイニング〟で〝切り込み隊長〟を攻撃! 〝オプティカル・ストーム〟!」

 

「くぅっ……!?」

 

 

○加藤由紀

LP:4000→2000

 

 

 一気に初期値の半分ものライフを削られた加藤の表情にも、若干の焦りの色が浮かぶ。だが、それでもその眼に宿る闘志は少しも衰えていない。

 

「やるわね、遊輝君!」

 

「やるからには負けられませんから! 僕はカードを更に1枚伏せ、ターンエンド!」

 

 これでライフも場も、遊輝の方が有利になった。戦闘した相手をバトルの勝ち負けに関係なく除外してしまう〝異次元の女戦士〟がいる以上油断は禁物だが、ライフが少なくなった今、3200もの高い攻撃力を持つ〝シャイニング〟には迂闊に攻撃できない。

 カードをドローした加藤は逡巡した後、動いた。

 

「〝異次元の女戦士〟を守備表示に変更。1枚伏せてターンエンドよ」

 

「僕のターン」

 

 カードをドローし、遊輝は考えた。今加藤の場には、2枚の伏せカードがある。このまま手札のモンスターを召喚し、先にそちらで〝異次元の女戦士〟を排除してから〝シャイニング〟で攻撃すれば、遊輝の勝利が決定する。だが、加藤もそんなことは百も承知のはずだ。であるならば――。

 

(〝異次元の女戦士〟は囮。本命はあの……伏せカードか!)

 

 相手の戦術は読めた。ならばあとは動くだけ。幸い今の手札なら、この場を切り崩すことができる。

 

「僕は、〝E・HERO オーシャン〟を召喚!」

 

 三又の槍を掲げたE・HERO、〝オーシャン〟が場に現れた。攻撃力は1500。下級HEROとしては中堅レベルの能力値だ。しかしそれを見た加藤は、怪訝そうな表情で言った。

 

「〝オーシャン〟……モンスターの回収効果を持ったHEROね。でも、私の〝異次元の女戦士〟の守備力は1600。〝オーシャン〟の攻撃力じゃ、突破できないわよ? プレイングミスかしら?」

 

「残念ですが、それはハズレですよ。更に僕は速攻魔法、〝マスク・チェンジ〟を発動! 自分の場のHERO一体を墓地へ送り、それと同じ属性を持つM・HERO一体を、エクストラデッキから特殊召喚する!」

 

「M・HERO!?」

 

「僕は〝オーシャン〟を墓地へ!」

 

 〝マスク・チェンジ〟のカードから青いマスクが現れ、それがオーシャンの頭部をすっぽりと覆うと、光と共に全身を変化させていく。

 

「変身召喚! 現れろ、そして全てを溶かし尽くせ! 〝M・HERO アシッド〟、攻撃表示!」

 

 小銃を持った、水のM・HERO。アシッド()の名を冠するそのHEROの力は――。

 

「〝アシッド〟の効果発動! 〝マスク・チェンジ〟で特殊召喚に成功した時、相手フィールド上の魔法・罠を全て破壊し、相手フィールド上のモンスター全ての攻撃力を、ターン終了時まで300ポイント下げる。Acid rain!」

 

 頭上へ向けて、〝アシッド〟の銃が放たれる。それはある程度の高度へ達したところで弾け、加藤のフィールドへ酸の雨を降らせた。モンスター達は僅かに力を奪われただけで済んだが、伏せてあった罠カード――〝聖なるバリア―ミラーフォース―〟が腐食し、朽ちていく。

 

「これで攻撃を阻むものは何もない。行きます! 〝アシッド〟で〝異次元の女戦士〟を攻撃! 〝Acid burret〟!」

 

「い、〝異次元の女戦士〟の効果発動! 戦闘したモンスターと共に除外されるわ!」

 

 攻撃を防ぐ手段がなくなり、加藤の表情にも焦りが浮かんでくる。〝異次元の女戦士〟が銃撃を紙一重でかわしながら懐に飛び込み、〝アシッド〟を自分ごと異次元へ幽閉した。攻撃力の高いモンスターが消えたのは痛いが、これで加藤の場はガラ空き。

 

「これで決める! 〝シャイニング〟でダイレクトアタックッ!」

 

3200という一撃必殺クラスの攻撃力での直接攻撃。ライフ2000しかない今の加藤では、この攻撃が通れば勝負が決まってしまう。

 

ーーだが。

 

「詰めがあまいわよ、遊輝君! 手札から、〝バトル・フェーダー〟のモンスター効果を発動!」

 

「手札からモンスター効果!?」

 

加藤の手札から悪魔の振り子が現れて、ベルを打ち鳴らした。音波を受けた〝シャイニング〟は戸惑ったように攻撃体勢をとく。両掌の間に収束し、大きくなりつつあった黄金色のエネルギーも霧散していく。

 

「このカードは相手がダイレクトアタックをしてきた時に特殊召喚して、バトルフェイズを終了させることが出来るのよ!」

 

「凄い……攻撃を防げるだけじゃなくて、場にモンスターを残せるだなんて……! ターンエンドです」

 

遊輝の場には、攻撃力3200の〝シャイニング〟。加藤も後一歩のところまで追い詰められはしたものの、場にモンスターを残すことができた。勝負はまだまだ解らない。

 

(凄ぇ……!)

 

自分でも気づかないうちに、謙羊も手に汗を握りながら2人のデュエルに見入っていた。状況は遊輝が優勢であるものの、たった一枚のドローで大逆転が起こる可能性があるのがデュエルだ。加藤の表情は、まだ諦めている顔ではない。隙あらば覆してやろうという、闘志を秘めた顔だった。

 

「私のターン! ドロー! 魔法カード、〝トレードイン〟。手札のレベル8モンスターを捨てて……2枚ドロー! 更に同じく〝トレードイン〟! 2枚ドローするわ!」

 

ドキドキしながら謙羊が見守る中、加藤がカードをドローする。ドローカードを確認し、加藤の表情が変わった。

 

「……来た! 来たわよ、私の切り札!」

 

「!」

 

この土壇場で、キーカードを引き当てる強運。真にカードを愛し、カードに愛されているが故の必然。それはひとえに、彼女が心の底からこのデュエルを楽しんでいる結果に他ならない。

 

(羨ましいな……畜生)

 

嘗ては、謙羊もそうだった。カードを愛し、心からゲームを楽しんでいた。その時は、恐れるものなど何一つなくて――そして、幸せだった。

だが。挫折を味わい、やさぐれてからは、そんな気持ちすらも忘れてしまっていた。

 

「私は魔法カード、〝高等儀式術〟を発動! デッキから通常モンスターを、レベルの合計が儀式モンスターと同じになるように墓地へ送り、儀式召喚よ!」

 

「ぎ、儀式っ!?」

 

 儀式魔法を使って、召喚するモンスター以上のレベルになるようモンスターを場や手札から生贄に捧げることで、儀式モンスターを特殊召喚する。それが儀式召喚。デュエルモンスターズ黎明期に既に登場していたこの召喚方法は、かの決闘王(デュエルキング)、武藤遊戯も使用したことのあるものだが、エクシーズ召喚が一度世界に広まると、デュエルの高速化と共に次第に廃れていってしまった。故にもう殆どお目にかかることはないと遊輝自身思っていたのだが――。

 加藤の場に現れた祭壇。その中央に置かれた壺に、デッキから光が流れ込んでいく。

 

「私はデッキから〝ゴギガ・ガガギゴ〟を墓地へ送り、手札の〝カオス・ソルジャー〟を儀式召喚!」

 

 強者の魂を生贄に、キングオブデュエリストがかつては従えた最強の戦士が場に降臨する。攻撃力3000。その風格に違わぬ数値である。

 

「〝カオス・ソルジャー〟……! けど、まだ攻撃力なら〝シャイニング〟の方が上です!」

 

「更に私は、〝デーモンの斧〟を〝カオス・ソルジャー〟装備! 攻撃力1000ポイントアップよ!」

 

 

○カオス・ソルジャー

ATK:3000→4000

 

 

「攻撃力4000……!」

 

 さすがだ、と謙羊は素直に加藤を褒め称えた。あの状況から逆転の一手を手繰り寄せる引き。教師という肩書きも、どうやら伊達ではないらしい。

 

「更に死者蘇生で、墓地の〝ゴギガ・ガガギゴ〟を特殊召喚! 行くわよ、バトル! 〝カオス・ソルジャー〟で〝シャイニング〟を攻撃っ! カオス・デーモンズ・ブレード!」

 

 剣から斧に持ち替えた〝カオス・ソルジャー〟。醜悪な造形の斧を手にしても、その威圧感と風格は衰えることはない。思い切り跳躍し、大上段から斧を叩きつけられた〝シャイニング〟は、爆散し消滅した。

 

 

○遊輝

LP:3300→2500

 

 

「くっ……〝シャイニング〟の効果発動! このカードが破壊された時、除外されている自分のE・HEROを2体まで選び、手札に戻す」

 

「手札を補充されたかぁ……。でも、このまま決めれば問題ないわね! 〝ゴギガ・ガガギゴ〟! とどめのダイレクトアタックよ!」

 

戦いに明け暮れ、強さを追い求めた挙句己の自我をも失ってしまった。そんな悲しき運命を辿った爬虫類の戦士、〝ゴギガ・ガガギゴ〟。攻撃力は2950。通常モンスターとしては、あの〝青眼の白龍〟には僅かに及ばないものの、最高クラスだ。遊輝のライフは2500。この攻撃が通れば負ける。

大きく跳躍して拳を振り上げた〝ゴギガ・ガガギゴ〟を前に、遊輝は身構える。

 

(……今度こそ決まったか)

 

謙羊は、加藤の勝利を確信して目を閉じため息をついた。そして再び目を開き、遊輝の方を見た時、謙羊の心は激しく揺さぶられた。

 

(笑ってる……!?)

 

謙羊の目の前で、遊輝は笑っていた。子供らしい無邪気で、真っ直ぐな笑顔。だが、謙羊には理解できなかった。全てに絶望してしまった彼には、ピンチだからこそ燃える遊輝の心など、全く理解できなかった。

 

「僕は罠カード、〝ピンポイント・ガード〟を発動!」

 

遊輝の場に伏せられたカードの内1枚が表になって発光する。その輝きを前にするまで、謙羊は遊輝の場にカードが伏せられていたことすら忘れていた。加藤の召喚したモンスターのパワーに圧倒され、その時点で見切りをつけてしまったから。

 

(俺……俺は、何を見てたんだ)

 

以前の自分なら、プレイヤーの場に伏せられたカードを見逃すことなどなかったはずだ。目を曇らせたのは、過度な諦観。すぐに勝負を投げ出す無気力さ、諦めグセ。謙羊は、湧き上がってきた自分への苛立ちを抑えるべく、拳を強く握った。

 

「〝ピンポイント・ガード〟の効果により、墓地から〝オーシャン〟を特殊召喚。そして〝ピンポイント・ガード〟の効果で特殊召喚されたモンスターはそのターン、戦闘や効果で破壊されません」

 

「……決めきれなかったかー。しょうがないわね、ターンエンド」

 

「僕のターン」

 

 カードをドローし、遊輝は真っ直ぐに加藤を見た。まだまだモチベーションを失っていない真っ直ぐな眼差しを、遊輝へと向けている。勝利の方程式は揃った。後はそれを解へ導くだけ。だがこの勝負は、ただ勝つだけでは意味がない。謙羊の情熱を取り戻す、そのためのデュエルなのだから。

 遊輝は続いて、ちら、と謙羊を一瞥し――微笑した。視線の先には、手を固く握りしめて対戦を見守る謙羊の姿があった。あれなら、きっと大丈夫。そう信じ、遊輝は手札をとる。

 

「〝E・HERO プリズマー〟を攻撃表示で召喚。そして効果を発動。エクストラデッキの融合モンスター、〝ネオス・ナイト〟を公開し、デッキの〝ネオス〟を墓地へ送ってこのターン、〝プリズマー〟は〝ネオス〟として扱います。リフレクト・チェンジッ!」

 

 姿を変えていく〝プリズマー〟。外見は完全に〝ネオス〟へと変身したが、ステータスは〝プリズマー〟のままだ。〝カオス・ソルジャー〟はおろか、〝ゴギガ・ガガギゴ〟ですら倒すことはできない。

 

「すっごい! あの伝説のカード、〝ネオス〟を見られる日が来るなんて! 教員やっててよかったわー、うん」

 

「けど、〝プリズマー〟の攻撃力は1700。全然届いてないんだけど」

 

「そうですね。なら、届くようにしてみせます! 僕は、2枚目の〝マスク・チェンジ〟を発動! 場のHERO一体を墓地へ送り、エクストラデッキから同じ属性のM・HEROを特殊召喚します。〝プリズマー〟を墓地へ送り……現れろ、閃光のHERO! 〝M・HERO 光牙〟っ!」

 

 〝ネオス〟に変身した〝プリズマー〟の頭に、黄金色のマスクが装着され、身体が光に包まれ、変身していく。両腕に伸びる牙のように鋭いエッジ。黄金色の身体は、光を司るHEROに相応しい神々しい姿だ。

 

「新しい、M・HERO……!」

 

「〝M・HERO 光牙〟は、相手フィールド上に存在するモンスターの数だけ、攻撃力が500ポイントアップする。今加藤先生の場には、モンスターは2体。1000ポイントのアップです」

 

 

○M・HERO 光牙

ATK:2500→3500

 

 

「攻撃力、3500……!?」

 

「けど、まだ〝カオス・ソルジャー〟には届かないし、〝ゴギガ・ガガギゴ〟を攻撃してもライフは残る。……どうする気だよ、遊輝君」

 

「……モンスターの攻撃力は絶対じゃない。カードの力を組み合わせることで、上げることも出来れば、下げることも出来る。……そう、こんなふうに!」

 

 瞬間、〝光牙〟の牙の先端から閃光が場を駆け抜けた。それは一直線に〝カオス・ソルジャー〟の体躯を貫き、たまらず最強の騎士は膝を折る。

 

「何が……!?」

 

「〝光牙〟の効果を発動しました。墓地のHERO一体を除外することで、相手フィールド上のモンスター1体の攻撃力を、除外したモンスターの攻撃力分ダウンさせます。除外するモンスターは〝ネオス〟。これにより、〝カオス・ソルジャー〟の攻撃力を2500ポイントダウン!」

 

 

○カオス・ソルジャー

ATK:4000→1500

 

 

 本当は、墓地にいる〝プリズマー〟を除外して、〝ゴギガ・ガガギゴ〟の攻撃力を下げるだけでも勝っていた。だが遊輝はあえて、最高の一撃を叩き込もうと決意した。加藤のエースを――〝カオス・ソルジャー〟を打倒してこそ、謙羊の心は開かれると信じたから。

 

「……私の負け、か。さあ来なさい遊輝君! 全力で受け止めるわ!」

 

「いきます! 〝M・HERO 光牙〟で、〝カオス・ソルジャー〟を攻撃! レイザー・ファングッ!!」

 

「迎え撃ちなさい! カオス・デーモンズ・ブレード!!」

 

 〝光牙〟と〝カオス・ソルジャー〟が互いに跳躍し、空中で激しく衝突した。次第に押し込まれていく〝デーモンの斧〟。それを見た〝光牙〟が、更に力を強めると、双牙が〝カオス・ソルジャー〟を深々と切り裂いた。

 

 

○加藤由紀

LP:2000→0

 

 

「はっ……ははははっ…」

 

 最後は激しい鍔迫り合いに終わったデュエルの幕引きを見て、謙羊は乾いた笑いを上げることしかできなかった。悔しいが、今のデュエルは燃えた。1ターンで高攻撃力のモンスターを2体も揃える加藤もさることながら、それを逆転して見せた遊輝。思わず夢中になって観戦してしまった自分に気づき、謙羊はただ手が震える思いだった。

 

「何だよ……最高じゃねえか…!」

 

「……謙羊さん」

 

 気づけば、Dゲイザーを外した遊輝が目の前にいた。加藤といえば、デュエルしていた場所から離れず、ニコニコといい笑顔を浮かべながらそれを見ている。

 

「……悪かったな」

 

「え?」

 

「いや……ほら、いろいろと。ウザかったろ?」

 

 たった1度の挫折で、くよくよするような弱いところを見せてしまった。改めて思い返せば、今までの自分が酷く醜く思えてくる。けれど遊輝は、そんな謙羊の言葉に微笑みを浮かべて首を横へ振った。

 

「よかった、昔の謙羊さんだ」

 

「……迷惑かけたな」

 

「ふふっ、これで一件落着ね!」

 

 ありがとうございました、と苦笑交じりに頭を下げると、加藤は満足げに頷いた。

 

 

 

☆★☆★☆★☆

 

 

 

 その後、謙羊は予定通りアルバイトへ出かけた。店長には遅刻を咎められはしたが、幸いリストラにはならずに済んだ。

 いつもなら、叱責に対する嫌悪がそのまま顔に出て、周りまでどんよりとした空気に包まれるところであったが、今回はそうはならなかった。遅刻は己の責任であり、店長の叱責も当然のことだと受け止めることができたからだ。すみませんでした、と素直に頭を下げる謙羊の姿に、店長も他の店員も目を丸くしていたという。

 その日はいつも以上に働いた謙羊。上がり際に店長に言われた、「お前、変わったな。いい意味で」という言葉が妙に嬉しく心に残った謙羊は、清々しい表情で帰路についていた。星が瞬くいい夜だ。せっかくなので、謙羊は少し歩くことにした。

 街灯が眩く光る人気のない道を、謙羊はゆっくりと深呼吸しながら歩いて行く。

 

――魔が迫ってきたのは、そんな時だった。

 

 

「……貴方、いい闇を持ってる」

 

「……ん? アンタ誰?」

 

 頭から足まで、すっぽりと黒衣に包まれた人間が街灯に寄りかかっていた。突然声をかけられた謙羊は驚きながらも問いかける。

 

「私は影。私は闇。私は――絶望」

 

「は?」

 

 よく解らないことを言われた謙羊の口から間抜けな声が出る。解ったのは、声のトーンから察するに目の前の人物は女であろうということ。そして――最後の言葉に込められた、言い表せない程の威圧感と恐怖。

 

「今は何故か縮んでいるようだけれど。それでもすぐに膨れ上がる。少し……残っている心の闇を広げてあげるだけ」

 

 女が近づいてくる。今にも逃げ出したいが、足が竦んで動けない。震えている間にも、女は謙羊の目と鼻の先のところにまで来て――。

 

 

「さあ……解放しなさい」

 

 

 その言葉を聞いたのを最後に、謙羊の意識は暗闇に飲み込まれていった。

 

 




どうも、お久しぶりでございます。神崎です。

最近いつにもまして忙しいせいか、執筆が遅れてしまっております。……申し訳ない。


さて、今回の登場キャラは、あの脱力系キャラで知られるKENYoUさんです。何気に加藤先生も一緒に登場していただきました。ここで出さないと今後デュエルさせられるか解らないs(ry

何気に新キャラも登場している今回。どうか楽しんでいただけたらなと思います。

では、次回まで。神崎でした。
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