ここはバーチャル日本のどこかに建てられたコロシアム。
普段は世界から忘れられたように静かなこの場所が、今日は空を裂かんばかりの大歓声に包まれている。
「ついに始まりました!!にじさんじライバー最強トーナメント!!」
コロシアム内に司会者らしき男の声が響くと、それに呼応して観客席からも歓声が上がる。
とはいえ、実際に人がいるわけではない。この戦いの様子は配信サイトで同時中継されており、観客席に表示されたウィンドウから画面の向こう側からの声が聞こえているだけだ。
「早速参りましょう!!まずはAブロック第1試合!コーヴァス帝国から来た女騎士 フレン・E・ルスタリオVS同じくコーヴァス帝国出身の元石油王イブラヒム!!」
司会者のコールを受けてコロシアム両側の重苦しそうな扉が開く。暗闇の中から二人のライバーが現れると、会場のボルテージも上がった。
「よろしくねー!」
「よりによってお前かよ......」
浅黒い肌の男がそう呟く。その目は女の腰に下げられた剣に向けられていた。普段は銅のポンだの帰れだの散々なことを言われている彼女だが、一つだけ他の誰にも負けない長所がある。
それは..........................................
それでも故郷コーヴァスで彼女が英雄になったのは、その類まれなる身体能力と剣技がゆえだ。
もし無策で戦えば男は3秒後には土を舐めているだろう。
「それでは試合開始!!」
試合開始と同時にバトルフィールドを覆うように透明な結界が張られる。試合の衝撃でコロシアムが壊れないようにするための措置だ。
「早く降参したら?イブちゃんじゃ私には勝てないよ?」
そう言いながらフレンはゆっくりと距離を詰める。顔はにこやかに笑いながらも、右手はしっかりと剣の柄にかけられている。
「そもそも武器持ってきた?家に忘れてきてない?」
まるで普段のコラボ配信かのようなトーンで喋る彼女の笑顔にイブラヒムは恐怖を覚えた。
(まるで隙がない......)
「.......言ってることやば」
そうしぼりだすと腰に下げた拳銃を抜き、フレンに向けて構える。イブラヒムの武器はこの拳銃と元石油王らしく綺麗な装飾が施されたナイフ、そしていくつかの小道具のみ。
一見すると拳銃とはいえ銃を持っているイブラヒムのほうが有利に見える。だが、ライバーたちや観客を含め誰もが、銃を持っているくらいで勝てるほど、にじさんじライバーは甘くないということを知っている。
事実、フレンは拳銃を向けられようと、歩みを緩めることも、その笑顔を歪ませることもなかった。まるで何も見えていないかのようにズカズカと近づいていく。
「......止まらないと撃つぞ」
フレンは止まらない。
「......降参するなら今だよ。こっちも本気で斬るから」
イブラヒムも下がらない。
フレンが歩みを止めるまでの十数秒間、バトルフィールドの中では、ただコツコツという靴音だけが響いていた。
フレンがイブラヒムの数m手前で止まる。そして、その顔から笑みが消えた。
イブラヒムが意を決したように引き金を引く。拳銃から、乾いた音とマズルフラッシュと共に発せられた弾丸は、0.数秒でフレンの腹部を貫く.......。観客のほとんどがそう思っていた。
1秒後、観客と控室で試合の様子を見ているライバーたちが目にしたのは、ドォンという衝撃音の後、濛々と立ち込める土煙に包まれ、壁まで吹き飛ばされ血を流しているイブラヒムと、銃を躱わしつつ彼に回し蹴りを叩き込み、数十m離れた壁まで吹き飛ばした女騎士の姿だった。
その衝撃の光景を、数秒かけて理解した観客たちは少し遅れて大きな歓声を上げた。
「これは!?あの距離で弾丸を躱し、さらに蹴りまで入れた!?恐るべし、フレン・E・ルスタリオォ!!」
その血まみれの体を起こしやっと立ち上がったイブラヒムに、フレンはまたゆっくりと近づいていく。
「イブちゃんコナン見てないの?拳銃の速さはライフルの3分の1なんだよ?」
(だからなんだよ......)
まるで拳銃の弾は当然のように避けられるとでも言っているかのようなその言葉に、イブラヒムは苦悶の表情を浮かべた。
「......ホントに人間か、お前」
「当たり前でしょ!私はただの女騎士だよ!」
イブラヒムはもう一度銃に手をかけ、今度は1発2発3発と連続して撃つ。
しかしどれも彼女の体に到達する前に剣によって迎撃された。
リロードをして、さらに1発2発3発。だがやはり、フィールド内には弾丸と剣の衝突によって起こる金属音が響くだけで、彼女の体には傷一つつかない。
「......ただの人間が剣で銃弾撃ち落とせるかよ!」
引き金を引きつつ腰からナイフを取り出す。
(もしこれでもだめだったら......あれを使うしかない......か......)
イブラヒムは右手にナイフ、左手に銃を携え駆け出した。追い詰められたイブラヒムが導き出した答えは、あえての接近戦だった。
「ほう......向かってくるのか......逃げずにこのフレンに近づいてくるのか......」
バトルフィールド中央での鍔迫り合い。その言動からわかるようにフレンはまるでイブラヒムを赤ちゃんかのように見ていた。しかしその目はイブラヒムの左手から離れない。
そのままナイフと剣で切り結ぶ。本当ならこの剣撃勝負、イブラヒムに勝ち目など万に1つもない。
だが彼女はイブラヒムのことを赤ちゃんかのように扱うフシがあり、少しの間はこれに付き合ってくれるだろう、そして彼女が手を抜いている間に確実に決める......。
二人が切り合い始めてから10分はたっただろうか。まだ勝負は続いていた。この10分の間、イブラヒムは幾度となくその引き金を引こうとしたが、全てフレンによっていなされ、潰され、躱された。観客にもフレンが手を抜いていることが伝わったのだろう。歓声は徐々に止み、ヤジも混ざるようになってきた。
「うーん...ごめんねイブちゃん、そろそろ終わらせる」
フレンの剣撃が徐々に勢いを増してゆく。先程まで対等に切り合っていたのが嘘のように(実際嘘なのだが)、ものの十数秒で防戦一方となった。最早銃を撃つ隙など一分も無く、少しでも気を抜けば勝負を決める一撃をもらいかねない。
(くっ......)
フレンの剣によってイブラヒムの腕がかち上げられる。瞬間フレンは返す刀で二撃目を打ち込む体勢に入った。最早イブラヒムの体と剣とを遮るものは、何も無かった。
イブラヒムは胸から流れ出る鮮血と共に地に伏した。その血はうつ伏せになった体を中心に、地面に広がってゆく。フレンはヒールでピチャピチャと音を立てながらイブラヒムに背を向け、もと来た出口へ向け歩き出した。
「これにて決着!!Aブロック第1試合!!勝者はフレン・E・ルスタリ――――――」
――――――司会者の勝利宣言は3発の乾いた銃声によって遮られた。
(......!?なんで!?)
フレンは信じられないといった表情で、血に塗れた自分の腹部を見る。この痛み、この熱さ、この匂いは、コーヴァスで嫌というほど味わったもの。決して勘違いなどではない。
混乱しつつも銃声が聞こえた方向、すなわち自分の背後を振り返る。
そこには先程自分が斬ったはずの
「......信じられないって顔だな」
体の芯から冷えていく、しかし傷口だけは自分の体ではないかのように熱い。バーチャル日本に来てから久しく味わっていないこの感覚に、中々思考がまとまらない。
「......これは誰にも言ってなかったことなんだけど」
膝をついたフレンを見下ろしながら、イブラヒムは淡々と告げる。
「......オレは能力者なんだ」
「能力名は
「......どういうこと?」
一瞬、なんでわかんねえんだよという表情を浮かべたものの、声音は変わらず話し続ける。
「わかりやすく言おうか。この能力を使うとオレと他のものを間違える。」
「例えばさっきお前が斬ったのはオレじゃなく、だいたいイブラヒムだ」
「!?そんなはずない!ちゃんと斬った感触あ......った......し......」
フレンは先程までイブラヒムが倒れていた場所に目を向けた。そこにはバラバラに砕け散った土片があるばかりで、血は一滴たりとも溢れてなかった。
「この能力の真髄は相手の五感を支配すること。勘違いしたのもしょうがない。」
「でも発動した素振りなんて......」
「発動条件は2つ。1.オレに一定以上の好意的な感情を持って話しかけること。スパチャって言うのはそういう感情の現れだしね。さっき斬り合ってるときめっちゃ楽しそうに話しかけて来てただろ?」
「......あと1つは?」
息も絶え絶えにそう聞き返す。
「もう1つは一定以上の好意的な感情を持ってオレを画面越しに見ること。観客たちもかかってたのはこれのせいだな。この内どちらか一方を満たしたとき、オレの能力は発動する。」
「最初はビビったけど相手がお前で良かったかもな。これ結構発動しづらいし......って、もう聞こえちゃいねぇか」
気づくとフレンは気を失い地に伏していた。奇しくもフレンの倒れた姿は、観客や本人が幻覚で見たイブラヒムの倒れた姿と、全く同じだった。
「衝撃の結末!!Aブロック第1試合!!勝者はイブラヒムゥゥゥ!!」
真の勝者は地に伏す敗者に背を向け、もと来た出口へと歩き出した。
――――――――――――Aブロック第1試合、決着
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次回、魔法使いVS英雄