Aブロック一回戦も半分が消化された。これまでの試合を見た観客たちは、期待に胸を膨らませている。次の試合は一体どうなるのだろうと............
「Aブロック第5試合!!まず入場するのは、
全てを焼き尽くす伝説の火竜!!"
司会の声と共にゲートが開き、暗がりから"それ"が現れる。一歩、一歩とコロシアム中央に近づくたび、人型に变化していようと抑えきれない熱が大気を焦がす。
おー!と客席に向かって手を振っている姿からは想像もできないが、彼女の真の姿はファイアードレイク、つまりドラゴンなのだ。鱗や尻尾、角など明らかな人外的特徴はあるが、20そこらにしか見えない彼女の歳は今年で354。数百年の間洞窟で財宝を守り続けていたということもあって、この大会の優勝候補の一人と言われている。
「対するは、SMCの一角、
今日はどんな
反対側のゲートから夜見れなが軽やかに入場する。アイドルマジシャンとして多くのステージを踏んでいるだけあって、中央に来る十数秒の間に精一杯のファンサを振りまく。もし客席が人でいっぱいだったなら、大歓声が上がっていただろう。現に画面の向こうのリスナーたち彼女に心を奪われていた。
「さあ、両者ステージ中央に揃いました!!それでは試合開始!!」
「おっ次の試合
緑仙がお菓子を食べながら呟いた何気ない一言。かろうじて部屋にいた者全員が聞こえるくらいの声量で放たれたその言葉は本来ならば流されていたであろう。現にリオンはその言葉を全く気にせずがんばれーと、ステージへ声援を送っている。
しかし悲しいかな、男というのはメンツとプライドと仲間にこだわる生き物なのだ............
「へぇードーラさんと夜見さんとは奇遇ですね」
「お互いの同期同士の対決になったな」
「やっぱりドーラさんって強いんですか?」
「そりゃファイアードレイクだからな......。あいつは神やエルフ相手にも対等に渡り合える。夜見はどうなんだ?」
「夜身さんも強いですよ。異世界でのパフォーマンスも相当数経験してますからね。たとえ相手がドーラさんでも負けないと思います」
二人はあくまで冷静に、静かにバトルを繰り広げる。お互い敬語や優しい声色で話してはいるが、こめかみには青筋が浮かんでいる。だがこの勝負、感情的になって声を荒げでもしたら即、負けなのだ。あくまで冷静に、あくまで雑談の範疇で自分の同期の方が強いと認めさせる............。絶対に負けられない戦いがここにあった。
「ほぉー.......だが夜見も人間だろ?人間じゃああいつにゃあ勝てねぇよ」
「でも夜見さんは異世界出身ですからね。ただの人間じゃあないですよ」
「だがドーラは............」
「ですけど夜見さんは............」
「お前らうるさいよ」
男たちの舌戦はお嬢の一声によって終焉を迎えた。いつの世も男たちの小さなプライドを賭けた戦いは周りの女性に打ち止められるものだ。
VIPルームの二人が、集中しすぎて肝心の試合を見ていないという本末転倒な議論を交わしているうちに、試合は進んでいた。ここまでの試合は完全にイーブンと言えるだろう。
「ハァッ!」
ドーラが夜見へパンチを繰り出す。テクニックとスピードで翻弄する夜見に対して、ドーラは小細工なし、真っ向から叩き潰すパワータイプ。接近戦になれば圧倒的有利ということが分かっているドーラはどんどん距離を詰め、アグレッシブに戦いを挑み、さっきから幾度となく必殺の間合いまで近づくことに成功している。だが..................
「そこにわたしはいませんよ〜」
ドーラの拳が夜見を捉えたと思った瞬間、その体が多数の鳩へと変わり、パンチが空を切る。空を舞う数十匹の鳩がパッと光ると、キラキラとしたホログラムテープに変わる。当の夜見はいつの間にかドーラの背後へと回り込み、涼しげに笑っている。そう、これが未だ試合に動きがない理由だ。いくら夜見が速いといってもファイアードレイクのフィジカルには敵わない。だが夜見はいくら距離を詰められようとことごとくマジックで躱すのだ。画面越しに見ているリスナーはもちろん、間近で見ているドーラですら種も仕掛けもわからない、まるで魔法を使ってるかのような動きに翻弄され続けている。
ドーラが近づき、殴り、燃やしても、夜見は躱し、いなし、受け流す。
「クッ!」
再び距離を詰め、今度は両手に加え尻尾も交えた不規則な連撃を浴びせる。だが夜見には高速で繰り出される隕石のようなパンチも、視界の外から突如として襲う灼熱の尾も当たらない。必要最低限の動きで全てを躱していく。
「そんなんじゃ当たりませんよぉ〜」
(なんで当たらないんじゃ............!)
「あれなんで当たんないの?」
この光景を見ていた鷹宮が同室の3人に質問する。
「あれはいわゆる
「単純なスピードならドーラの方が上だが......」
「さっきのマジックで完全に頭に血ぃ登っちゃてるね、手数は多くても全部隙だらけの大振りだよ」
普段のドーラならここまで引っかからなかっただろうが、冷静さを欠いた状態では容易に夜見にコントロールされてしまう。どれだけ密度の高い波状攻撃をしようと、ミスディレクションによって殴る場所を誘導されてしまってはそこから生じる僅かな隙を縫うように躱されてしまう。
「えい」
「もが」
(視界が......!)
夜見が特別製のハンカチをドーラの顔へ被せると脇をすり抜け後ろへと回る。
(何じゃこれは!!とれん......!!)
夜見が被せたハンカチは普段彼女がマジックでも使っているもので、特殊な素材を使わないと剥がせないようになっている。ちなみに葉加瀬が開発したものである。
それなら!と火を吐きハンカチを燃やして剥がそうとする............がドーラの火炎に当てられて熱を持ったハンカチが突如として煙を吐き出しながら弾けた。
「があっ」
普段のマジックの演出に使うため、このハンカチには発火発煙素材が織り込まれている。もちろん普段はポンッといった小爆発と手元を隠すための煙程度しか出ない。これは大会用にアップグレードしたものだ。火竜であるドーラにそこまでのダメージはなかったものの目くらましにはなったようだ。
「いきますよぉ〜」
天に掲げたステッキをくるくると回しポーズを決めると、辺りが光りに包まれた。
「始まりますよ......夜見さんのショーが......」
この場でただ一人、夜見の能力を知る社長がそうこぼした。
"
「なんじゃ、今光って......うわぁ!」
ドーラの体が中空から現れた鎖によって拘束される。鎖はドーラのパワーを持ってしても簡単にはちぎれないほどきつく彼女の体を縛り付けていた。
「えー今からドーラ様には脱出マジックをしていただこうと思いまして!」
「脱出マジックじゃと!?」
「はい!!」
そう言って手を上げ指を弾くと、どこからともなく現れた水槽がドーラを己の腹の中に引きずり込んだ。さらに地面から大蛇のような鎖がスルスルと水槽を登りきつく締め上げる。なるほどこれはまるでマジシャンの水中脱出ショーだ。
「果たしてドーラ様は抜け出せるのでしょうか!!ドーラ様がんばれぇぁ〜」
口を動かしながらも、その手はしっかりと動きマジックの進行をしている。フワッとかけられた巨大な布が水槽を隠したことで中の様子は伺えない。
(恐ろしいやつだ......サイコパスかよ)
にこやかに笑いながらもショーに見立てて相手を確実に仕留めようとするその姿を見て、社は軽く恐怖を覚えていた。
(息が.......力が入らん......!)
生物にとって酸素とはすべての元になるエネルギーだ。それはファイアードレイクにとっても例外ではない。水の中では普段の半分も力が出せないし、呼吸ができないと普通に死ぬ。
(くそっ!............うおおおおおおおおおおおおおおお)
ドーラが心の中で叫ぶと水がブクブクと沸騰し始めた。水槽のガラスにはピシピシと亀裂が入り、彼女の体を押さえつけていた鎖にもほころびが生まれ始める。
直後、パリンッという音が鳴るとともにガラスが完全に砕け中から息を切らしたドーラが現れた。いつの間にか鎖は彼女の足元で転がっている。
「はぁっ、はあっ..................酸素無しで熱出すのは疲れるんじゃぞ......」
「おぉー!すごいですドーラ様!!」
肩で息をしながら夜見を睨むも、どこ吹く風といった様子だ。
(まずいな......今ので鱗が......)
先程ドーラがしたのは、己の内部に持つエネルギーを熱に変えて放出するという技。ただこの技を使うには、ましてや多量の水を沸騰させ分厚いガラスをぶち破るほどの威力となると膨大なエネルギーを要する。つまり竜としての力を開放しなくてはならないのだ。だが竜の力を使いすぎると变化が解け完全なる竜の姿を晒してしまうことになる。竜族の掟に従いそれだけは避けなくてはならない。もし竜の姿を晒してしまうと、二度と人間界には来れないだろう。彼女の鱗はあとどれだけ人間の姿を保っていられるかのバロメーターなのだ。もし力を使いすぎて、鱗が彼女の体すべてを覆ったら......それはライバー"ドーラ"としての終わりの時である。
「じゃあ次はー......これです!!」
息を切らすドーラへ夜見は容赦なく次のマジックを仕掛ける。彼女がポケットから取り出したタクトを振ると、オーケストラ一団分ほどの楽器がドーラへと一直線に飛んでいった。
「なんじゃそりゃ!」
「物質操作マジックですよぉ?」
「なんでもありじゃな!」
四方八方から飛来する数十kgはありそうな楽器たちに囲まれたドーラは翼を広げ上へ逃げる。竜化を進めてしまうが、背に腹は代えられない。楽器たちは急スピードで空へ上がったドーラに対応しきれず、ガッシャーンと大きな音を立てて衝突し、完全に沈黙した。
(よし、とりあえずここから立て直す......!)
「よし、とりあえずここから立て直す......!と思っていませんか?ドーラ様」
「なっ!?」
「マインドスキャンってやつですねぇぁ〜。なんて考えてるか、わかりますよぉー!」
「そっちじゃない!何で空を飛んでるんじゃ!」
「あっそっちですかぁ。やだなぁ、空中浮遊マジックですよ」
あっけにとられているドーラを尻目に、夜見はドーラの頭上へほいっとトランプを投げるとステッキを振った。トランプはポンッと可愛い音をたてると、ステージの半分を覆うような巨岩に変化した。
「おいおい嘘じゃろ」
「入れ替えマジックですねぇあ。トランプと、コロシアムの外の山にあった岩を入れ替えました」
「うわああああああああ!」
突然空中に放り出された岩は地面に引っ張られて下へと落ちる。岩の真下にいたドーラはそのまま岩に押されて落下していった。
(まずい!!流石にこの高さから岩に押しつぶされたら............!)
彼女の頭をよぎる最悪の光景。だが悲しいことに地球の引力は彼女に時間を与えることを許さなかった。落ち始めてから、ものの数秒で岩は轟音とともに地面へと叩きつけられた。岩から登った石煙がもうもうと立ちこめ、ドーラの姿は確認できない。
..........................しばらくたって夜見が地面へ降り立つと、巨大な岩が2つに割れ、中からドーラが現れた。
「まさか洞窟で暇つぶしに岩を割ってたのが役に立つとはな......」
「えー!!すごいですねぇぁ!これも効かないんですか!?」
「まあな、余裕じゃよ......」
もちろん虚勢だ。先程は地面に叩きつけられる寸前に岩の重心を砕き、岩と地面のサンドイッチになることを避けたものの、高所から叩きつけられたダメージは決して無視できるものではなく彼女の体を確実に蝕んでいた。
「それじゃあ......わたしのとっておきをお見せしますねぇ〜」
彼女の張り付いたような笑顔。それを見たドーラの背筋に寒気が走ったのと同時に、彼女の視界が闇に覆われる。曲げた腕を伸ばすことすらできないほどの閉塞感。
「箱の中......か?」
「はい!ドーラ様が今入っているのは箱の中です!!やっぱり箱を使ったマジックは王道ですからね〜!」
「こんな箱すぐに!!」
「あードーラ様!!出たらだめですよ!!今日はドーラ様が主役なんですから!!」
再度地中から蛇のように這い上がってきた鎖がドーラの入った箱をきつく縛り上げた。
「くっ............ビクともせんか」
思わず歯ぎしりをしてしまうほどの頑丈さ。どれだけ力と炎を込めても中から開く様子はない。
「箱を使ったマジックってたくさんありますよねぇ〜」
コツコツとヒールを鳴らし、箱の周りをゆっくりと歩きまわる。
「入れ替えマジックとかぁ〜、箱をずらしちゃうマジックとか!
それと..................
箱へ顔を近づけトントンと指先で叩きながらそう言った。箱の影に隠れ誰からも見えないようになっているが、その表情はこれまでの彼女からは信じられない程に冷たかった。顔は見えないものの夜見が出す異様な雰囲気を感じ取ったドーラはゾッとするような感覚を覚えた。
「顔は見えんが......それがおぬしの本当の姿ってわけか?」
その質問に、夜見はクスクスと笑うと小さな声でこう返した。
「アイドルは観客にとって都合のいいことしか見せない。そしてマジシャンは自分にとって都合のいいことだけを観客に見せるんです。なら
そう言うとクルリと箱に背を向け先程の会話がなかったかのように彼女は笑いだした。
「いやですねぇ〜もぉー!冗談ですよ!冗談!」
おっかしーっといった様子でひとしきり笑うと夜見はまたいつもの笑顔を観客へ向ける。
「切断マジックなんて物騒なことしませんよぉ〜。やってもらうのは脱出マジックです」
さっきは脱出マジックと言いながら溺死させようとしとったじゃろという言葉をすんでで飲み込んだドーラは夜見の言葉に耳を傾ける。力づくでの脱出が難しい以上、今は彼女のルールに従うほかない。
「さっきとルールは変わりません。今から箱に布を被せるのでドーラ様はここから脱出してください。ある程度時間が経ったらわたしがこの剣で箱を串刺しにするのでそれまでに逃げてくださいね〜」
「充分物騒じゃろ!」
「そうですかぁ?まあとにかくスタートです!」
無常にもそう告げる声と同時にマジックを盛り上げるBGMが流れ始める。焦るドーラを嘲るかのように奏でられる音楽によって観客たちのボルテージも上がる。夜見が"とっておき"とまで称するマジック、時間内に逃げられるとも思えないし、串刺しに耐えられるとも思えない。こちらも
(おそらくここから出ることは不可能ではないじゃろう......。だがここであれを使うのは......)
刻々と時間は過ぎてゆく......
「......そろそろいいですかね!布を取ってみましょうか!」
箱を叩くような音も少し前に止み、頃合いを見計らっていた夜見が布を取り去る。箱に掛けられた鎖に変化はない。
(諦めたんですかねぇぁ。このマジックを使うと心の声が聞こえなくなるのが、難点なんだよねぇ)
箱の周りをフワフワと浮かぶ剣が取り囲む。空から見たそれはさぞかしきれいな幾何学模様を描いていることだろう。
「さあ!果たしてドーラ様は脱出できているのでしょうか!!」
(どうせこれで終わりですからねぇ〜)
夜見はドーラがまだ逃げていないという確信を持って腕を振り下ろした。それを合図に周りを取り囲む刃が一斉に箱へ突き刺さった。
深々と剣が突き刺さった箱は歪なフォルムで佇んでいる。
(声がしない......!?まさか本当に脱出した.......!?)
十数本の剣が体を貫いたのならさしものドーラでもうめき声の一つ二つ挙げてもおかしくはない。しかしそれがなかったということは想定外の方法で脱出せしめたのだろうか。マジシャンである自分の目に一切の痕跡を残さずに............?
直後、ピチャピチャとしたかすかな水音が当たりに響いた。
なんてことはない。彼女は自らの最後を誇り高く迎えたということだろう。それにしても声一つ挙げないとは、さすがファイアードレイクといったところか......。箱を見つめながらそう考えていた夜見の目の前で、箱の扉が勢い良く蹴破られた。ガラガラという金属音と共に転がった扉の奥からはドーラが全くの無傷のまま現れた。
「...................どういうことですか」
「さっきまでの余裕はどうした?夜見」
「剣は確実に刺さったはず......!」
ドーラはホレっと箱の中を指差した。薄暗い箱の中にはいくつもの剣先が変形した剣が転がっていた。
「............まさか!?.....................................
「そのとおりじゃよ」
「でもそんなエネルギーを使ったら竜化してしまうんじゃ......」
「詳しいな......。そうじゃな、今までのわしだったらエネルギーを使い果たしてしまっていたじゃろう......。じゃがな......」
ドーラが力を込めると彼女の周りにフッとオーラのようなものが漂う。そのオーラは少しずつ収束していき、最後には彼女の体とほぼ同化した。
「体から出したエネルギーを、鱗一枚一枚細胞一つ一つに纏うようなイメージでまとめる。そうすると少ないエネルギーでとんでもない熱を生み出せるんじゃ」
簡単なことのように言っているが実際にそれをするのは驚くほどに難しい。オーラを緻密に制御するというのはただでさえ難易度が高い。それに加えて炎の竜が出すオーラはとても荒々しく、熟練した竜ですら容易に従えられるものではない。三百と数十年で到れる領域ではないのだ。
「......戦いの中で成長した、なんて言うつもりじゃありませんよね?」
「............少し恥ずかしいが、まあそういうことになるじゃろうな」
(
(社くんと音ゲーの特訓してたおかげじゃな......。ノーツ叩くのに比べればこんなこと全然簡単じゃわ......)
夜見が箱の前で喋り始めたとき、そして剣が彼女の体に向かって飛んできたとき、ドーラの頭の中には
「さあ夜見、形勢逆転じゃな!早く降参したほうがいいぞ!」
前に駆け出したドーラ、その速度は先程までと比べて大幅に上がっていた。
「誰が降参なんて......!」
ドーラの行く手を阻まんと先程の箱よりさらに硬い金属でできた箱を召喚する。
「ハァッ!」
体を捻り、尻尾を水平に薙ぐ。鋼鉄の剣すら溶かすほどの熱を帯びた尾は、まるで温めたナイフでバターを切るように箱を両断した。
「今のわしは
二人を遮るものはもう何もない。ステージ中央で相対する二人。その距離約1m。最早夜見の召喚も間に合わず、彼女の体目掛けて真っ直ぐに火竜の拳は振り下ろされた。
「これで終わりじゃ!!」
「................................................................」
マジシャンは瞬き一つせず自らを目掛けて飛来する拳を見つめると、
「こんれーなー」
ただ一言そうつぶやき、静かに微笑んだ。
次回、剣道部員VS委員長