ピクシス司令が命じた通り、壁の下に集まっている、編成が完了した部隊を見下ろす。
「俺たちは、使い捨ての刃じゃないんだぞッーー!!」
「家族に会わせろ!!」
普段ならぶっ飛んだ罵倒が聞こえたように感じてしまうが、これから起こる事に対する恐怖から来る物として、今はなんとなく彼らの叫びも理解できた。
大方彼らも街の奪還作戦を一部聞き及んで、このように混乱しているのだろう。
先程から、ピクシス司令が現れるまでに募った巨人への恐怖で、集まった兵士達は次々と離脱しようとしている者まで出てきている。
隣で、これから作戦の説明をするピクシスに僕が困惑した顔を向ければ、彼は息を大きく吸い込み、この騒々しい場所に一つの怒気を放つ。
「注モォォォォォォクッッッ!!!」
威勢のいい怒鳴り声が、壁下の兵士達全員に響き渡るように流れていった。
それに応じて、各々の不安と恐怖の目は一点の壁上にいるピクシスへと向けられた。
「...これより、トロスト区奪還作戦の説明をする!!
作戦の概要は、外門に開けられた穴を、塞ぐ事にある!!」
ピクシスがそういうと、兵士達は
「あの巨大な穴をどうやって塞ぐんだ!」
「どうせ犬死なんだろう!?」
と、口々に呟くが、それに呼応するかの如く、ピクシスは応える。
「本作戦の要である、
訓練兵 エレン・イェーガーを紹介しておく。
彼は、我々が極秘裏に進めてきた巨人化実験の、唯一の成功者である!
彼は巨人の肉体を形成し、意のままに操る事ができうる!
彼が区画内にある巨大な大岩を運び、壁に開けられた穴を塞ぐ!!」
と、強い語気で彼は言い放ったと同時に、横にいたエレン・イェーガー訓練兵が前に出て、敬礼を行う。
だが、巨人化実験など嘘っ臭い話なのは目に見えて当然嘘だ。
それに、エレン・イェーガーなどという幼い訓練兵などにこの大業を任せるなど、不確定要素が強すぎる。
ゆえに、兵士達には未だ動揺がきたされる。
「巨人が...味方になるってのか...?」
「そんな訳の分からない作戦に参加してたまるかッ!俺は降りるぞ!」
「あんな訳の分からない訓練兵なんぞに任せられるものか!俺も降りる!」
と、その反応は口々に悪化したも同然だった。
騒然とした空気の中に、ヴェールマン隊長の声が聞こえた気がする。
「覚悟は出来ているかッ!反逆者どもめッ!!
今ここで下がるものは切り捨てるぞ!!」
と...。
私は、この事態を招いたピクシスに横目をやり、どうするつもりだと心配な顔を少し向けてやる。
すると............
「
ワシが命ずるッ!!
今ここで去る者の罪を、免除するッッ!!
」
「なっ......ピクシス......!?」
僕は思わず彼の目を見つめ疑ってしまった。
普段、こんなことを言う男では決してなかったからだ。
微笑ましくも鬼のような側面を持ち合わせていた彼の面は、今も鬼ではあるが、言ったことは駐屯兵からすれば異常だ。
それを聞いたであろう全兵士たちにも、動揺が走り、再び彼に注目が移る。
「
巨人の恐怖に屈した者は、もう二度とッ、巨人とは戦えまい!!
故に、去りたい者は去るが良いッ!
そして、親や兄弟、愛する者達に、巨人の恐怖を、味合わせるが良いッッ!!
」
それを聞いた、今にも逃亡しようとしていた兵士達の足が、手が止まる。
巨人を通せば、自らが守ろうとしていた人間が死に晒される。
巨人から逃げれば、自らの愛人が食い殺されるのだ。
どこへ逃げても我々には逃げ場はない...。
あるのは、戦いのみなのだと。
決意を固めた兵士達が、自ら元の場所へと戻っていくのが見えた。
ピクシスはそれを見つめてから、話を再開する。
「
話をしよう...4年前のウォールマリア奪還作戦の話じゃ。
......奪還作戦と言えば聞こえはいいが、その実は、政府が抱えきれんくなった失業者への口減らしに過ぎんかった!!
そして、それに対してワシらが口をつぐんでおるのもひとえにッ!
彼ら25万の人類が死んでくれたおかげで、今こうして我々が生きていられるからであろうッッ!!
故に! 我々全員にその責任がある!!
」
...皆が、面前で言いたくない、後ろめたいことを、この男は平然と言った。
「
じゃが、今度ばかりは違う!!
この壁が破られれば、ウォールローゼを失う事となる…
そうなれば、ウォールマリアのようにまだ人口が少なかった時とは違い、人類はウォールシーナまで撤退するであろうッ!
そうなった時!!
我々は巨人によって、絶滅するのではない!!
我々は、醜い人間同士の争いによって絶滅するのだッッ!!
狭いウォールシーナだけでは、残された人類の半数をも養うことはできまい!!
」
淡々と、彼はこの先のトロスト区が放棄された時の未来を伝える。
このウォールシーナの最前線を破壊されれば、我々は決してもう二度と外には出られない、と。
「
故にッ!
我々はこれより内側で死んではならんのだ!!
故に!!
お主らは、今日…
ここで死んでくれ!! 」
ピクシスがそう叫んだ時、誰が、いったい誰が後ろへ下がれたであろうか。
一歩たりとも、今の兵士達には下がれなかったのだ。
彼の言葉により、全部隊の士気は目に見えて向上した。
「...流石は、南方司令...。」
私が感嘆の末に耳打ちすると、彼は
「よさぬか...。
そんな事を言っておる場合ではない。」
と、照れ隠しなのか本心なのか、私を戒めた。
そうして、トロスト区奪還作戦はそばにピクシスと一緒に佇んでいるエレン・イェーガー訓練兵にその全ての重責が課せられたのであった...。
その後、壁上に置かれた簡易幕僚の机上で作戦担当の割当等が決められた。
仮にも護国卿である私も、現場司令官ピクシスの参謀二人と、アルミンと言われるあの金髪の訓練兵と共に立案を行なっていた。
その中で横から聞いていた彼の発案は見事であった。
「巨人と戦う必要がない...?」
そのアルミンの言葉に、参謀の男性兵士が疑問を口にする。
「はい...。巨人の、集団の人間に対してより強い興味を示すと言う習性から、
まず壁上に大量の人を配置し、そこに巨人をできるだけ多く惹きつけておくんです。
そうすれば、エレン達が遭遇する巨人の数も必然的に減りますし、
壁に群がってきた巨人に対して、後で固定砲による無傷での撃破が可能です。
...ですが、惹きつけられなかった巨人や、壁の穴から入ってくる巨人に対しては、精鋭班や護衛班に頼るしかないのは変わりません。」
と、これ程までに詳細な案を短時間で思いつくとは、あまりにも訓練兵には捨て置けないほどの実力者だと僕は感じ取った。
その案を聞いて一瞬、参謀達も聞き入っており、アルミンの後ろめたさが増大したのか、
「あっ...いぇ、その...一介の訓練兵が、こんな口出しをしてしまって...申し訳ありません。」
と、すぐに拗ねてしまった。
「気にしないさ。それより、今すぐその案を交えた上で練り直そう。」
と、参謀の男兵士は彼の案を採用した。
そして、女性参謀の方から、今度は僕に質問された。
「護国卿...そちらが率いてきた増援の私兵部隊の持ちうる榴弾砲の試作兵器の性能と、
貴公の弾道計算能力はいかほどのものでありますでしょうか。」
と、大層かしこまった言い方で僕の持ちうる戦力を聞いてきた。
「率いてきた部隊は私と歩兵部隊1連隊20名に、砲兵部隊1連隊20名と試作段階の90mm榴弾砲[ナスハ]4門だ。
試作兵器の方は、射程は1500m, 初速500m/s。
命中精度はこれまで実験も含んだ砲撃した砲弾299発中276発が目標地点に飛んでったよ。
それと、私の弾道計算は目測で...そうだな、あの巨人くらいまでかな。」
本当は射程をもっと伸ばせるんだけど、ここの工場都市での生産技術じゃ、削り出し加工とか一から教えるのも手間だし、多少荒い設計にならざるを得なかった。
そんなことを思いながら、遠方のトロスト区内にいる14m級の巨人を指さす。
すると、
「なッ......目測で距離450m......あれに命中させられると?
それに試作兵器の射程はこれまでの固定砲の何倍もの...!」
と、返して彼女は
「一体そんな兵器をどうやって...技巧部ですら射程300mの固定砲で手一杯だと言うのに。」
と小声で呟いていた。
僕は至って冷静に、
「その通り。即時に判断できるのは450mまで...と言っても奴らは動きが戦闘時以外は存外鈍い動きをするからってだけで、実用的な範囲を言えば350-370mが限界さ。」
と、砲の生産技術に付いては全く無視して触れずに手のひらをパタパタと振ってお手上げを示す。
それに対して、アルミンが声を上げ、
「それは、気づかれていない巨人に対しては即時に450m越えの砲撃を加えられる、と言う事でしょうか......!?」
と、興奮気味に僕にそう質問する。が、それに対して僕が興味深く見つめ返すと、
「ぁ、あっ!も、申し訳ありません!ただの訓練兵が護国卿にこんな、失礼な事...。」
と、またも身分の差を感じてしまったようだった。
そこに対して僕はため息をつきながら、
「はぁ......アルミン訓練兵、同じ軍属なんだから、そこまで気入ることはないよ。
その通りだ、距離半径450m区画内までなら目測で即時に弾道計算が可能だ。」
と、真実を明かした。
「「一体、それだけの計算技術と砲をどうやって...。」とは聞かないでくれよ?」
「あっ......、申し訳ありません、護国卿。今はそんなことよりもすべき事はありますよね。」
と、女性参謀のいいそうなことを見越して口封じをし、僕の事については、黙っててもらう。
今頃、王城内では所定の日時に僕が6人組のいつもの会議に出ないから文句垂れられてるだろうなぁ、と後方の心配もしながら、再度口を開き、
「そうだな...。壁に群がった巨人を倒すのはそこに突っ立っている固定砲班に任せるとして、だ。
僕の砲兵部隊は、僕が見える位置からの標的に対してなら砲撃支援が可能だ。
ただし、標的が死角や建物に隠れたり、巨人化したエレンが近くを進行中の場合は誤射の可能性が大きすぎるため、不可能だと思われる。
それと...、我々の砲弾にはとある薬品が使われている。」
と、僕はアルミンと参謀に伝えた。
「「薬品...?」」
女参謀とアルミンは訝しい顔をして僕のことを見つめるが、これは真っ赤な嘘だ。
「特殊な薬品を使用する、特別な弾薬を用いる事で巨人の肉を徐々に腐敗させ、再生能力を超える速度で肉を腐り落とさせるってわけさ。
そうやってさっきまでの【謎の巨人撃破】は行なっていたわけだ。
私がここに着いた時に、最初に用いた固定砲の砲弾も僕が予め持ち込んできたその薬品入りの物さ。」
と、僕は左奥の方に指をさし、
ドォンッ ドドォンッッ!!
と、少し左奥の壁際では、既に僕の砲兵部隊によって距離200m圏内のイスパニア兵でも計算が可能な範囲の巨人を葬り去っていたのを見せつける。
あの特殊な肉の腐敗を引き起こす榴弾で...。
単なる辻褄合わせの、嘘っぱちの説明だが、僕の権限の及ぶ限りこの事に関する情報は売り渡すつもりはない。
永遠にこのまま墓場まで『試作品』のまま公表しないでやるつもりだ。
「そうですか...今はまだ試作段階と聞きましたが、いずれその砲弾の薬品を使用した固定砲砲弾が大量生産されれば.......。
...いえッ!それよりも、ならば護国卿とその私兵部隊にはそのまま、巨人への砲撃、および撃滅を継続願います。
失礼ながら指揮官は...無論、護国卿ご自身で構いません。」
と、私兵部隊ゆえに指揮官は常に私一人しかいなかった事を思い出した男性参謀に、そう通達された。
そして、私の役割は主に砲撃支援しか、まあ当然だがないわけである。
それを聞いた後、私は自分の砲兵部隊の持ち場へと壁上を歩いて向かいながら、
「......精鋭班と共に巨人のウナジ、一回でいいから削いでみたかったのにな...。」
と、人前では晒せない自分達の霧の存在を隠す事で立体機動装置ナシの斬撃をお見舞いしてやれないのが悔やまれる。
(そもそも立体機動装置を扱えばいいが、それにも訓練時間がかかり、これまで護国卿として多忙でやっていなかったツケがきたのかも。)
と考えるようになった私は、思考を切り替え、作戦決行まで休まず砲弾の補給と砲兵部隊への直接指揮を繰り返したのであった。