「さぁ、今日は失敗は許されない。お客様に最高の時間と最高のおもてなしを提供し、最高の思い出を作ってもらおう!」
『はい!』
零士の言葉に、『晋』の従業員全員が勢いよく返事する。というのも、今日の『晋』はどうしても失敗するわけにいかない理由があった。事の発端は数日前、とあるお客さんの訪問から始まる
†††††
数日前
「お久しぶりです。と…月様。お元気そうで何よりです!」
「まぁ、張済さん。お久しぶりです。許昌にいらしてたんですね」
とある昼下がり。来店してきたのは、元董卓軍武将の張済さんだった。張済さんは現在、雇われの傭兵として生計を立てており、時々こうして『晋』に来ることがある
「呂布殿は相変わらず、店の入り口で寝ておられるのですね」
「ふふ。ここに来てからは、恋さんあそこで寝るのがお気に入りみたいなんですよ」
「あら?張済じゃない?久しぶりね」
「お久しぶりです。か…詠殿も、お変わりない様子で安心しました」
「ゆっくりしてってくれ。今茶を出すよ」
それからしばらく張済さんと話していた。どうやら張済さん、今回は霞を頼って華琳のところに士官しに来たらしい。と言うのも…
「まぁ、好きな人ができたのですね!」
「へぇ、どんな人よ?」
月と詠が少し前のめりになり、張済さんに詰め寄った。私も少し興味が湧いたので、食器を片づけつつ聞き耳をたてることにした
「実は鄒氏という女性なんですが…以前この近辺で仕事をした時に偶然出会い、お恥ずかしながら一目惚れしてしまい…」
「恥ずかしい事なんてないですよ。とっても素敵な事です」
「そうよ。あんた、ちゃんとその鄒氏って人とは会ってるの?」
「はい。しかし、私も浮浪の身故、あまり頻度は多くありませんでした。なので今回は、曹操殿に士官し、ここに住もうと思っています。おっと、私はそろそろ行きますね。また夜お伺いします!」
そう言って張済さんは出て行った。それに入れ替わるように、零士と悠里が買い出しから帰って来た
「ただいま帰りましたー!」
「ただいま。今さっき張済さんに会ったよ」
「おかえり。実はさっきな…」
私は先ほどの事を説明する。すると悠里が目を輝かせていた
「素敵です!私たちで応援しましょうよ!」
「それいいですね!」
「仕方ないわね。このか…詠様の智謀、貸してあげましょう!」
あんがいみんな乗り気だった。やはりこういう話題に興味があるのだろう
そしてその日の夜
張済さんは霞とねねも連れてやってきた。董卓軍の面子が勢ぞろいだな
「協力…ですか?」
「あぁ。僕たち『晋』の従業員が総力を挙げて、君の恋の成就を手助けするよ」
「あ、ありがとうございます!」
「なになに?なんの話?」
私は霞とねねにも説明する。まぁ、ねねは恋に抱きしめられ、幸せそうにしているから聞いてないだろうな
「なんやそれ!めっちゃおもろそうやん!よっしゃ!うちも協力したんで!」
「ふふ。じゃあこれより、張済さんのプロポーズ大作戦を決行する」
『晋』の従業員による、作戦会議が開かれた
「まずはやっぱり好感度上げですよ!いっぱいお出かけに誘うんです!」
「そうだな。景色のいいところや買い物なんかが、女性は喜ぶんじゃないか」
私は悠里の言葉に補足するように提案し…
「身だしなみも重要よ。汚い格好じゃ引いてしまうわ」
「かと言って、あまり気合いを入れるのもダメだと思います。平時はあくまで普通を意識した方が良いかと」
詠と月が身だしなみについて助言し…
「美味い飯と酒!これも重要やで。告白する時にクソまっずい飯やと、気分下がってまうでな」
「それならここで告白すればいいよ。その方が僕たちも色々仕込めるからね」
最後に霞と零士が提案する。全員がポンポンと提案する中、張済さんは一生懸命聞き入っていた
現在
そしてあの冒頭に戻る訳だ。この日までの数日間、いろいろな事があった。服装や装飾品を見繕ってやったり、お出かけ名所や美味い飲食店を探したり。そして今日、張済さんはいよいよ結婚を申し込む
「では、行って参ります」
「あぁ。その時計の短針が七、長針が十二を指したらここに来るんだ」
零士は張済さんに腕時計を渡していた。張済さんは少し物珍しげに時計を眺め、そして腕に付けた
「わかりました。何から何まで、ありがとうございます!この恩は忘れません!」
「その台詞は成功したら、もう一度聞かせてくれ。ほら、女を待たせるのは感心しないぞ」
私がそういうと、張済さんはピシッと姿勢を正した。気合十分のようだ
「はい!では!」
そして張済さんは小走りで去って行った。さぁ、私たちも気合い入れるぞ
†††††
私たちは通常通り営業し、その傍ら準備を進めていく。霞の言うとおり美味い飯と酒の仕込み、奥のテーブル席の装飾、そしてなんと…
「私たちの出番になったら言いなさい!」
「お姉ちゃん、頑張るよー」
「他ならぬ『晋』さんの依頼、私たちを救ってくれた事は聞いてるわ。
この依頼、必ず成功させます」
あの数え役満☆姉妹を雇った。店内の音楽担当として、雰囲気のいい、落ち着いた恋愛系の歌を歌ってくれと頼んだ。さらにさらに…
「もうすぐですねー」
「へぅ、詠ちゃん、緊張してきたよ~」
「月が緊張してどうするのよ」
皆が徐々にそわそわし始めるなか、カランカランと店の扉に付いた鈴が鳴り開かれた
「お邪魔するぞ」
「星」
やって来たのは、二人の男女。一人は星と、もう一人は見慣れない白い服を着た男だった
「やぁ星ちゃん、それに一刀君も。よく来たね」
「はい、お久しぶりです」
一刀?………あぁ、こいつが
「お前が、天の御使い、ってやつか?」
「確かに、世間ではそう呼ばれてるかな」
そう言った北郷一刀は苦笑していた。すると後ろから凄い勢いで悠里が走ってきた
「あなたが天の御使いさんなんですか!?」
「えっと、はい。あの、あなたは?」
「あ、申し遅れました!私は張郃って言います!」
「あ、北郷一刀です。天の御使いやってます」
「うぉー!天が味方したー!」
悠里が北郷一刀の手を掴み、ぶんぶん振り回した
「……なるほど。悠里ちゃん、そういうことだね?」
「はい!手伝ってもらいましょう!」
「はい?」
そして私たちは今夜の事を説明する。すると星も北郷一刀も、笑顔で了承してくれた
「素敵な事だ。主、しっかりやるのだぞ」
「もちろんだ。プロポーズ大作戦、成功させよう!」
北郷一刀と星の役割は、告白が成功した時に祝ってあげること。これは他のお客さんにも協力してもらう事だが、北郷一刀にはその後にも、天の御使いとして祝ってくれるよう頼んだ
「もうすぐ時間だ。総員、配置につけ!」
今回は零士と悠里が厨房。そして私と月と詠で給仕を担当している。恋には店の入り口付近で警護として働いてもらう。今日に限り、不躾な輩は徹底排除とお願いした。星と北郷一刀はカウンター席にいる。実はこっそり霞とねねも来ていた。結末が気になるのだろう
†††††
カランカラン
「いらっしゃいませ。お食事処、『晋』へようこそ」
やがて扉が開かれ、張済さんと鄒氏さんの二人が入ってくる。時間通りだな。それにしても鄒氏さん、かなりの美人だ。大人の魅力ってやつか?色気が凄い
「ご予約のお客様ですね?ご案内します」
私は奥の席へ誘導する。そして月と詠が椅子を引き、座りやすいように工夫した。見れば張済さんだけでなく、鄒氏さんも緊張しているようだった
「ここって、最近人気の『晋』さんですよね?いつもこのようなことを?」
「いえ。ご予約のお客様に限り、こういったおもてなしをさせて頂いています」
私が説明すると、鄒氏さんはそわそわと店内を見回していた
「ちょ、張済さん、大丈夫なんですか?私みたいな人がこのような場所」
「大丈夫ですよ。私に任せて下さい」
張済さんの言葉に、鄒氏さんは落ち着き、少し顔を赤らめていた。この二人、もう両想いなんじゃないか?
「では、お飲み物をご用意しますね。少々お待ちください」
月はカウンターに行き、零士特製の酒を用意している。私は奥の張三姉妹に出番を伝えた
「私たちの歌で、最っ高にいい雰囲気にしてあげるわ!」
「任せてー」
「恩に報いる為にも、精一杯やらせてもらうわ」
零士が芸人用に作った小さな舞台。張三姉妹がまだ有名でない頃、うちに来てはそこでよく歌っていったな。それが今や大陸でも有名な歌手だ。ホント、よく頑張ったよな
「こちら、自家製の果実酒になります」
穏やかな曲が流れる中、月と詠は酒を注いでいく。桃を基盤にした、零士特製の酒だ。甘めだが、香りが良く、また色も鮮やかだ。女性に人気の一品だな
「なんだか、バーみたいな雰囲気ですね」
「まぁ、そう意識してやってるからね。さぁ、一刀君と星ちゃんも、食べて行ってくれ」
「私はメンマ丼を頼む」
「め、メンマ丼…俺は…うわ!すげぇ!ハンバーグがある!」
「ふふ。じゃあハンバーグにしようか」
「お願いします!」
その後は食事を堪能してもらう。果実酒に合わせ、ステーキと呼ばれるものを食べてもらった。評価は…
「柔らかい…とっても美味しいです!」
上々だな
食事を終え、二人はしばらく談笑していた。すると張済さんは、意を決したように、身を引き締めた。いよいよだな
「す、鄒氏さん!少しよろしいでしょうか?」
「!!…はい…」
あの二人の緊張感がこっちにも伝わってくる。やばい、私まで緊張してきた気が…
「俺…いえ、私と!結婚して下さい!!」
張済さんは気合いを入れて申し込んだ。すると鄒氏さんは一粒の涙を流し、すぐに笑顔に戻しそして…
「は、はい!こちらこそ、よろしくお願いします!」
パンッパンッ!!
『おめでとう!!』
みんなで一斉に、クラッカーと呼ばれるものを鳴らし、大声で祝ってやった。それに対し二人は驚き、そしてすぐさま顔を赤らめた
「おめでとうございます!」
「おめでとう!」
「…おめでと」
「おめでとうなのです!」
「おめでとさーん!」
「おめでとー!幸せになってくださいね!」
「おめでとう。よかったじゃないか」
「ふふ。おめでとう」
みんながそれぞれ、祝いの言葉を並べて行く。この時、食いに来てくれていた一般のお客さんも、心の底から祝ってくれているようだった。そして…
「おめでとうございます。この場に居合わせた事、心から幸運だと思います」
「あなたは?」
「私は北郷一刀。世間では天の御使いと呼ばれている者です」
「み、御使い様!?」
北郷一刀の言葉に、店内にいる誰もが驚いた。天の御使いの名の影響力は大きいらしい
「あ、畏まらないで下さい。天とついていますが、私もあなた方と同じ人の子です。そして私からもう一度、お祝いの言葉を。本当におめでとうございます。お二人の新たな門出、影ながら応援させて頂きます」
「あ、ありがとうございます!」
「ありがとうございます。御使い様に祝われるなんて…今日の事は一生忘れません!」
ふぅ…どうやら成功したみたいだな。あの二人の笑顔が見れたんだ。それだけで、ここまで仕込んだ甲斐があったってもんだ
†††††
やがて閉店時間になる。張済さんと鄒氏さんは先に帰宅して行った。その後、霞やねね、張三姉妹を始めとした客達が次々に帰っていく。私たちは店を閉め、片付け始めた
「いやー、今日は本当によかったですよ!あたし感動しちゃいました!」
「私もです。少し泣いてしまいました」
「あの二人、お似合いだったわね」
「我々も、このような良き日に立ち合えるとは思ってもみませんでしたぞ」
「俺も、なんだか元気貰いました。今日は美味しい料理もありがとうございます。それでは俺たちはこれで。行こう星」
「御意。それではな。またくるよ」
「おー。二人とも今日はありがとうな。また来てくれ」
私たちは二人を見送り、そして再び後片付けに入った。今日は充実した一日だったな。そういや、星と北郷一刀は何しに来たんだろう。あいつらって確か、平原、いや今は徐州だったか?にいるはずだよな。なんでわざわざこんなところまで…
「ちょーっと待ったーー!!」
なんて考えていると、北郷一刀が勢いよく戻ってきた。なんだこいつ、騒々しいな
「どうかしたかい?一刀君」
「いやいやいや!あなたに会いに、話を聞きに来たんですよ!」
話ねぇ…どうやら今日は、まだまだ終わらないらしい