「さて、何から話そうか」
店内の片付けを終え、今この場には私を含めた『晋』の従業員、そして北郷一刀と星がいる。悠里や月、詠には帰っていいと言ったんだが、どうやら残るらしい。ちなみに恋は寝ている
「正直、俺はこの世界の事を全く知りません。なので、もし知っている事があれば、教えてください」
北郷一刀が申し訳なさそうに訪ねてくる。それに対し、零士は少し思案している様子だった
「知っている事ねぇ。あまり多くは知らないけど…そうだね、まずは僕がこの世界に来た時の話をしようか…」
†††††
五年前
気が付けば、僕は果てしない荒野にいた。辺りには何もなく、ただまっすぐ大地が続いている
「ここは…」
まずは状況の整理をしないとな。少なくとも、魔術は使える。体に異常も見られない。ただ、どうやってここに来たのか、前後の記憶がない
「一体…」
「あらー、イレギュラー反応があるって聞いて来てみれば、ご主人様とはまた違った私好みの渋い男前!これは仕事にかこつけて、きゃっきゃうふふなドキドキハプニングがあるやもよ!」
振り向くと、そこにはガタイのいい巨漢がくねくねしていた。凄い筋肉だな。それにピンクのビキニ?なんというか、凄まじいファッションだ
「…君は?」
とりあえず僕は尋ねてみる。この巨漢、あのくねくねに似合わず気配を消していた。一応警戒して損はないだろう
「おおっとこれは失礼。あたしは貂蝉!都の踊り子をしてる絶世の美女よん!」
「…貂蝉?あれって確か、女だったような…君はどうみても…」
「漢女よん!」
なにか、触れちゃいけない気がするな
「…そうか。僕は東零士。ところでここはどこなんだ?」
「ここは愛しのご主人様、北郷一刀が作った外史よ」
がいし?ガイシ…外史……あぁ、以前、何かの書物で読んだことがあるな
「確か、誰かが想像し、作り出した世界、みたいなそんなイメージだったが、それでいいのか?」
「そんな解釈でいいと思うわ。そしてここは、そうねー、あなたの居た時代の約1800年前の中国よ」
「1800年前…三国時代か…つくづく僕は、戦争に縁があるな。ところで、君は何者だい?君の口ぶりからして、外史の関係者なんだろ」
「あらん?そんなに私の事が気になっちゃう?気になっちゃうのん?そんな私ってば罪な漢女!」
「茶化すな」
妙にくねくねするなぁ。そういう人がいるのは知っていたが、初めて会うな
「せっかちねぃ。まぁいいわ。私は外史の管理者の一人よ。そしてご主人様の愛の性奴隷!」
後者は無視だな
「管理者?」
「うふん、華麗にスルーされたわぁ。えぇ。今回の私の仕事は、イレギュラー問題の対処、つまりあなたの処理よ」
「処理…か。もしかして殺されてしまうのか?」
「あらやだわぁ。あたし、無意味な殺生は好まないのよ。普通、外史には他の人間は来れないはずなのよねー。だからあなたはイレギュラー。招かれざる客ってとこね」
イレギュラー…つまりこいつからしても、不測の事態か
「招かれざる客ねぇ。なら、僕の居た世界に帰してくれるのか?」
「それがどういうわけかできないのよ」
「…できないだと?管理者なら、なんとかできるんじゃないのか?」
「普通はできるんだけど…なぜかブロックがかかってるみたいなのよねん。そういう意味でも、あなたはイレギュラーなのよ」
「なら、この世界で生きていかなきゃいけないのか?」
「そうなるわね」
突然訳のわからない世界に来て、イレギュラーと呼ばれ、そして生活を強要されるか。勝手だな
「はぁ…まぁいい。前の世界には飽き飽きしていたし、人生やり直せるチャンスなんだろう。ところで、君の言うご主人様…北郷一刀君?ってのはどこにいるんだ?」
「まだ来ていないわ」
思わずこけてしまいそうになる。ちょっと予想外の答えだった
「まだ来ていない?創造主がいないのに、この世界は成り立っているのか?」
「そりゃそうよ。この世界だって、成長しなきゃいけない。予定ではご主人様は五年後に来るわ」
それはまたずいぶんと…
「はぁ…さて、せっかく三国志の時代に来たんだ。世に名を残す英雄でも、訪ねてみようかな」
「おっとちょっと待って。一つだけいいかしら?」
「なんだい?」
僕が歩き出そうとすると、貂蝉に引き止められる。まだなにかあるのか?
「あなた、野心を持つようなタイプには見えないけれど、くれぐれも何処かに仕官したり、天下をとろうなんて国を作ったりしないでねん。この世界は、あくまでご主人様が主役。ゲストがその座を奪ったら、この世界どうなるかわからないわ」
「ようは北郷一刀君の邪魔さえしなければいいってだけだな。なら大丈夫だ。そんなものに興味はない。何もしなくても一刀君が天下を統一してくれるなら、僕は黙って見守ってるよ」
なおの事好都合だ。この世界では、血なまぐさい厄介ごとに巻き込まれないように、ひっそり静かに生きよう
「お願いねん。…名残惜しいけど、私はそろそろ行くわ。そうねぇ、今度はプライベートで会いましょ。私の超絶テクで虜にしちゃう!」
そう言って貂蝉は何処かに飛んで行った。それを見送った僕は、当てもなく歩き、やがて一つの村に辿り着いた。その村で咲夜、司馬懿と出会ったんだ
†††††
現在
「というのが、僕の話かな。僕が今まで何処かに仕官しなかったのは、そういう制約があったからなんだ」
零士は北郷一刀だけでなく、月や詠にも意識を向ける。彼女達にもまだ話していなかったからな
「外史…俺が作った?わけがわからない…ていうか魔術?」
「そう言えば言ってなかったね。君にあげた刀もそうだけど、この店も含めて、ここにあるものは全部僕が魔術で作ったものだよ」
そう言って零士は箸やレンゲ、ナイフや銃などをポンポン出していった
「ふむ、便利な技だな」
「……え?」
「わぁ、凄いです!」
「……え?」
星と月は驚き、北郷一刀と詠は言葉を失うなど、反応はそれぞれだった。今気づいたが、月や詠にも、ちゃんと魔術を見せたのは初めてなんだな
「まぁ、魔術に関してはこんなもので。外史については、僕も深く理解しているわけじゃない。これは単なるタイムリープじゃなく、パラレルワールド、平行世界の一種だと思えばいい。そしてこの世界、いや物語か、それは君のものだ」
「俺が主役…って事ですか?」
「そういうこと。だから君が天下を泰平に導かなければ、この世界がどうなってしまうかわからないよ?」
零士は少し脅すように言葉を並べる。もちろん、半分くらいは冗談交じりのはずだが、
北郷一刀には十分重圧になっただろう
「あの、うちに来てくれませんか?天下泰平に、協力してください」
北郷一刀が頭を下げてお願いした。まぁ、当然そうなるよな
「悪いが、その誘いには乗れない。僕はイレギュラーだ。僕が政治に関わったら、この世界がどうなるかわからない」
上手い言い訳だな。私は断るわけを知っている分、そう思わずにはいられなかった
「そう、ですか…残念です」
「君の重圧は理解しているつもりだ。今日みたいに、誰かにプロポーズしたいっていうくらいの応援なら協力するが、さすがに国を動かすレベルの物には協力できない。本当にすまないと思うよ」
「い、いえ、大丈夫ですよ。きっとこれが、俺の役割なんだと思います。みんなと協力して、平和な世を目指します!」
それから北郷一刀と星は店を後にした。
あいつがどんな方法で、どんな理想を持って天下を狙っているかなんて、興味はないが平和にしてくれるならそれでいい
†††††
「……って言うか、あんた天から来たの?」
「あ!そうですよ!なんで言ってくれなかったんですか」
「へぅ、天ってどんなところなんですか?」
気付けば零士は質問攻めにあっていた。バイクとか車とか出した時点で、何も思わなかったのだろうか
「……ねぇ、なんで協力しなかったの?あんたの話じゃ、邪魔をするなと言われただけなんでしょ。協力してもよかったはずなんじゃないのかしら?」
しばらくすると、詠がポツリとつぶやく。さすがに詠は気づくか
「……ふふ。もちろん、さっき話した理由もない訳じゃないないと思うよ。でも、それを抜きにしても、僕はどこかの国家に付く気はない。あまり気分のいい話じゃないが、聞いてみるかい?」
零士は珍しく笑顔を作らず、深刻な面持ちで尋ねた。それに気後れしたのだろう。少し間ができてしまう。私は理由を知っているが故に黙っている。ただ、零士を見つめて…
「あたしは聞いてみたいです!東おじさんは、私にとってはもう家族みたいな人ですから!家族のことは知っておきたいです!」
「わ、私も、その、知りたいです。私も、家族の一員、ですから」
悠里が元気よく答えると、月もそれに続いて答える。ただ月は、家族という単語を発すると、顔を赤くしていた
「し、仕方ないわね。月が聞くっていうんなら、僕も聞いてあげるわよ。その、ぼ、僕も家族だし?」
ツンツンしながら言うあたり、詠らしいな。聞いたのは詠だったはずなのに
「………僕はね、前居た世界では、何でも屋をしていたんだ。幼いころに事故で家族を失い、ある日身寄りのなかった僕は魔術の師匠に拾われてね。そして僕は魔術を習い、世に出だ。幸か不幸か、僕は魔術の才があったらしくてね。そんな僕の力で、誰かを助けることができるかもしれない。そう信じていたんだ。だが、僕のところにくる仕事の大半は、殺人だった。とある国にとって、目障りな奴を殺してくれってね。もちろん、仕事は選んださ。殺すのは決まって悪人。善良な一般人を虐げる者を殺してきた。いろんな人に感謝されて、正義の味方にでもなった気分だったよ。それでもね、平和な世界なんてこなかった。殺しても殺しても、悪は増え続ける。善良な人間が死んでいく。いい加減、疲れ始めていたよ。意味がないんじゃないかってね。そんなある日、師匠に呼び出された。ある国家の仕事を手伝ってくれって。だがね、それは偽りの依頼だった。本当の目的は僕の殺害。師匠と、その国の軍隊が武器を構えて待っていたよ。やりすぎたんだよ、僕は。強すぎる力は忌み嫌われるんだ。気づいたら、師匠も軍隊も血まみれで倒れていた。それからだ、僕は世界中の敵になってしまった。今まで何度も協力していた国からも追われた。師匠に裏切られ、世界に裏切られ、平和でもない。絶望しかけていた。そして気づけば、この世界にいた。やり直せるって思ったよ。僕の力は、僕の知る人間のみを助けられたらいいって思った」
全てを失い、力を利用され、裏切られた男。それが東零士だった。零士の過去を聞き、皆黙り込んでしまう。だが私は、こいつらなら零士の支えになってくれるだろうと信じていた
「あ、あたしは、絶対に裏切ったりしません!」
「う、ぐす…そうです!私たちは、いつまでも味方です!」
「そうね。僕たちはあんたに救われた。だから、今度は僕たちがあんたを助けたい」
悠里と月と詠はそれぞれ強く答える。それに零士が少し涙を溜めていた様に見えたのは、気のせいじゃないだろう
†††††
それからしばらくして悠里が帰り、月と詠と恋も寝床についた。まぁ恋は既に寝ていたがな
私はなんとなく眠れず、裏庭の縁側に向かっていた。すると、私の他に先客がいた
「珍しいな、お前が酒を飲んでるなんて」
「やぁ咲ちゃん。今日は充実した一日だったし、月が綺麗だからね」
零士は縁側で一人、酒を飲んでいた。私はそんな零士の隣に腰掛け、月を眺めた。確かに、今日の月は綺麗だ
「…眠れないのかい?」
「そんなところだ」
「そっか」
「よかったな。みんな家族だってよ」
「あぁ。本当に、幸せなことだよ。この世界にきてよかった」
「そっか」
私は頭を零士の肩に乗せて答える。なんとなく、こうしていたかった
「咲ちゃんは、どこかに仕官したりはしないのかい?」
「何度も言っただろ。あいつらと同じように、私もお前と一緒にいるって決めたんだ。他の奴に興味はない」
「ふふ、同情かい?」
「私がそんなことすると思うか?」
「はは、それもそうだね」
私は零士のそばに居たかった
それは、零士の過去に同情した訳じゃない
私は誓ったんだ
救われたあの日に
こいつと共に生きると…
といった具合で、今回はオリジナルキャラクター、東零士の説明回のようなものでした。彼自身はチート存在ですが、零士が戦う大半の理由は大切なものを護るためですし、国家に付けないのは北郷一刀君がこの外史でも「主役」だからです。国を泰平に導くのは一刀君の仕事なので、理由がない限り戦争には基本的に不干渉です。零士のキャラクターについては、賛否両論あると思いますが、深く考えないでくれると幸いです。
あ、ちなみにこの回以降、北郷一刀君は最終回まで出てきません。原作の、一刀君ファンの方はごめんなさい。あまり表の「主役」が出てくると、この作品のコンセプトから外れてしまいますので、あしからず。この作品は、あくまで本編の裏のお話です。
それでは