袁紹編其一
なんで、こんな事になったんだろう
「斗詩!姫を連れて先に逃げろ!」
麗羽様は、虚ろな目をして、斗詩に担がれている
「文ちゃんは!」
城内は燃えていて、敵もすぐそこまで来ていた
「あたいは時間を稼ぐ!心配すんな、すぐに追いつく!斗詩は麗羽様を守れ!」
「文醜!その首もらいうけるぞ!」
夏侯惇が、大剣を担ぎこちらに迫ってきていた
「行け!」
「う…絶対だよ、文ちゃん。絶対に来てね!」
へへ、悪りぃな斗詩。その約束はできねぇ
「文醜、覚悟!」
あたいは夏侯惇の攻撃を受け止めるも、武器は砕かれ、大きく吹き飛ばされてしまった
へ、あたいもここまでか
悪い、斗詩、麗羽様
追いつけそうにねぇや
「……子!…猪々子!」
薄れゆく意識の中、あたいを呼ぶ声が聞こえた
だけどあたいは、その声に返すことなく、意識を手放した
ホント、どうしてこうなったんだろう
†††††
時は少しさかのぼり…… 洛陽
大陸はまさに乱世と呼ぶに相応しい状況になっている。袁紹が北方の雄、公孫賛を攻め落とした事を皮切りに、各地で勢力争いが勃発した。ちなみに、公孫賛は敗れるも劉備の下へ落ち延びたようだ。そして現在、袁紹は曹操と対峙していた
そんな中、私たち『晋』の従業員は洛陽を訪れていた。とある情報が入ったからだ
「うっへぇ~、洛陽のお城って凄いですね」
「まぁ、朝廷が使っていた城だからね」
劉協こと桜は、反董卓連合の一件以来、帝の座を降り、洛陽の再建に勤めていた。しかし、帝を降りた事はいまだ公にはしていない。弱くなったとは言え、帝の影響力は至るところにある。突然降りては混乱を招くと判断したのだ
「皆のもの、待たせてすまなかったな」
扉が開かれ、三人の影が入ってくる。桜に李儒さん。そして…
「華佗?お前もいたのか」
三人目は五斗米道の華佗だった
「みんな久しぶりだな。今回の情報提供者は俺なんだ」
「…なるほど。お前が…」
今回の件、黄巾、そして連合に噛んでいたとされる張譲に関する情報が入ったとの事だった。私と零士は、桜や李儒さんに張譲を追ってくれと依頼していた。私たちの友人を苦しめた報いを受けさせる為だ。以降、定期的に情報をもらってはいたが、至るところで張譲の目撃談があり、なかなか決め手に欠けていた。そんなある日、信頼できる筋からある情報を得たので、洛陽に来て欲しいと言われ、現在にいたる
「張譲が見つかったのかい?」
「すまないが、張譲の存在は確認していない。だが、一つおかしな点があるんだ」
「なんだ?」
私が聞くと、華佗は少し咳払いし、真剣な表情に変わった
「あぁ。現在、袁紹が勢力を伸ばし始めたのは知っているな?」
「もちろんだ」
この群雄割拠の引金のような人物だしな
「普通、侵略されてすぐに民が従うなんてことはないだろ?あってもその領主が余程の人物だった場合だ。だが、袁紹が侵略していった地の民のほとんどが、素直に袁紹に付き従った。それも、どこか袁紹を盲信しているように。さらには、従わない者がいた場合、その者たちは他の民に殺された、なんて話も聞いている」
袁紹を盲信…暴徒化…なるほど
「太平要術か」
「その可能性が濃厚だ」
恐らくは、黄巾の時と同じような事態になっているんだろう。太平要術による人心掌握。めんどくさい事この上ないな
「わかった。じゃあ、華佗からの依頼、太平要術の書の奪還、もしくは破壊の続きだな」
零士が言う。黄巾での依頼を完遂しないとな
「すまない。書は恐らく袁紹が持っているか、袁紹の本拠地である冀州にあるだろう。袁紹は現在、曹操と交戦中だ。だからまずは冀州に向かいたい」
「恐らくそこに、張譲もいるであろうな」
「ふん。今度こそ見つけ出して殺してやるさ」
「あ!今度はあたしも行きますからね!約束しましたもんね!」
悠里が両手を挙げて、存在を主張していた。あぁ、そういえばそんな約束したな。なら今回は悠里も連れて行かないとな
「あの、私たちは?」
月が聞き、詠も無言でこちらを見ていた
「月様と詠さんは、こちらで護衛する為に洛陽まで来てもらいました」
「って事は、僕たちは留守番って訳ね」
李儒さんの言葉に、月と詠は申し訳なさそうな表情をした。自分が足手まといになってしまうと判断しているから、悔しいのだろう
「すぐ帰るさ。待っててくれ。恋、二人を頼んだぞ」
「…ん」
「二人は責任を持って我らが守る。咲夜達も、くれぐれも気をつけてくれ」
「あぁ。ありがとう。じゃあ行ってくるよ」
†††††
その後、私、零士、悠里、華佗の四人は、前回同様バイクに乗り、冀州を目指す。戦場になっているであろう場所は避け、大きく迂回しながら向かったが…
「!?」
もうすぐ冀州の城がある街に着くところで異変に気付く。街の至るところで火の手が上がっていたのだ
「零士!街が燃えている!」
「なに!」
私はさらに目を凝らし見てみる。すると、かなりの人数の軍人が城を攻めている様だった。
旗印は…
「曹…華琳か!チッ!聞いてないぜ、ここが既に戦場なんて。相変わらず仕事が早いな」
私は軽口を叩き、どう侵入するかを考えはじめる
「うっひゃー、派手ですねー。砂煙凄いのに、咲夜姉さんよく見えますね」
「……なるほど煙か。零士!煙幕弾作ってくれ。煙に紛れて侵入するぞ」
「承知!」
零士は大型の銃を出現させ、前方に狙いを済ませる
「煙幕展開!」
弾が撃たれ、着弾したところから白い煙が上がる。零士はさらに二発、三発目と撃ち、完全に視界を奪った
「よし!全員バイクから降りて侵入するぞ!」
私たちはすぐさま城内に侵入する。街中が燃えており、民が混乱しているようだった
「民間人が居るのに戦場になっているのか!」
「華佗!気持ちはわかるが、目的を忘れるな!」
「…クッ…咲夜、悪いが俺は助けたい。医者として、見捨てるわけにはいかない!」
そういい華佗は飛び出して行った。チッ!医者ってのは厄介な生き物だな
「悠里!華佗についてやれ!可能なら民間人を安全地帯に誘導してやれ!」
「了解です!」
悠里は華佗を追って、民間人の救助に向かった。あいつがいれば、とりあえずは大丈夫だろう
「僕はこっちを探してみる。咲夜はそっち方面を頼むよ」
「わかった。気をつけろよ」
「誰に言ってるんだい?」
零士は微笑み、炎の中に消えて行った。さぁ、私も探すぞ
†††††
咲夜サイド
私は曹操軍及び袁紹軍の間を抜け、袁紹もしくは張譲を探していた。しかし、どちらも見つからない。いい加減、火の勢いも増しており、あまり長居はできなくなってきた
「文醜、覚悟!」
すると突如大声が聞こえ、火の向こう側から人がこちらに吹き飛んできた。こいつは…
「猪々子!おい猪々子!」
吹き飛んで来たのは、以前うちに食いに来たことがある猪々子だった。猪々子は傷だらけで意識を失っている
「チッ、火の勢いが…文醜はどこだ?」
春蘭が猪々子を探しにこちらへ来た。今見つかるのは厄介だな。ここは一旦引くか
カチッ、パシュン
「な、なんだ?」
私は事前に手渡されていた煙幕弾を使って煙を焚き、猪々子を担いでその場を離脱した
†††††
悠里サイド
「華佗さーん!多分これで全員です!」
「すまん!君、もう大丈夫だ。必ず助けてやる!」
あたしと華佗さんは、怪我人を街の外まで運び、治療していた。さ、さすがに重労働でしたよ、あの数は…
「はぁ~。ちょっとその辺見てきますね。まだ怪我人いるかもしれないんで」
「わかった!ハァァー!全力全快!」
あたしはその場を離れ、城壁を登り、辺り一面を見渡していた。各所で炎が上がっており、黒煙を巻き上げていた
「んんー?」
するとその炎の中を歩いている人影を確認する。文官風の男で、なにか本を持っているような…
「すいませーん!避難しているんですか?」
あたしは気になり、男に近づいてみる。男は振り向き、こちらを見て微笑んだ。
…!!この人、洛陽の人相書きにあった…
「…あなた、張譲ですね?」
あたしは武器を構えて尋ねる。男は一瞬驚いた表情をするも、またすぐに笑顔に戻した
「おや?私を知っているんですか?これでも一般人にはバレないように工夫していたつもりだったんですがね」
「その手に持っている本、それが太平要術の書、ってやつですか?」
「んー?この書の事も……あなた一体何者ですか?」
「ふふん。言うと思いますか?」
あたしは全速力で張譲に近づき背後を取る。そしてそのまま頭を全力で振り抜き…
「な!」
全力で振り抜いた鉄棍の一撃は空を切った。その場には、張譲の姿がなかった
あたしの攻撃が当たる瞬間に消えた?いや違う。あたしと同じように、凄い速さで避けただけだ
「なるほど速いですね。危なかったですよ」
張譲はあたしの背後にいた。私はゆっくりと、張譲を睨みながら振り向き、改めて武器を構える
一瞬で距離を離された。文官ってのはみんなひょろひょろだと思ってたけど、そういう訳じゃないんだね
「さて、あなたの心、見させてもらいますよ」
その瞬間、太平要術の書が光り、そして気づけば張譲があたしの頭に触れていた。あたしはそれを振り払い、一度距離を取る
「一体何を!?」
「ふむ、あなたが張郃……なるほど、あの十三年前の…ふふふ、これは興味深い。ここは引かせてもらいます。またいずれ機会があれば会いましょう」
「な!待て!」
張譲は凄い速さで駆け抜け、炎の中へ消えて行った。体に異常は感じられない。ただ、中身を覗かれたような、そんな気分がする。あの人、一体何を…
†††††
零士サイド
僕は三人と別れた後、城の裏口へ来ていた。なんとなく、ここに袁紹が来そうな気がしたからだ
なんというか、さすがにあの曹孟徳だ。容赦がないというか、仕事が速いと言うか…危険な本一冊探しに来ているだけなのに、戦争に巻き込まれる僕も、相当ついてないんだろうな
しかしマズイ。炎はその勢いを増し、体力をじわじわ削りに来てる。こりゃあまり長居はできないぞ。それにしても、袁紹でも張譲でも、どっちでもいいから見つかって…
「!あれは…」
その瞬間、視界に入って来たのは、袁紹が顔良に担がれ、馬で走っていく姿だった。一瞬だったから自信はないが、袁紹の目が虚ろに見えた。チッ…あの馬、かなり速いな。ありゃもう追いつけない。幸いなのは、書を持っている様子がなかったことだ
「零士!手を貸してくれ!」
突然後ろから呼ばれ振り返ると、咲夜が文醜を担いでやって来た
はは、この子も、つくづくお人好しだよな