「ほんと、あんがとな。世話にまでなっちまって」
「気にするな。それに、そんな事言ってられる余裕がないくらい鍛え上げてやる」
私たちは洛陽を出る際、猪々子も連れてきていた。理由は二つ。一つ目は単純に保護だ。袁紹と斗詩が見つかるまでの間、うちで世話することにした。最初は桜が「洛陽に残ればいい」と言ってくれたが、もし猪々子が洛陽にいる事が華琳に知られたら、それは洛陽に攻め込む理由を与えかねないため危険だった。だからうちで預かる事にした。まさか華琳も、うちに猪々子がいるなんて思わないだろう。見つかったとしても、その辺で拾ったなどと、適当に誤魔化せばいい。そして二つ目、袁紹と斗詩を探している間、猪々子を鍛えることだ。これは猪々子たっての願いで、「今のままじゃ、斗詩や姫を守れねぇ」と言う理由で懇願してきた。うちには幸い、最強の用心棒がいるからな。基本は恋に任せる予定だ
「ふふ、家族が増えますね」
「ここってなんか、みんな訳ありな感じの人でいっぱいね」
月と詠が言う。確かに詠の言う通り、ここの連中はみんな一癖あるやつらばかりだ
「…なぁ?月と詠って何もんなんだ?あの呂布、恋とも仲良さげだし」
猪々子が月と詠を見て聞いてきた。そういえば、猪々子は正体を知らないんだったな。言うべきかどうか…
「…私は董卓ですよ」
「月!?」
「詠ちゃん、いいの。猪々子さんはきっといい人だよ」
私が悩んでいると、月がゆっくりと、優しい笑みで言った。詠は慌てていたが、私は月の言う通り、猪々子なら大丈夫だと思う
「え?と、董卓って、あの董卓?し、死んだんじゃ…」
「あぁ。ありゃ偽物だ。って言うか、あの事件自体、嘘しかないぜ」
「え?え?なんの話ですか?」
あぁ、そう言えば、悠里にも言うの忘れてたな。私は反董卓連合の裏側、真実をかいつまんで説明した
「マジ…かよ」
「月ちゃん、詠ちゃん、本当に助かってよかったよぉ」
悠里は月と詠に抱きつき、豪快に泣いていた。それに対し猪々子は、申し訳なさそうな表情だった
「ほ、本当にすまねぇ。あたいら、何も知らなくて、張譲に、暴政が横行してるって…」
「大丈夫ですよ猪々子さん。過ぎた事です。私も、詠ちゃんも、恋さんも、みんな無事ですから。それに、悪いのは貴女ではありません。全て、あの張譲さんの仕業です」
「そんな!いいのかよ!騙されたとはいえ、お前らの人生奪ったようなもんなんだぞ?そんな簡単に許されちゃ、いけねぇだろ…」
猪々子は泣き崩れていた。真実を知り、罪の無い人間を追い込んでいたことを悔いているのだろう。そして、それに対し責めてくれないことで、余計辛いのだろう
「はぁ…」
詠が泣き崩れている猪々子に近づき、顔を上げさせる。そして…
パチーンッ
思いっきり、頬を引っ叩いた
「……え?」
「ほら、これで許してあげるわ。あんたも僕らも被害者なんだから、気にしなくていいのよ。月の言った通り、過ぎた事なのよ。過去を悔いても仕方ないわ」
「う、うぅ…」
「あーもー、泣くな泣くな」
詠は猪々子を抱きしめる。詠ってキツイようで、実は結構優しいよな
「…詠、やっぱり優しい」
「な!」
恋の一言で、詠は顔を真っ赤に染め上げた。詠は言い訳するも、混乱して何言ってるのかわからなかった。それに対し、みんなが笑い、猪々子も涙を流しながら笑っていた
†††††
それからしばらく、猪々子は訓練に励んでいた。実は『晋』には、地下に特別訓練場という馬鹿でかい空間があり、そこで訓練してもらっている。主に射撃訓練に使う場所で、地上には訓練時の音や振動はこないよう設計されている。さすが魔術。いろいろあり得ない
訓練は基本的に恋が担当している。昼間の営業では、恋はほとんど寝ているか、時々買い出しに行くくらいだからな。そんな恋の、猪々子に対する評価は…
「………弱い?」
「つーか恋が強過ぎんだよ!」
との事だ
ちなみに交代で私と悠里、零士が訓練に付き合ったりもした
零士の場合…
「基礎的な身体能力は悪くないんだけど、それを使う技術が皆無だね」
「か、かい……」
悠里の場合…
「初動が遅いんですよねぇ。もっと速く反応しなきゃ」
「ど、どうやったらあれに反応できんだよ」
私の場合…
「そーれそーれ、もっと上手く捌かないと、一瞬で17分割にしちまうぜ」
「こぇーよ!咲夜が一番容赦ねぇよ!」
そんなこんなで二ヶ月半近くが経とうとしていた。この間にもいろいろあった。華琳が袁紹の後を埋めるように河北一帯を制圧。同じ頃、孫策こと雪蓮が、袁術に反旗を翻し呉を奪還したとの話を聞いた。ずいぶん時間は掛かったが、これで雪蓮もようやく雪辱を晴らせたな。そして…
「ほんと、今までありがとうな。結局一本も取れずじまいだったけど」
「あはは。僕ら四人にあれだけ耐えれるようになったんだ。間違いなく強くなってるよ」
「そうですよ!自信持って下さい!」
「猪々子、早くしないと不味いんじゃない?」
私たちは袁紹、斗詩が見つかったとの情報を得ていた。どうやらあの二人、北郷一刀と劉備の下へ落ち延びたらしい。しかしその情報の出処が…
「まさか華琳から聞くとはな」
しかも華琳、どうやら北郷一刀を攻め込むらしい。夕べ、物凄く歪んだ満面の笑みで語っていた
「華琳ちゃんは容赦ないから、急いだ方がいいかもね」
「あぁ、そろそろ行くよ」
零士が促すと、猪々子は荷物を持ち、馬にまたがった
「また、必ず来てくださいね。猪々子さんは私たちの家族も同然です」
「もちろんだ!月も、いつも美味い飯ありがとうな!へへ、家族かぁ。なんかいいな」
それに対しみんなが頷く。短い期間ではあったが、猪々子は間違いなく家族の一員だろう。かけがえのない、愛すべきバカって感じだ
「…猪々子、がんばる」
「おう!恋もありがとうな!」
「じゃあな猪々子。気をつけろよ」
「おう!今度会う時は、あたいが勝ってやんからなぁ!」
「ふん。期待してるぜ」
「あ!零士!なんかさ、かっこいい決め台詞ない?あたいが駆け付ける頃には、多分危機的状況にありそうな気がするからよ。こう、すぱーんと登場して助ける時に何か言いてぇんだよ」
なんだそれ。子どもかよ
「あー……なら、こんなのはどうかな?………」
零士が猪々子に決め台詞を伝える。正直、そのセリフで登場するのはどうかと思った
「おー!それいただき!じゃあ行ってくるわ!」
猪々子は馬を走らせ、劉備の下へ向かって行った。私たちは猪々子の姿が見えなくなるまで、その場で見送っていた
「寂しくなりますね」
「そうね。でも…」
「うん。きっとまた会えますよ」
「今度は、大陸が平和になった頃だな」
「ならそれまで、僕たちの家をしっかり守らなきゃね」
そして私たちは、『晋』へ帰る。また、必ず会えるだろう。その時を楽しみにしてるぜ、猪々子
†††††
長坂
「こっから先は、この燕人張飛が絶対に通さないのだー!」
「文ちゃんの仇、ここでとらせてもらいます!」
「後ろにいる民達のため、そして私たち二人を救ってくれた北郷さんの恩に報いるためにも、ここは退けません!」
「…麗羽、貴女変わったわね。惜しいわ。もう少し早く、今の貴女になっていたのなら、
私の最大の敵は貴女だったでしょうに……春蘭、秋蘭、全力で相手をなさい。私は麗羽を討つわ」
「「御意」」
「さぁ、行くわよ!!」
「ちょーっと待ったー!!」
「その声は!」
「まさか!」
「ヒーロー参上!!」
「文ちゃん!」
「猪々子…あなた生きて…」
「悪りぃ斗詩、麗羽様。待たせたな。でも、ちゃんと追いついたぜ!」
「文醜!やはり生きていたか!」
「へ、地獄(特別訓練場)から帰ってきたぜ。覚悟しな!あたいは今度こそ、大切なもんを守ってみせる!!」
これにて、袁紹編は終了です。次回はそんな袁紹編の後日談です