猪々子の生活
あたいが『晋』に来て二ヶ月近くが経とうとしていた。今でこそ慣れてきたけど、最初は驚きの連続だったなー
「え?風呂って毎日入ってんの?」
「あぁ。うちは特殊な技術(魔術)によって、風呂を沸かすのはそれほど手間じゃないからな。毎日の汚れと疲れを落とす為にっていう、零士のこだわりだ」
あたいが初めて『晋』で一夜を過ごす時、咲夜が気ぃきかせて風呂に入ろうと言ってくれた。なんでも、ここの風呂はいろいろ変わってるらしい
「へー……お!結構広いな!」
「あぁ。三人くらいなら余裕で入れるぞ。これも零士のこだわりだ。足を伸ばして入りたいんだとさ」
一般家庭にしては十分過ぎる程広い。詰めて入れば大人五人くらいは入るだろう
「ふーん…なぁなぁ咲夜、これはなんだ?」
あたいはこのよくわからない、先端に無数の小さな穴が開いた物を指差す
「それはシャワーだ。そこをひねってみろ」
ん?これか?
「よっ、うわ!な、なんだ?」
あたいが何かをひねると、先端から水が勢いよく出てきた。すげー冷たい…
「ははは。月も詠も、似たような反応してたなぁ。それな、そこをひねると水が出たりお湯が出たりするんだ」
「そういうのは先に言ってくれよ。びっくりしたぜ」
「悪い悪い。あ、ちなみに出しっ放しにはしないでくれよ。動力が枯れちまうからな」
「ックシュ」←零士さん(動力)
†††††
風呂から上がると、今度は詠が飲み物を持ってきてくれた
「詠、これなんだ?」
「牛乳よ。風呂上がりに飲むと最高なのよね」
「え?牛の乳?飲めんの?」
「僕も最初は信じられなかったわ。でも特殊な技術(魔術)で加工したから、飲めるようになってるのよ。栄養価も高いみたいだし、害はないわ」
そう言って詠は勢いよく牛乳を飲み始めた
「へー、いただきまーす。んくんく」
おぉ!なんだこれ!美味い!濃厚な味わいのはずなのに、なんだか飲みやすい。すげぇ!牛乳美味ぇ!
「ぷはーっ!もう一杯!」
「あんまり飲むと、お腹壊すわよ」
「ところで、なんでこんなに冷えてんだ?」
「あぁ、それはこれ、冷蔵庫のおかげよ」
あたいは詠の案内で、厨房に向かう。その奥に冷蔵庫と呼ばれる大きな箱があった。中を開けると…
「うお!なんだこれ?冷てぇ!」
箱から冷気がきた。すげぇ!なんだこれ!
「これは主に食材を保存するためのものね。これならどんなに暑くても、食材がすぐ痛むなんてことはないわ」
「おー、涼しー」
「あ、あんまり開けっ放しにしないで。動力が枯れちゃうから」
「はっくしゅん!」
「…零士、風邪?」
「んー?いや、そんな事は…まぁ最近冷えてきたからね」
「………恋が、暖めてあげる」
†††††
飯も美味かったなぁ。さすがは飯屋!羨ましいぜ
「あ、猪々子さん。おはようございます。昨晩は眠れましたか?」
「おはよう、月!おかげで爆睡だったぜ!」
「ふふふ。いま、朝食を用意しますね」
月が朝食を用意してくれてる間、あたいはその姿をずっと眺めてた。すると、咲夜が入ってきた
「ん?起きてたか猪々子」
「おはよう!咲夜はどこにいたんだ?」
「あぁ。私は早朝訓練だ。営業中は暇がないからな。力の維持のために毎朝やってるんだ。明日はお前も一緒にやるか?」
「頼むぜ!……って言いたいとこだけど、起きれるかな?」
「ふん。やる気があるなら、叩き起こしてやるさ」
「朝食ができました。咲夜さんもご一緒にどうぞ」
「ありがとう。いただくよ」
「いただきまーす!…美味ぇ!」
出された料理は米に焼き魚、卵に吸い物。特にこの吸い物、食った事ねーけどなんだかホッとする
「なぁ!この吸い物、なんていうんだ?」
「それはお味噌汁です。味噌という、東さんが特殊な技術(魔術)を用いて作った調味料があるんですけど、それをだし汁と一緒に溶いで作ったものなんです」
「へぇ、お味噌汁かぁ。美味いなぁ」
「月、また腕が上がったな」
「えへへ、ありがとうございます」
「あー、あたいこれ好きだなー」
「東さんも好きですよね、お味噌汁」
「そうだな。味噌の開発には、全力でやってた節があったからな」
「そういえば東さん、今日は調子悪そうでしたね」
「あーイタタタ」
「??どうかしたんですか東おじさん?」
「あぁいや、昨晩、恋ちゃんと寝たんだけどさ…」
「え!?やっちゃったんですか?」
「女の子がやっちゃったとか言わない。そうじゃなくて、最近冷えてきたでしょ?それを恋ちゃんに言ったら暖めてくれるって言うから、恋ちゃんが抱き枕になってくれるかと思ったんだ。なのにまさか僕が抱き枕になるとは。しかも思いっきり抱きしめられるなんて…骨が折れるかと思った…」
「なんですかそれ?なんて羨ましい!今晩、恋ちゃんと寝ていいですか!?」
†††††
訓練はしんどかったなぁ。何回死にかけたっけなー
「うっへー、地下にこんなバカデカイ空間があるんだ」
あたいは零士の案内で、恋と一緒に地下にある訓練場にやってきた。中は石造りのだだっ広い空間だった
「ここは特別訓練場でね。雨の日や、特定の武器の訓練をする時とかに使う場所なんだ。特殊な技術(魔術)で作ったから、どんなに暴れても上には響かない。思う存分やってくれ。武器はその辺にあるものを使ってくれて構わない」
そう言って零士は武器の入った一室を開けてくれた。中には槍や剣や弓もあれば、見たこともないようなヘンテコな武器もあった
「かー、いっぱいあんなー。見たことねぇもんもあるし……お!ちょうど良さげな大剣が、これにするわ」
あたいは斬山刀に似た形状の大剣を掴む。うん、いいくらいの重さだ!
「さて、それじゃあ恋ちゃん、後はよろしく頼むね。お腹が空いたら言ってね」
「…わかった」
そう言って零士は部屋から出て行った
「よーし恋!さっそくやるぜ!」
「…こい」
さぁ、張り切って強くなるぞ!
数時間後
「モウ…ムリ…」
「ふぁぁ……お腹、へった」
飛将軍の名は伊達じゃなかった…
†††††
正直訓練は、毎日の風呂と美味い飯がなかったら続かなかっただろうな
「おかわり!」
「…おかわり」
「二人ともよく食べるねー」
「ていうか食い過ぎだろ」
「だって美味いもん。なぁ恋?」
「ん、零士のご飯は、大陸一」
「嬉しいなぁ。まだあるから、ゆっくり食べるんだよ」
「…東、この量を毎日だと、近々赤字になるわ」
「え?」
†††††
唯一残念だったのは、あまり外を出歩けなかった事だな。曹操の領地だから仕方ねぇけど、あたいも『晋』の仕事手伝いたかったなぁ
「さすがに世話になりっぱなしだし、何か手伝いてぇんだけど、何かあるか?」
とある日、あたいは咲夜に聞いてみる。咲夜はうーん…と唸っていた
「…って言っても、あまり店内に出るのはまずいし………あぁなら、家の方の掃除を頼めるか?意外と手間なんだよ。結構広いし」
「そんなんでいいなら毎日やるぜ!」
あたいがそう言うと、咲夜は少し驚いた表情を見せ、その後に静かに微笑んでいた
「へぇ、言ったな?なら毎日してもらおうか。早朝訓練に、飛将軍との特訓、それに加え家の掃除か。途中で投げ出すなよ」
「??任せろ!」
この時のあたいは知らなかったんだよなぁ。まさかこの家の掃除がこんなにも大変なんて…って言うか広過ぎんだよ!おかしいだろ!どこぞの貴族の所有物件かと思っちまったよ!
「猪々子、大丈夫か?」
「心配してるんなら、そのニヤニヤ顏はおかしいと思う…」
咲夜は笑いを堪え切れていなかった
†††††
いろいろあったけど、この二ヶ月は本当に楽しかった。出来ることなら、ずっとここで暮らせたらとも思った。でも、明日はいよいよ出発しなきゃいけない。斗詩と麗羽様が劉備の所にいるってのがわかった。でも、その情報をくれた人物が、劉備を攻めるらしいから、助けに行かなきゃいけない。『晋』のみんなも、本当に大好きで、本当に大切なやつらだけど、斗詩と麗羽様も同じくらい大好きで大切なんだ。それに、斗詩はきっと待ってくれている。だから、行かなきゃいけない
「ほんと急よね」
「仕方ないよ。状況が状況なんだから」
「なんだ詠、寂しいのか?」
「ば、馬鹿言わないでちょうだいよ!僕は別に…」
「でも詠ちゃん。寂しくない、って言えないよね」
「うぅ…」
月の言葉に、詠は顔を赤くしてそっぽを向いていた
「詠は相変わらずだな」
「とかいう咲夜姉さんも、寂しいくせに」
「…」
「ちょ!図星だからって、ナイフ振り回さないで下さいよ!」
咲夜はナイフを抜いて悠里を無言で追いかけ回していた
「はは!ほんと、いいよなここ。なんつーか、すげぇ安まるよ!」
この皆がいる光景も、今日でおしまいかぁ…そう思うと、少し、いやかなり寂しい
「……そうだ。記念にみんなで写真撮っとこうか」
「しゃしん?」
零士が提案するが、あたいはよくわからなかった。しゃしんってなんだ?
「うん。…よっと」
「え?」
零士の手から、なにかよくわからない物が出てきた。え?え?どうなってんだ?
「い、今のどうやって…」
「はは、まぁ細かい事は気にしない。写真と言うのはね…」
零士があたいに写真?ってのを向けると、そのからくりから音が出た
「はい。これが写真」
「す、すっげぇ!あたいがいる!」
手渡された一枚の絵には、あたいが写っていた。すげぇ精巧に描かれてる。本物みてぇ
「このからくりはカメラって言ってね。これを使うと、その場の風景を鮮明に写し出す事ができるんだ。ここの品書きにある絵も全部写真だよ」
「へー、なんかよくわかんねーけど、すげぇな」
つまりは、凄い絵、ってことだな!
「まぁ、そんな反応だよな。よし、じゃあみんな集まって撮ろうぜ」
「あたし咲夜姉さんの隣!恋ちゃんもあたしの隣ね!」
「…セキトも」
「私は詠ちゃんの隣だね!」
「わかったわかった。だから引っ張らないで」
「僕はセットしなきゃいけないから、端っこにいくね。猪々子ちゃんは真ん中だね」
左から零士、詠、月、あたい、咲夜、悠里、恋(セキト抱っこ)という順番に並んだ
「みんな笑ってねー。よし!十秒後だよ」
零士がかめらに細工し、こちらに小走りでやってきた。どうやらあのかめらを見なきゃいけないらしい
「な、なんか緊張すんな」
「ふふ、笑顔ですよ」
「気をつけないと、ずっと残るぜ」
「経験者は語る、ってやつですね」
「だ、大丈夫かな?」
「…セキト、あっち見て」
「わぅ?」
「3、2、1…」
パシャッ
†††††
「文ちゃん?あれ、起きてたの?」
ガチャリと扉を開けて斗詩が入ってくる。あの後あたいは曹操軍を退かせ、無事に入蜀を果たした。あの時、夏侯惇とも戦ったが、倒す事は出来なくても、十分渡り合える事は出来た。特訓の成果はあったようだ
「よー斗詩!最近早起きが染み付いちまってな。さっきも早朝訓練終えたとこだぜ!」
「文ちゃんが早起きなんて…ん?何見てるの文ちゃん?」
斗詩はあたいが持ってた写真を指差す。あたいそれをもう一度見て、そして斗詩に見せてやった
「これは写真って言ってな?あたいの、大切な家族と一緒に写った絵なんだ」
写真には、みんなが笑顔で写っている姿があった
今は離れ離れだけど、いつか、必ずまた『晋』に帰ろう
今度は、斗詩と麗羽様も一緒に…
北郷軍に董卓組が居ない分、袁紹組の性能が上がりました。袁紹さんが知力強化で、呂蒙と同じかそれ以上、ついでに慢心や見下すといったこともしません。猪々子さんは星さん並に。斗詩さんは防戦なら結構な時間持ちこたえれます。と言っても、北郷軍の話はないので、あくまで裏設定程度に思いください。