「きゃーーーーっ!!!」
「ん?どうした雪れ…えー」
ガチャッ バタンっ ぼふっ
「むーーーー」ばたばた
私は部屋まで全速力で駆け込み、そして寝台に飛び乗り枕に顔を埋めて思わず唸った
なんで?なんでよ?なんでなのよ!?どうして零士がここにいるのよ!?聞いてないわよ!華佗がいると聞いたから行ったのに……久しぶりに会えてとっても嬉し…
コンコン
「あのー、東零士ですけど…雪蓮ちゃん大丈夫?僕、何かしちゃったかな?」
「ひゃい!」
いやーーーー!!ひゃいってなによーー!!
なんで追いかけてきたのー!?しかも何故か私を心配してくれてる…嬉しい!!じゃなくて!零士誤解してる。私が急に逃げたからだ。あ、謝らないと…
私は寝台から立ち上がり、小走りで扉の前に行った。数度深呼吸して、心を落ち着けて、そして扉を開けた。目の前には、とても心配そうな表情の零士が、私をまっすぐ見つめていた
「あ、よかった。雪蓮ちゃん大丈夫?」
「あ、ああああ、あの!ご、ごめんなさい、急に走っちゃったりして」
あぅ…目ぇ見て話せない…顔が凄く熱い…心臓の音がドキドキうるさい…
「あぁいや、それはいいけど、もしかして僕が原因?何かしたんなら、謝りたいんだけど…」
「ち、違うの!あの、そうじゃなくて…その…」
あーもー!!ちょっと意識し過ぎじゃない!?こんなのは孫伯符じゃないわ!!ほんと、私はどうしてこうなっちゃったのよ!!いや、理由は私が一番わかってるけどさ…あの日の事があったから。あれは約三年前、母様が死んでしまった時…
†††††
三年前
「こんにちは。久しぶりだね、雪蓮ちゃん」
「久しぶりだな。蓮華達はどうしている?」
母様の葬儀を終え、数日が経ったのち、零士と咲夜がうちを訪ねてきた
「咲夜、零士。来てくれたんだ。咲夜、蓮華達なら部屋よ」
「そうか。零士、私は蓮華の方へ行く」
「あぁ。頼むよ」
咲夜は蓮華の部屋に向かっていった。零士は、私のそばに居てくれた
この日の数日前、母様は戦で亡くなってしまった。死因は毒矢。乱戦の中、一人の下衆が母様を狙い、矢をかすめた。だがそれだけで十分だったらしく、賊を退治した直後に、母様も息を引き取った。母様は、最期まで戦い抜いた…
「惜しい人を亡くしたよ…」
「そう…」
亡くなって初めて見える、母様の影響力。母様は多くの人の心の中にいた。皆が涙し、皆が悔いた。そして私は、そんな母様の後を継がなければならない。まだ数日だが、とんでもない重圧を感じる。正直、耐えれるかどうか、母様のようになれるか不安だった
「少し、歩こうか」
私は零士に連れられるように歩き、やがて小川があるところまでやってくる。この男なりに気を遣ったのだろう
「大丈夫かい?」
零士は、私の事を見透かしているかのように問いかけてきた。この男はもう、私が抱えている問題に気づいている、そんな気がした。だけど私は…
「えぇ、大丈夫よ。問題ないわ」
あえて強がった。ここで「大丈夫じゃない」と答えてしまってはいけないと、こんな事で参ってると知られたくなかった。母様のように強く生きなきゃいけないのに、それではまるで、弱さを露呈してしまうようだった
「そう…」
零士はただ一言、そう呟いた。それからしばらく無言が続いたが、再び零士が口を開いた
「雪蓮ちゃんは、炎蓮さんの事、お母さんの事をどう思っていた?」
「母様は、最期まで戦人だったわ。親という意味では、あまり良くなかったと思うわ。だって赤子の私を戦場に連れて行くのよ?」
母様は、私が物心つく前からずっと戦場に立っていた。そして私自身も、母様に鍛えられ、戦場に立たされた。それは蓮華、小蓮と生み、父を亡くしてからも変わらなかった。とても厳しい人だった
「それでも、一人の女性として、また王としての母様は、素直に尊敬するわ。本当に、大好きだった」
もちろん、母親としても…
「…僕も、彼女の事が好きだったよ。っと言っても、恋愛感情じゃないぞ?君と同じように、人として好きだった。僕のいた国の王は、民の事なんて気にしないような連中ばかりだったんだが、彼女は違った。彼女は誰よりも、民を愛していた。そして民の為に尽くしていた。時には自ら街に出て、民と一緒の目線に立ち、談笑することもあった。それでいて、しっかり威厳もあり、力もあり、目先の事だけじゃなく先の事もしっかり見ていた。僕の中の王の印象をがらりと変えてくれたよ。こんな人もいるんだって。尊敬したよ。この人についていけたらなとさえ思えた。それだけ魅力があった」
そう語る零士の瞳には嬉しさと懐かしさ、そして後悔が見受けられた
「ならなぜあなたは、うちにとどまらなかったの?母様の事だから、誘われていたはずでしょ」
「…ある事情があったからさ」
零士が話してくれたこと、とてもじゃないけど信じられない内容だった。遥か未来からやって来た事、天下に名を挙げることを封じられたこと。彼が表舞台に立つと、この世界が崩壊するかもしれないこと。荒唐無稽すぎていた。だがそれでも、零士が嘘を言っているようには見えなかった
「本当に悔いている。ここにずっと居たら、炎蓮さんは今も存命だったかもしれないのにって」
「過ぎたことよ。過去を悔いても仕方ないわ」
「…だが、そのせいで君は今、その偉大な王、孫堅と言う名の重圧に押しつぶされそうになっている」
やはり、この男は…
「…そんなことないわ。余裕よ。私も母様のように、みんなを引っ張っていかなきゃいけないんだから」
「…君は、炎蓮さんが亡くなってから、涙を流したかい?」
なぜ、そんな事を聞く?
「…いいえ。そんな暇なかったもの」
半分本当で、半分は嘘。確かに忙しくはなったが、冥琳のおかげで時間はあった。それでも、泣くことはなかった。泣いてしまったら、いろんなものが崩れる。そんな気がしたから。母様の意思を受け継ぎ、みんなをまとめなきゃいけない。涙は弱さでしかない。だから、私は我慢していた
「雪蓮ちゃん、泣くことは、弱さじゃないよ?」
零士は、私の考えていることを見透かしたかのように言った
「いいえ弱さよ。精神的に脆いから泣くのでしょ?王がそんなほいほい泣くわけにはいかないわ」
「……雪蓮ちゃん、君は今どこにいて、そして君の周りには誰がいる?」
「はぁ?ここは小川で、私の周りには零士一人しか…」
いい加減、いらだってきた…
「そうだ。僕たちは小川に来ていて、そして僕の目の前にはただの女の子しかいない」
「違うわ!!私は…私は王よ!孫文台の娘、孫伯符よ!!そこらの女子と一緒にするな!」
「…君は、王というものに縛られ過ぎている。いや違うな。先代である孫堅という名に縛られている」
「なにを!」
「君の王道はどこにある?彼女の模倣をする事が君の王道なのか?」
「な!?私を侮辱するか!」
私は母様が使っていた孫家に代々伝わる家宝、南海覇王を抜き、零士に向けた。だが零士は、そんなこと構いもせず近寄ってくる
「彼女の存在は確かに大きい。彼女のようにならなくてはと思う気持ちもわかる」
なぜこいつは、私に近づいてくる?
「く、くるな!」
「だが、だからって、彼女になる必要がどこにある?そのせいで、君は君自身を見失っているぞ」
南海覇王を持つ手が震える…
「やめろ…」
「雪蓮、君は炎蓮さんの意思を受け継がなければならない。だが、それは決して炎蓮さんになることじゃない。それに、君は彼女にはなれない」
「やめろー!」
私は南海覇王を振り下ろす。だがそれは簡単に受け止められ、そしてそのまま…
「あ…」
私は優しく抱きしめられた。その温もりが、不思議と心を落ち着かせた
「君は君の王道を進めばいい。炎蓮さんを目指す必要ない」
私は南海覇王を手放した
「でも、みんな母様についてきたのよ?」
「なら今度は、その人たちを雪蓮の力で、雪蓮のやりかたで認めさせたらいいんだよ」
「私に…できるかな?」
私らしくなく、弱音が出てしまう。それと一緒に…
「雪蓮ならできるよ。炎蓮さんを、君のお母さんを越えるんだ。だがその為にも、ここで一回発散しておくといい。ずっと我慢してきたんだろ?さっきも言ったけど、泣くこと自体は弱さじゃない。その悲しみを乗り越えれるかどうかなんだ。そして、雪蓮なら乗り越えれるよ。君は強いからね」
涙が静かに零れてしまう…
「でも、私は…」
「君には失礼かもしれないが、僕から見たら雪蓮は女の子なんだ。それにずっと王でいる必要はない。この瞬間だけは、僕以外誰も見ていないんだから」
「う…ぐすっ…」
私はもう、我慢できなかった。ずっと溜めていたものが、決壊して、溢れ出てきてしまっていた
「ああああぁぁぁぁぁぁ!!!」
零士は、泣きじゃくる私を優しく抱きしめ、そして子どもをあやすように頭を撫で続けてくれた。ずっと悲しかった。ずっと泣きたかった。でもだめだと思ってた。けれど零士は受け止めてくれた。それがとても嬉しかった
その後日
「やぁ雪蓮ちゃん。もう大丈夫かい?」
「あ、あわわわ、だ、大丈夫よ…」
零士という存在が私の心を大きく占めてしまい、彼を直視できなくなるほど好きになってしまった。本当に彼の言う通り、これでは王ではなく、そこいらの町娘と変わらなくなってしまった
零士と咲夜が帰る日には…
「咲夜!!いつかあなたのその場所、私が奪ってやるんだからね!!」
「はい?」
咲夜にも宣戦布告してしまった
†††††
現在
「そ、そっかー。華佗のお願いで来てたんだー」
私と零士は、母様の墓に向かい歩いていた。せっかく来たから、墓参りも済ませたいらしい
落ちつけ私。大丈夫。いつも通りに振る舞えば大したことはないはず…
「それにしても、雪蓮ちゃんの活躍は聞いていたよ。呉の独立おめでとう。君ならやり遂げると思っていたよ」
きゃーーーー!!褒められちゃったーー!!!頑張ってよかった!!
………ハッ!落ち着け私!!少しいじわるして、まぎらわそう
「あ、ありがとう。でも零士と咲夜がいてくれたら、もっと早く独立できたのにー」
「う…ごめんね」
「いいわよ。仕方ないわ」
大丈夫。普通に会話できてるわね。慣れてきたわよ!
「ふふ。よかったよ。しっかりやっているようだね」
「えぇ。少し遠回りしちゃったけど、これでようやく、母様を越えられるわ。零士、改めてお礼を言わせて。ありがとう。あの日、零士が私を支えてくれたから、今の私があるんだと思うわ。きっとあのままだと、母様の重圧に押しつぶされちゃってたかも」
ずっと言いたかった感謝の気持ち。あの日泣いていなかったら、きっと今こうして笑うこともできなかっただろう。本当に救われたと思っている
「……そっか。君の力になれたみたいで、本当によかったよ」
「えぇ。私は私の王道を貫き、そして母様を越え、仲間を、民を導いていくわ」
†††††
同時刻 とある茂みにて
「おい、本当にやっちまうのか?」
「あたりめーだろ!あのアマ、孫策さえいなきゃ俺たちは…」
「あぁ。俺たちの人生を奪ったあいつだけは許さねぇ」
「確実に仕留めるぞ。俺たち五人がこの毒矢を使えば、一矢くらいあたるだろう。そしてあたりさえすれば…」
「必ず死ぬ。幸運にもあいつ、のこのこ人気のないとこにきやがった。全員、配置につけ」
「孫策の隣の男はどうする?」
「放っておけ。見たところ武器も持ってない。大した脅威じゃないだろう」
「俺たちの狙いはあくまで孫策ただ一人だ。これが成功すれば一生遊んで暮らせる。必ず成功させるぞ!」